第124話 静けさ2
物語の整合性に関して若干の不安あり。
矛盾とかあったらスンマセン………
「僕は神野悪五郎の封印を解く方法を知っている。まだ誰も知らない、不可欠な手順をな」
澪が息を呑み、公浩の思考が急速に回転を始める。
マサキの言葉を吟味し、言葉の裏を探ろうと鋭い目を向けた。
「僕は、かつて黎明によって封じられた物の怪だ。記憶と力だけを封じたのは情けをかけたつもりなんだろう。だが、時間を掛けて一部の枷は外してやった。知りたい事があれば何でも聞いていいぞ」
真桜 静は、九良名という街のブラックボックスだ。“真ノ悪”についても多くを知っており、敵対されるリスクを考え下手な行動は控えてきた……先程までは。
その正体について あるいは まさか もしかして などという憶測を並べるのはうんざりだった。
害はないと考え放置してきたが、もう答えを得ても良い頃だろう。
「では率直に……あなたは何者ですか?」
返答によっては、この場で行動に移ることも考えていたのだが………
「うむ、忘れた」
ガクッ
20世紀のコントよろしくコけそうになった。
シリアスな空気は台無しだが、マサキを見つめる公浩の眼力に未だ衰えは無い。
「神野悪五郎については記憶を引っ張り出せるが、まだ開封できない箇所が多くてな。自分の正体については推測しかできないんだ。もし間違ったら恥ずかしいし、言いたくない」
「封印の情報は確かなのですね?」
それさえ正しければ、後はどうでもいい。
……とは言わないが、今のところ拘る必要もなかった。決して面倒だから話を進めたのではない。
「さあ? ひょっとしたら罠かもな。黎明に記憶の改ざんをされている可能性もある。まぁ流石の奴でもそこまで出来るとは思えないが……僕の知識を本物と信じるかは、お前次第だ」
これまで封印に関しては、夢の中に突然現れた神野悪五郎の情報に頼るしかなかった。だが今なら、感情的にもハッキリしていることがある。
どちらかを信用するとしたら、マサキだ。
士緒は自分でも驚く程に、あっさりと結論を出す。
パンッ
公浩が満面の笑顔で柏手を打った。
「実に結構。長い道のりでしたが、まさかこんな所に求める答えがあったとは。親父殿にも、ようやく良い報告が出来ます」
「―――! そうかそうか! うむうむ。五郎左衛門も、僕が力を貸すとなれば小躍りして喜ぶぞ。何せ今まで散々に協力を渋ってきたのだからな! ……ふぅ、ほっとした」
「…………ん?」
公浩が笑顔のまま凍りつく。
あまりにも聞き捨てならない発言が飛び出し、漏れだす闇色の冷気から澪が一歩距離を置いた。
「うちの親父殿とはお知り合いですか?」
「知り合いも何も、お前が街に来るよりも前に接触してきたぞ。あれこれ調査をして帰ったが、あまり信用出来なかったから大した情報は渡さなかった。ふふん、見直したか?」
「ええ、とっても」
笑っているのに、笑っていない。
自分が学園に送り込まれた理由そのものが揺らぎかねない隠し事に、思考が吹っ飛んだ。
澪がガタガタ震えているのを尻目に「後で酷い目にあわせてやr………」とぶつぶつ呟くことで気を鎮めた。
「まあその話は今度にするとして、だ」
「……それは冗談ですか?」
今すぐ話せと脅すような笑顔は、しかし天然のマサキには通じなかった。
キリッとしたやり手風の流し目を送って話を続ける。
「ボクが協力するにあたって、条件がある」
「………はぁ。聞きましょう」
平静を取り繕うのも限界なのか、疲れた顔の公浩がそこに居た。早く先に進みたい感がありありと出ている。
その様子に、澪は疑問を抱く。
外では決して己を見せてこなかった橘花院士緒が、マサキという女に振り回されている姿に驚いたのだ。
