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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
121/148

第121話 嵐の前に2

えー……後半に見られるヒロインへの仕打ちは主人公だからこそ許される所業です。

健康を損ねる可能性があるので良い子は真似しないでくださいね。



 


 血の海。



 比喩的表現であれば聞かない言葉ではないが、実際に目にした人間は少ないだろう。

 ましてやそれが、深夜とはいえ学園のグラウンドに出現する様など。

 あまつさえ、その中心で返り血にまみれて立つのがスーツ姿の女学園長ともなれば、とても教育の現場に相応しいと言える筈もなかった。


「綺麗事を言うつもりはないが……人間同士の殺し合いは反吐が出るよ、ジェーン」


 三王山の長女……亜笠は“六家”の人間として、顕術を悪用する輩と命を取り合った経験もある。敵とあらば人を殺める事に躊躇いは無い。しかし大喜び出来るほど人格破綻者でもない。

 せめてもの愚痴を、隣からタオルを手渡してくれるジェーンに溢した。


「傭兵、でしょうか。目的は定かではありませんが、捨て駒にしても戦力が少なすぎる気がします」


 中隊規模で、半数が特殊部隊並の装備に身を包んだ軍人崩れ。もう半数が裏稼業で犯罪に手を染める二級程度の退魔師。

 どんな狙いがあって送り込まれたにせよ、こそこそと学園を制圧しようとするには余りにも戦力が足りない。亜笠に言わせれば水鉄砲で戦車を襲撃するようなものだ。


「半数が退魔師でもない普通の人間か。敵は素人か、もしくは――――」


「亜笠、取って来ましたわ」


 亜笠の後ろにスタッと降り立った風紀委員長、澪が両手にそれぞれ掴んでいるのは人間の男。一人は完全に意識を失い、もう一人は虫の息ながら意識を残している。

 瞳に恐怖を宿した軍人崩れが、まるで怪物にでも遭遇したかのような顔で澪を、そして血塗れの亜笠を見た。


「その様子じゃ、退魔師と直接関わった事はなさそうだな。でなきゃ、ここを襲おうなんて考える訳がない」


「同感ですわ……さあ、お答えなさい。貴方を雇ったのは誰?」


 澪の問いに男は沈黙を返す。

 腐っても民間の枠組みではプロである。澪も素直に答えが返って来るとは思わないし、まともな情報を持っている可能性も哀しいほどに低い。一応の形式として聞いただけだ。

 それに澪の予想が正しければ、敵の狙いは………


「憐れですわね。死ぬ事を目的とした特攻をさせられるなんて」


「――――!?」


 男の顔が驚愕と戸惑いに染まった直後、澪がその表情ごと頭を蹴り抜き、意識を刈り取った。

 死ぬ事それ自体が目的と言った澪に、亜笠とジェーンも暗い表情で同意を示す。


「知識も能力も皆無のならず者を送り込む理由なんて、そんなところか」


「学園長が捕縛を行うのを見て、モグリの退魔師が味方を殺害し始めた事を考えれば自明です」


 亜笠の返り血は傭兵を惨殺し始めたモグリの退魔師―――この場合は厳密に『顕術使い』と呼称―――のものだ。全員が正気の目をしておらず、操られていたとしか思えない。亜笠であっても、その自殺紛いの特攻を止める方法が無かった。

 後から考えてみれば、亜笠は自分が良いように利用されていたと気づく。


 人間の死。大量の血液。怨嗟や恐怖の感情。それらが今この場には満ちている。

 これは儀式的な要素として用いられる一種の生け贄、同時に祭壇の役割も果たす邪法とでも呼ぶべきもの。

 しかし退魔師の持ちうる手法ではない。これは十年前に根絶された、とある集団が扱う古(いにしえ)の業(わざ)だ。


「土御門……薄汚い“呪術師”どもめ。陰陽師なんて上等な呼び名が勿体ないぜ」


「ここ以外でも邪法の気配に注意するよう“社”に警告しておきました。間もなく情報が集まってきます」


 土御門(つちみかど)家。退魔師の原型とも言える旧き時代の異能力集団……“陰陽師”を束ねた一族。

 十年前に退魔師協会との全面衝突で歴史に終止符を打った筈の者たちだ。そして目の前に広がる『血の祭壇』等の具体的な知識や実行力を持つとしたら、土御門しかいないだろう。


