第112話 女と天敵
「栄太ぁ、久しぶりやんね」
「……もう名前も呼ばれないと思ってたよ、おふくろ」
感動の再会ならぬ、勘当の再会か。
喧嘩別れして以来の母子の対面にしては些か殺風景なオフィスビル。建物の上半分が壊されずに残っていたなら、もう少し景色も良く爽やかな風が吹いていた事だろう。
その破壊行為を行った張本人を含め、その場にいる者の大半が独楽石親子の成り行きを静かに見守り始めた。
「この街では他所様に迷惑かけてないやろね?」
早速とばかり、美浜は感じの良さそうな微笑を浮かべながら過去の出来事をチクチクと刺激する。
実の息子に対して余りにも容赦の無い態度だ。
「あんたに関係あんのか? 俺との繋がりを切った、あんたによぉ」
「まぁ、それはあんた次第やね。もしどっかのド阿呆が心を入れ換えて、話したい言うなら聞いたるよ………ほんで? 下手な悪さしとらんやろね?」
「………陰湿なイジメの主犯をぶん殴ったり、女生徒を泣かしたセクハラ教師をぶん殴ったみたいなのが何回か。一番ヤバそうなのは生徒会から予算ちょろまかした事だな。あと“社”から物資を掻っ払ったりもしたが、全部丸く収めたか、バレないようにやってある」
もはや開き直ったとも取れる栄太の、嫌味にも似たささやかな反抗。
反省したなら許してやっても―――などと偉そうに手を差し伸べてくる美浜に、少しだけムカついたのだ。
自分はここで、この街でまだまだ反省してやるという気概を向ける栄太に、美浜の優雅な笑みにも驚きで微かな波紋が生まれている。
「なぁ、お袋。一つだけ聞かせてくれ。人形に『憑依』させて俺の監視に付けてた退魔師……容態は?」
先日、避難所となっていた九良名学園を大量の“凶堕ち”が襲撃した事件。その時に犠牲になった学生は独楽石家の『人形』と呼ばれる物だった。
その中に『憑依』の術式で入っていた者は身を呈して生徒を守ったのだ。
そんな、かつてならあり得なかった問いを心配そうな顔でしてくる栄太を見て、美浜は漸くにして目の前の大柄の少年が自分の知る息子ではないと確信を抱く。
品の良い佇まいと微笑に、今度こそ驚きの色がはっきりと浮かんだ。
「全く無事やあらへんけど、『人形』が壊れる心構えがあった分、早く目ぇ醒ますんやないかな」
「そうか……ああ、これで学園の奴等に少しはマシなニュースを届けてやれるな」
「…………」
美浜が訝しげに眼を細めて栄太を凝視する。
そして、ホッとしたのを隠そうとしてぶっきらぼうに顔を逸らした栄太の側に寄り、頭のてっぺんから足先までをスキャンでもするかのように目線を滑らせていく。
向きを変え角度を変えて自分を値踏みしている産みの親に、栄太は堪らず全身を強張らせた。取って食われるのではないかと、割りと本気で恐くなった程だ。
「栄太ぁ、あんた………ちぃと見んあいだにこんなデカくなってもうて! お母ちゃんビックリしたやん!」
「おっぐ――――げふっげほっ!?」
常の上品さが何処ぞへと吹き飛んだ美浜が、栄太の広い胸板を凄まじい威力で叩く。肺への衝撃で咳き込み、さらには治りかけていた胸の傷が最後の一働きとして鈍痛をぶり返させた。
「息子がこんな男前になってるやなんて、お母ちゃん嬉しぃ! 勘当は解いたるさかい、何時でも帰って来てええんやで?」
人を見る目には難があると自覚している美浜だが、この時だけは違う。
他人のカリスマなんてものに毛ほどの興味を持たない自分が確信してしまう程に、栄太の成長―――変質と言い換えても良い―――を見てしまった。
出来損ないの三男坊が大きな器となって現れ、感極まった美浜は喧嘩別れの事など忘却の彼方に追いやった末に、切った筈の縁を調子良く戻す。
栄太も思うところがある……かと思いきや。自らの負い目をしっかり受け止めていた栄太には、ただただ喜ばしい母親の言葉だ。咳き込みながらも口の端が若干ニヤけている顔は、実に幸せそうなものだった。
「それに引き換え……こっちの馬鹿はいつまで経ってもガキなんやから」
美浜が静かな怒気を漲らせて振り向いた先には………
「よ、よお美浜。お前、相変わらずいい女だな」
咄嗟に軽薄な笑みを張り付けた神崎紫瞬。村正とイグナシオに挟まれていたが、美浜が声を掛けるなり二人をスルリと躱し、ヘラヘラと近づいて行く。
そのやり取りを見て風音は、今まさに“社”へと連行されようとしている哀れな父親と栄太の母親が知り合いという事実に驚きを隠せない。
確かに紫瞬の交友関係には行き過ぎた女遊び以外に関わった事は無い。それ以前に、放浪癖のある父親がどのような友人関係を構築しているのか全く知らなかったのだ。
ましてや、栄太の母親と言えば“六家”の当主の一人。あの人間離れした強さの村正や、三王山家の当主である春陽と知己であっただけでも眩暈がするところなのに、このうえ独楽石美浜なる妙齢の美女とは、いったい何をやらかして険悪さを醸し出す仲になったのか。
風音には恐々と成り行きを見ることしか出来ない。
「まぁ、昔みたく出会いざまに『抱かせろ』ってぬかさんだけ進歩したんかなぁ……栄太ぁー、ちとこっち来てー」
昔そんな事を言ってたのか……風音の軽蔑の視線に貫かれ、紫瞬はビクリと体を震わせて引き攣った顔で口笛を吹く。