その様は気を許していると言ってもいい。
潜入中の人格ではない、先の顔は紛れもない身内へ向けるそれ。
澪の心内に嫉妬と、奇妙な不安が生じた。
「まず、これは言うまでもないが、銀箭羽々矢は排除すること。それも速やかに」
「少し泳がせるつもりでしたが……」
頭の中で計画を修正しているのだろう。
そして数秒の考える仕草をした後、顔を上げた。無邪気で、強固な自信に満ちた顔を。
「分かりました。敵を殲滅し、勝利を貴女に捧げましょう」
ズバリと心臓を直撃する力強い言葉に、マサキが身震いする。
殲滅は可能だと淀みなく答える確信。公浩の背中は澪にとって頼もしくもあり、同時に怖ろしくもあった。
澪は“真ノ悪”でも指折りの強者である。そんな自分に奇襲とはいえ迫った相手を、事も無げに殲滅すると言ったのだ。
自分は慕う人間の役に立てていないのではないか、自分一人いなくなっても困らないのではないか? そう思うと怖くて堪らない。
(お兄様には、私など必要ないのかも………)
そんな切実な心情があるとは知らず、一方のマサキはと言えば。
ほんのり上気し、艶のある唇に自らの指先を這わせている。全て無意識だろうが、興奮のあまり『むぎゅうっ』と教育に宜しくないポーズで中腰になっていた。
「はぁ、はぁ……なるほど。言霊に神気が乗っているのか。流石は“天道無楽”……いや、使いこなすお前こそを褒めよう」
「本当に色々とご存じなようで」
公浩の視線が肩越しに澪へと向かう。そこには、事情を知られたくないという意図が含まれていた。
その意図を酌み、マサキも余計な話題を引っ込める。会話の意味が分からず、奇妙な空気を前に澪は首を傾げた。
「次に、ヘルメスを久良名に寄越してほしい。封印に関して、あいつにしか出来ない仕事がある」
「ヘルメス様を?」
今度は公浩に疑問符が浮かぶ。
マサキがヘルメスと“真ノ悪”の繋がりを知っていること自体は不思議ではない。しかしマサキの様子を見る限り、現在ヘルメスが置かれている状況については知らされていないようであった。
五郎左が接触した時に、その事に触れなかったのだろうか?
「どうかしたのか? ヘルメスはそちらで保護していると聞いたが」
「いえ……どうやら親父殿は、貴女に協力を断られた仕返しをしたようですね。ヘルメス様の情報で肝心な事を話さないとは」
「え? え? なんだ、どういうことだ?」
マサキが公浩に詰め寄る。自分だけ仲間外れにされて笑われている感覚なのか、焦っている姿はいかにも子供っぽい。
公浩はというと、意地悪のお手本みたいな顔で佇んでいた。
「ヘルメス様は諸事情につき、現場には立ち会えません」
「なんで?」
「私の一存では何とも……親父殿にも意見を聞いてみましょう」
「そうか教えない気か! 僕を笑いものにするつもりか! 意地悪!!」
「どうしてもと言うならヘルメス様にご降臨願いますが……正直、都合が良い状況とは呼べないでしょうね」
「だから説明をだなぁ!」
「その仕事というのは、本当にヘルメス様でしか適わない内容なのですか?」
「むぅ~………」
公浩はニタニタとするだけでマサキの文句を取り合わない。会話のようで、その実イチャついてるだけのも見えるやり取り。
ふくれっ面のマサキがプイと顔を背けた。
「……この学園の地下に、封印の最終工程に不可欠な祭壇がある。そこを経なければ半端な復活となるだろう」
「無理に侵入はできないと?」
「そこへ侵入するには仁科黎明を捕獲するか、“聖魔の鍛冶師”レベルの解錠技術が必要だ。呪術師の連中はどちらも用意出来なかったから、プランA……表層に祭壇を設置して代用するつもりだったんだろう」