「かつて都市をまるごと祭壇にしようとしたクズども。黎明のじいさんめ……詰めが甘いんだよ」


「生き残りが居たのか、あるいは技術だけが流出したのか……どちらにせよ、由々しき事態です。対処はどのように?」


「……何もしない。いや、出来ない」


 亜笠は暗い表情で自らの胸元に視線を落とす。そこには亜笠が滅多に学園を離れられない理由があった。

 仁科黎明が九良名の各所に無数に設置した超大型封印術式の要の一つが刻まれているのだ。

 建物や配置物に刻まれているものとは違い、それは学園の敷地にある限り他よりも強固な錠前の役割を果たす。加えて亜笠という強力な門番が常に付くとなれば、他の数千から成る封印とは一線を隔す難易度となるだろう。


「短い時間ならアタシも学園の外にも出れる。が、不測の事態を想定すると、でかいリスクになるんでな」


「あら、不便ですのね。今の私が言えた事でもないけれど」


 亜笠は学園を出ないことそれ自体が仕事だ。学園の守護という澪と微妙な性質の違いはあれど、自由が利き難い点で二人は心情を共有できていた。

 手っ取り早くお互いに同情し合い、連帯感は強まったと言える。


「まさか一生ここに住み続けるんですの?」


「はんっ、まさか。代わりの人柱(ひとばしら)が居ればすぐにでも出て行くっての」


「あらまぁ、生け贄の祭壇を前にして、少し不謹慎じゃありませんこと?」


 澪が優美さを窺わせる所作で前方に手を掲げ、ゆらりと横へ滑らせる。

 ぶわっと熱気がグラウンドの中央から広がり、一瞬の遅れの後に強い光を放つ炎が血の海を燃やし尽くした。

 亜笠とジェーンは足元を走る炎にゆらゆらと照らされるが、顕術の加護と肉体強度で熱をものともしていない。ただ昼間の明るさを鬱陶しそうに睨(ね)めつけるだけだ。


「取り敢えずこれで、祭壇の機能は壊せたでしょう」


「ありがとうございますペンドラゴン卿。『血の祭壇』は呪術の精度を引き上げますからね。次に襲撃があれば………」


「対処が面倒な事になるな。ひとまず学園は閉鎖、“社”と連携して事態の収拾に掛かるぞ。ジェーン、教職員の召集と、九良名の有力な退治屋(バスター)も可能な限り抑えとけ」