そのまま知らんぷりを決めこむものと思っていたが、しかし側までやって来た栄太と視線が合うと、途端に真顔へと変わる。身長の高い栄太を紫瞬が僅かに上向きに見詰め、栄太も何事かと不思議そうに美浜の言葉を待った。
「栄太、紹介するわぁ。こちらさん、お前のお父ちゃん」
「「―――――は?」」
双方の子供たちが――一方は顔面を蒼白にして――理解に苦しむ現実の洗礼を受けた。
キョトンと二つの顔が同時に互いを視界の中心に収める。
「そう言えば上の息子らにも、父親について話した事あれへんかったなぁ……ま、要するにコイツや。ほれ、挨拶しぃ」
「…………」
栄太が絶句するのも無理はない。
美浜は研究畑で変わり者の多い独楽石家にあって、さらに一風変わった気質の持ち主だった。家族という概念にすら合理性を求めるため、子供を作ったのも血の存続と、一族からの突き上げを躱す以上の意味を見出さなかったのだ。
当時は自分にも利があると見込み、いざ種馬探しに移ってみたら……これが思いのほか難航してしまう。どうせならこんな男が……せっかくだからそんな男を……せめてこれぐらいの男でないと……と、なんとなく妥協できなかった美浜の選り好みが炸裂する。
かと言って、自らの研究に有利な立場を確保できる当主の座を狙う連中……そんな奴らの紐が付いた男を受け入れるなど論外。
そして、自分の理想が高すぎる事を深刻に捉え始めた美浜が半ばヤケクソ気味に取った手段が、婿を取らずに種だけを貰うというものであった。
「ほんで、何処かに都合の良い男おらんかなぁて探してたら」
「女引っ掛けてた俺と利害が一致したってわけだよ。責任は取らなくていいって話だったのに騙されたぜ……にしても栄太お前デケェなー、ははは! 本当に俺の遺伝子入ってんの―――うおっ!? 止せ風音っ!」
風音による本気の抜刀が紫瞬を掠める。
これまでの馴れ合いとは別物の迫力……怒りに任せた殺意の一刀。目の端に涙を溜めている娘の顔を見て、流石の紫瞬も罪悪感に口を閉ざした。
「お母さんを裏切ってたの? どんな顔してお母さんを愛してるなんて言ってたのよ!!」
尚も紫瞬に斬りかかろうとする風音の前に、美浜がその身を晒す。
風音は正直、美浜への恨みなどは無い。父の不貞に対する怒りで一杯なのだ。
故に、美浜に刀を振り下ろさない程度の分別は、辛うじて残していた。
「風音ちゃんやね。あんたのお父さんなぁ、どうしようもない阿呆やけど、嫁さん裏切るようなカスやないよって。振られたのはウチの方やし、最後に会った日なんか泣いて引き止めても出ていく言うて聞かなかったんやから」
「種馬だったんでしょ? なのにそこのクズを引き止めりとか、裏切ってないとかっ、筋が通らないじゃない!」
「男と女って、色々あるんよ。ナンパしてきたんは向こうやけど、半ば無理矢理に取っ捕まえて威しつけたんはこっちやしな。おまけに関係を持ってみたら………あっさり情が移ってしもうて、誤算やったわ」
「…………」
風音は幼い時に母親を亡くした。もし紫瞬が美浜と関係を持っていたとしたら、少なくとも栄太を授かった時には明確な不貞行為があったということ。
美浜の言っている事は淡々としているが、その顔は女と三児の母の両方を湛えており、情が移ったのも確かなのだろう。しかし当然だが、紫瞬を許す理由にはならない。
「これは私と父の……家族の問題です。失礼ですが、部外者は引っ込んでてください」
「おい神崎っ」
口を挟もうとした栄太を、風音は睨み付けて止める。
そんな様子を端から眺めていた村正が、同じ父親の立場としてどうにも見ていられず、紫瞬を連行して強制的に中断させようと動いた。それを、両手をバッと広げた春陽が真剣な表情で遮る。邪魔しちゃダメ! そう言っているのが分かる迫力で。
そんな一幕の間も、神崎家と独楽石家のいざこざは先へと進む。
「部外者ねぇ………」
「っ…………」
「美浜……」
風音の肩にスッと手を起き、そのまま優しく髪を撫でる美浜の言葉を神崎父娘は待つ。
栄太などは特に、この四人の中では最も肝を冷やしながら見守っていた。
「これは男と女の……大人の話でもあるんや。お子ちゃまかて、引っ込んでればええわ」
「………!!」
「ええ加減、父親離れしたらどうなん? いい歳の男と女に、お子ちゃまが口出すもんやない。それにお互いふりーな訳やし」
「貴女って人は――――!」
「それに、恨み言ぉ言いたいんはこっちやわ。ウチなんか、そこの男に何度使い捨てられた思てんの」
「それは………」
風音の怒りが再び紫瞬へ向かって再燃し始める。
確かに、このままみっともなく口を出し続ける必要は無い。自分が紫瞬に愛想を尽かしてしまえば済むのだから。
その点、美浜にはまだ同情の余地があると思えた。悪いのは全て紫瞬……そういう事にすれば、この不愉快な話を終えられるだろう。
「まぁ、上の二人は兎も角、栄太ん時は既に風音ちゃんのお母さんと結婚しとってな……ちこっと脅迫してこの男を監禁した訳やけど。ほんで無理矢理――――」
「「アウト!!」」
風音と栄太が息を合わせて話の阻止に掛かる。
子供たちが親の生々しい性事情など知りたい筈もない。
と言うより、本気で無理矢理に関係を持ったと言うのか? 馬鹿な父親が迫ったのでもなく、美浜が?