「そしてプランB……その裏で呪術師を送り込んでいた。なるほど、手口が読めました」
公浩が後ろに控えていた澪を振り返る。
一瞬だけドキッとしたが、すぐに仕事モードに切り替えて言葉を待った。
「敵は空間操作に長けた人物……貴女の推測どおり、あの男でしょうね。であれば、祭壇を遠隔で起動する術を見つけたのかもしれません。捕まえた呪術師はその仕込みの最中だった、と」
「私も、もう油断はいたしません。次は確実に仕留めますわ」
「期待していますよ。では、ここからは風紀委員長の職務に戻ってください。指示があれば追って連絡します」
「え………は、はい。分かりました」
何か特別な指示が来るものと構えたのに、言い渡されたのは事実上の待機。
しかも、公浩はこのままマサキと話を続けるようだ……自分を追い出して。
確かに自分は頭を使う作業は苦手で、作戦でボロを出しかねないことも認める。だが、ここからの話に自分は不要なのだと、暗に言われているのは良い気分ではない。
澪は覇気のない返事を残し、保健室を出た。
「ふーん……随分と可愛がってるんだな。最低限の指示は信頼の証ってやつだろ?」
「本人は追い出されたと感じているかもしれませんが」
「誤解を解く気はないのか。嫌われても知らないぞ?」
「……それで良いんです。彼女には、自分のすべき事を見つけて欲しいので」
なにやら訳ありげな言葉だ。
しかし、マサキはその話題に踏み込もうとはしない。ハッキリ言って、マサキの澪へ対する興味は薄かった。
恋敵としても、今後の計画という意味でも。
毒にも薬にもならない端役、という印象だ。嫌いではないが、積極的に関わるだけの価値は無いと判断していた。
「話の続きだが、祭壇への侵入には“聖魔の鍛冶師”……ヘルメスと同等以上のスキルが必要だ。まぁ仮に、ヘルメスに匹敵する鍵開け師がいれば侵入は可能だがな」
「ふむ……居なくはないですね」
「いるの!?」
ヘルメス……過去千年の歴史でも最高の錬金術師。
素性は“大聖堂”の定めるところの悪魔。それでいて“大聖堂”や日本の退魔師に多大な貢献をした稀有な存在だ。
昨今では廃れつつある錬金術という分野で、聖堂騎士が主武装とするような秘宝級の武器までをも生み出し、鬼や悪魔に対抗するための様々な術の開発などで、ある種の革命を起こした。
技術面で人類側の戦力を数百年は進めたと言われる女傑である。
そんな人物に匹敵するなどと簡単に言われて、マサキとしても信じがたかった。
「タイミング的には好都合とも言えます。“大聖堂”に潜入中の仲間なのですが、五行家の調査が及ぶ前に呼び戻すところでした」
「大聖堂でヘルメスに並ぶ者など、ギリギリで“賢しき金細工師”に可能性があるくらいだが……」
「さて、どうでしょうね。むしろメリザンドの存在は、あの方を呼び戻すのに邪魔かもしれませんよ?」
この不敵な笑みは、聞いても教えないよと言っているに等しい。
マサキもついに、他の女子たちと同じく身をもって学んだ。
「まぁいい。では最後の条件だが」
ズビシッ、とマサキが犯人を言い当てるがごとく指を突き付ける。
これはもしや「プレゼントはお前だ」とかいうパターンかと思いきや、まっすぐに見つめるマサキの瞳は本気だ。
数秒前のふわっとした雰囲気が嘘のような真剣さが、これが最も重要だと伝えていた。
「四宮鶫……奴を手放すな。絶対にだ」
「は………い?」
橘花院士緒がここまで面食らったのは、人生で数える程しかないだろう。
マサキの真意が分からなかった。普通、好意を持った相手|(※自分)が別の女性に手を出すことは忌避するのではないか?