 淡々とジェーンに仕事を振る亜笠の顔は真剣そのもの。それもかなりの怒りに燃えている。

 亜笠の愛する学舎を血で汚した者に対する激情を燃料にして。


「さて、そっちの生き残りはどうするか」


 澪が首根っこを掴んでいる気絶した男。こちらはいかにも潜入向けの黒タイツに、暗視スコープとマスクで顔を隠している。

 グラウンド側は囮で、本命に何かを探らせていたのは明らかだ。


 こちらも一応は尋問しておくかと、亜笠が洒落にならない目付きで男に手を伸ばした。


「あっ、ちょっとその! これは………違うんですの」


 澪が歯切れの悪い言葉で亜笠を制止する。

 言い難そうに身をよじり、頭を抱え、しかしどう見ても男を庇う姿勢だ。

 そんな様子に、亜笠とジェーンは戸惑いと怪訝の眼差しを向けていた。


「実はそのぉ……襲撃より前に、女子寮でこの不埒者を引っ捕らえたところでしたの」


「「…………」」


 おおよその事情を察した亜笠が途端に冷めた視線になり、男の暗視スコープとマスクを剥ぎ取った。


「馬鹿が………」


「流石に停学ものですよ、磯野君」


 呆れのあまり目眩を堪える学園長とその秘書。

 シリアスな空気が軽く消し飛ぶ脱力感だった。


「同じような格好の不審者がもう二人いたのですけど、あれはプロですわね。不覚にも逃げられましたわ。それにその二人組、どこかで見たような……」


「海北……じゃねーよな。つい磯野とセットで考えちまうが」


「松平君を夜襲する鉄火さん……でもありませんね。今は海北君と警邏に出ています」


 磯野と一緒に居たのなら敵の可能性は低い。かと言って、亜笠に心当たりなどある筈も…………


「なぁ、四宮と神崎って今………」


「止めてください学園長。確認しに行きたくありません」


 この学園、割りと変態が多い。

 その事実に気付いてしまったことを軽く後悔していた。

 そこで、何かを悟った目になる二人に澪が告げる。


「その2名ならもう見てきましたわよ。今日のところは大人しくしているようですわ」


「「今日のところは………」」


 四宮鶫、神崎風音、佐助花真朱。この三名は男子風紀委員寮への不法侵入という前科がある。

 その時は不問となったが、たった一人の男(の持ち物)に、三人をストーカーに駆り立てる程の価値があるとは亜笠には到底信じられない。自分には一生理解できない事だと結論付け停止していた思考が、今にして甦った。


「アタシだったらそんなストーカー、死んでもお断りだがな。これだから色ボケた学生ってのは………」


 亜笠のぼやきを横目に見ながら、ジェーンと澪が声を潜めて言葉を交わしていた。


(学園長ったら、自分にそういう青春が無かったからって隙あらば毒を吐くんですよ)


(負け惜しみの一つや二つ、言わないとやってられないのですわ)


