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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
111/148

第111話 悪が来たりて


黎明の進退については《88話 一方その頃》の後半へ………参照(ジャンプ)!



え、何? 稲生平が誰か忘れた?

しょうがない仔羊たちだ……説明しよう!

稲生平は親父殿……山本五郎左衛門の人間社会における仮の姿なのら!

黎明の信頼も厚く、更にはそのツテで澪が風紀委員長になったのであーる。


追記

序盤の話を大筋から外れない範囲で順次、手直ししてます。

気が向いた奇特な聖人はどうぞ

(っ´ω`)っ

 

「まぁそんな訳やから黎明はん。協会でのアンタはんの権限は全面的に凍結させてもらうさかい、暫く引っ込んどいてな。なんなら隠居してもええよって」


「……そうか。決定とあらば否は無いが………美浜、一樹、それからタイラもか。随分と偉くなったもんだ」


 檸梨市“社”で最も広い、楕円を描いた形の会議室。

 中央に大きなスペースを空けた長いテーブルの上座には、便宜上の進行役として上品な着物を着た美人……独楽石美浜。そこから左右に陣取るのは五行家当主、五行一樹。陸道石刀と、そして退魔師協会にて一等強い存在感を放つ重鎮……関東の“社”を統括する巨人、稲生(いのう)平(たいら)だ。


 そんな者たちが、中央にポツリと置かれた椅子に座る人物へと視線を向けている。

 査問でも行われているような雰囲気だが、形式の上では事実確認と決定事項の伝達のみ。詰問も反論もそこには無い。


 中央で周りからの視線を泰然と受け止める仁科黎明も、それをよく理解していた。

 少なくとも、自身が協会から追われる理由も目的も察しがつく。

 橘花院家の隠れ里を秘密裏に襲撃した、その因果が巡って来たのだと。そして黎明の処分はとある者たち(・・・・・・)との休戦に説得力を持たせるための贄。

 テーブルの一角から涼しげな敵意を垂れ流す二人組……“真ノ悪”の使者への、誠意の形であった。


「タイラ、お前まで一枚噛んでいたのか? 友人として傷付いたねぇ」


 高級な仕立ての背広にループタイで着飾った、がたいの良い男……稲生平。この場に揃った面子では唯一の中立的立場だ。


 “六家”は寄って集って黎明を吊し上げに掛かっている。これまで……これからも敵に違いない“真ノ悪”は言わずもがな。

 関東圏の“社”を統括する平は、そんな中でも物を言える数少ない人間なのだ。でありながら、ここまでの流れには逆らえず、且つ事実上の罷免の現場に立ち会っているのだから、足掻いても無駄だという事は嫌でも黎明の身に染みた。


「十年前の不祥事……橘花院家から禁術を強奪した件にお前が関わっていた可能性が濃厚になっている。“白面金毛”の口車に乗ったか何だが知らないが、罷免の理由としちゃあ十分だろ。友人が悪事を働いてて、俺も傷付いたよ」


 十年前の隠れ里への襲撃……その先頭に立ったのは仁科黎明だ。それに関しては言い逃れも責任逃れをするつもりも無かった。

 黎明曰く、“白面金毛”と太い繋がりがあった時期に掴まされた誤情報……その上での決断だったと語るが、それ以上の事には口を閉ざす。

 五行家の調査である程度の裏付けは取れているものの、未だ核心は見えて来ず。この話題を早めに切り上げたい黎明は、さっさと罰を受けて大人しくしているから、これ以上は聞くなと暗に告げていた。


「それとだ、黎明。お前には今後、九良名に籠ってもらうわけだが……一樹の部下が出向の名目で監視に付く。あの試験都市は協会側からの圧力が及ばなくてな、お前をそこに押し込めるなら監視は当然だろ?」


「へぇ、そう来たか。悪い顔しやがって」


 黎明と平が不敵にワラう。

 なるほど、九良名市での黎明個人による権力は健在。蟄居(ちっきょ)に見えた協会からの措置には裏があるという事だ。

 一樹の方へ視線を向けてみると目が合った。特に何か合図がある訳ではないが、そこには互いに悪いようにはしないという意思が読み取れる。

 監視とやらも、その役にどれ程の意味があるのか……はっきり口にせずとも、それは護衛か戦力として使って良い人材だと察せられた。


(九良名市か。学園……橘花院……“真ノ悪”……そこで何らかの対処をしろって事だな。亜笠も、俺が教えてなかった事実が多くて怒ってんだろうな………こいつらまさか、亜笠に俺を殺させる気じゃないだろうな)


