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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第5話 潜入


「黒沼公浩です。何かにつけて未熟な身ですが、皆さんと切磋琢磨しあえる関係でいられるよう努力していきたいと思っています。ちなみに僕の敬語が堅苦しいという方は言ってください。出来るだけ直すようにしますので、どうぞよろしく」


 あまりにも真面目で、ばか丁寧。ありきたりで面白味の無い自己紹介が終わると黒沼公浩は教室の後ろへと向かう。

 必然的に教室で空いてる席は後方となるため、公浩は中央の列の最後尾に着席した。

 その途中、偶然同じクラスとなった神崎風音が笑みを浮かべて手を振ってきたので、公浩も小さく手を振り返しておいた。


 九良名学園の授業は平均よりかなり高い水準のもので、五郎左に大学卒業レベルの学を修めさせられた士緒でも、感心するほどだ。


 教室で授業を受けるという新鮮さを楽しんでいると、あっと言う間に昼休みになっていた。

 公浩がいかに地味系男子であろうと、何人かは人が集まって質問をされる事を覚悟していたが、幸か不幸か、それは起こっていない。

 理由は明白。目の前の女子……神崎風音が、公浩の机で弁当を広げ始めたからだ。


「公浩くん、やっぱりお弁当なんだね。早起きな上に真面目そうだからそうかなぁって思ってた。私はいつもは生徒会室で食べるんだけど、お昼の後に公浩くんを軽く案内してあげようと思って」


 クラス内がにわかにざわめく。

 その一つ一つを聞こうと思えば聞き取れただろうが、大体の予想はつくので特に気には留めなかった。


「気づかいは嬉しいけど風音さん。僕なんかと一緒にいると変な噂とか……」


 公浩が風音を下の名前で呼んだことで、ざわめきや、飛び回る二人の関係についての憶測の声が大きくなった。


「生徒会の役員とかやってると、そういった噂は切りがないくらい湧いて出るのよ。今さら色恋話の一つや二つ追加したところで、どうってことないって」


「……まあ、風音さんがそれで良いなら」


 公浩と風音は周囲の目も意に介した風もなく、昼食の弁当を食べ進め、ほぼ同時に食べ終わる。時間に追われる生徒会役員であるからか、食べるのがやや早めだ。


「じゃあ、ざっと案内するけど、どこか知っておきたい場所とかある?」


「そうだなぁ……だったら購買と、あと生徒会室と風紀委員会の拠点とかかな」


「……あとの2つが意図するところが気になるけど、取り入るためだと思うことにするよ。上昇志向が強いのは良い事だし、風紀委員長とか学園長が気に入りそうなタイプだね」


「風音さんは僕を何だと思ってるんだか。そこまでなりふり構ってはいないよ。ちゃんと手段も選ぶし」


 風音は苦笑して「公浩くんはどこまで本気で言ってるのか分からないね」と言い、公浩は、「全てに本気で真っ直ぐに生きてるよ」と返した。

 風音は公浩の気性を気に入っている。そして他の生徒会役員たちも気に入るだろうと確信していた。


「なら生徒会室を見せとこうかな。ちなみに生徒会役員は三年生が授業免除だから、会長と副会長がいると思うよ」


「願ってもない事だけど、今回は止めておくよ」


「え? 何か問題だった?」


 風音が不思議そうな顔をした。それも当然だろう。これまでと言っている事が180度違うのだから。


「風音さんと一緒に行こうものなら、男に耐性の無い風音さんを騙して取り入ったように見えるかも知れないし。まあ、実際にその通りと言えなくもないけど、流石に印象が悪いだろうからね。今回は場所だけ教えてくれる?」


「………なんかスゴい失礼な事を言われた。安心して、生徒会の皆には印象悪い事実(・・)しか吹き込まないから」


「あれ? もしかして僕も罵倒された?」


 二人はお互いにクスッと笑い合う。

 その日は購買や学食、部室棟などの案内をしたのだった。



           ★



 公浩の転校してきた日。6月下旬とはいえだいぶむし暑い晩、生徒会はヘリコプターで隣街へと移動した。ちなみにヘリは学園の備品だ。

 鬼は日本各地で発生し、退魔師がそこへ出向いて調伏する。


 その日、生徒会役員の梓、工藤、風音、凛子は隣街のさらに隣街で発生したという鬼の調伏に赴いていた。



「せあっ!」


 ザシュッ!