「聞こえてんぞテメェら!? いいから仕事に掛かれよ!」


 言うなり磯野の足首を掴んだ亜笠は、ガリガリと磨り減るのもお構い無しに引き摺って行ってしまった。

 先ほどまでの危うい殺気とは違う、プンプンと怒る平常運転だ。これで無茶も減るだろうと、ジェーンは胸を撫で下ろす。

 磯野のお陰で気が抜けたのは、ある意味では僥光と言えた。


「……あとの二人って、誰なんでしょう」


 澪が認める潜入のプロ。深刻さは感じないが、無意識に口をつく程度には気にかかった。



           ★



 深夜でありなから街の明かりが強い区画のとあるビル。

 九良名学園第三校の敷地から大分離れたその建物の屋上で、別々に逃げた二人は合流した。

 陸道(りくどう)鏡(かがみ)と、大原(おおはら)颯真(そうま)のストーカーコンビであった。


「くっ、磯野……君の犠牲は無駄にはしない」


 そう言って颯真は、首から提げたプロ仕様のカメラを大事そうに胸に抱いた。

 九良名の情勢からすれば当然とも言える警備体制の強化。それに伴い、第三校の防犯システムは颯真のみならず鏡さえもが難儀するものとなっている。

 今回は内通者……磯野の献身によって二人は潜入を果たしたのだ。


 昼間に磯野が引っ掛かった澪の結界。あの時、颯真と鏡の侵入を誤魔化すために、磯野は敢えて結界に掛かった。それから夜まで、ストーカーコンビは身を隠していた訳である。


「大原、収穫は?」


「上々です。我が女神……四宮さんの尊さに翳り無し」


「私の方もまぁまぁだ………それで、磯野に渡す報酬はどうだ?」


「え? 澪・ペンドラゴンの写真は学園長が撮ってくれるのでは………」


「……………」


「……………」


 哀れ磯野。

 無駄死に成らずも、この上ない骨折り損であった。


「………仕方ない」


「ええ、仕方ありません………引き返しましょう」


 仲間の屍を越えてきた男二人(ストーカー)。

 友の骨を拾わんと、死地へと舞い戻ろうとしていた。



           ★



「何ですか、この吐瀉物のような空気は」


 黒沼公浩の姿で九良名へと戻った士緒の第一声がそれだった。

 動き易いジャージと、身体を覆う若干の火照りはいかにもロードワークの帰りといった様子。五郎左の屋敷から戻るにあたり、公浩として一応の体裁を保つ格好に仕上げていた。


 そして街の外縁から海辺の道へと出た所で、その鼻につく不快な空気を感じ取った。

 血の臭いと粘つく悪意が風に乗って流れて来たような、常の九良名には無い死の気配。公浩も無意識に眉が寄って気分の悪さに苛まれる。


「焔、いい所に来てくれましたね」


 2秒……3秒…………5秒後。

 虚空に呼び掛けたかに思えた言葉は、しかし圧倒的な健気さで駆け付けた焔が応えて見せた。


「数キロ先から声を聞き届けられるのは私か梢くらいですよ、若」


 現れた焔は微かに息を乱し、ほんのり汗を滲ませた額が士緒の無茶振りを証明している。

 平静を装ってはいるが、士緒に課された難題を遂行した顔の奥には、尻尾がちぎれんばかりに喜ぶ忠犬の表情を秘めていた。


「街の監視は梢の影が行っているはずなのに、貴女がこの近辺に式神を放っていた訳を聞かせてください」


 道なりに植えられた木の一本に、街へ続く道路を見張るようにして貼り付いている紙人形がある。その式神を通して焔へと声が届いたのだ。流石の愛の力も、インチキ無しに数キロ先から声を受け取れはしない。

 士緒は異常な状況を察知して、焔を即座に呼び出したのである。


「四半刻前に、どこぞの勢力が動きを見せました。現在、情報を集めています」


「斑鳩さんが大掃除してくださったのでは?」


「難を逃れた者たちが焦って動いたのでしょう。元々大規模な動きを画策していために刺激する結果となったようです。今のところ複数箇所で小競り合いが発生。組織立ってはいますが、行動それ自体は準備不足が窺えます……いえ、未だ準備を進めている最中ではないかと」


「では、本格的な行動も確認できていないわけですか」


 だとするなら目的も判明していないのだろう。

『血の祭壇』が設置されているとは分かるが、それは手段の一つでしかなく、敵の正体を確定させる情報でもない。

 どこぞの呪術師の仕業なのだろうが、だから何なのか。土御門の生き残りが居たとしても、別段に驚く事実でもなし。それどころか、そいつらが何処に所属しているかなど、“真ノ悪”は気にも留めない情報なのだから。


 しかし、だからこそ続く焔の言葉は、少なからず士緒の意表を突いてきた。


「核心となる動きはまだですが、目的は判明しています。どうやら各所で封印の破壊を行っているようです」


「……そうですか。案外早かったですね」


「介入しますか?」


「ふむ。正直、どっちでも良いのですが………」


 封印を狙っているのなら、相手は銀箭羽々矢だ。

 神野悪五郎の封印を解く。その一点においては士緒と利害が一致している。

 どんな計画を立てているかは知らないが、“真ノ悪”としては邪魔をする理由は無い。銀箭羽々矢が成果を出したなら、横から奪うだけだ。


(とは言え、あの怪しげな情報源……あれに踊らされているようで気に入らない)


 神野悪五郎を名乗り、夢を借りて士緒に接触を図った何者か。市内に散らばっている封印に関する情報はそいつから得た。

 本当に神野悪五郎であるなら、それに沿って動くべきなのだが………


(あれは致命的な事を隠している気がしてならない)


 なにせ現れたのは士緒の夢の中だ。自分の中で本心を隠させるほど士緒は間抜けではない。

 同じ情報を流された銀箭羽々矢は信じたようだが……なるほど、だから士緒も容易く騙せると考えたのなら納得できる。

 こうなると、いいように操られている銀箭羽々矢の動きが“真ノ悪”の利益になるかは疑わしい。

 初対面から想定してはいたが、最悪、取り返しの付かない罠の可能性もあった。


「………何だかムカついてきましたね」


「わ……若?」


 サラリと危ない事を口にし、ニッコリと笑う顔は間違っても好意的なものではない。

 焔に対する敵意ではないが、その笑顔のまま差し出された掌を見て僅かな恐れを覚える。まるでダンスの誘いでも受けているかのような高揚と数秒後の自分の乱れ様を思い、それでも恐る恐る士緒の手に自分のそれを重ねた。