 九良名は台風の目と成りつつある。

 “真ノ悪”が首を突っ込むだけの価値がある街。そこに現れたのがIR(イル)……橘花院士緒だ。

 トラブルが大挙して押し寄せて来る事は間違いない。現にその先触れがこの街、この場に居て、本来なら黎明が居るべき側から自分を見ているのだから。


「宜しいでしょうか。幾つか、我々から物言いがございます」


 会議室を吹き抜ける凛とした声音に、全員の注意が向く。

 スタイリッシュなパンツスーツ、外見は20代前半程、セミロングでサラリと流れる黒髪、透き通った水面を思わせる静謐な雰囲気と顔立ちの美女へと。

 同時に、その後ろの壁にもたれて腕を組むライダースーツの男――身長は175センチ前後で髪はオールバック、最大の特徴は怪士の鬼面を付けている――にも自然と意識が向いた。


「まずは改めまして、私は焔(ほむら)。そちらの男は怪士(あやかし)とでも」


 “真ノ悪”から交渉役として送り込まれたのは焔と、護衛に怪士面の男。

 一時休戦という名目の茶番劇を掻き回して来いと、五郎左に命令を受けてやって来ていた。

 ここでの話し合いに、“真ノ悪”が得をする話は皆無……しかしお互い、話し合うフリぐらいはしておかないと格好がつかない。

 上位者の余裕か、気紛れか……あるいはもっと恐ろしい狙いを隠して臨む、“真ノ悪”にとってはある種の消化試合に過ぎないのだ。


「この度、我々はそちらに招かれた立場です。休戦にあたっての誠意だと伺っていたのですが、見せられているのは茶番ですか? こちらとしては、仁科黎明氏の全面的な(・・・・)退任を条件として提示させていただきます」


 そもそも、休戦という退魔師協会からの申し出は一方的と言って良いものだ。争っていた事実こそ暗黙の内に存在するものの、記録の上では“真ノ悪”なんてものは眉唾な噂か都市伝説の類い……多くの退魔師の暗殺を始めとした、あらゆる咎(とが)を負わせる事は叶わない。

 早い話、“真ノ悪”が協会の都合に合わせて休戦をする必要はなく、黎明が咎を受けるは至極当然の事だった。


「その男は人間の枠組みにおいても大罪人です。誠意と言うのなら、この場で首を刎ねても良いくらいでは?」


 焔が言わんとしている事はつまり、『休戦が何の事かは知らないが、そちらが泣きを入れて来た以上はこちらの都合に合わせてもらう』という事。

 話を濁した末に、やることはやったと抜かすのは許さない。

 最終的に黎明の首を落とせるとは思っていないが、焔は可能な限り協会の力を削ぎに来ている。イジメて苛めて、虐め抜くために。

 とは言え、平行線になりかねない流れだ。ぐずぐずの罵り合いになる前に方向を修正するのは、稲生平(・・・)の役目だろう。


「そう言うなよ客人。十年前の事については事実確認が済んでなくてな。何せ罪状に関しては項目だけでも分厚い資料が積み重なってるんだ……追及は慎重に、そんで徹底的にだ」


「下らない言い訳は聞き飽きました……が、仕事が徹底しているのは良い事です。さてさて、その丁寧な仕事でどれだけ時間が稼げるのか、楽しみにしていましょうか」


 腹の探り合いという名の白々しい会話。互いの腹など先刻承知なのだから。

 “真ノ悪”と、退魔師協会という二つの勢力としても、または二人の“真ノ悪”としても、思わず失笑を溢しそうなやり取りだった。


「仁科黎明氏の処遇については、ひとまず納得しましょう。ただし今回の檸梨市の騒動を収めて、協会の方々に大きな貸しがある我々から一つ……提案があります」


 “白面金毛”の分け身を滅ぼし、『火坑』を消滅させたのは“真ノ悪”によって成された事だ。その事実を強調した上での提案(・・)とは、借りを返せと言っているのである。

 どれ程の難題が吹っ掛けられるか分かったものではない。


 五行一樹も、独楽石美浜も、悪魔との取引が恐ろしいものだと知っていて、状況が掴めない焦りから力を借りてしまった。せめて魂だけで済めば御の字……と身構えていたものの、提案は予想外な事柄に及んだ。