鶫ですら、公浩の浮気は許すが納得はしないというスタンスなのだが………
「なんなら行き着く所まで行っていい。既成事実でも何でも、アイツの心を繋ぎ留めるんだ」
マサキの言葉は許す許さないの域ではない。その勢いは推奨の枠を飛び越え、命令とさえ言えた。
他の女性との関係を強制されるなど、恋愛に疎い身でも異常な事と分かる。
マサキの覚悟が伝わってくるだけに、どう答えればいいのか言葉に詰まった。
「……なぜです?」
なんとか絞りだしたのが、その質問である。
考えてみれば、別にマサキとは恋人でもなし。公浩が誰とどうなろうが後ろめたくはないのだ。
それに、鶫との関係継続が現実的に難しい点を、ここで説いても無駄であろう。何とかして見せろと目が訴えていた。
「この条件に関して是非を問うつもりはない。いいか、これはお前を守るために必要なことだからな?」
「その理由は?」
「うーん………」
マサキは口元に指を当てる仕草で天井を仰ぎ見る。
それが意味するところに理解が及ぶまで、一秒と掛かりはしなかった。
「教えてやんなーい」
「…………」
自業自得とはいえ、マサキのしてやったりな満面の笑顔にイラっとする。
しかし間を置かず、空気を一変させた満開の笑顔に心臓を殴られたことにも気づいた。
公浩は最近、こういう事が多いなと自覚している。思春期の男子でもあるまいし、異性にドキッとさせられてばかりな自分が恥ずかしくもあった。
(四宮鶫を手放すな……ですか)
思春期が遅れてやってきたのが、彼女と出会った時期なのはハッキリしている。そこにパッと思い至るのは納得がいかない気分だが。
この事態を自己分析したなら、『情が移った』または『絆された』となるだろう。もっと直接的に言うならば――――
(いやいや、ありえない)
だがしかし、否定するだけ虚しいとさえ感じる程に、その感情は膨れ上がっていた。
公浩の背中を冷たいものが走る。このままでは自分は、情に流されて大切な事を見失うのでは………
「これは理由とは違うが、さっきは澪・ペンドラゴンに自分のすべきことを見つけてほしいと言ってたな? 僕も同じだ。お前にとって本当に大事な物を捨ててほしくない」
「鶫がそうだと?」
「四宮だけじゃない、もっとたくさんだ。全てを諦めさせないと言ったろ?」
「………」
そんな都合の良い話はない。あってはならない。
これから多くの人に犠牲を強いる自分が、何も捨てないなど赦されないのだ。
それだけに、マサキの宣言は誘惑に満ちていた。
悪魔の囁き……まさか自分がそれを受けるとは、笑えない冗談である。
「鶫の件は……ええ、どうにかします。ですが、私が貴女の手でダメ男にされる前に、目先の仕事は片づけておきましょう」
率直に言うと問題の先送りだ。
情けなくも逃げの手を打った公浩にマサキはやれやれと肩を竦めるが、どこか愛おしそうに口の端がゆるんでいた。
「話を纏めますと……呪術師が地下の祭壇を遠隔で使用するより先に我々が侵入。祭壇を起動し、神野悪五郎様を解放するのですね?」
自らの認識を簡潔に述べた公浩に、しかしマサキは「しまった」という表情になる。
半ば無理やりに本筋へと持って行った形だが、ここに情報の錯誤が見つかり、功を奏した。
「説明が足りなかったか。呪術師に先んじて祭壇にたどり着くのは封印を解くためではない。破壊するためだ」
「破壊……ということは、そちらは神野悪五郎様の封印とは別の?」
「“禍神”と呼ばれている方だ。呪術師連中の狙いはそちらだろう。古の“荒魂”の類で、解き放てば厄介なことになる」
「ふむ、“死神”よりも多少は厄介ですね。そんな物を人がどうこう出来るとは思えませんし、自爆テロでもするつもりでしょうか?」
「言って聞かせたところで、連中を説得できるとも思えないしな。万が一、復活されるにしても弱体化ぐらいはさせておきたい。黎明の封印術は正規の手順を踏まないと内部崩壊するから、それを利用する」
