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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第113話 砂糖とスパイスと素敵な少女

 

 黒沼公浩が加わる事で、ギーネを連れ行こうとする臙脂(えんじ)の立場は複雑に入り組んだものへと変わった。

 黒沼公浩の正体が橘花院士緒である事は、当然のこと承知している。

 臙脂を直接に使役するのは山本五郎左衛門だが、組織の若頭の存在を無視できるかと言えば、そうでもない。さらに言うなら、士緒が臙脂の命令遂行を邪魔する場合、とてもではないが対峙は出来ない。

 立場の問題は抜きにして……戦って押し通れる気がしないのだ。


 通常に倍する体躯を持つ黒獅子は、全身の肌が粟立たん程の緊張に直面していた。


「ここは退いてはくれませんか、“黒獅子”殿」


「……ならぬ。我が主、山本五郎左衛門様の命である。そちらこそ、そこを退くがよい」


 体面として、臙脂はすべき事を弁えている。素性が知れないが始末は容易な少女と、日本語を操れないが念を入れて然るべきギーネの前とあって、知らぬふりを通した。

 だが、その気遣いとも言える適切な対応を前にして、常の橘花院士緒ならあり得ない理不尽さを見せる。


「うるさい、帰れ」


 ――――!!?


 その場の誰もが、心胆の底から凍りつく。

 ギーネと向き合っていた公浩が表情の失せた顔で振り向いた瞬間など、臙脂は生きた心地がしなかった。


「な、なりませぬ! これは、五郎左様からの――――」


「消え失せろ、と言ったんです。この事は、一度持ち帰ってください」


「っ――――」


 有無を言わさぬ迫力……臙脂が見たことも無い橘花院士緒が発する、感じた事もない威圧感(プレッシャー)。

 災害に類する歴戦の“鬼”である黒獅子が、言の葉を許されないという異常な事態。唖然としたまま公浩の背中に隠されたギーネにも伝わっている。それは言葉の全てを解さないからこそ、より顕著に。


 しかし、ギーネの困惑はお構い無しに事態が進む。

 臙脂の足が、一歩ずつ後退り始めたのである。


 気配を察したギーネはほんの一瞬だけ未練に突き動かされ、その手を臙脂に伸ばそうとした。

 自分のルーツを知れるという申し出に、惹かれないと言えば嘘になる。それでも思い止まれたのは、冷静な思考が自らの浅慮さを思い出させてくれたから………それと、サッと差し出された眼前の男の手が、優しくギーネの手を下ろさせたからだ。


『過去のために、今あるモノを失う覚悟はありますか?』


『…………』


 臙脂は現在進行形で敵対者である。その口車に根拠も無く乗ることは、賭けや願望とも言えない愚行だ。

 だからこそ、ギーネは踏み留まった……公浩に言われるまでもない事だった。手を触れられたから不覚にもドキッとしたわけではない………ないぞ。うむ、ない。


 そして、信じられない光景が遂にギーネの目に映る。

 臙脂が背中に隠していた翼を広げると、突風を起こす羽ばたきを一つ残し、『穏形』で姿を消してから何処かへと去ってしまった。


 先程よりも落ち着きを取り戻したギーネは、何かを悟った表情で、吹き抜ける風が向かう彼方を見詰めていた。


『ふぅ……危なかったですね。やれやれ何ですか、あのおっかないオス猫ちゃんは。メイド喫茶に戻って別の猫を愛でましょうか』


『………ばかにするな』


 落ち着き始めていた様子から一変、この期に及んでの下手な言い逃れをしようとする公浩の態度に、ギーネは拳をワナワナ震わせながら怒気を放つ。

 その意味を理解していても、公浩はとぼける姿勢を崩さずに応えた。


『そう怒らないでください。貴女みたいな女性を、あんな安い誘い文句に乗せるのは忍びなくて――――』


『――――黙れっ!!!』


「!」


 ギーネの奥底からブワッと噴き出した魔力の気配が公浩に直撃する。それは正しく、“女帝”を冠する者に相応しい圧……高山虎太郎の固有秘術によって弱体を余儀なくされていた筈の力だ。


