第6話 自衛と風紀委員会
生徒会に呼び出された三日後。
黒沼公浩の生徒会入りの噂は瞬く間に広がった。
特に秘密というわけでもないし、情報収集能力に長けた退魔師もいる。
噂が広がる事自体は必然で、かつ問題にはならない。
今、問題となっているのは、何かを勘違いした輩が湧き出した事。
目の前にいる大柄な男子生徒と、その斜め後ろで従者よろしく控えている二人の男子生徒が、その第一号だ。
「よう転校生。随分上手く生徒会に取り入ったみたいじゃねえか」
下校途中、第一グラウンドのど真ん中で、身長190センチを越えるうえに肩幅も広い男子生徒が仁王立ちして公浩の前に立ち塞がった。
私立九良名学園第三校では夏服と冬服も含めた制服の袖に赤、黄、青のラインがあり、順に三年、二年、一年というように見分けられる。目の前の男子生徒は一年生のようだ。
「俺は独楽石 栄太だ。退魔師ならどんな田舎者でも知ってる“六家”に連なる独楽石家だよ」
“六家”という言葉に、ちらほら集まり始めている野次馬から畏縮する気配が感じられる。
“六家”とは、独楽石、仁科、三王山、四宮、五行、陸道から成る六つの退魔師の名家の事を言う。
いずれも古い家柄だが、退魔師の歴史をみれば中の上ぐらいの古さでしかない。しかし人の優秀さは比類無く、現在では退魔師協会の裏も表も全て“六家”が牛耳るほどに大きくなっている。
それは、逆らえば退魔師として生きていく事が難しいと言われるほど。事実として、士緒の橘花院家も一族皆殺しにあった。
(直接の恨みは無し……ですが、復讐の対象と思えば遠慮はいらないですかね)
公浩は顔に笑みを貼り付けて独楽石栄太に声を発した。
「何か用かな、独楽石くん。そこにいられると邪魔なんだけど? 君は大柄だから特に」
周囲で足を止めていた生徒、または関わるまいと歩き去ろうとしていた生徒も足を止めて、公浩の言葉にぎょっと目を剥いた。
小声でザワザワと騒ぎが伝播していき、そこからは驚愕の色が濃く伝わってくる。
「おい、口の利き方には気をつけろよ。たかだか一般の退魔師の家柄が、なに余裕面してんだ?」
公浩はため息と、やれやれと肩を竦めて嘲るように苦笑を漏らした。
「君こそ、先輩への口の利き方には気を付けるべきじゃないかな? お里が知れるというものだよ」
正真正銘の名家である“六家”の一角、独楽石家の人間に対して言うにはあまりにも痛烈な皮肉だった。
公浩を見下ろす栄太の顔からは余裕が消え去り、圧倒的な不機嫌さが表れている。
後ろで控えている二人も落ち着いているようではあるが、内心では冷や汗をかいていることだろう。
「おまえら、今すぐこの身の程知らずを病院送りにしろ。二度と俺になめた口を利けないくらい徹底的にな」
声を微かに震わせながら後ろを振り返らず、従者二人に命令を下す。
しかし、その命令に従者の一人が待ったをかけた。
「待ってください栄太様。この場にはいませんが、今は風紀委員会に目をつけられてます。ここは堪えた方が……」
風紀委員という言葉に栄太は舌打ちを一つ吐く。
「……まあいい。運が良かったな転校生。俺は寛大だ。お前の返答次第では、今までの無礼な言動は見逃してやる」
「返答ね……僕に何か聞きたいことでも?」
公浩の頭の中では栄太をおちょくる言葉を大量に用意していたが、そこはひとまず仕舞っておき、話を進めることにした。
「俺は来年には生徒会長になる予定でな。その前準備として今は部下を集めているところだ。そこでお前を俺の派閥に入れてやろうと思ってよ。そこそこ優秀だと聞いてるぜ?」
黒沼公浩の退魔師としてのデータは調べようと思えば調べられる。
生徒会は言うまでも無く、生徒会に次ぐ権限を持っている風紀委員会にも情報は入っているし、独楽石家の人間なら情報へのアクセスも可能だろう。ある程度の事を知っていても不思議ではない。
「俺が直々に声をかけてやるんだ。有り難く俺の手を取れ」
そう言って栄太は握手をするよう手を差し出す。
今は下校途中の生徒たちで周りは溢れてる。その中で自分の手を取らせて周囲にその事実を認知させるのと、後になって断れないように逃げ道を塞ぐ意味もあるのだ。
「…………」
公浩はジッとその手を見つめ、そして笑顔を濃くした。
一見して好意的に見える笑みで近付き、ゆっくりとその手をのばす。
栄太の顔に優越感にも似た満足気な表情が浮かぶ。公浩が自らの手を取ると確信した顔だ。
やはりこいつも、独楽石の威光には逆らえない。自分がこの男を屈服させたのだと。
そして公浩は栄太の言う通り、その手を取った………ように見えた。
バチッ!!