「脅迫だけやないよ? 色仕掛けに泣き落とし、それこそ何でもやったわぁ。これが最後や言うても、平気でウチを置き去りにしようとするもんやから、腹立ってもうて」
風音と栄太が揃って紫瞬の方を見ると、顔を伏せて遠い過去に苛まれていた。
恥知らずな父親にも羞恥の感情が残っていたことに、風音は安堵する。
少しだけ、情状酌量をしても良いか……そう思わせる程度には恥じ入っているらしい。その証拠に、何かと五月蝿い紫瞬が先程から黙ったままだ。
「そんな訳やし、これ以上イジメてあげんといてな? 何なら、その件についてはお母さんのお墓に手ぇ付いて謝るさかい」
「美浜……お前ってやつは」
「っ! 阿呆ぅ、近寄りなや! てぇか、あんたはウチと風音ちゃんに手ぇ付いて謝りぃ! 可哀想に何も知らされんと………もう潮時やろ。距離ばっか置いて逃げてんと、ウチらに向き合ったらどうなん」
「…………」
「黙りとか子供やないんやから。それとも……今晩取ってある部屋でじーっくり、朝まで話しとうないの?」
「乗った! 色んな意味で!」
母親の艶を含んだ声音と誘い文句に、栄太は気まずそうに目元を押さえる。風音は父親の最低な変調を目の当たりにして、やはり目元を。
数ヶ月前には殺伐とした事件を演じた二人が、今や名実ともに同志と呼べる間柄になろうとは、誰が想像しただろう。二人が実は、片親が同じ姉弟であるなどと。
「そら良かったぁ。今夜は子供たち入れて家族会議やね。わぁ嬉しい」
「てめぇ嵌めやがったな!? 別の意味で! しかもそれ風音にもやられたやつ!」
美浜が指をパチンと鳴らすと、事の成り行きを見守っていた村正とイグナシオが動いた。今にも逃げようと構えていた紫瞬の両側に陣取り、腕をガッチリと抱える。
「後で迎えに行くよって、大人しゅうしとき」
あ~れ~………と、連行されて行く神崎紫瞬。風音は情けなくて涙が出る寸前である。
だが、泣くより先に、風音は次に向き合わなければならない相手を見やった。
「美浜さん。私――――」
「美浜ちゃーーーん!!」
そこへ、空気の読み方にムラのある三王山家当主が、ヒシッと美浜の腰に手を回す形で抱きつき、膝立ちの体勢から潤んだ瞳で見上げてきた。
「今まで若作りとか見せる相手も居ないのにとか、小皺お化けとか言ったりしてゴメンね! 恋する女の子なら年齢とか見た目を気にして当然だよ! 美浜ちゃんが哀れな人生を歩んでなくて、ハルちゃんもホッとしたよ」
「あーもうっ、鬱陶しいから離れぇ! てかそんな罵倒は初耳なんやけど? あんた、ウチのことそんな風に見とったん!?」
離れた場所では春陽の高い声が入り過ぎた梓が、またしてもケポケポとしている。
面倒見が良いリサとジェーンが駆け寄り、背中を擦って水を手渡していた。
「なぁ、お袋。家族会議って本気か? 俺もその場にいなきゃいけねぇの?」
「当然やろ、滅多に無い機会なんやし。せやから風音ちゃん、さらっとどっか行こうとせんの」
春陽の横槍で意気を削がれた風音が踵を返した所に、腰に貼り付いていた『正体オッサン』をペイッと剥がした美浜が声を掛けて引き留める。
風音は一瞬だけ足を止めるが、不機嫌な顔で振り返る事もせずに立ち去ろうした。
「ふーん、逃げるんや。あんたが毛嫌いしてるお父ちゃんと同じ事するんやねぇ」
露骨な挑発だったが、風音はドシドシと引き返して美浜の前に立つ。提げた日本刀に手を掛けた状態で。
「落ち着け神崎!」
栄太が身体を張って風音の前に出て動きを妨げる。
もしも物理的な喧嘩になろうものなら、流石に独楽石美浜が膝を突くことは無い。それに本格的な争いが始まってしまえば、とてもではないが栄太が介入して止める事など叶わないだろうから。
「貴女は身勝手な理由で父を誘惑しました。今度は何がしたいんですか? 私から唯一の家族を奪って苦しめたいんですか!?」
直前までの落ち着き様から一転した剣幕に、巨漢の栄太が細身の風音にあっさりと押し退けられた。
何も言わずに去ろうとしたのは、これが理由なのだろう。
何だかんだと言いつつ、風音は父親を慕っている。あんなでも男手一つで、二人だけで生きてきたのだから。
それを自分から取り上げないで、などと言える訳もない。言おうとしたが、直前でみっともない真似だと気付き、逃げようとした。
蔑んでいた父親の悪癖……それを自分も、同じ人間にやろうとしていると言われ、幼い感情が爆発してしまったのだ。
「お母さんからも………奪おうとしたんですか」
爆発が収まれば、次に来るのは後悔による感情の落差。
俯き、瞳を濡らし、最後の余波が言葉として出てくる。
