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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
125/148

第125話 静けさ3


梢の一人称が『自分』から『ジブン』になっております。


 

 校舎の屋上。

 からっと晴れた陽の下で、高いフェンスに腰かける少女が一人。

 緩やかにカールしたプラチナブロンドが光を反射し、学生服を纏った天使と見間違いそうであった。


「澪・ブライト。ずっとここに居たのか」


 屋上の扉を開け放った亜笠が、澪の静かに張り詰めた背中に声を掛ける。

 昨晩の出来事の後から現在の昼下がりまで、無言でここに居座っていると聞いては亜笠も心配になるというものだ。

 喧嘩同然の言い合いになって別れていれば尚更に。


「あたしに怒ってるのか?」


「話しかけないで」


 お世辞にも澪の機嫌が良いとは言えない。

 尤も、この反応も仕方ないとは思っている。

 澪の処断を止めた件では、無理を通した自覚があった。正直言って、銀箭羽々矢を一秒でも生かしておくことには亜笠も不安だ。その場に居たのが亜笠なら、澪と同じようにしていたかもしれない。


 それでも、変化した状況を無視は出来なかった。即時の抹殺が許されている凶悪犯を、生け捕りにしなければならない理由が飛び込んで来たのだから。


「五行家によると、相当数の呪術師が九良名に入ったらしい。狙いは街全体に散りばめられた封印の端子、そして足下の封印だ」


「話しかけないでと言いましたわよ」


「いいから聞け。市内の封印がすでに3割近くやられた。数千箇所の膨大な量の端子をここまで効率的に破壊するには、長期間の入念な準備が必要だ。当然、少なくない内通者が潜んでるものと思われる」