『我は馬鹿でもなければ、見てくれ相応の小娘でもない。日本語で話しておったが、貴様が臙脂と所縁(ゆかり)ある事ぐらいは分かる!』


『……すみません。まだ勉強中なもので、難しい言葉が多いと聞き取り難――――!』


 尚も韜晦を続けようとする公浩の眼前、そして視界の端まで埋め尽くす勢いで現れたバスケットボール程の色とりどりの球体は、“女帝”ゲオルギーネが好んで使う攻撃魔術……『黄昏を齎す(アーベントデンメルング)』。色に応じた様々な現象を起こすそれは、ランクSSSと単騎で戦い得る“聖堂騎士”でさえ封殺できる技だ。


 一つ一つが必殺の威力を備えるこれらは本来、現状のギーネには使えない筈の代物。共有とは名ばかりの固有秘術の性質ゆえだが、この時はギーネの感情の爆発に引っ張られ、力の支配権を一時的に取り戻していた。

 公浩も、この予想外には開いた口が塞がらない。


『言え、黒沼公浩。貴様は何者だ!』


『…………はぁ』


 思えば、何で自分は首を突っ込んでしまったのだろう。

 あれでいてギーネは切れ者だ。こんな形で介入すれば黒沼公浩が“真ノ悪”と通じている事などたちどころに看破してしまうと、分かっていたのに。

 それも、彼女を連れ去る五郎左の思惑に反してまで、何故?


 弱々しいギーネの有り様を遠目に見つけて、そこに突け込むことが、どうしても出来なくなった。以前に目にしたギーネの気高く美しかった姿との落差で余計にだ。


 このまま行けば彼女を穢し、貶める。どういう訳かそれが自分のせいに思えた時……許せなくなった。


『答えぬか。臙脂が退いたのを見るに“真ノ悪”か……であれば、貴様は敵だ。退魔師の敵などではない……我の敵として、葬り去ってくれる』


『………橘花院 士緒』


『―――――』

「……………」


 公浩の口から発された名前に、ギーネは驚愕と怒りに顔を歪め、左右で結んだブロンドの髪が逆立ちそうな形相を。数歩引いた位置から成り行きを見ている輝真は、思い切りが良すぎる士緒の決断に目を点にしていた。


『最近は割りと有名人なんですよ? この田舎にも伝わっていると良いのですが』


『……つまり、敵と考えてよいのだな?』


『滅相もありません。我々の目的は世界を救うこと……少々傲慢に聞こえるでしょうが、戦力において人間も、鬼も悪魔も、“真ノ悪”の敵には成りえない。居るとしたら、私の敵だけです。そして貴女とは……そうなりたくはない』


『橘花院士緒の敵とは………仁科黎明か。であれば、奴の同盟者たる我とは必然的に衝突するのではないのか?』


『自分の敵くらい、自分で決められるだけの知能はあります』


 黒沼公浩の姿をしているが、正体は橘花院士緒。これまで言葉を交わしてきた公浩そのものが幻想なのか、本物は囚われていて今だけその皮を被っているのか。

 ………恐らく前者。見抜けなかっただけで、この男はギーネが黒沼公浩だと思い込んでいた人物に相違ない。

 初めて会ったあの日から、自分を騙していた男。それが、未だ少女の形(なり)をしているギーネに目線を合わせるように、膝を突いて真っ直ぐ瞳を覗き込む。


『貴女の存在、生き様は、どんな姿であっても美しいと思います。だから過去なんてモノを見すぎて、悪の囚われになって欲しくない。具体的にどれくらいかと言いますと、そうですね………貴女の高潔な美しさのためならば、山本五郎左衛門様も敵に回してご覧にいれましょう』


『なっ――――!!?』


 その様は如何にも絵になる、王族に跪く騎士の如く。

 どこまで本気で言っているのか、言葉と態度の意味は……正直、そんな事は思考の隅に追いやられていた。

 ギーネの手が冷んやりと体温を吸い取る士緒の両手に包まれた瞬間に。


 すると、周囲に浮遊していた『黄昏を齎す(アーベントデンメルング)』がポンッと音を鳴らして一斉に消滅した。

 反射的に手を振り払ったギーネがその手を庇いながら、ぎこちない動きで数歩後退り、士緒はそれに対して苦さを含んだ笑みを浮かべて立ち上がる。


『これは失礼を。不躾に手を握った事を謝罪致します』


『ゆ、ゆるす………』


 突然の事に毒気を抜かれ、図らずもいつものギーネへと空気が引き戻されていた。

 同時に、冷静な思考がとある疑問を口にさせる。


『先程の女はお前の仲間か? それでいて、こ、恋人であるか?』


 怒りが霧散した今、次は振り出しに立ち戻る。ギーネの精神状態を不安定にさせた原因が再び頭の中を占めるのは道理だ。

 もっと他に聞くべき事がある筈なのに、当たり前のように飛び出した質問。恐らく無意識に口を突いたそれは、それだけギーネにとっての優先すべき大事……従うべき心の声だった。