紫瞬が、母を裏切っていた訳がない……そう思っていても、止められなかった。
あんな父親だ。美浜ほどの美人なら紫瞬が心を寄せていても不思議ではない。そして、今も………
「話聞いとった? ウチはフラれたんやて。紫瞬の阿呆があんたのお母さんに惚れとった証拠やん。それに………」
美浜は風音の正面からその目を覗き込み、優しく包むように手を握った。
「風音ちゃんも、もう家族やと思っとるから。あんたからお父ちゃんを盗れるわけないやん、もぉ」
優しい瞳と言葉が、本気さを伝えてくる。
理屈ではない、感情に直接訴えようとしているまっすぐな美浜の言葉が、風音の心にストンと落ちた。
「………勝手なこと言いますね」
「勝手やろか?」
「………今晩の家族会議で。はっきりさせましょう」
「うん、それがええわぁ。ほれ栄太、お姉ちゃんにハンカチ渡したり」
「「お姉ちゃん………」」
改めて言われると違和感しかない言葉だ。
お互いの引き攣った顔を見て、二人は何とも言えない奇妙な今後を予感した。
★
所変わって、2月を前にして雪色のキャンバスを一面に敷いた阿刀田市。
メイド喫茶『りゅうのあにゃ』にて。黒沼公浩は事態に際して困惑しつつ、ポーカーフェイスを貫けていた。と言っても、平常時からニヤニヤと人を食った笑みを浮かべているだけに、表情が消えた状態は却って異常でもある。
そして公浩とは逆に、テーブルを挟んだ向かいの席に座る少女は、花も恥じらう笑みを浮かべて実に楽しそうだ。服は白を基調に紺のフレアスカートといった、カジュアルでゆったり……しかし落ち着きのある大人の雰囲気。磨き抜かれた艶を発する黒髪のポニーテールは、与えられる大人っぽい印象とはギャップを生む快活な幼さが窺える。
健全で耐性の無い男子なら恋をせずにはいられない清純な美しさが服を着て歩いてる……その少女の名は四宮鶫。
退魔師の世界では言わずと知れた“六家”の四宮。その本家筋の数少ない生き残りにして、黒沼公浩の彼女(仮)の座を力ずくで手に入れた少女であった。
「ねぇ鶫………」
「何ですか先輩」
にこやかに応じているが、ひとたび視線を下に落とせば狂気じみてることが分かるだろう。
動かせばカチャカチャと音が鳴る本格式の手錠を見れば。
「僕が何も言わずに危険な場所へ行って心配した君は事情を知るなり生徒会長と檸梨市へと追いかけるも、到着した時には既に大勢が決していて蚊帳の外。諸々に怒りを覚えたその勢いのままに僕を追跡して発見し、もう逃がさないという意思表示で手錠をはめた心境は理解しているけど………」
「わーい。簡潔な説明セリフありがとうございます」
「でもね、何があるか分からない場所だったんだから、君を連れて行かなかった僕の心境も理解して―――」
「ぐすん………ぅぅ――――ふぇえええ~~~」
「!!??」
メイド喫茶という公衆の面前で、向かい合う女の子がテーブルに突っ伏して大きな声で泣きだしたら? 男ならある種の本能で周囲をキョロキョロと見まわしてしまうのも当然だ。
あまつさえ、自分らの腕には手錠。問われれば誰もが、男を犯罪者と指さすに違いない。
「捨てないでくださいお願いしますぅぅうあああぁぁ」
「捨てません!? そんなことしませんから!!」
公浩の嘆きにも似た声は主に周囲へ向けたものとなっている。
その様子を店の奥から観察していたオーナーの『テトラちゃん』こと咒水虎子は、目をクワッと見開いて驚天動地の表情だ。
普段は弱味どころか意表すら滅多にお目にかかれない男――割と虎子だけだったり――が、あれほど狼狽えた姿など写真に収めるしかない。そう思って携帯を構えたが、店長にして腹心の部下である扇に「使ったら最後、何をされるか分かったものではありません」と説得されて断念していた。
「ぅえええぇん! 捨てる気じゃなきゃ私を置いて行くはずありません~~………」
「だからそれには事情が―――いや、わかった。謝るよ、僕が悪かった……相談しなくてゴメン。埋め合わせはするから、許してくれないかな?」
「…………何してくれます?」
嗚咽混じりの呼吸音が止み、テーブルに顔を伏せたままの鶫がくぐもった声で聞き返す。
この手のやり口は自分も散々使ってきた経験があるが、いざ自分がされるとこうもイラっとするものなのか。
鶫の場合、涙が本物であるあたり質が悪かった。
そして経験上、相手に何を望むかを尋ねてはならない。こちらで何をしてあげるかを先に決めてしまえば、「それは嫌だから別の……」とは、さすがに言えないだろう。
まだ主導権は公浩が握っている………と思いたい。
「キスしてください」
(先手を取られた……)
自分から聞いておきながらそれは反則ではなかろうか?