「はぁ………」


 澪は聞く気のない話を語られて迷惑という態度を隠そうともしない。

 昨晩の当てつけだけならばともかく、真剣な話にまで無関心を決め込むのには亜笠も苛立ちを覚えた。


「……情報の精査のために、五行一樹が前風紀委員長の残した資料に目を通すそうだ。内通者の特定に役立つかもしれん」


「好きに持っていけばいいでしょう。学園長の権限があれば、どうせ私の許可など必要ないのだから」


 やはり昨夜のやり取りを根に持っているのだろう。銀箭羽々矢の処断を止めた時のことを引き合いに出して当てこすっている。

 それに対する亜笠の心情は眦(まなじり)の上り具合が如実に語っていた。


「これから銀箭羽々矢に尋問を行うが、お前も来るか?」


「結構ですわ。勝手にお行きなさい」


 振り向きもせず吐き捨てるような物言いには、亜笠も我慢できなくなった。

 通力が冷気のように漏れ出し、常人なら卒倒する程の眼光が澪の背中に直撃する。


「……いい加減にしろよ。今は非常時だぞ? 不貞腐れてる場合かよ!」


「私は、私にしか出来ない仕事を待ちますわ。それなら、貴女に仕事を横取りされることもありませんし」


「昨日の事は悪かったと思ってる……けれど奴の身柄は黎明のじいさんが望んだ事だ! あたしだって、お前の立場なら奴を生かしたりは――――」


「仁科黎明が望んだから、ね」


 澪が含みのある言葉を小声で呟く。

 小声であったにもかかわらず、亜笠は耳聡くそれを拾った。


「何が言いたい?」


 問われて、息を呑むほどの美貌がフェンスの上からゆっくりと振り向く。

 皮肉たっぷりの笑みで亜笠を見下ろした。



「がさつな貴女でも、初恋の相手(・・・・・)には逆らえないんですのね」



 ――――――。


 違うと否定できなかった。

 その通りだと肯定する素直さも無かった。


 自らの乙女心をさらけ出す勇気が無い。

 たったそれだけの事が、怒りとなって亜笠に武器を取らせた。


 衣服に仕込んだ『大部屋』の術式から、槍の側面に三日月状の刃が付いた独特の形状の武器を取り出す。

 澪の一言で傷口を抉られた亜笠は、据わった瞳で方天画戟を向けた。


「あたしを怒らせたいのか?」


「貴女こそ、私が我慢しているうちに仕事に戻りなさい。仁科黎明に媚を売るので忙しいのでしょう?」


「てめぇっ――――!!」


 ガチャッ


 屋上の扉が開く音が、今まさに飛び掛かろうとしていた亜笠を寸でのところで引き留める。

 現れた陸道 鏡は、この状況を見ても平然と伝達事項を伝えた。


「仁科黎明が到着した。これから留置部屋に向かうが……まだ取り込み中か?」


「…………」


 燃えるような怒気が屋上の空気をひりつかせている。

 鏡の登場が一秒でも遅ければ、亜笠は葛藤するまでもなく戟を振るっていたであろう。


 だからこそ、一瞬でも動きが止まれば亜笠の熱が冷めるのも早かった。

 不機嫌に顔を歪めながらも、矛を収めた。


「勝手にしろ!」


 踵を返し、地面が揺れるかと思うほど強い足取りで校舎へと入って行った。

 脇に避けていた鏡には一瞥もくれずに。


「………まだ何か用ですの?」


 物言いたそうな視線を向けている鏡に、澪が声をかける。

 背中越しのその声音は、どこまでも興味無さそうであった。


「初日の大立ち回り以来だな、ペンドラゴン」


「あら、どこかで見たと思ったら、いつぞやの盗撮犯じゃありませんの。確か陸道家の跡取りでしたわね。流石、犯罪はお上手ですこと」


「……昨夜の襲撃者の件、亜笠に伏せたのは正解だ」


 澪の嫌味を受け流し、真剣な様子で言葉を紡いだ。

 この男の冷静沈着に物事を見る目は、亜笠にも見習ってほしいと誰もが望む。

 鏡の半分でも冷静さがあれば、“エニグマ事件”で亜笠の親友を殺した転移の使い手が現れた事実を、隠さずに済んだのだから。


「奴は、またお前を狙うと思うか?」


「さて、どうかしら。かなりの腰抜けみたいですし、来ないかもしれませんわね」


「だったら何故、亜笠を遠ざけた?」


 敵にとって澪は、どうしても排除すべき邪魔者だ。でなければ戦闘のリスクなど徹底的に避けるはず。少なくとも、人質などの手段で無力化する方が、殺し合いで排除するよりも現実的な存在なのだから。


 澪は対峙した時の感触から、危険を承知で再び自分を襲うだろうと確信している。

 その時に亜笠が接触して暴走されるくらいなら、自分に対して怒っててもらった方が澪としても楽だ。敵の目的が亜笠の管理する封印であるならば、尚更に遠ざけておきたい。

 だが、鏡はそのやり方に不満を示した。


「機嫌が悪いのか知らんが、あれでは八つ当たりだ。遠ざけたいのならやり方を選んでやれ。あいつは、お前のことを友人みたいに思っているんだからな」


「…………」


 亜笠が勝手に思ってるだけ……そう言い切ることも出来た。

 しかし、どうしてか口に出せない。


 澪には家族と慕う者たちはいるが、友人と呼べる存在は少なかった。亜笠がそうなのかと問われたら、正直、首を傾げる。

 なのに友人ではないと断言しようとした瞬間、突然の寂しさが言葉を飲み込ませたのだ。


「だとしても、私のやる事は変わりませんわ………こう見えても仕事中ですの。どっか行ってくださる?」


「……一応伝えておく。五行家がエニグマの件で再調査に乗り出した。これまでは大聖堂の管轄で手を出せなかったが、枢機卿の首根っこを掴んでからは連中も大人しいからな。敵の正体を突き止めるのも時間の問題だ」