突如、電流が流れたような音と共に「ぎゃっ!?」と声を上げて独楽石栄太は公浩の手を振りほどいた。
周囲が静まり返る中、公浩は余裕そうな態度で、あまりの手の痛みに膝をついた栄太を見下ろしている。
「おや、やっぱり僕なんかはお断りかな? 自分から僕を拒絶するとはね」
従者二人は慌てて栄太に近寄り声をかける。
栄太はそんな二人を尻目に、憎悪のこもった目を公浩に向けていた。
「てめえ! 何しやがった!!」
大声で怒鳴る栄太に、公浩はやはり嘲りの様子を向ける。
「分からないかい? やれやれ、僕はただ手のひらに通力を込めて強めに君に流しただけだよ。日頃から通力を体内で練る訓練をしていれば、ちょっとピリッとする程度で済むんだけど……まさかそんなに痛がるなんて。クンフーが足りてないんじゃないかな?」
間違いなく栄太を馬鹿にした物言い。それをその場にいる全ての人間が感じ取った。
普段から独楽石家の威光を笠に着て周囲に威張り散らしている栄太を知っている生徒からすれば、実にスッとする態度だ。
栄太は怒りにぷるぷると身体を震わせながら、周囲の自分への視線が恐怖から見せ物へのそれに変わった事に気付く。
この我慢ならない状況下で、感情的な独楽石栄太が羞恥と焦りに駆られて至る行動は一つだった。
「このクソがあああああ!!」
闘牛を思わせる突進で公浩に殴りかかる。技術も何も無い、力任せの攻撃だ。
士緒は公浩に変装するにあたり、通力の大部分を術式で封じ、使える顕術や肉体の出せる出力も制限している。
最大でも本来の一割程の力しか出せない。しかしそれは、
ドスンッ!
「あ……が……!?」
学生レベルでは十分過ぎた。士緒が扮する黒沼公浩が並の相手に本気を出せば、はっきり言ってオーバーキルとなる。
公浩は栄太が通力を発動したのを確認してその巨体を投げ、死なない程度の強さで背中から地面に叩きつけた。
派手な音と少々の揺れがあったが、退魔師ならよくある事だ。
しかし、その事態を黙って観ていられないのが従者の二人。驚愕の色を浮かべながらも二人は公浩が栄太をグラウンドの土に叩きつけたと同時に動いた。
主への危害を許してしまった二人だが、これ以上の勝手は許さないとばかりに、訓練された高度な動きで公浩に攻撃を仕掛ける。
ヒュンッ ヒュンッ
両者とも無言のまま、従者の一人が七首を二本放ち、それにタイミングを合わせて反対側からもう一人が徒手空拳で迫る。
迫る従者は変則的な機動で動きを読ませないように走り、公浩がどう動いても対応できるよう速度を抑えつつ、連携を意識した堅実さを見せていた。
一方の従者も、七首を追いかける形で公浩に向かって走り出している。
連携にミスは無く、非常に練度の高い動きだ。
が、それは所詮、学生レベルにおいて優秀であるに過ぎない。喩え足枷を嵌めていようと、士緒と彼らでは歴とした格の違いというものが存在した。
「がっ!?」
七首の一本が対面の従者の太股に刺さり、地面を滑るように倒れこむ。連携の練度の点でも、七首の角度の点でも、普通に見ればあり得ない出来事だ。
そして、その時には既に公浩は七首を放った従者に肉薄し、腹部に拳をめり込ませていた。
「ぐっ!?」
通力で肉体を強化していたはずの従者はただの一撃で意識を手放し、その場に沈んだ。
「さぞ練習をしたんだろうけど、定型に拘り過ぎたね。応用がなってない」
公浩は七首を躱し、尚且つすれ違いざまにそれを殴り付けて軌道を変えた。さらに、フォーメーションを信じきっていた相方の従者が反応しきれない速度を上乗せして。
傍観していた者はそれなりにいたが、公浩が何をしたのか理解した者はごく僅かだった。
「しかし参ったな。僕に過失は無いと信じたいけど、偉い人たちは納得してくれないんだろうな」
公浩は七首を従者から引き抜き、小さく呻き声が上がった。止血と治癒のための顕術を使いながら愚痴をこぼす。
治癒の顕としては一般的な『治癒光』を使い、ある程度傷を癒すと、「相方との訓練もほどほどにすることだね」と言って立ち上がった。