デートで手を打とうとした公浩の猫なで声を事前に制した形だ。
「おでこはイヤです。ほっぺも、手の甲とかもダメですよ? それ以外でしたら、正直どこでも可……です」
(畳みかけられた……しかも詰んだ)
主導権を取れるという考えは幻想だった。
最初から巧妙に仕組まれていたのだ。恐ろしい策士と言わざるを得ない………
「エッチなところにしても………いいんですよ?」
「ははは……それは止めとこうかな」
ヤケクソ、とはこの事を指すのだろう。公浩は渇いた笑いを置き去りに、言葉の終わりに被せる形で手錠に繋がった鶫の手を引く。
自らもテーブルに乗り出しながらその唇を………鶫の唇の端っこにちょこんと重ねた。
「―――――」
「今はこれが精一杯です」
――――ガシャンッッ!!
顔はよく見えなかったが、突然にトレーを落として倒れたらしいメイドさんを店の奥に引き擦る光景が垣間見えた。
ちらっとだが、メイドさんの脇に手を差し込んで掴んで引きずっていた執事がベネディクトに似ていたような………
「先輩、あの……私ちょっとお手洗いに」
鶫はそう言うと手錠の鍵を外し、そそくさと席を立ってしまった。
公浩としてはかなり思い切った行動をしたつもりだが、意外にも鶫の反応は淡泊なものだった。
もう少し慌てふためく様子を見てやろうと思っていたのだが、存外うれしくなかったという事なのだろう。
(考えてみたら、自分から誰かに口付けをしようとしたのは初めてでしたか。そう思うと、何やら納得のいかないものが………)
「あー……あれは暫くトイレでグジュグジュにゃね。まんまと盗みおったにゃ、お前は」
鶫が居なくなった席に自然と腰かける猫耳と尻尾を携えた美メイド……人呼んで“オーナーメイド”の『テトラちゃん』。要するに虎子の事だが。
胸元に休憩中の札を装着しており、一応はプライベートな会話が可能らしい。公浩は先程とは打って変わった優雅な物腰で、手元のホットココアに口をつける。
「どうも虎子さん。先日は“刃桜”翁の見事なお手柄でしたね。あの方も、“白面金毛”へ一矢報いた事を喜んでいらしたのでは?」
「……“真ノ悪”に協力する条件がトラの身の安全とか、爺ぃはトラを子供扱いし過ぎにゃ。まぁそれは抜きにしても、“白面金毛”に吠え面をかかせてやったのは気分が良いにゃ。『りゅうのあにゃ』の店舗拡大も順調で良い事ずくめにゃね」
「………? では、なぜ僕をジットリ睨み付けるのでしょう」
言葉とは裏腹に、虎子の公浩を見つめる視線は槍のように鋭い。
悪いことを言ったつもりも、したつもりもないのだが………?