 最低限の事を伝え、鏡がその場を去ろうとする。

 ドアが閉まる寸前、澪が声を発しなければ、止まらず立ち去っていただろう。


「退魔師というのは、少し増長が過ぎますわね」


 バンッ


 閉まりかけの扉を押し留め、今一度、澪の静かな背中を見遣る。

 その言葉には、無視できない意味が込められている気がした。


「今となっては“大聖堂(カテドラル)”という組織など、取るに足らないと思っているのでしょう?」


「事実、“大聖堂”の台頭はかつてのものだ。年老いた古い組織に、今さら何も出来ん」


「まぁ、半分正解ですわね」


「……ずいぶんと思わせぶりに言うものだ。忠告でも助言でも何でもいい。知っている事があるなら話せ」


「要するに、死にかけの組織などよりも、強い個の方が始末に負えないという話ですわ」


「強い個……大聖堂でお前が言うほどの個人は皆無だ。一人を除いてだが………まさか」


 聖堂騎士序列1位、ミルディン。

 聖堂騎士とは、扱うのに特別な資質が必要な“神託(オラクル)”に適正を示した者たちのこと。その中でもミルディンは、戦略級の破壊に特化した男だ。さらには世界で唯一、複数の特別な“神託”に適性を持っている。

 身柄は大聖堂によって厳重に秘匿されており、能力の幾つかも含めて謎が多い人物だった。


 “エニグマ事件”当時、ミルディン関与の可能性を考えなかったわけではない。だが街一つを丸ごと“血の祭壇”にする計画は、当時の序列3位が首謀したという証拠が多く、協会も深く追求しなかった。

 そこへ今回、実際に敵と一戦交えた澪の意見が加わったことで可能性が高まった形だ。


「言っておきますけど、ただの勘ですわよ? 調べて何の関係も無かったからって、文句を言わないでくださいまし」


「勿論だ。貴重な意見に感謝する」


 そう言って今度こそ鏡は屋上を後にした。

 澪の助言にて、“エニグマ事件”の再調査は飛躍的に進展することだろう。

 しかし、それは“真ノ悪”にとって良い展開とは言えない。結果として五行家の手が潜入中の仲間へと伸びる可能性があるのだから。少なくとも、想定より計画に余裕が無くなることは間違いない。

 今さらながら妙な気まぐれを起こしたことを、震えるほど後悔し始めていた。


「あぁ~~、何であんなこと言っちゃったのかしらぁ。お兄様に怒られるぅ……それもこれもっ、全部あなた(・・・)が悪いんですわ!」


 肉眼では見通せない距離を、『王権』を駆使してひたすらに睨みつける。

 澪は自分の行動の不可解さに身もだえながらも、屋上より監視する彼方の敵から目を離さなかった。



           ★



 “真ノ悪”の拠点、山本五郎左衛門の邸宅。

 とある寝室のベッドに、焔がスーツの皺も気にせずポフッと飛び込んだ。


「(すぅ~~)………んぅ」


 枕に顔を埋めて大きく息を吸い込む。続けて悩ましい吐息を漏らした。

 顔に枕を押し付けたまま仰向けになり、アルマジロのように身を丸くしたかと思うと、右へ左へゴロンゴロンと体を揺らしている。


「なにやってるのよ、焔」


 ドアの前で掃除機片手に佇む給仕服の輝真に声を掛けられ、焔の動きがピタリと止まる。

 枕を持ったまま、身を縮めた体勢で壁へと向いた。


「輝真、許可もなく人の部屋に入るなんて無礼ですよ?」


「あんたが言うか! ここ士緒の部屋だし、ベッドも士緒の物でしょうが! あと言っとくけど、枕カバーもシーツも替えたばっかで、もはや別物だから」


「ふっ、残念でしたね。枕は生徒会の寮から直輸入した物で、使用済みです」


「密輸の件は平さんに通報するとして、とにかく掃除するから部屋を出て。枕は押収します」


「……分かりました。輝真にも吸わせてあげますから見逃してください。今回のは上物ですよ?」


「言い方っ!」


 互いにあーだこーだ言いながら、真っ白な髪と大正っぽい給仕服の女性がスタイリッシュなスーツの女性を部屋から追し出す。屋敷のデザインがゴシック様式なのも相まって、その光景はどこかアンバランスで面白みがあった。