「これから忙しくなるので、『呪力』を渡しておきます。今晩は寝かせませんよ?」


「ぇ、ここで………は、はぃ」


 焔は口元が期待に弛みまくるのを反対の手で隠し、早くも潤いを帯びる瞳を伏せながら士緒が『呪力』を注ぐのを待つ。

 士緒から『呪力』を受け取る行為には大きな声では言えない類いの快楽が伴う。それは『呪力』を扱い、なにより糧としている焔だからこその感受性だ。

 だからこそ毎回、並外れた精神力で艶かしく乱れるのを抑えているが、当の鈍感(ドン・ファン)は焔の苦労になど全く気付いていない。精々高級ディナーを奢る程度のご褒美だと思っていた。


 そして、本当は更に先の快楽をプレゼントしていると知らぬまま、遠慮無しに『呪力』を流し込んでいく。

 焔は嬌声を必死で堪えるも、しかし思い切り背中を反らせてその場に崩れ落ちた。



           ★



 足腰が回復した焔を仕事に向かわせ、黒沼公浩も行動を開始する。

 街にちりばめられた封印術式は数が多く、全てを破壊するにしてもかなりの手間と労力が必要だ。銀箭羽々矢はそれらを最大効率で無効化する術を用意している筈。

 各所に『血の祭壇』を設置するのは、そのための大掛かりな仕掛けの一つだろう。

 だとするなら、次の行動も大まかに予測できた。


「さあて。しちゃいましょうかね、邪魔を」


 海岸に沿っている道路を公浩は疾走する。

 この時間、この近辺は退魔師の巡回ルートであり、『響きの呼び符』によって鬼が集まり易い場所だ。当然、『人避け』の結界が張られていて民間人が巻き込まれるリスクは少ない。タイミングとしては好都合と言えた。


 道路に面した雑木林には敵が狙うであろう封印の術式が複数あると、梢の調べで分かっている。

 人の気は無く、少数で巡回する退魔師がいる程度。見回っているのが相応の手練れだと仮定しても、いずれはこの場所に手を打ってくることは間違いない。というより、避けては通れない。

 銀箭羽々矢の動きが未だ前準備だとするなら、ここで敵を待ち伏せることは無駄にならない筈だ。


「この辺にしておきますか」


 木の幹に彫られた刻印が封印術式だと確認し、公浩はその場で『隠形』を纏って気配を殺す。

 木の後ろに回り込んでゆったりと背中を預けた。


『隠形』は使用直後や、使用中に別の顕術を使った場合などには気配の察知が容易になる。

 なので本気で隠れたいと思うのなら、『隠形』で暫くの間その場に留まるしかない。こうなると周囲の景色に溶け込んでいるため目視しても存在の確認は困難だ。

 技量次第だが、同格の相手なら目の前を通りすぎても気づけない。


 公浩はその場で数分間、身動ぎせずに気配の隠蔽に努めた。


(ふむ? 1日2日は覚悟していたのですが、早かったですね。しかし、これは………)


 徐々に近付いて来るのは戦闘音らしき騒がしさ。

 激しく動き回り、武器が振るわれる音だ。

 戦っているのは三人。二人が連携して一人を追い詰めていると分かる。

 やがてその気配は公浩の視界に入るまで接近していた。


(敵は二人。それと戦っているのが………なぜ久我山さん?)


 ビシッとしたパンツスーツで目まぐるしい軌道戦を繰り広げているのは、檸梨市にある九良名学園第二校の前生徒会長、久我山絢里であった。


 対するは揃いの衣装に身を包む平均的な体型の二人の男。

 上半身がいかにも陰陽師を彷彿とさせる狩衣(かりぎぬ)で、夜中とはいえ外を出歩けば目立つ。

 呪術師ならではの意図があるのかもしれないが、これでは巡回中の退魔師に絡んでくださいと言うようなものだ。絢里と交戦に至った経緯などは想像に難くない。


(押されてますね……どこか怪我をしている?)