「……さっきのコムスメはお前の彼女かにゃ? いんや、何でも構わんにゃ。とにかくトラは! ギーネの肩を持つのにゃ! あんなコムスメ、ギーネがその気になればっ………ええいっ、このニブチンっ、だらぶち!! 今に見てるにゃっ、ウチのメイドの幸せはトラが守って見せるのにゃ!!」
一方的に捲し立て、虎子はずかずか店の裏へと引っ込んでいった。
「………??」
公浩は目を点にして、その背中を見送る。
それから、何処と無く艶のある赤みを帯びた鶫が戻ってくるまで、真顔の公浩の頭上をクエスチョンマークが飛び交い続けた。
★
従業員スペースに置かれたソファに横たわる幼女メイド(成人)、ゲオルギーネ。その貧血で倒れた子供にしか見えない有り様からは、世界レベルの基準で脅威とされるランクSSSの“悪魔”だとは、とても思えない。
傍に控え、水で塗らした布をギーネの額に乗せるなどして介抱をするベネディクトも、初めて目にする主の打ちのめされた姿に自らも辛そうな表情だ。
『のぅ、ベネディクト。あれは……黒沼と楽しそうに喋っていた女は………実は妹とかいうヤツであろう? そう、なのであろう……?』
『姫様っ………』
ベネディクトはヌイグルミの姿をした同僚の言葉を思い出す。
いずれ黒沼公浩は、ギーネを傷つける……その事をもっと真剣に考えておくべきだった。ベネディクトは今この時になって、その言葉の本当の意味を理解したのだ。
『分かっておる……あれはコイビトというやつなのじゃ。だからどうした訳でもないというに………何故っ、我は泣いておるのじゃ!!』
『………申し訳ありません。私には、何とも』
痛恨の極みとばかりに悔しさを滲ませるベネディクトが、搾るようにか細い声を出す。
普段から主従にあるまじき弄りや、からかいもあるが……根本では誰よりも敬愛する主人だ。その主人が苦しんでいるのに、それを和らげる言葉の一つも出せない自らの至らなさに吐き気を覚えていた。
『黒沼に、何らかの報復を行ってみては――――』
『ハッ、何の報復じゃ。奴に非が無いのに報復などというものは成立せん。単に八つ当たりしようものなら、我の品格が疑われるわ』
ギーネはそう言い捨てて乱暴に起き上がると、早足に入った更衣スペースでメイドの制服を脱ぎ始めた。そして部屋の外に控えるベネディクトに沈んだ声を掛ける。
『気分が優れん……今日は早退すると、“龍首”めに伝えておけ』
『私も支度を――――』
『ならん。我の分まで、店に貢献せよ』
『………畏まりました』
ベネディクトの何度目かの沈痛な声音を聞き、ギーネにも幾ばくかの罪悪感が湧く。
しかし、それを置いても早くこの場を離れたかった。一人になりたかった。
よもや……数百の齢を重ねた“悪魔”の身で、このような得体の知れない感情に苛まれるとは。今の矮小な身体になって、色々な事が物珍しいと多くの体験へ積極的に身を投じた時期もあったが………ここに来て手痛い失敗をしたものだ。
それからは、帰路をどう歩いて来たのかも分からない。
いつの間にか居候先の神社へと着いていた。
もはや十数の石段を登る気力にも事欠いた状態である。息をつき、ひとまず一段目に腰を下ろした。
「……………………」
ぼけーっと空を見上げてみる。
くもり空で、気温も低い。吐いた息は白く濁り、見れば自分の格好が出掛けよりも薄着であると気が付く。
急いだせいか、店にコートを忘れていた。この寒い中、よくそんなミスが出来たものだと自嘲が漏れる。
『………寒いのぉ』
何の気はない一言。ぼそりと溢れた言葉が伝わったのか、震えるギーネの肩に、そっと男物のコートが被せられた。
ほんの一瞬だけ淡い期待を抱いたが、その見覚えのあるコートで誰が居るのか分かってしまう。
何週間か前、社殿の天井を突き破って現れた身元も定かではない白髪の少女。
特に何を話したわけでもないが、家主の虎太郎に文字通り降って湧いた犯罪の気配に乗り、ヨヨヨ―――と儚げなポーズで『慰謝料ぅ………』と独語を発した少女。
虎太郎をボコボコにした後でギーネの私財から出た大金とベネディクトが渡したコートを手に、駆け足で神社を後にした少女。
それが再びギーネの前に、大金が入る大きさのアタッシュケースとコートを持って現れた。
あの時は只ならぬ事情が見てとれたため、気まぐれに茶番に付き合ったが………まさか、律儀にも返しに来るとは。
荒み、凍えたギーネの心が僅かに温もりを得る。
『先日は、大変お世話になりました。今日はこれをお返しに』
『……よい。戻らぬと思ってくれてやった物じゃ』
『ええ、私も戻れないと……いえ、戻ってしまうんだと思っていました。だから、また会えて嬉しいです』
『………すっきりした顔じゃの。憑き物が落ちた、というのであったか?』
『おかげさまで。けど………そちらは何かあったんですか?』
『……欲しいモノは手に入らぬと、気付いただけじゃ。あまり触れてくれるでない』
改めて口に出してみると、やはり堪える。
気分が加速度的に下降していく感覚というものは……成る程、恐ろしいものだ。この恐怖に日々耐えている人間たちには敬意を示しても良い。
とは言え、今のギーネにはそんな酔狂な事をしている心の余裕などは無い。
溜息と一緒に気力が抜けていくギーネを見て、白髪の少女……聖川輝真も穏やかではいられなかった。
『貴女はそうは思っていないでしょうけど……私は友人として、何か力になりたいです』
『…………』
いろんな意味で心身が弱っているせいなのか、ギーネは目の前の少女に親しみを感じていた。
せいぜい十数分の付き合いとは思えない。不思議としか言えない親近感があるのだ。
それからの会話は、もはや無意識下での産物。何をどう話したのかも、当然のように達者な独語を操る少女を不審に思ったのかさえ思い出せない。気が付けば寒空の下で愚痴を吐き出しきっているギーネが居た。