 そして二人が廊下に出ると、思いもよらぬ人物がその様子を横から眺めていることに気づく。久良名学園の制服に身を包んだ少年……少しだけギラついた眼をした黒沼公浩だ。


「若! お帰りでしたか。あ、えっとこれは……輝真に掃除機の掛け方を教わっていました」


「下手なウソつかないの。おかえりなさい士緒………どうかしたの? なんか、ちょっと恐いわよ」


「…………」


 公浩は無言で、真っすぐに輝真を見つめている。

 ほんの少し前にも生徒会室で今と同じ空気が流れたのだが、輝真たちがそれを知る由もない。


「……輝真さん、今でも僕(・)の事が好きですか?」


「へ!? う、うん。好きだけど」


 輝真は橘花院士緒の直系の高祖にあたる。ただし、この場にいる輝真は“固有秘術”によって生み出されたクローンのような存在であり、厳密には別個の人間だ。

 強引ではあるが、その理屈を盾に輝真は士緒への好意を認めることが出来た。ましてや、その好意を暴いたのが士緒とあっては、今や隠すこともしていない。


「なら、じっとしててください」


 公浩の姿で不穏な空気が漂う。

 これはマズい……焔がそう感じ始めたところに、梢が空気を読まずに登場した。


「若が帰ってるっすか! ジブンのことも構ってくださいっすー」


 後ろからの能天気な声に焔が気を取られた瞬間、事態は動いていた。

 なんと輝真が壁に追い詰められている状態だったのだ。しかも顎をクイッと持ち上げられて。

 それを突然に目の当たりにして、梢が光彩を失った瞳に凍り付いた笑顔で立ちつくす。


「………ぇ? 何これ、何が始まるっすか?」


 焔も呆気に取られたまま。輝真も、突然のことに腰が引けている。

 数秒もない硬直だったが、ゆっくりと確実に、二人の唇は近づいていた。


「ちょ、士緒!? その気になるのは嬉しいけどっ、せめて二人っきりで――――!」


 と言いつつも抵抗はしていない。

 手を突き出しているが力は入っておらず、むしろ唇へと誘導している。

 照れつつもニヤつきが抑えられない輝真を見て、梢と焔が我に返った。


「そ、そうはさせないっすよ! 若こっち! こっち見てっす!!」


「若っ、私としましょう! いちばんお手頃ですよ!?」※混乱中


 左右から必死の形相で公浩の服を引っ張る二人の姿は、少し気の毒になる程だ。

 だがある意味で必死の立場にいる公浩も、ここまで踏み切った以上、簡単には止まれない。

 生徒会室の一件で感情の暴走を起こした、怯える子犬のような状態なのだから。


ホ「私はこの中で一番スタイルが良いです!!」


コ「腰はジブンのが細いっす!」


ホ「私が多分いちばん感じ易いです! イキ癖が付いてると言っても過言ではありません!」※実積あり


コ「じ、ジブンも若が相手なら一瞬っすよ!? なんならイッパツ確かめてくださいっす!!」


 隣で起きている大騒ぎも虚しく、公浩の唇がいよいよ輝真のそれへと触れようとしている。

 肘ドンと顎クイの合わせ技で、まさに吐息がかかる距離。熱のある視線と紅潮する頬が輝真の眼前へと差し出された。


(これチャンスよね? 受け入れてもいいのよね? ああでも! もう少し心の準備を!)