 相手の二人は符術を用いた拘束を主眼に置いた戦術だ。広いポケット状の袖から札をばら撒く姿はマンガのようだが、タイミングやコントロールは侮れない技術を持っている。

 呪術師は、祓魔師ほどではないが身体能力の強化を得意としていない。動きの鈍い絢里が辛うじて捌けているのはその差があるからだ。


 とは言え、じり貧だという事実に変わり無し。

 本当ならもう少し絢里に粘ってもらい、敵の援軍なり情報なりを引き出して一網打尽にしたいところだったが、そうもいかなそうである。


 見たところ二人組は大した実力も無い。だが呪術による狡猾な罠を周囲に仕掛けていた。

 木々の間や地面には通過した相手に軽度の意識混濁を引き起こす術式が。木の根や足下の凹凸、躓くくらいには大きな石などには隠蔽の術式が掛けられ、機動戦を得意とする退魔師には地味に効果的で鬱陶しい嫌がらせなのだ。

 小物だろうと陰陽道を源流とする呪術を使いこなす知恵はあり、実力を発揮できない絢里には辛い相手となっていた。


 反面、公浩には好都合な点もある。

 なにせ銀箭羽々矢の一団は、活動の主軸が呪術によるテロだ。

 呪術の性質上、行動の目的や詳細を完璧に隠して命令を下すことは難しい。小物であっても銀箭羽々矢の計画をある程度は理解しているはず。

 絢里には悪いがギリギリまで観察を行い、それを確認する必要があった。


「…………」


 だが、絢里が辛そうにしている姿を見ていると得も言われぬ焦りが公浩の内に湧いてくる。普段の絢里なら問題なく倒せる相手に危うい立ち回りをする度、苛立ちが募っていた。

 黙って見ていられるのも、そろそろ限界だ。


 おまけに呪術師二人が絢里に向ける下衆な視線と聞くに堪えない会話を耳にしては、その沸点も下がろうというものだった。


「あんまり傷とか付けんなよ? 持ち帰って楽しむんだからさ」


「でも結構しぶといね。どうせボロボロになるまで

 使うんだし、ちょっとくらい痛めつけてもさー」


「馬鹿野郎、滅多にないオモチャだぞ。見てみろよあのカラダ」


 捕縛を主とした戦術が多いのは、そんな下卑た理由からだった。

 見れば呪術的な拘束の一形態……無数の蛇が群れを成して絢里に飛び掛かり、足元からも間断無く迫っている。生物を象る攻撃手段は呪術の特徴であり、顕術にはない変則的な使用法が可能だ。

 それらが時おり絢里の衣服を引き裂き、脚や腕、腰の辺りの肌を少しずつ露出させていく。脚に巻き付かれた瞬間に『光剣』で蛇を切り捨ててはいるが、的が小さい敵にここまで接近を許しては得物の九節棍も活かせない。


 ここで少しでも動きを止めれば瞬く間に蛇の群れに呑まれ、手足を絡め取られる。

 呪術師本体を狙おうにも、絢里はその隙を見つけられずにいた。


「だったら!」


 絢里の『震脚』が足元の蛇を地面ごと吹き飛ばす。近くに生えていた木がぐらりと傾き、根が露出したところでガッチリと抱えて引き抜いた。


「っ―――くっ」


 木を持ち上げた直後、絢里の表情が苦悶に歪む。一瞬の静止を経て木を頭上に掲げ、足元の蛇を巻き込みつつ呪術師たちに向かって転がるように投げつけた。


「ちっ」


「これだから退魔師って輩は」


 呪術師たちは不規則に弾む野太い木を二手に別れて避ける。

 身体強化は不得手ではあるが、トップアスリートと同程度には動けるのだ。法定速度で転がってくる丸太を躱すのは容易い。


 そして二人のうち一人が避けた先は、『隠形』で完全に気配を隠した公浩の目の前だった。


「面倒くさいなー。もう止めない? 裸に剥く遊び」


 公浩は10分以上を『隠形』に徹したことで、手練れの退魔師でなければ見つけられないレベルで風景と同化している。最高峰の『隠形』であれば半分の時間でさらに良い仕上がりになるが、公浩……橘花院士緒が使うのは『幻霧結界』が殆どであるため練度はそこそこだ。絢里が全快であれば数秒でピントが合う程度であった。