「まず始めに、仁科黎明氏の“三つの異能(トライアド)”……『天の眼』『地の眼』『星の眼』。それら能力の、封印術による無期限凍結を要求します」


 決して小さな要求ではないだろう。最強の退魔師から力の一部を奪えば、敵対する者を大いに利する事になるのだから。

 しかし、黎明の真価は“三つの異能”の封印程度で損なうものでもない。檸梨市を救った貸しを消化するにしては、あまりにも見合わなかった。


「何故、などと詰まらない質問は聞きません。そちらで勝手に考えてください」


「ふぅん……そんで、具体的な方法はどないしはる?」


 そのまま話を進めようとする美浜に異を唱える者は出ない。

 五行一樹、稲生平、力を封じられる当事者の黎明でさえ納得する所だ。石刀に至っては興味も無いのか、テーブルに脚を乗せて天井を仰いでいた。


「封印術に関しては、最高の使い手がそちらに居らっしゃるでしょう」


「お?」


 焔の冷たい視線が黎明を捉える。


 封印術は今日に至るまで固有秘術などの例外を除き、まともな効果を発揮するものが殆ど無い。

 感覚で扱える天才は居ても、それらが顕術として体系化されていないのだ。

 仁科黎明は、その一握りの天才の中でも並び立つ者の居ない使い手。焔は“三つの異能”の封印を、他ならない黎明本人に行わせようとしていた。


「無論、そこに私の『呪(しゅ)』を重ねさせて頂きます。貴方は檻を作り、私は鍵を。それでもまだ公平な手段とは言えませんが、我々は黎明氏を信頼(・・)していますので」


「……とんだ信頼関係もあったもんだな。美浜、一樹……それで良いな?」


 平が尋ねると、二人とも静かに応を返した。

 一樹は主導権を握られた現状の不快さを押し隠し、美浜は腑に落ちない気持ち悪さを押し殺しながら。


「良いだろう、客人。そこのチビの目ん玉なら好きにしろ。ただし……」


 目の前で自分の処遇が決まっていく光景に肩を竦める黎明を尻目に、平の鋭く光る眼光が焔のそれとぶつかる。

 お互い、そこに殺伐とした気迫は込もらないやり取り。まるで示し合わせたチャンバラのような……見る者が見れば、どこか緊張感に欠ける応酬だった。


「お前は先程、提案があると言った。俺の勘違いでなければ、提案とは貸しを盾に一方的な要求を突き付ける事ではない筈だが?」


「ええ、仰る通りです。仁科黎明氏が持つ“三つの異能”の封印には、相応の見返りを用意してあります。条件は呑んで頂いたので、それをお渡し致しましょう」


 檸梨市を救うという大きな貸し……驚いたことに、それは交渉の材料どころか、オマケ程度の扱いだったらしい。その貸しだけで“三つの異能”と引き換えるのではなく、別に取引の形を用意していたのだから。

 そのまま誠意と受け取る程お目出度くはないが、百人の処女の魂を寄越せと言われるような最悪の想定が覆った事に正直、一樹は取り敢えずの安堵を覚える。

 尤も、タダより高い物は、とも言う。落とし穴に備えるのが仕事の五行家としては、僅かも気を抜けないでいた。


「恐らくですが、近い内に“白面金毛”を含めた敵対勢力の動きが活発になります。四宮家が壊滅した辺りから、その予兆はありましたので」


 壊滅させた張本人……橘花院士緒を差し向けた連中がよくも言えたものだ。

 根が善良な一樹は特に怒気を発しているが、どんなに憎たらしい物言いだろうと話の進行を妨げる程ではない。

 焔はどこ吹く風とばかりに話を続ける。


「そこで、山本五郎左衛門様より特上のご厚意です。この男を退魔師協会へ、戦力としてお預けします」


 焔が背後に立つ怪士に意識を向け、会議室の面々もその意図を察した。

 壁に背中を預けているライダージャケットの男……細身でありながら城塞に等しい存在感がビリビリ伝わってくる怪士面。提供される戦力だと考えると、そこに疑いの余地は無さそうだ。