 この美味し過ぎる状況はもしや罠では……と申し訳程度の葛藤と戦う輝真。


 ……その葛藤がよろしくなかった。

 この時、思い切って自分から行っていれば、と。



「くっ、なんてことだ」



 …………むかっ


 輝真を壁に追いやったまま、その目の前で公浩はガックリと打ちひしがれた。

 距離は近いままであり、顔を上げれば輝真の怒りがこれでもかと伝わった事だろう。


 キスを目前にしてこの反応を見せられては、輝真としてはプライドを傷付けられたようなもの。

 ムカつきが言葉となって飛び出す。


「私の顔に文句があるなら、離れてくれて結構ですけど?」


「………すみません」


 …………むかっ


 あっさり公浩が離れたことに別の腹立たしさが湧いた。

 が、今は冷静に。この状況が何事かを問いただす方が先決だと自分に言い聞かせる。

 未だ腕にしがみついている梢&焔と目配せして、三人は頷き合った。


「こほん……で? どうしたの一体? 言っとくけど暴挙よ、これ」


「らしくなかったっす」


「NTRした気分です」※ちょっと興奮気味


 沈んだ表情の公浩に三方向から気遣う声が掛けられる。

 常の橘花院士緒なら、ここで多少無理をしてでも笑顔を作ったはずだが、今はそれが無い。

 逃げられまいと左右から捕まえている二人の不安が一層高まっていた。


「生徒会室で、鶫と………」


「確かカノジョだったわよね。セックスでもしたの?」


 輝真のあっけらかんとした言葉に梢は「ぶほっ!!」と吹き出し、焔はNTR妄想で泣きそうになると同時にキュッと内股になった。

 セックスが何か? と言わんばかりの平然とした態度には、梢も焔も一目置かざるを得ない。


「いえ、キスだけです。ちょっと深いやつですが」


「………?? それがどうして今回の事に繋がるのよ」


 梢はキスという単語だけで『あわあわ』と狼狽えているのに、輝真は謎の胆力を発揮して別次元の会話を繰り広げていく。動揺の最中、梢は何とも言えない敗北感を味わっていた。

 反対側では、焔がいろいろと捗っていた………


「軽い気持ちでした。義務感から行うのだと割り切って、ただしました(・・・・)」


 取引先の女社長に抱かれました、みたいな深刻さで言っているが、実質この場の三人娘からしたらそんな悲痛な顔で話す内容ではない。

 元も子もないようだが、結局のところただの口づけである。それをここまで大袈裟にしてしまうとは、現代人にしては真面目に過ぎる。まるで少女漫画の住人のようであった。


「けれど、いざ唇が重なると……愛しさがこみ上げて来たんです」


「なるほどね、情が移って今後の活動に支障をきたさないか心配なわけ。それとも、誰か(・・)への負い目と思ってるとか? 私たちとしては貴方に浮気するような甲斐性があって、むしろホッとしてるけど」


「んと……若が健全な男性なのは喜ばしいっすけど、ジブンは浮気されるのはちょっと」


「というより、そもそも浮気でも何でもないですし」


 輝真の恐るべき包容力とは別に、梢は気まずそうに目を逸らし、焔は自虐的に目を逸らした。


「僕は、誰かにこんな気持ちを覚えたのは初めてなんです。自分から行為を迫って、こう……芯から震えるような経験は。だから………」


 チラッ


 その視線は輝真を捉え、すぐに伏せてしまった。

 冷静になって己の行動を思い出したのだ。暴走して無理矢理(?)キスをしようとした、と。


「それでさっきのアレ? 私でも同じ気持ちになるか試したってこと?」


「はい……貴女の好意につけ込みました。すみません」


「……結果は?」


「………鶫の時と同じ高揚を覚えました」


 輝真が拳をグッと握り、心の中で『よっしゃー!』と叫ぶ。

 それに対してムッとしたのは、左右で腕をホールドしている梢と焔だ。


コ「だったら若っ、次はジブンとしましょう! 同じ気持ちになるかもっす」


ホ「私でも試してみましょう! ち、因みに、梢のを見た後でも………」※疑似NTR


輝「待って二人とも。結局、最後までやれなかったんだから、最初は私に譲りなさいよ」


コ「嫌っすー! この三人の中ならジブンが最初にしたいっす!」


輝「あなたねえ! 士緒に好き好きオーラ出してはいるけど告白だけはまだなの知ってるわよ!? 私に譲るのが筋でしょ!」


コ「ジブンはただ若の方から告らせたいだけなんっすー! 『梢ちゃんは告らせたい』だけなんすよ!!」


輝「……あれ? 考えたら、私も告白したわけじゃないかも。単に好きだってバレただけで………」


ホ「はぁ。まったく、キスの順番一つで浅ましい人たちですね……仕方ないので私は最後に回ってあげます」※新しきトビラ


輝「あんたのは性癖でしょうが!」


コ「いつからそんな残念になったっすか!?」


 ワイワイと一気に姦しくなった。

 そんな場面を中心から眺めていれば、嫌でも落ち込んでいた気分が上向くというものだ。

 嬉しくも呆れ気味の笑みが、公浩の面(おもて)に浮かぶ。


「私(・)は遅れてやって来た思春期で、節操の無い最低野郎です。仮初の恋人関係が手放し難くて、貴女たち三人のことも女性として意識し始めている」


 三人娘が途端に静かになった。

 静かに、次の言葉に耳を傾ける。


「きっと、本当の自分を鶫に知られたら憎まれるでしょう。それを想像すると怖い……だから今回の暴挙で、自分の気持ちを否定したかった。貴女がたの内、誰かに対する好意が鶫に対する好意を上回れば鶫のことを捨てられますから。結局、誰も捨てられないという状況ですけど……こんな私に愛想を尽かすなら今ですよ?」