 それでも未熟な呪術師相手なら耳元で息を吹き掛けても気づかれない。今、公浩は無防備に背中を晒す間抜けを仕留めたい衝動に堪えていた。


「もう時間無えーな。おい、刻印があるのはお前のいる辺りだ。女は俺に任せろ」


 少し離れた位置から声を掛ける下衆野郎その1。その2は嫌そうな顔をしながらも言う通りに公浩が寄りかかる木を探し始める。

 そんな中、絢里は不調からくる脚の震えを押さえつけ、肩で息をしながらその1を睨んでいた。


 そろそろ助けた方が良さそうか……

 公浩は『隠形』を維持したまま、その2が刻印を調べている裏側へと回った。


「くく、こんな簡単な仕事の割には、良い戦利品(オモチャ)が手に入ったなー。ひと通り楽しんだ後は呪術の触媒か式神の餌にでも…………ごぼっ」


 自分の背中から肺を貫いているのが人の腕であると気づくまで、暫く掛かった。

 ひゅー、ひゅー、と空気が漏れる。抵抗はおろか、声を発する気力もない。

 あまりにもあっさりと、その心は折られた。


「しまった、手加減が………貴方がたが余りにも不快だったものですから」


 下衆野郎その2は最期の瞬間まで苦しみ、恐怖と絶望の表情で事切れた。

 公浩は腕を引き抜き、血塗れのジャージを汚そうに一瞥する。

 その姿を呪術師の片割れと、いよいよ切羽詰まった顔になっている絢里にも見られながら。


「貴方には黙秘権があります」


「っっ!!?」


 むしろ喋ってほしくない。一瞬で呪術師の懐へ潜り込み、親指と人差し指の間で喉を潰した公浩の行動は、その気持ちの表れである。

 そして、不意打ちで呼吸が出来ず膝から崩れ落ちる呪術師の後頭部を殴って気絶させた。


「あ、鮮やかだな、黒沼」


「どうも、久我山さん」


 状況の急変っぷりに目を丸くしていた絢里が絞り出した言葉がそれだった。

 絢里は恐る恐る、胸を貫かれて死んだ呪術師の死体を横目で窺う。人間を殺すのに抵抗らしいものが無い公浩に若干の思うところはあるが、退魔師であればこういう事もあると納得させた。