 だが、強さに不満は無くとも、不服があるのは道理である。


「カカッ! 堂々とスパイを送り込もーってか。そんな爆弾を俺らに押し付けようとは太ぇな、ネェちゃん!」


「石刀に同意だ。美浜、平、まさか歓迎するなどとは言わないな?」


「そやね。御為ごかしって言うても、限度があるなぁ」


「んー……どうしたもんかね」


 予想通り、協会の立場で焔の提案は受け入れ難い。

 だが予想通りの展開なら、予定を貫くだけ。焔は別段思う所もなく言葉を紡ぐ。


「いらない、と言うのでしたら……どうぞ、首だけでもお持ちください。災害級の戦力を我々から削る事が叶うでしょう」


 尋常ならざる言葉が飛び出した。反応は一様にして、唖然の様相だ。

 どういう訳か稲生平も、その例に漏れていない。


「ふはっ! 豪気だねぇ。それともイカれてんのか? なぁお面の兄さん、このままじゃスパッと殺られちまうけど、良いのか?」


「…………」


 怪士は何も言わない。本当にこのまま殺されても文句はないもでも言うように。

 焔は怪士面の男と確執があるのだろう。仲間意識の薄さを隠そうともしていなかった。

 死んでも構わない……むしろ厄介払いが出来ると、本気で考えている気配が在り在りと伝わってくる。裏がある申し出では無いと分かってしまうのだ。

 顔には出さないが、焔と怪士を除いた全員が困惑していた。


「んじゃ、遠慮なく」


 楕円テーブルを乱暴に乗り越えた石刀が無骨な石剣……『岩鋼剣』を顕し、無造作に怪士の首へ向けて一閃――――


「んおっ……」


 躱す素振りを見せない怪士に粗い刃が到達する寸前。石刀が突然、ピタリと停止した『岩鋼剣』に振られて体勢を崩す。

 石剣を背の側から三本の指で摘まんで見せたのは稲生平だ。

 石刀の突飛すぎる行動に驚く間も無かった一樹と美浜に代わり、素早く体を滑り込ませていた。


「止せ止せ、勿体ない。俺んとこで預かる、一樹も美浜もそれで良いだろ?」


「馬鹿者が……良くないに決まっている。内部に敵がいるだけでもハイリスクなんだ。ましてや巨獣を腹に抱えるなんて冗談じゃない」


「平はんも酔狂やなぁ。実験の材料としてなら、ウチで引き取ってもええんやけどぉ」


 堅実な一樹と、大人しそうに見えてある意味では石刀よりも物騒な美浜……どっちの意見を通しても怪士面の男にとって碌な事にならないのは確かだ。

 平は内心で頭を抱えながらも、一つの案を示した。


「俺と、黎明の共同管理って形ならどうだ? 九良名市にまとめて閉じ込めておくってのは」


「……それも一種の隔離措置、か? 昔から思っていたが、お前は黎明と一緒に仕事し過ぎたせいか、大分イカれてる」


「言い過ぎだぞ……ま、これから敵が活発になるのは言えてるし、毒を持って毒を制すってのも、悪くないと思わないか?」


「毒が強すぎるっ、その怪士の面……糸浦で村正を出し抜いて術装を強奪した男だろう!」


 半年前、赤坂村正が糸浦の“社”にて管理していた術装……『雲斬天俯瞰(くもをきりてんをふかんす)』が、四宮の『色装』を使う男に強奪された。

 それを行った男の特徴は目の前の怪士と一致しており、一樹は同一人物であると確信している。

 さらには先だっての“日計の毒”との戦いの際、術装を使って鬼の軍勢と鬼王・八重波に痛撃を加えたのも同じ。

 もはや信用する以前の話なのだ。


「俺が責任を持つ。命を懸けて御してやるよ」


「っ………」


 正しく鶴の一声。退魔師協会でも指折りの実力者に言われてしまっては、この問題でこれ以上食い下がることは出来ない。

 仁科黎明、赤坂村正、今は亡き四宮洋一郎等に比肩する男が、戦闘を視野に入れて断言したのだ。ここで否と言うことは、今後、戦力として稲生平を当てにしないと言っているのに同義である。