 鶫に抱いた気持ちを確認するための基準にされた。それはつまり、三人への好意は少なくとも異性へ向けるソレだと告白したようなものだ。

 一般的な感性とは違うかもしれないが、三人にとってその言葉は待ち望んでいた答えでもある。三人一括りなのは、この際どうでも良かった。

 こんな素晴らしい日に、愛想を尽かすなんて冗談ではない。


「ほんと、難しく考え過ぎよ。士緒がその娘を好きでも、何人お嫁さんが居てもいいの。私たちがそれで良いんだから」


「ジブンが若を、最初に好きになったっす。そして最後まで好きなのもジブンっす」


「若は外の世界で心細くなっているのですね。我々でうんと甘やかしてあげます」


 正直、今後どのように彼女たちと接し、どのような関係に至るのかは断言できない。

 悪党の身としては、今さら社会のルールや倫理観に縛られるつもりもないのだから、もしかしたら彼女たちの言うような都合の良い関係に落ち着く可能性もある。

 それもこれも、外の仕事が無事に片付いてくれればの話だが。『黒沼公浩』のあれこれも清算する必要があるだろう。


「本当に、どうして皆して私をダメ男にしたがるんでしょうね。これ以上、沼に嵌る前に私は仕事に戻るとにします………でも、ありがとう三人とも」


「あ、一つだけお願い。ハーレム作るならギーネさんにも声かけてね?」


「でしたら佐東市花も一考の余地があるかと。アレはなかなか見どころがあります」


「むぅ……不本意っすけど、斑鳩縁もまあまあっす。ファーストキスの一件は………まぁ、さっきのやり取りをした後じゃ、別にいいかなーって思うっすし」


 三人の言葉は、嬉しくもどこか納得のいかない苦笑を公浩に浮かばせた。

 怪しげな新興宗教や洗脳教団でもあるまいし、ハーレムなんて人聞きが悪い。しかも、それを前提にして別の嫁を推薦してくるなどマルチにも程がある。


「その話は追々ということで。梢、焔、久良名に戻ります。同行してください」


「ラジャっす」

「御意」

「いってらっしゃい」


 すっかり本調子に戻り、先程までの危うさが嘘のような顔つきで、自らの戦場へと返って行った。

 久良名に着いても暫くは梢と焔がしがみ付かれていたのだと、後で楽しそうに語られた。


「あ、いけない。平さんにお昼食べさせないと」


 士緒からも適度にサボらせて太らせるように言われている。ところが、気づけば働いている人のため、その管理は案外難しい。

 それもあって、実のところ誰よりも忙しいのは輝真であった。屋敷の家事全般は輝真の領分であり、広い屋敷をほぼ一人で回しているのが実情である。因みに、それ以前は士緒が大半をこなしていた。


「食べさせないとって、俺は犬猫か」


「わっ、平さん居たの!? もしかして、さっきの聞いてました?」


 廊下の曲がり角から悠然と現れたのは、体格のいいお洒落な紳士……稲生平こと、三代目『山本五郎左衛門』。時代を感じさせるループタイは、輝真と同様に屋敷の雰囲気に良く合っている。