 数秒ほどで思考から浮上した絢里は、意識外から現れた公浩が幻ではないと確信して立ち上がる。

 その際、辛そうに顔をしかめるのを公浩は見逃さなかった。


「怪我をされたんですか?」


 心配そうに尋ね、傷に触れないよう優しく手を添える。

 肩に手が当たるところで、絢里が僅かに身を強張らせた。


「ぁ、いや……怪我はしてない」


「…………」


 赤らんだ頬。

 逸らされる目。

 緊張した身体。


 公浩は何となく察した。


「そ、それより黒沼! 何でお前がいるんだ。いったいいつから……まさか私がピンチになる様を楽しんでいたのか?」


 ボロボロの服を庇って身を捩らせ、非難の言葉を浴びせる。

『隠形』で姿を隠していたのだから当然の反応なのだが、この場は絢里にとって分が悪かった。


 ものすごーくニコニコしている公浩からは不吉さしか感じられない。そんな逆らえない雰囲気を前面に出して強引に迫る公浩に、絢里は困惑のまま一本の木まで追い詰められた。


「聞きたいですか? 話せば長くなりますよ? いっぱい話しちゃいますよ?」


「ちょ、壁ドン―――ん、こほん。やっぱりいい。私は用があるからこれで」


「(ニコニコ)」


「あの、どいて………」


「(ニコニコ)」


「その………急いでて」


「えー? せっかく会ったんですから、もっと話しましょうよ。久我山さんはいつ九良名にいらしたんですか? それに、どうしてこんな人気の無い(・・・・・)林に?」


「ぇと……また後で」


「(ニコニコ)」


 太陽のように眩しい笑顔の公浩、ソワソワと落ち着かない絢里。

 公浩にその場から動く気配は無く、絢里は何やら我慢(・・)できなさそうに内腿が動いている。

 身長差が殆ど無い二人は、しかし絢里がズルズルと背中から滑る事で見下ろされる体勢になった。


(こいつぅ! さては確信犯か!!)


 結論を言うと、トイレである。


 戦闘でキレが無かったのもそのせいだ。

 さすがに命の危険ともなれば恥など忘れて戦っただろうが、当然ながら最後の手段なのは言うまでもない。


 九良名の“社”で働く事となった久我山絢里。その最初の仕事が海岸沿いの巡回だった。

 指定されたルートを正確に歩かなければならない訳でもなく、『響きの呼び符』を設置した範囲なら自由に歩ける。そして……初仕事の緊張から催した絢里は、早くトイレにたどり着かんと林を突っ切ろうとしたのだ。

 決して、その辺で済ませようと思っていた訳ではない。

 決して、その辺で済ませようと思っていた訳ではない。←大事


「大丈夫ですか? やっぱり調子が悪そうですし、お送りしますよ」


「や―――ちょ、手!?」


 しゃがみ込む手前で公浩が絢里の手を取って立ち上がらせる。

 その瞬間、諸々の衝撃が駆け巡った。


「らめだぁああ~~~!!」


 真剣に身を案じた末が尿意の我慢だった……絢里は受ける謂れのない公浩の仕返しを受けた。

 




~お庭番SS~

 “Mが○○した日”



公浩が絢里をイジメていた丁度その頃、九良名市の郊外にて。

五行飛英と小早川秋の二人は周辺の地形を確認するため、閑静な田舎の風景が見え始める場所まで出張っていた。


秋「………!! この気配は」


何度となく飛英の手を握ろうとしては叩(はた)かれていたその時、小早川秋にピキィンと効果音が入りそうな直感が働いた。

ただでさえ道幅の狭いガードレールの内側で街の方角へと大袈裟に振り向く秋を、飛英は鬱陶しそうに見る。


飛「どうしたんだ?」


秋「今、街の方からスゲェ気を感じました」


飛「メガネ叩き割るぞ?」


秋「これは………新たな同志が誕生した気配!」


飛「そうか、そいつは気の毒に」


秋「ウェーブした黒髪、エロい身体、大人びた性格で妙に強がるけど被虐(ひぎぃ)な体質、それらを背負った謎のアイドルみたいな波動が今まさに!!」


飛「……お前何者?」


秋だけではない。

その日、世界中のMが一斉に一つの場所を見た。

最強の“M”を身に宿した存在が産まれ落ちた街を。その“M”を生み出した“S”を。


我こそはと、Mたちは集う。

最強の“M”を越え、究極の“S”を手に入れんと。


ある者はこの出来事を『Mの福音』と呼んだ。

後の世で語られる『Mの乱』に端を発した様々な事変……『“DoS教”教主暗殺事件』、『Mソロジーダウン』、『MM街の悪夢』などの最たる要因として、歴史家たちの間では数百年に渡り破滅の代名詞として扱われた………




絢「馬鹿なのか? なぁおい馬鹿なのか? 無駄に壮大にしても誤魔化されないぞ。私はMじゃない!!」


主人K「大丈夫。久我山さんには次の話でM堕ちしてもらう予定(未定)です」


絢「M堕ち!? わ、私の扱いがどんどん酷く………」


秋「M堕ち……なんて、甘美な響きなんでしょう。これがヒロイン補正(ごくり)」


飛「……お前には一生縁のない言葉だな」


だってもうドMだからね!

是非もないね!


………

……………

…………………


↑お目汚しでした(≡人≡;)

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