『一応は交際している関係です。私の正体は知りませんが』


『で、では……騙し、利用していると?』


『………そう、言えるかも知れませんね』


 士緒自身は押し隠しているつもりでも、ツラそうに言い淀む声音はお世辞にも隠しきれてるとは言えない。事実としては正しくても、本意ではないのだろう。


 ギーネには解らない。

 本当にただ利用しているだけのクズなら、想う価値も無い相手だ。なのに公浩……士緒の気持ちが店で見た女に向いてて欲しくもない。



 我はこの男を………どうしたいのじゃ―――――



 気が付いたら、既に好きかどうかを考える段階ではなくなっていた。

 手を出して良いものか、先程の女よりも好意を向けてくれるのか、恋愛下手の自分に受け止められる度量があるのか、さらには立場的な板挟みも何とかせねば………


 好きであり続けても良いのか


 ブロンドをツインテールに括った美少女が戸惑い気味に視線を行ったり来たり、頬を赤らめて極小さく体をくねらせる姿は、士緒の嗜虐心を大いに刺激する。

 ウズウズと次の苛めを考え始めたところで、傍観者の輝真が士緒の爪先を踏み砕いた。


『っ~~~………そ、れではギーネさん。貴女には、改めて選択肢を提示致しましょう。大分クリアな思考を取り戻されたようですし』


『む。選ぶ……とな?』


『はい、流石に私の秘密を口外されては困りますので………はは、愚かにも自分で正体を曝しておいて何ですが』


『…………』


 先は感情の爆発で魔力を引っ張り出せたが、落ち着いた今では搾りカス程度も力を顕現できない。これでは交渉の真似事すら出来るかどうか。

 選択肢にもよるが、どうあっても相手に都合の良い条件を突きつけられて終わりだろう。


『一つ目は………貴女が私のモノになる』


『――――!!!』


 ポンポンポンッ―――と、一度は消えた筈の『黄昏を齎す(アーベントデンメルング)』が一瞬の内に復活した。

 左右に結われた金糸の髪がV字の形でビビーンと張り、顔は湯気が立ちそうな程に紅潮していく。その様子を見るに、もしも冷静さを幾分かでも取り戻していなければ、弾みで『うん……』と答えていなかったとも言いきれない。

 客観的に、見事なまでに振り回されていると気付いたギーネが歯を剥いて睨む。


『そう警戒なさらずに。仁科黎明と手を切り、私の保護下で穏便に舞台から降りる……という意味です。あのまま臙脂に連れ去られるよりは先行きの明るい提案かと』


『……我と敵対せずに、黎明の戦力を削りたいわけじゃな。で、そのまま監禁でもしようと?』


『中々に唆られるシチュエーションですが、精々が軟禁でしょうか。毎日がティータイム、毎日がシエスタ、そして至高なりし自宅警備員……甘美で堕落した生活をお約束いたします』


『悪の囚われの身がーとか、美しい生きざま云々と申した口でよくも言えたものじゃな。して、次の選択肢は?』


『二つ目は………契約に縛られた関係です。貴女の誇りに賭けて、事実を口外しないと誓っていただきます』


『何……? 正気か』


 周りを浮かぶ色とりどりの球体が心の鎮静に伴って消えていく中、ギーネは都合の良すぎる言葉を吟味する。

 式鬼神(しきがみ)の契約でもあるまいし、ただの口約束にどれ程の拘束力があると言うのか……ほぼ皆無と言えよう。

 リスクが高いだけでメリットも無い。何か裏があるとしか思えない申し出だ。


『事態における責任は自らで負います。正体が露見したのは私の落ち度で、それを貴女の負担とするのは私の矜持が許さないのですよ。まぁ、出来れば内緒にして頂けると助かるのですが』


『……この程度は痛痒にもならぬ事態、とでも申すか』


『解釈はご自由に。ですが、誤解無きよう……臙脂が言っていた通り、直に世界中を嵐が襲うでしょう。私の正体が露見した結果が、その嵐に対して良い影響を及ぼすかは保証いたしかねます』