『話してしまった……我は、お主の名前も知らぬというに』
『………それで、諦めてしまうんですか?』
『諦めるもなにも、我は己の感情の正体すら掴めておらぬ。好き……なのかもしれぬが、それだけじゃ。諦める以前の話よ』
輝真の知っているゲオルギーネという人物は明るく、愛され系で、芯の強い利発な女性だ。それがここまで打ちひしがれている姿は、数えるのも億劫な程に時間を遡行してきた輝真をして初めて目にする一面である。
正直、どうして良いのか見当もつかないが……少なくとも輝真には、見も知れぬ公浩の恋人(仮)なんぞの為にギーネを泣かせたくはない。相手は覚えていなくとも、ギーネは輝真にとって数えきれないほど恩を受けた人なのだから。
『うむ………思い返せばヤツと顔を合わせた機会など最初の一件だけよな。それを多少の文通ごときでその気になっていたなど、恥ずかしくて人に言えぬわ。お主も、ここだけの話で頼むぞ』
『……ギーネさんが彼のことをよく知らないって言うなら、相手も同じですよ。ギーネさんの事をよく知れば、もしかしたら向こうも―――』
『決まった者がおるのだぞ? その上で我が何かしようものなら、みっともなくて後世の笑いものよ。恥の上塗りは御免じゃ』
『……自嘲して、納得したふりしてません?』
『…………そうじゃの』
何もせず、言い訳して逃げる方が恥だ。いつものギーネならそう言うはず。
自覚があるのか、さらに落ち込んでしまった。
『我はどうしてしまったのじゃぁ……』
膝に顔を埋めて自己嫌悪。輝真もどうすれば良いのか………そんな途方に暮れていた時だった。
『無様な………こんな腑抜けを連れ行き、果たして五郎左様の意に沿うものか』
隠形の顕術によるものか、声の主を見つける事が出来ない。
しかしギーネには、何者による蔑みか分かっている。
ギーネが意識をそちらに向けると、大型の影が人気の無い道に姿を現した。
外見は黒い獅子。瞳は赤く、体躯は普通のライオンの二倍ほど。
ただし、発している存在感は百獣程度の王とは比べ物にならない。
かねてより山本五郎左衛門がギーネに差し向けるハラスメント攻撃の一環。ただの嫌がらせに充てるには過剰すぎる戦力……災害級の『黒獅子』、臙脂である。
『直に嵐が来る。貴様も、そろそろこちらへ戻れとのお達しだ。今度ばかりは駄々を捏ねてくれるなよ、ギネビア』
『臙脂よ、我はゲオルギーネである。勝手な名を呼ぶな』
ギーネと、臙脂と呼ばれた“鬼”がにらみ合いとなる。この特大のライオンが余程の緊急事態なのか、ギーネに僅かばかり覇気が戻った。
この場にどのような因縁が渦巻いているのか、居合わせただけの輝真には推し量れない。だが、山本五郎左衛門の名が出たという事は“真ノ悪”……橘花院士緒の関係者だろう。彼の名前を出せば、いよいよの場面で最悪の事態は回避できる………はず。
相手を見るに、輝真を邪魔と考えた瞬間に殺しそうな雰囲気である。士緒の名前を出すなら早めにした方が賢明だ。ギーネの連れということで、まだこちらに若干の関心があるうちに。
『おい、そこの女。お前などいつでも殺せるのだ。迂闊に口を開かぬことだ』
『…………』
勘が働くのか、軽率なのか。臙脂は輝真に喋らせようとしない。
それこそ喋った途端に命を絶たれそうである。
交渉や、大事に関わりかねない話を自ら断ち切った……それだけギーネとの会話を優先したいということだ。問答無用に即死させられなかっただけマシなのだろう。
『この娘は関係なかろう。帰してやれ』
『……本当に腑抜けたか? その娘に人質の価値があると、儂に教えたな』
『っ――――話ならきいてやる。手をだすでない!』
『聞いてもらうだけでは済まぬ。再三申してきたろう……貴様はこちら側なのだ。それとも、自分の出生に興味は無いのか? 貴様のルーツというものだ、ゲオルギーネよ』
『――――』
“女帝”……ゲオルギーネには、ランクSSSの“悪魔”として自我を得た日が存在する。
何者かから産まれたのか何処からか湧き出たのか、とにかく唐突に現れた日が。
“悪魔”などと呼ばれる者たちには別に珍しくもない……いや、至極当たり前の身の上。自分もそうなのだと思っていた。
ところが、その出生に秘密や過去、意味や目的がある……そんな事を言われ、傷心で隙ができたギーネの芯が揺らぐ。今日、この時だからこそ起こりえた揺らぎだ。
自分探し……失恋後の男女に往々にして起こりうるという現象に似ているかもしれない。
臙脂が狙ったわけはないが、まさにこれ以上はない会心のタイミングだった。
『ふん、うん十年目にして漸く儂の言葉に耳を傾けたか。貴様の存在を、価値を、意味を示し、証明してくださるのは山本五郎左衛門様だけだ。それ、こっちへ来い』
『……………』
どうでもよくなった、とまでは言わない。しかし、確固たる思考を放棄し、流れに抗う強い意志を欠いた今、安い甘言に乗ってしまうのも無理からぬこと。
虎口、もとい獅子の顎へ歩き出すギーネを止める術を、輝真は持たなかった。
「ナンパ師にホイホイ付いていく学生ですか、あなたは」
穏やかな微笑――あるいは苦笑――を正面からギーネに向けながら、臙脂との間にするりと滑り込んだ少年……黒沼公浩と目が合い、様々な感情が濁流となって少女の心を掻き乱した。
『お久しぶりです。拙い独語ですが……我が身の未熟、無学をお許しください、陛下』
あまりにも気障で胡散臭い口上は、時が止まったような錯覚をその場の全員に与えた。
人の気も知らないでニコニコと……そんな苛立ちは、ギーネの足を止めるに至った。
あれ、このシチュエーション……27話あたりで見たぞ?