 風音の刀が甲殻と肉を切り裂く音が周囲に伝わる。

 角が三本のカブトムシ――――全長は8メートルほど――――は頭を割られて断末魔の声を上げ、やがて霧のように消えた。


「うひゃあー、風音、絶好調やないか! 飛んで逃げようとしたところに止めの一閃とかカッコ良すぎいー! 抱いてー!」


 人里に降りようと山を這い出てきた一級の昆虫型の鬼を、ほぼ風音一人の働きで調伏してしまった。

 独断先行ではない。ただ単に風音の調子が良すぎたのだ。


「……工藤、“符術結界”はちゃんと作動してる?」


「ええ。戦いの余波で一般人が怪我したとかも無さそうです」


 退魔師は鬼の調伏の際、人避けの結界を張る。ただし結界は高度な通力であるため、“符”を範囲分だけ複数枚使うことによって、術式として扱うことを可能にした簡易版だ。

 それに人避けはあくまで通力の弱い人間が近づき難くするだけであり、効果は絶対ではない。範囲内に住宅があれば、外に出たくなくなる程度の代物。

 一般への被害は常に注意するのが普通だ。

 ただ今回は、それすらもほとんど必要無いほど危なげ無く片付いたのだが。


「やあ~風音どないしたん? 昨日までめっちゃ調子悪かったのに、今日はイケイケやん!」


「うん、ちょっとね」


 明るい雰囲気の風音と凛子から少し離れた所で、梓と工藤は何事かを話していた。


「神崎はもう大丈夫そうですね」


「……心配事が一つ減った。良かった」


「あとは四宮ですか。あっちはもう少し厄介ですよ?」


「……女子寮に引きこもって出てこない。たまに出てくるけど、話してくれない」


 鶫は寮の自室に引きこもり、食事と、たまに校内の自販機に行くくらいしか外に出ない。

 生徒会の仲間と会っても、挨拶だけしてそそくさと行ってしまうのだ。


「……あんなに明るかった鶫が、あんな風になるなんて………姉さんの真似でもなんでもいいから、またあの悪ぶった口調で話してほしい」


「その学園長にはもう会わせたんですか? 四宮は学園長のことを敬愛してるから、もしかしたら……」


「……むしろ一番避けられてる。失態を犯した上に落ち込んでる今の自分を姉さんに見られたくないんだと思う。それに……いらぬ負い目を私たちに感じてる」


 工藤も難しい顔で眉をしかめる。

 難儀な問題に二人は頭を悩ませていると、そこでスキンシップが過ぎた凛子に拳骨を入れる風音が目に入った。

 風音が立ち直った経緯は、鶫についての参考になるかもしれない。


 そんな小さな希望を抱いて声をかけようとしたところで、風音の方から梓の元へ近付いて来た。


「会長、そろそろ撤収しましょう。それと、後でお話しがあるのですが」


「……今でいい。話して」


 梓にしては珍しく、少しだけ焦っていた。藁にもすがる思いで、話を急かす。


「実は生徒会役員に推薦したい人がいるんですけど――――」


 次の日、黒沼公浩の昼休みはまたしても落ち着かないものとなった。



           ★



 黒沼公浩のその日の昼休みは、風音と弁当を食べ終わるやいなや、半ば連行されるように風音に生徒会室に案内された。

 出迎えてくれたのは、まず最初に大人っぽい雰囲気の黒髪美少女だ。


「いらっしゃい黒沼公浩君。私は生徒会副会長で3年の天ノ川 鳳子(ほうこ)です。いきなり呼び出してごめんなさいね」


「いいえ。いつかはご挨拶したいと思ってましたので。ところで、僕が呼ばれたのはどんな用向きでしょう? 生徒会に目をつけられるようなことには覚えがありませんけど」


「……役員の一人から生徒会へと推薦する声が上がった。今日は審査も兼ねて、少し話をしたい」