「ほんなら、話は決まったねぇ。さ、終わろか」


 やたらと時計を気にしていたが、急ぎの用事でもあるのか、常に無いおざなりな締めくくりをする独楽石美浜。

 “三つの異能”の封印作業は「そちらさんで勝手に頼むなぁ」と言い残し、そそくさとその場を後にした。

 それに続くようにして、“三つの異能”の凍結を行うため焔が黎明を別室へと促し、そのまま二人は言葉少なに会議室を出て行った。


 呆気ない終わりを見せた会談の席に取り残された五行一樹、陸道石刀、稲生平、そして平の預かりとなった怪士。そこで、何のことはない雑談を石刀が切り出す。


「んだあ? 美浜の姐さんにしちゃ珍しいな」


「……確か美浜の息子がこの街に居るという話だ。暫くぶりに顔を見るつもりなんだろう」


「あー、末の出涸らしが居るんだっけか……けどよ、それはそれで姐さんらしくないぜ。姐さんは基本的に他人への関心薄いだろ? それは身内にも同じ……しかも家から追い出した息子と来りゃ、眼中に無いのかと思ってたが」


「奴もそこまで薄情ではない……が、確かに少し浮かれているようにも見えたな」


「一樹の旦那にもそう見えたか……おっさん、どう思う?」


「おっさんは止めろ石刀。だが、まぁ……思うに美浜の目当ては、息子だけじゃねぇな」


「カカッ! まさか姐さん、コレ(・・)が居るんじゃねえだろうな」


「「……………」」


「あん? 旦那まで、マジにすんなよ。ほんの冗談だ」


「……いや、そうだった。居たな(・・・)、この街に」


「五行家の当主にしちゃあ察しが悪いぞ、一樹。だが、多分アレ(・・)だろう」


「石刀は知らなかったのか。美浜のコレ(・・)」


「………え、マジなのかよ」


 一樹が右の小指をちょんちょんと反対の指で示す仕草に釣られ、石刀も自らの小指をじっと見詰める。

 その意味は考えるまでも無かった。



            ★



 檸梨市の至る所に残る痛々しい傷跡を、2週間前よりも有り難みの増した日の光が照らす午後。


 建物は高層ビルから民家まで、退魔師の戦闘の余波をこれでもかとばかり受けた惨状が広がっている。尤も、命を張った退魔師の言い分によれば、それらは取り返しが付く分、尊い犠牲と呼んで良い物だ。


 そして、退魔師協会による復興が着々と進む中にあって、その場所だけは他よりも物々しい空気が張り詰めていた。

 警官隊の恰好をした退魔師が周辺を厳重に封鎖し、上から半分が木っ端微塵となったオフィスビルを囲む形で“社”の戦力を配置。


 彼らが見上げた先にあるのは空間にガッチリ固定された白い球体……と呼ぶべきか。

 破壊されたビルの傍で微動だにしないそれは、空間そのものを丸い匙でくり抜いたかのような、見る者に奇妙な印象を与える何かだ。


 その球体に一番近い場所……壊れて吹き抜けになったビルの最上部分に集まった者たち。

 ふんわり柔らかな茶髪を左右でクルクルとロールさせ、足下までのトレンチコートと細い脚を見せつける短パンを着た小柄な少女……の紛い物(・・・)、三王山春陽(しゅんよう)。まだかまだかと、何故か一人だけウキウキしている彼(・)を先頭に置き、その後ろには赤坂村正、ジェーン・スミス、イグナシオ、リサ・ハロルド等、錚々(そうそう)たる顔ぶれが揃っている。

 そこに混じって神崎風音、独楽石栄太、そして檸梨市の騒動の終結を聞いて急遽駆け付けた第三校生徒会長……三王山梓が、それぞれ複雑な面持ちで控えていた。


「…………ぅぷ」


「会長、大丈夫ですか?」


「また………吐きそう」


 140センチ台の身長、白を基調にした九良名学園の冬服、膝下まで届くサイドポニーに括られた色素の薄い髪、幼い外見とコントラストを描く怜悧で透き通りそうな端正な顔立ち。要するに美少女な梓であるが、建物の縁でわーいわーいと無邪気な笑顔を光らせる実父(しゅんよう)が視界に入る度、顔を青くして吐き気を堪えている。


 事ここに及ぶまで、檸梨市の異変に生徒会メンバーが巻き込まれていた事実を知らされていなかった梓が血相を変えて馳せ参じた時には、既に市内の混乱が粗方は収拾した後。

 亜笠にぶちギレたい気持ちはあれど、風音、磯野、工藤の無事を確認してひとまずは落ち着いた筈だった。然る後、抜け駆けして檸梨市へ突撃したニヤケ面の風紀委員を探してみたが、早々に街を出て姿を眩ませていたらしく、怒りが再燃。