と思った貴方、さては拙者のファンですね! 分かりますっ!
………と、冗談はさておき。スミマセン、シチュエーションを使い回した訳ではないです、事故っただけなんです!
困った時はコレ! とか思ってません決して、許して………
え? 何です?
それよりも人物の登場落ちいい加減にしろし?
………うるせーバカ!!←土下座中
《家族会議にて》
風「ところで、空気の読めない事を聞いても良いですか?」
美「ええよ。春陽くんの後なら、どんなKYも可愛いもんや」
風「あの父に美浜さんみたいな綺麗な人が執着する理由が……いまいち分からなくて」
美「んー……あんなんでも女の扱いはそれなりやったし、ウチも恋愛なんかしたこと無かったもんやから。アレが格好良く見えてまったんやなぁ。最初のナンパも、女はべらせて茶をしばく程度の誘いやったんよ」
風「……色々スミマセン。でも、後悔してる風にはみえませんけど?」
美「まぁ、初めては特別やって言うし。それに良くも悪くも、紫瞬のお陰でウチも人並みの感情とか覚えて丸くなれたんよ。ベッドん中で骨抜きにされた弱味ぃ言うか……」
風「…………」
美「何ぃ、自分の初めての事でも想像しとんの? やるやん! ほんで相手は? イケメン?」
風「そんなズバッと来ないでください。そのぉ………複雑な相手でして」
美「なんや、妻子持ちとか?」
風「あ、いえ……そうではないですけど」
美「歳が離れてるとか? 上すぎるか下すぎるか………でなきゃ死刑囚か同性だったりするん?」
風「あの、そこまででは………もう、付き合ってる子がいるだけです」
美「何かと思ったらそんなん……家庭を持ってない男を略奪するだけやん、屁でもないわ。ウチが言うのも何やけど、完全にくっついたら引き剥がさない限り一緒にはなれへんよ?」
風「流石の説得力……つかぬことを聞きますが、お母さんは美浜さんの事を知っていたんですか?」
美「……今さらかもやけど、紫瞬はちぃと浮気癖がな、あるやろぉ?」
風「………?」
美「ウチなんか直接嫁はんの所に乗り込んで紫瞬を引き渡すよう談判したんやけど……まー驚くほど堂に入った対応やった。慣れてたんやな」
風(やっぱり、お母さん知ってたんだ……)
美「家のローンと親権と養育費よこせば売ったるて、そう言われたわ」
風「ぅえ!?」
美「けど、そこで紫瞬が土下座して謝りだしてなぁ。あんなん見せられたらウチの立場ないやろ? その場は大人しく帰らせてもろうたわ」
風「あのぉ、母に息子さんたちの事とかは……」
美「もちろん話したわぁ。ああ……そう言えば、二人が少し席を外してから戻って来たんやけど、紫瞬の頭がかち割れてたなぁ。そんな状態で頭ぁ叩きつける土下座したら、そらぶっ倒れるわ、あはは!」
風「倒れるまで土下座したからって許します?」
美「許したくなってまうんよ。大抵は理解されへんけど、そういう男っておるから。ずっこいやろぉ?」
風「……その気持ちは分かります。私の知ってる人は全然タイプ違うんですけど、そんな感じです」
美「あんな女の天敵みたいな男が他になぁ………好きな男がそいつなら、悪いこと言わんから早めに考え直しとき。きっと被害者がわんさか出てくんでぇ? あんたのお母さんとウチみたいに円満ならええけど、そう上手いこといかんから」
風「円満だったんですか?」
美「たまに茶ぁしばいたりしとったから」
風「まさか、公認の不りn―――」
美「あはは、ないない。言うてるやん、ウチは見向きもされんかったて。息子が三人も作れたんが奇跡や……不倫なんて上等な扱いは、してもらえんかったよ」
風「それは……道理というか、自業自得というか?」
美「そやねぇ、その通りや。けどぉ、こうなった以上は好きにさせてもらわんとなぁ。今まで風音ちゃんに会おうとしたら、遠回しに紫瞬に拒まれとったけど……お母さんの分まで、風音ちゃんを可愛いがらせてもらうわ」
風「お、お手柔らかに」
………
……………
…………………
栄「………俺ら空気じゃん。女どもはすぐ仲良くなったな」
紫「今のうちに逃げていいよな? よし、脱出」
ガシッ
美「あんたも家族や」
紫「ファミパン―――!? (バキッ)」
END
※ファミリーパンチとは、脱出を確信した相手を振り向かせてぶん殴る狂気の技の事である。
今日の小ネタ
・『今はこれが精一杯』
『バカモン!! そいつが〇パンだ!!』や、『ヤツめ、まんまと盗みおって』などで有名なアレ