「僕はもう行くよ。保健室には別の誰かに連れていってもらうと良い」
その場を立ち去りながらそう言い残すも、何かと評判の悪い不良とその従者たちだ。周囲に人はいれど彼らに情けをかける人間は現れず、騒ぎを聞きつけた風紀委員が来るまで、三人は初夏の日射しで熱せられた地面に横たわり続けた。
★
グラウンドでの騒ぎの翌日、公浩は偉い人たちの一角、風紀委員会に呼び出された。
呼び出しは予想していたとはいえ、早めに登校するやいなや風紀委員数人に取り囲まれ、なかば連行される形で風紀委員の拠点となる一室に連れ込まれた時は、その強引さに驚いたが。
学園内での裁量は特殊な場合を除いて生徒会を主として、その他の各種委員会に任される。大袈裟な表現をするなら、自治権のようなものだ。
そんな委員会の中でも警察や検察に近い役割を果たす風紀委員は特にその権勢が目立つ。
退魔師としての実力は生徒会が個として上回るが、風紀委員会は総勢32名という数の力と、その一人一人が学園でも上位の実力者であることが、権勢の維持を可能にしていた。
夜間に行われる鬼の調伏を生徒会以外で唯一許されているのも、裏付けされた実力ゆえだ。
そして今、校舎の一室で数人の風紀委員に囲まれながら長テーブルの端に公浩は座らされていた。
対面に座っているフワリとしたセミロングの髪の女生徒――――袖口のラインは黄色――――は恐らく委員長だろうと当たりをつける。
そしてその予想は的中しているとすぐに知ることとなった。
「風紀委員長の斑鳩 縁だ。用件については承知しているな、黒沼公浩」
口調そのものは上司が部下に向けるそれのようだが、声音の高さがギャップを生み、それだけ聞けば幼い少女のようでもあった。しかしそこには子供が背伸びした様子はなく、艶のある大人の女性の泰然さが見える。いたずらっ子のような笑みを見せていることもギャップの一因だろう。
「先に言っておきますと、昨日の一件で僕に非はありませんよ? 僕は自衛を行っただけです。斑鳩さんは見てらしたのでお分かりかと思いますが」
「おっと、ばれていたか。あの野次馬の中でよく私の顔を覚えていたな」
縁は悪びれることも無く、口角を少しつり上げた。
楽しんでいる、と一目で理解できた。斑鳩縁は楽の感情と好奇心、それらが顕著に読み取れる人物のようだ。
「勿論ですよ。斑鳩さんはあの人だかり中でも、一際輝いていましたので。忘れられません」
「ほぉ、大した曲者だな。はたしてその軟派な口先で私を煙に巻けるかな?」
公浩と縁はお互い軽いジャブで相手の裏を探ろうとする。いや、縁は単純に黒沼公浩という人間を楽しんでいるだけなのだろうが、考えが読みにくいという点では大した違いはない。
数秒の見つめ合いの後、公浩が言葉を発した。
「それにしても、風紀委員長も人が悪い。観ていたのなら助けてくれても良かったのでは? 危うく僕は大怪我ですよ」
「清々しいまでの二枚舌だな。危うく大怪我しそうだったのは木偶の坊一体とその腰ぎんちゃく二匹の方だ。木偶はともかく巾着どもを苦もなく無力化した手際は見事だったぞ」
「苦もなくだなんて、とんでもない。三人ともなかなか手強くてギリギリな攻防でしたよ。もう一度言いますけど、あくまで自衛の範囲ですからね?」
あまりの白々しさに縁はクツクツと笑うが、横で控える風紀委員たちは公浩に馬鹿にされていると感じて不機嫌になっている。
ピリピリとした気配を感じて、もっとからかってやりたい気持ちになる士緒だが、その場は自重した。
「私はな、裏表のある人間が嫌いではない。表だけの人間はつまらなくてな。裏を探る楽しみが無い。その点では貴様は実に気に入った。探り合いも、読み合いも、そしてチャンバラやドンパチの類も楽しそうだ」
「これは物騒な……期待を裏切るようですが、僕はあなたほど腹芸が得意ではありませんので。人間は表だけあれば十分です」