「……その方法で、封印した相手を一方的に削れるというのに。あの男がそれをしないのは、世界の仕組みを悪用するためですか」
「黎明は“世界の器”についても、通力や誓約が及ぼす副作用についても理解している。その結果起こる“裏返り”は、許容範囲だと考えているんだ」
顔には出さないが、声に不快感が表れている。
まだ一部の記憶が戻っていないと言うが、“真ノ悪”が長く秘匿してきた知識を当たり前に話している事実は、マサキが神代の時代を知っている裏付けだ。
もしかしたら、それこそ神仏に位置する存在なのかも知れない。
マ「くしゅっ」
唐突に出た可愛いくしゃみによって、士緒の思考は推論ごと彼方へ追いやられたが。
「仁科黎明が退魔師の天下を維持するには敵が必要。敵を生み出し続けるには………」
「神が必要だ。黎明が封印に拘るのも、神は存在するだけで利用できるからだ。存在そのものが鬼を生み出すのだからな」
怒りや憎しみではないが、敵意が滲んでいる言い回しだ。
退魔師が現在の権勢を勝ち得たのは、ひとえに通力を用いた超常の力と、鬼という得体の知れない敵がいたからだ。このシステムを維持するために、マサキが言うように“神”とやらを利用しているのだろう。
その実態が、どれほど悍ましい事なのかも知った上で。
「かつては“死神”を倒した英雄も、今や神にへばりつく蛭ですか。何にせよ、今後を見据えれば“禍神”とやらは排除するのが良さそうですね」
「できるのか?」
「私を……いえ、我々を誰とお考えですか?」
公浩は常の調子を取り戻した笑みで、今日一の自信と誇らしい言葉を放った。
「“真ノ悪”には、神殺しなんて容易いものです」
★
「………とは言ったものの」
翌日の午後、悩まし気な公浩が立っている場所は生徒会室の前だ。
昨夜の話にもあった鶫との関係強化。その実践に赴いてはみたものの………
(なぜだろう……神殺しよりも気が重い。そもそも、どうやって仲を深めれば……)
扉の横に大穴が空いている部屋の前で黙考している公浩。
前日の事件があって、学校は一時閉鎖されている。現在は校舎内から一般生徒の気配が消え、寮住まいの生徒会役員、風紀委員が疎らに見えるだけ。
敵襲に備えて学園の守りを堅める作業に東奔西走する姿は、さながら学園祭前日の修羅場を彷彿とさせる。だが、それだけに鶫を訪ねるタイミングとしては不適切かもしれない。この修羅場の最中、会長と副会長がどうしてイチャつけよう。
そんな言い訳を引っさげて、公浩も理由をつけて忙しくしていたのだが………
「あれ? 先輩、そんな所で何してるんです?」
壁に空いた穴から生徒会長がひょこっと顔を覗かせていた。
どういう訳か最近の鶫は、よく公浩の居場所を嗅ぎ付けてくる。昨夜もいきなり保健室に乱入してくるなり「私よりマサキ先生が優先ですか!」と二人の間に体を割り込ませた程だ。
思えば檸梨市の時、すぐさま捕捉してデートに連れ出した実積も………
「ひょっとして私のこと避けてます? 無理やり副会長にしたこと、まだ怒ってたり……」
「………」
申し訳なさそうに目線を伏せて言う鶫には応えない。なぜ自分が一喜一憂して足踏みしなければならないのか、本人を前にして苛立ちが湧いてきたからだ。
そして公浩にしては珍しく、ムスッとしながら扉を開けて中へと入った。
会計 工藤正臣
会計監査 磯野&海北綱
書記 神崎風音
庶務 早期入学組の双子
誰一人として暇な人間などいない生徒会のメンバーが揃っている。
方々を駆け回って術式の設置や事務手続き、教員の補佐などをしている面々が集まるとは中々無い偶然だ。
それ故に、せっかくの機会を逃すまいと近寄って来た風音が、書類片手に身体を密着させる勢いで公浩の隣に立つ。
「はい公浩君、今朝に頼まれてた資料。それから“社”へ提出する巡回シフトの調整したから確認を………どうかしたの?」