 と言っても、長い髪をサイドポニーで括る紺色のシュシュ……誰かさんからのプレゼントであるそれに、残念そうに触れる様は怒っているのか悲しんでいるのか微妙なところである。


 そんな梓の感傷をぶち壊したのが、何を隠そう実の父親との再会だ。

 考えてみたら、“六家”に数えられる三王山家の当主たる春陽だ。これ程の騒動が起きれば当然、何らかの形で関わるのは間違いない。

 まさか現地でバッタリ出くわすとは予想外だったが。春陽にしても、「わーいっ、梓ちゃんだー!」と久し振りに再会した娘に感涙混じりの抱擁をした直後、その娘が死んだ目付きでケポケポと戻し始めるとは思っていなかったことだろう。


「確かに変わったお父様ですけど、一体何があったら会長がこんな………」


「う゛っ………話したく、ない」


「……お大事に」


 瓦礫を退かした吹き抜けのフロアの隅にて、梓の背中を優しくさする風音。春陽はその光景を横目に、少しだけ哀しげだった。


「親ってのは、誰にとっても少なからずトラウマだよな。俺もお袋とか怖えし」


 独楽石栄太……九良名で馬鹿をやらかし、本家より勘当された男の言葉には何とも言えない含蓄がある。

 戦力になり得る梓や風音とは違い、唯一この場に呼びつけられた理由に思い至らない栄太は、どうにも手持ち無沙汰だ。それは本当なら、気まずくて話し掛ける事も儘ならない関係である梓や風音の会話へと、ごく自然に入り込める程に。

 九良名学園の生徒会長と役員である二人は、栄太の仕出かした騒ぎで大いに火の粉を被り、危うく怪我では済まない所だったのだ。以前の栄太には無い強靭な精神と神経が宿ったのでなければ、対面するなり九良名での事を真摯に謝罪するなどあり得なかったろう。

 二人をして、許さざるを得ない程の真摯な謝罪だった。


「……美浜さんは冷たい印象があっても、片親だけで子供を育てた。まともな母親だと思う。ウチの父親も悪い人じゃないって分かってるけど………正直、まともには程遠い」


「親子ってのは、一生かけても打ち解けられない生き物なのかもな。ある意味、他人同士よりも」


「……深い。見直した」


「あんがとよ」


 かつては殺し合い寸前まで行った二人でさえ、こんなにも穏やかでいられるのに。

 父と娘。バカ息子と母親。何故こうも上手く行かないのか。

 加えて風音も、今からバカ父の恥を晒さねばならない身として、梓と栄太の葛藤に一部共感できる。


 これから、リサ・ハロルドの“神託(オラクル)”によって封じられた神崎紫瞬を出迎え(・・・)ねばならないのだから。

 かの戦闘狂が暴れても制圧できるように、同格の実力者である赤坂村正や、対退魔師の技能を持つイグナシオが居る。風音からしたら、父親が酔って暴れて周囲に迷惑を掛けたのを謝る気分だ。

 居たたまれなく、また途轍もなく恥ずかしい。

 かと言って、行いが悪い事ばかりでもないため、完全に愛想を尽かす事も出来ない。バカをやってもつい許してしまうような、女(むすめ)から見たらズルイと思える男(おや)の性質は、どこか公浩に似ていると思えた。


「時間みたいだぜ?」


 空中に置かれた白い球体。その表面がグニャリと揺らぐ。

 リサ・ハロルドの“神託”……『アルクス・ミュートロギア』。その特異にして尋常ならざる能力は、“神託”の矢を1000メートル先に出現させ、極めて狭い範囲に納まった限られた質量を……未来(・・)へ飛ばすこと。

 橘花院士緒を除いて、人類が作りだした唯一と言って良い転移の術式……だが、その再現には数百年単位で成功しておらず、ある種の聖遺物なりし代物として“大聖堂(カテドラル)”が保管していた。