『婉曲な脅しじゃのぉ………よかろう、では二つ目の選択肢を選ぶ』


 この時点では、既にギーネは本調子である。

 自覚しているかは分からないが、立ち直りの早さをここぞとばかり発揮して現状に向き合う。


 輝真はそれを見て、それこそ自分が尊敬する“女帝”ゲオルギーネのあるべき姿だと、表情を綻ばせた。


 ただ本心では、一つ目の提案も悪くないと思っていたに違いない。士緒のモノになる……その一点において、蹴るのは惜しい条件だった筈だ。

 乙女の勘とでも言おうか、ギーネの佇まいに見える僅かな機微は我が事のように分かる。輝真にとって、それは決して他人事ではないのだから。


『他の選択肢は聞かなくても?』


『よい。無論、秘密は守る。そちらの寛容さに免じて……いや、礼であるか。信頼に賭けて、口外はしないと誓おう』


『ふむ………ええ、大変結構です。そこの女性を人質に取っているヴォルフラム殿にも、徹底してくださいますよね?』


 そこの女性と言われ、自分のことを指していると分かった輝真が疑問符を浮かべる。

 すると、輝真の背中で何やらモゾモゾした感触がコート越しに伝わり、小動物らしき質感の何かが首から上……頭部からひょこっと顔を出した。


「ふぁ! な、何事だか!?」


 輝真の後頭部にぴとっと張り付いているのは、背中に翼を生やした赤と黒の稲妻模様が走る虎……のヌイグルミにしか見えないSSSの“悪魔”、ヴォルフラムだ。

 ベネディクトと並び日本まで付いてきたギーネの腹心たる彼は、公浩の登場時には輝真の影に身を隠しつつ、この場全体を牽制していた。

 いざという時に備え、不意討ちのタイミングを測っていたのだが………


『某は陛下に従うまで。それが此度、陛下の御為に心を砕いてくれた貴殿に報いることになろう』


『貴方の義に敬意と感謝を、“爆炎煌皇”ヴォルフラム殿。そういう訳ですので、そちらの女性は解放して差し上げてください』


 人質である自覚を与える間もなく、ヴォルフラムは輝真の頭からピョンと飛び降り、二足歩行の小走りでギーネの下まで駆け寄る。そして短い前足を挙げ、抱っこ待ちのそれをギーネが優しく抱え上げた。


 お目付け役の口止めも問題無さそうと見て、士緒が満足げに笑みを溢す。

 そして、何処から取り出したのか清潔感のある箱を一つ、ギーネに掲げて見せる。そう、それはケーキが入るくらいの大きさの箱……その見覚えのあるロゴを目にして、ギーネにピンと張った耳と尻尾が幻視できた。

 試しに右へ左へ、上へ下へと動かしてみれば、ギーネのキラキラした視線が完全にロックされたのは一目瞭然だ。


『せめてもの口止め料です。家宰(てんちょう)特製ケーキ、材料厳選のスーパーグレード、本日の気まぐれ5種……その名も『あるてぃめっとプライス』。完全受注制のこれをお納めください』


『ふぉ!? く、くれるのか?』


『御意のままに』


 一瞬、もったいつけて涙目にする考えが士緒の頭を過ったが、今ぐらいは素直に渡しても良いだろう。

 ヴォルフラムを肩に引っ掛け、ケーキの箱を半ば引ったくりながら、至福の味に想いを馳せるギーネの緩みきった表情……これが見られたのなら、イジメたい衝動を抑えた甲斐はあった。


『買収も済んだことですし、私たちはこれにて。また近いうちにお会いしましょう、陛下』


『待て』


 輝真を丁寧にエスコートする構えを取った士緒に、ギーネが待ったを掛ける。

 輝真が士緒の連れだろう事は火を見るより明らかだ。今更それに関して何かを言おうと止めたのではない。


 ほんの数分前とは別人のように晴れやかで、また不敵なギーネの雰囲気が前面に出ている。こんな、生ける芸術を前にして足早に立ち去るのは、惜しいとか勿体無いを通り越して愚かとさえ思える程だ。