「………うん? いや、なんでもないよ。少しぼーっとしてたかな」
「「「…………」」」
生徒会室に奇妙な沈黙が落ちた。
何人かが顔を見合わせ、常には無い公浩の様子を訝しむ。
いつもなら嫌味なくらいニコニコしながら、毒を吐いたり女の子を誑したりしているのに。今は心ここに有らずだ。
血色は悪くないが、慌てて取り繕った笑顔も、どこかぎこちなかった。
「それより風音さん。今朝は気が付かなかったけど、カチューシャ変えた? 凄く綺麗な色だね」
鮮やかな薄緑で、生地は紛れもなく上質。学生が買うにしてはかなりの贅沢な品だ。
遠目ならエメラルドのティアラにも見えそうである。
「あ、これはお母さ………じゃなくて、お父さんの知り合いの人がくれて」
嬉しそうに触れる仕草が、風音が檸梨で得た物の大きさを物語っている。
どうやら独楽石 美浜とは濃厚な時間を過ごせたらしい。関係が良好なのは良いことだ。
公浩の現状からすれば、羨ましいほどに……
「関係、か………」
「………? 公浩君、ほんとに大丈夫? いつもの嫌味な顔じゃないと心配になるんだけど」
「神崎さん、地味に酷い……」
「ばーか、神崎のそれは愛情表現なんだよ。俺なんかもっと気安く話せるぜ?」
「……磯野の場合は単に罵られてるだけだと思うよ?」
皆の会話も遠い彼方。
一瞬だけ取り繕った公浩の表情が、またしても己の世界に引っ込む。
考え事をしているが辛そうではない、しかし放っておくのは気が引ける……そんな姿が、鶫の母性本能を刺激した。
「こほん、先輩……いえ副会長。今日のところは――――」
チラッ
「寮に戻って休ん………な、なんですか?」
鶫が会長用の少しだけ豪華な椅子を引いたところで、公浩の視線に気づいた。
不調にしか見えない公浩を心配し、椅子に腰かけてカッコよく「休んでください、会長命令です」と言うつもりだったのに。疲れた表情から放たれる思いのほか強い視線に、只事ではない空気を感じて怯む。
「ぁ、あの……先輩?」
カッコよく命令はおろか、か弱い少女のように小さくなってしまった。
磯野が小声で「四宮、ザコい……」などと言っているが、反論できるはずもない。
「関係ね…………ええ、やってやろうじゃないですか」
半ばやけくそ気味に、公浩が鶫の眼前へと迫った。
「へわっ、わわ!」
狼狽えた生徒会長が自らの椅子へと押し込まれる。
そこからの展開は余りにも急だった。
「むぐ――――!!?」
顎を持ち上げ、ポニテの根元をホールドして引き寄せる強引な口づけ。
椅子の背もたれ越しではあっても、その行為は部屋中に届いた。
鶫は目と手が『クワッ』と開いたまま硬直。
風音は持っていた書類をバサバサと落として硬直。
工藤は目を通していた書類を驚愕のあまり引き裂いて硬直。
海北は注いでいたコーヒーをだばだば溢れさせて硬直。
磯野は早期組の双子を目隠しして硬直。
最悪のタイミングで覗き見していた梓は人知れず気絶。
生徒会室は静寂でありながら、震撼が駆け巡っていた。
風「…………(チャキッ)」
く「止せ神崎っ、刀は止すんだ!」
磯「……海北、俺もちょっと澪さんのとこ行ってくるわ」
海「行ったら絶交だよ?」
磯「……冗談だって。でも澪さんを想いながら散歩行ってくるわ」
海「いいけど、トイレから戻ったら絶交だよ?」
磯「いや散歩だっつってんだろ! 俺がトイレでナニすると思ってんの!?」
瞳に闇を宿した風音を工藤が必死に抑え、磯野と海北は混乱でボケとツッコミが入れ替わっていた。
と、そうこうしている内にも続いていたキスがようやく終わりを見せる。
深い関係が示す通り、キスも深いものだった。銀色の橋が架かり、酸欠で朦朧とするなか、トロンと蕩ける瞳が公浩を捉える。
赤らんだ顔を隠すように、腕を口元に押し当てていた。
目は伏せ、体の向きを鶫から逸らす様は、もう間違いない。
海(照れてる)
磯(照れてる……だと?)