「『罪は異臭を放ち、天まで臭う』というやつだ。けしからん愚息のハーレム計画が臭ってきたものでな」


「出てきても良いんですか? 真桜(まさき) 静(しずか)の事で士緒に怒られるからって逃げてたのに」


「だからそこの角に慌てて隠れたんだ。そっからは出るに出られなくてな」


「……罪が臭ってますよ?」


「やかましい、蓋でもしておけ」


 と言ってはいるが、本当にハーレムの臭いを嗅ぎつけて来たわけでもあるまい。

 確かに、あの姦しい騒ぎなら聞きつけた可能性もあるが、実際は輝真に用事があって来たのだろう。先ほどの場面には、偶然に居合わせたといったところか。


「それで、私に何か用事があったんじゃ?」


「うむ、この間の話は覚えてるな。『月の勾玉』を使う目途が立ったと伝えに来た」


「……ふぅ、良かった。これで私も役立たずを卒業できます」


 掃除機を片手に安堵する輝真を、五郎左は慈愛の表情で見る。

 この屋敷内で輝真が役立たずであったことなど無く、それどころか輝真が居なくては、今や身の回りの面倒を捌ききれない状態となっていた。

 だというのに、これほどの謙遜をされては五郎左としても居た堪れない。だから仕事をサボれないのだ。


「危険は無いように調整したが、心の準備は?」


「出来てます。それどころか、“三つの異能(トライアド)”を使えなくなった今の私が、また士緒の力になれるのが幸せなんです……ほら、私って尽くす女ですから」


「ああ、全くもってその通りだ。こんな佳い女に愛されるのがどれだけ幸せか、あいつにたっぷりと教えてやれ」


 五郎左が『月の勾玉』を放り、輝真はそれを大事そうに胸へ押し当てる。

 これでまた尽くすことが出来るのだと。檸梨の時から抱いていた無力感を拭えるのだと、嬉しくて泣きそうだった。


「首尾よく“固有秘術”を盗み出せれば(・・・・・・)、お前は“三つの異能”を超える超常の力を、歴史上初めて身に着ける事になる。今よりも更に忙しくなるぞ」


「望むところです。労働大好き!」


 最高の笑顔で掲げた掃除機が説得力を増している。

 こんな良い笑顔を誰かさんよりも先に見てしまい、五郎左は少しだけ申し訳なくなっていた。







“キスについて質問してみた part2”



『聖川輝真の場合』


 Q,キスのご経験は?


 A,0.9回くらい


 Q,目を開ける派? 瞑る派?


 A,開ける派だと思ってたわ。思わずギュッて瞑ってしまうまでは


 Q,自分から行く派? 待つ派?


 A,本文を読んでみたら? 笑えるわよ


 Q,……あれ? なんでプレッシャーを掛けられてるんだろ


 A,イラついてるからよ。本文を読め


 Q,理不尽……



『梢の場合 part2』


 Q,仮にですが、若様が自分の知らない女性とキスをしている現場に出くわしたら、貴女はどうしますか?


 A,……目を瞑る派っす


 Q,(だから泣かないでよ……)



『焔の場合 part2』


 Q,若様が自分の知らない女性と(以下略)


 A,録画します。そして使います


 Q,(使い方、聞きたくないなぁ)



『ギーネの場合』


 Q,キスのご経験は?


 A,あ、あるわけ無かろう!! 子どもが出来たらどうするのじゃ!?


 Q,oh・・・



『澪の場合』


 Q,キスのご経験は?


 A,ありませんわ。身持ちは固いんですの


 Q,目を開ける派? 瞑る派?


 A,その時の気分次第ですわね。多分ですけど


 Q,行く派? 待つ派?


 A,相手にも依りますわ。例えばお兄様なら、こちらから行かなければ埒が開きませんもの(正解)


 Q,(……おかしい。回答が流暢で落ち着き過ぎてる。何より、いつもより良い女の匂いがする)


 A,あまり見つめないでくださいまし。照れてしまいますわ


 Q,……嫌いな戦国武将を答えてください


 A,馬場信房ですわ(即答)


 Q,思わず出てくる口癖は?


 A,にんにん、ですわ ←思わず


 Qあんた加藤さんでしょ!! このコーナーに出たくないからって替え玉を頼まれたでしょ!!


 A,言いがかりは止めて欲しいでござりますわ


 Q,はいアウトー! 『ござります』はアウトー!


 A,にん(しゅん)………


 Q,それで、本人は?


 A,キスの作法やら何やら、知識を仕入れに行くそうでごさる。亜笠殿から


 Q,なんて惨いことを………





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