「よく言う……貴様は私と同類だろうに。だが良いぞ、そう来なくてはな。その真っ黒な腹に何が詰まっているのか……開いて見るのが楽しみだよ」
そこで二人は不敵に笑い合う。
呆れ気味にため息を溢す風紀委員の一人がこほん、と咳払いをして割って入った。
「委員長、そろそろ本題に入りましょう。ホームルームに間に合わなくなります」
「せっかく良いところなんだが……まあ良い、本題に入るか」
縁が風紀委員の一人に手振りで合図すると、その一人が公浩の前に契約書のような紙とペンを置いた。
「それを読めば分かると思うが、貴様には今日から風紀委員の第三席に入ってもらう。異論は許さん。なぁに、簡単な事だ。名前を書くだけだからすぐ終わる」
「…………」
予想外の展開だ。昨日あんな騒ぎを起こしていれば、普通の思考なら逆の結論に至りそうなものだが………
「僕が風紀委員ですか。なぜ僕に声が掛かったのか、理由を聞いても?」
「分かっていると思うが風紀委員は腕っぷしが必要な仕事だ。鬼もそうだが、人間を相手にすることも多い。貴様は手加減も達者のようだからな。要は貴様の武力が欲しい訳だ」
確かに、昨日の一件を見ていた生徒はそれなりにいたはずだから、すぐに公浩の実力について噂が広まる。改めてのお披露目も必要無いだろう。
「僕なんかには過大な評価です。とはいえ、有り難い話なのですが、生徒会からも似た話がありまして。僕としては、先に受けたお話を断るというのは……」
公浩が言葉を受け、縁が徐に携帯を取り出して電話をかけ始める。
「梓か? 私だ。昨日の話だが…………まあそう怒るな。お前の恥ずかしい写真ならちゃんと処分しといてやるから。代わりの物を今すぐ貰いたい。…………ああ…………ああ、分かっているとも。神崎風音によろしく伝えてくれ」
生徒会長と風紀委員長のほんの短い会話が終わった。
端から聞いている限り、この風紀委員長殿はイニシアチブの何たるかを解っているようだ。学生に似つかわしくない狡猾さが見え隠れしている。
「生徒会と話はついた。これで気兼ねすることは無くなったぞ。ではサインしろ」
生徒会長とどんなやりとり、あるいは取引があったかは知らないが、確かにこれで不義理に思うことは無くなった。
正直に言えば、所属するなら生徒会でも風紀委員会でも、自らの後ろ楯さえしっかり作れればどちらでも良かったのだ。
今後の動きや、組織の柔軟さを考えれば生徒会の方が少しだけ有利に思えたが、風紀委員会が公浩を高く買ってくれると言うのであれば、そちらの方が色々と融通が利くとも思える。
気持ちが八割ほど風紀委員会に傾いたところで、契約書らしき紙にざっと目を通す。
内容としては危険な仕事でありがちな同意と補償などについて。それから生徒会役員と風紀委員には奨学金の名前を借りたバイト代が出るというもの。
書類に不備や不審な点も特に無いし、断る理由も思いつかない。
公浩はペンを取り、黒沼公浩の名前を書きこんだ。
「これでいいですか?」
風紀委員の一人が書類を持っていき、風紀委員長がそれを確認する。縁は満足そうに頷いた。
「風紀委員会にようこそ。分からない事はこの男に聞くと良い」
書類を運んでいったまま控えている風紀委員……眼鏡をかけ、いかにも真面目そうな雰囲気、柔和な表情を浮かべている男子生徒―――袖ラインは黄色―――に顎をしゃくって見せた。
「風紀委員次席、松平 二郎です。ちなみに、名前は二郎だけど長男なので。黒沼くんとは………なんだか仲良くなれそうな気がする。これからよろしく、分からない事は聞いて」
「こちらこそよろしく」
どちらからともなく手を差し出して握手をする。
(実に性格悪そうな笑顔ですね。Sの人かな)
(僕や委員長と同じ匂いがする。かなりのドSと見た)
風紀委員会には、絶対に手を出してはならない、弱味を見せてもいけない種類の者たちがいると言う。隙を見せれば泣かされる、と。
それが一人増えたという噂はあっという間に学園中に広まった。