く(赤面するくらいならヤルなっ、こっちが恥ずかしい)
風(かわいい……)
すると、部屋中から注がれる視線に気づいた公浩が一睨みを放つ。
自分が勝手に始めておいて理不尽も良いところだが、全員が素知らぬ顔で目を逸らした。約一名、視線に射抜かれた拍子にときめいていたが。
「………巡回シフト表、“社”に届けてくるよ」
公浩は散らばった書類を拾い、逃げるように生徒会室から退室した。
残された面々はと言うと、気まずそうに生徒会長の椅子に視線を遣っている。
背もたれで表情は見えないが、恍惚としているだろう事は透けて見えた。
「鶫、アへ面晒してないで仕事して」
風音はめげない。二人は付き合っているのだから、今までにキスの一つや二つはあっただろう。この程度の逆境など今更である。
まさか深いやつを目の前でされるとは思わなかったが………
ともかく、風音は急いで手元の仕事を片付けて公浩を追い、行動の真意を問うつもりだった。
今の公浩の様子を見て肌で感じる。『手遅れ』が近くに迫っていると。
もう形振り構ってる場合ではない。どんな手を使ってでも……例えば監禁してでもだ。
風音は今にも泣きだしそうな顔を叩いて仕事に臨む。
臨もうとしたのだが………
「風音先輩……」
「なに? 今忙しいんだけど」
「………何味だったと思いますぅ?」
「…………(チャキッ)」
切れ味の鋭い挑発に、風音が静かにキレた。
勇敢にも早期組の双子が涙目で二人を宥めなければ、一触即発では済まなかったろう。
「はぁ……勘弁してくれ」
「黒沼め、なんちゅう爆弾を……誰が後始末するんだよ」
「主に僕と工藤君でしょ」
生徒会の恋模様は、ついに無視できない問題へと差し掛かっていた。
“キスについて質問してみた”
『梢の場合』
Q,キスのご経験は?
A,無いっす……若としたいっす……
Q,(ガチ泣きしながら言われても……)
『焔の場合』
Q,目を瞑る派? 開ける派?
A,開ける派です。若をずっと見つめていたいので
Q,一途に想われて、若様も幸せですね
A,……実は、先日もしたばかりなんです
Q,えっ!?
A,あぁ、思い出すだけで幸福に包まれていくようです。あの滑らかな質感、弾力……絶妙な素材を選び出すのには苦労しました
Q,………ぇ?
『神崎風音の場合』
Q,一応お聞きしますが、キスのご経験は?
A,何で『一応』って付けたの?
Q,は? あるの? 無いでしょ? あったら謝るけど?
A,………ないです(チャキッ)
Q,ごめんなさい、許して ※命乞い中
『三王山姉妹の場合』
Q,無いとは思いますが、キスした?
A,おい雑すぎるだろ! 梓も何か言ってやれ!
A´,…………した
Q,ええ!? いつ!
A,だ、誰とだ!?
A´……小さい頃、お母さんと
Q,え、それって………
A,ヤバッ、誰かエチケット袋!!
A´,………ぅぷ
Q,キラキラエフェクトオオオォ!!
A,あのクソ親父いいいぃ!!
『久我山絢里の場合』
Q,自分から行く派? 待つ派?
A,へ!? 考えたことなかったが………待つ派、かな
Q,よっ、受けの名人! 可愛いぞっ
A,~~~~っっ ←最近の自分を振り返った
『小早川秋の場合』
Q,行く派? 待つ派?
A,待つ派です。自分から行くなんてはしたないと思っています
Q,ではここで、ペンネーム『被害者』さんからのお便りをご紹介、「てめぇ嘘吐いてんじゃねーよ!!」とのことです
A,私はひたすら受け……こほん、待ちに徹するスタンスです。『M』とは『待つ』の意味ですので
Q,またもや『被害者』さんからのお便り……「布団に侵入するのを止めてから言え!!」だそうです
A,そもそも、飛英様から侵入してくだされば万事解決なのです。なので私はひたすら待っています……貴方の布団の中で
Q,三枚目です……「なら別の所で大人しく待ってろよ!!」
A,え? それは……来てくれるって事ですか?
Q,四枚目「………ノーコメント」。あのぉ、私を通してイチャつくの止めてもらえません?
『咒水虎子の場合』
Q,理想のシチュエーションは?
A,そうにゃね……自宅で恋愛映画を観ながら、ふとした瞬間に目が合って、数秒見つめ合った後にどちらからともなく引き寄せられて………って感じかにゃ?
Q,……まさか、あなたがこんなにも常識人だったなんて
A,今のは悪口にゃ?
Q,あなたの常識的な意見が、こんなにも眩しいなんて……うぅ……
A,今までどんな相手と話してきたのにゃ!?
『四宮鶫の場合』
Q,何味でした?
A,……ふえ? あー、アレはお昼の『たくあん』の味でしたぁ。美味しかったです、えへへ~
Q,……トリップは程々にね(コメント困難)