『我は貴様のモノになるという選択肢を選ばなかった。故に、我はこう言おう………貴様が我のモノになれ』


『…………』


 困った子供の悪ふざけ……という思い違いは、ギーネの目を見て一秒で正される。

 これは紛れもない本気の言葉。

 いつぞやの保健室で、マサキにやらかした失敗に学ぶ。ここで惚けた言葉や傷付ける失言をしようものならそれこそ、ただのクズだろう。

 これは真剣に受け止めるべき告白だと、察するに余りあるものだった。


『遠からず決着をつけるつもりであるが、何なら今すぐに答えても構わん。自らの意志で我の隣を歩むか、敗北の上で我が尻に敷かれるか……返答が遅れれば遅れる程、貴様は我に頭が上がらなくなるじゃろうなぁ』


『やれやれ、私にもモテ期が来たのでしょうか………ええ、分かりました。貴女がいつか私を負かす時が来れば、喜んで軍門に下りましょう。私を好きに扱って結構です』


『二言は無いな?』


『勿論。ですがそちらが負ければ、貴女は私の愛玩抱き枕として生涯を費やしてもらいますので、そのつもりで』


『……………』


(あ、ギーネさん……ちょっと良いかも、って顔してるだな)


 一拍置いてギーネが咳払いを一つ。仕切り直して輝真へと向き直った。

 気まずそうに前に立つ欧風の美少女。何回と対面しても完全には慣れない美しさが、過去から来た輝真には神々しくさえ映る。


 別に正体を隠していたつもりはないが、士緒と連れたっている事をギーネが快く思うとは限らない。

 或いは、騙して近付いたと誤解されて非難されるのだろうか………


『その………お主には色々とみっともない姿を見せた。許せ』


『………私こそ、まだまだ話せない事も多くて―――けどっ! 本当に、貴女を騙してた訳じゃないんです』


『そんな事は先刻承知しておる。我は、お主に礼が言いたいのじゃ。話せたお陰で気持ちの整理が捗った……感謝しておるぞ、名も知れぬ友人(・・)よ』


『……聖川 輝真です。ギーネさんには返しきれない恩が山と積まれているので、謝罪もお礼も必要ありません。それに友達と言ってくれて、ありがとうございます』


『うむ、いつか詳しい話を聞かせてくれ。ああ、それとじゃな………言うまでも無さそうじゃが、あの色男には気を付けよ』


『困った事に……手遅れでした』


 互いの気苦労を想ってか、二つの疲れた苦笑が見事に重なる。

 また今度、と軽い挨拶を交わした二人はそれぞれの場所へと戻った。


 予期せぬ再会。招かざる対面。そして、最も待ち望んだ出逢い(・・・)。

 ギーネはそれらとの別れを惜しみつつ、背を向けて神社への階段を登り始める。


『清々しいお顔ですな、陛下』


『うむうむ、そうであろう。貴様が我のピンチに駆け付けるのが数秒早ければ(・・・・)、結果は違っていたろうがな』


『……耳が痛うございます。やはり、臙脂の『穏形』が某の知るものとは変わっているようでして』


『聞けば、橘花院士緒が使う『穏形』は固有秘術すらも誤魔化すそうじゃ。臙脂がそれを用いたとするならば納得もできよう』


『今後、彼奴の動きに対応できなくなりましょう。手が付けられませぬ』


『いや、先の約定をこちらが守るうちは、臙脂めが仕掛けて来ることは無かろうて。黒沼……橘花院士緒はその辺り弁えておる』


『……言いなりの状況を良しとする、と?』


『たわけ者。我は勝たねばならぬのだ、あの男に。誰が言いなりになどなるものか』


『では?』


『うむ。まずは情報の精度を上げるか………ベネディクトに連絡をし、“遠き赤(スカーレット・ヴァーミリオン)”に繋ぎを持たせよ』


『っ――――御意。軍を動かしますか?』


『落ち着け、繋ぎを持てと言ったのじゃ。誰が戦争を仕掛けよと言った』


『別れ方が別れ方でしたからな。向こうが逆上せねぱ良いのですが………』


『そこまで小さい女ではあるまい。幼女には違いないが』


『陛下………鏡をご覧ください』


『うるさいわ! 本当の我は大人の女であるぞ!?』


 ギーネが階段を登り切り、居候している神社の社務所へと入った。


 ちなみにその頃、家主の高山虎太郎が学校で突如ぶっ倒れていた。

 ギーネが魔力を無理矢理に引き出したせいなのだが………


『う、うむ。一つくらいはケーキをくれてやっても良いな、うむ』


 暫くの間、ギーネは虎太郎に優しくなった。







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