 生徒会室の奥の机に、色素の薄い髪を足首まで流した小柄な少女が腰掛けている。声を発すると、ひょいっと机から降りて公浩に近付き、上から下まで舐めるように見はじめた。


「……、…………、……うん、大丈夫そう」


「はい? 大丈夫とは?」


「ごめんなさい。最近は色々あって、あなたがちゃんと(・・・・)人間(・・)かどうか確認させてもらったの」


「……私は生徒会長の三王山(さんのうざん) 梓。探知、通信系が得意。黒沼が鬼ではないことを確認させてもらった」


(ふむ……やはり鬼や通力に類するものの探知は出来ても、このマスクに関してはその限りではないと言う事ですか)


 士緒が黒沼公浩になりきるにあたって容姿を形作っているのは、通力による技術を応用して作られた物質的な素材のマスクだ。

 どんな探知、感知系の奥義であれ、それが及ぶのは主に通力に類するものだけ。あるいは存在を感知したり見分けるぐらいは出来るかもしれないが、科学的な物質を識別したり、詳細な構造までは把握できないということだ。


「僕が鬼でないと分かっていただいたのは良い事です。けれど、僕を推薦したという人物は……」


「もちろん私だよ」


 風音が自慢気に名乗りを上げた。

 公浩がそんな風音を苦笑気味に見る。結局は推薦してくれたのか、と。


「どんな推薦をされたかは想像できます。ですが、僕はちょっとだけ野心家なだけで、彼女の言うようにイケメンでもキスが上手いわけでもなくてですね――――」


「そんなこと言っとらんわ!? まるで私が公浩くんとキ………みたいに聞こえるじゃない!」


 公浩と風音の掛け合いに場の空気が弛緩していく。

 そんなやり取りに対して梓の表情は微動だにせず、鳳子も「あらあら、ふふふ」と柔らかく微笑んだだけだ。


「……実力と、好感の持てる人格さえあれば本音や建前は基本的に気にしない」


「でも出来れば、野心は隠しておいてね」


 身長の低い梓はどうしても人を見上げる体勢になることが多い。今も公浩を見上げながら精一杯の威圧と眼力をもって話している。

 しかし、どうしても小動物っぽさが抜けないというのが自他共に認める事実であり、悩みの種でもあった。


「まあ、生徒会の方針であるならば、僕はそれに甘えるだけです。いつか後悔しなければ良いのですが」


「……大きなお世話。でも、とりあえず黒沼から邪な感じはしない………とりあえずは」


「僕としても、そう思ってもらえれば結構ですよ。とりあえずは」


 公浩と梓の軽い駆け引きと皮肉を混ぜたような会話だった。

 士緒が考える、相手を信用させるためのコツは三つ。嘘を吐くこと、基本は本音で話すこと。そして嘘と本当を混ぜ合わせる比率を適度に調節すること。それは経験から導き出された答えだ。


 ここまでの流れは、本心を隠しながらも本音で語ることで、邪な考えは無いだろうと心理的に思わせる狙いがあった。そしてそれは今のところ、うまく作用している。


「二人ともさっそく仲良しね。この分なら彼の生徒会入りは特に問題無いかしら。何より風音ちゃんが信頼しているのが大きいわ」


「風音さんは単純なので、取り入るのはチョロかったですよ、はっはっは」


「ちょっと!? 私そんなにチョロくない!!」


 その日の昼休みは生徒会長からの面接が主な目的だった。放課後は忙しいとのことで、まだ他のメンバーには会えていないが、今日はこれで十分だと士緒としては満足だ。



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