 リサ・ハロルドが持つ聖堂騎士たる資質は、この“神託”を扱う適正に尽きる。


 そして現在、長らく使い手が現れなかった逸失の兵器……使い勝手の悪さに目を瞑って余りある恩恵によって封じられていた愚かしき獣が、この場に現れようとしている。

 先日、“神託”による転移の直後である事を考えると、神崎紫瞬からしたら戦闘の真っ最中だ。どんな暴挙にも対応できるように、実力者たちは油断無く身構えた。


「……風音のお父さん、会うのは初めて」


「…………」


「慰めになるかは知らんが、神崎。お前の親父さんは仁科亮の人質がお前じゃないと知ってて、それでも助けようと『呪い』を受けたんだ。これを優しいとか立派とか言わないで何て言うよ。恥ばっかりじゃなくて、誇っても良いんじゃねえか?」


「独楽石………本当に変わったわね。あんたも、そこは誇っていいわよ」


「……うん、同感。褒めてやる」


「ふん……前見てろ」


 露骨な照れ隠しにほっこりしつつ、本来の目的に意識を向ける。球体の様子からして間もなくだろう。数日前の檸梨市からそのまま飛ばされてくる、言うなればタイムスリップをするわけだ。

 果たして、紫瞬がどんな反応をぶちかますのか……予想の出来ない男だけに春陽以外の面々は気が休まらない。


「みんなー、気を付けてねー。鬼が出るか蛇が出るか分かんないよー?」


「ははは、どちらも出て来ませんよ春陽さん。大丈夫、紫瞬もあれでいて、そんなに向こう見ずでは――――」


 村正が散々な評価ばかり受ける知己をフォローする言葉を述べた瞬間、飛び出したのは鬼でも蛇でもなく……紫瞬という名の、所々破損した淡い水色の着物を着る猛獣であった。

 目にも留まらぬ速さで、周りが気付いた時には紫瞬の“雷切”と、村正の手刀が交差した後。目で追うことも困難なじゃれ合いの末に、村正がニコリと微笑んで言う。


「この通り。ちゃんと手加減が出来る人なんですから」


 見ると、村正の胴を袈裟掛けの裂傷が走っている。

 ジェーン、イグナシオ、リサの三人は想像の斜め上を行く事態を目の当たりにして驚愕の色を浮かべ、春陽は「おおー」と感嘆しながらスタタタと村正に近付いて治癒の顕術を掛け始めた。


「春陽さん、僕の怪我は大した事ないので……」


「う~ん……そうみたいだね。梓ちゃ―――んはダメか。風音ちゃん風音ちゃん、治癒の顕術は使えるよね? 手伝ってー」


 大きな手振りで風音を手招きする春陽が続いて歩み寄った場所には神崎紫瞬。

 目を向けた先で“雷切”を支えに片膝を突く父親の……全身傷だらけの血まみれで苦しそうに呼吸する姿を見て、風音は漸く状況を認識する。

 紫瞬が時間の壁を越えて現れた瞬間、取り押さえられる前にせめて一戦交える相手として選んだのが村正だったのだろう。そして望み通り刹那の手合わせを行い、お互いに傷を負わせた。

 結果はこの有り様。突風の如き交錯を経て、紫瞬は満身創痍になる程の斬擊を身に刻まれた訳だ。


 風音と春陽は二人がかりで治療を施しているが、どうやら紫瞬のダメージも先日までの戦いから引き続いているため疲労がピークらしい。自分がどういう状況に置かれているのか大雑把にたが把握したが、横で誰が治療に当たっているのか気付いていなかった。

 もし、隣に居るのが自らの娘であると知っていれば、第一声はもう少しマシなものが出たことだろう。


「流石、容赦無いな村正。俺の踏み込みが半歩深ければ粉々になってるところだ」


「………!?」


 一歩どころか、半歩間違えれば父が死んでいたと聞かされ、風音の背に冷たい汗が伝う。

 娘の前なら普段はもう少し強がって見せるところだが、生憎と視界は霞んでいて血も足りていない。風音を気遣う余裕はおろか、認識する機能も低下していた。

 そこで、娘なら見たくない父親の悪癖が、これでもかとだだ漏れ始める。


「おいおい、随分イイ女の匂いがするなぁ。ひーふーみー……この場に5人か? ひゅー、みんな俺のために集まってくれたのか、嬉しいねー」


「あっはは! 5人ってそれ、ハルちゃんも数に入ってる? 紫瞬くんったら両刀ー!」


「うぇ、なんだ春陽のニイサンか。一番女らしい匂いさせてんのが男だなんて、萎えちまうよ」


 ガシッ


 紫瞬の傍にある匂いとやらの内、一人が春陽(おとこ)。その事実が、紫瞬の女好きな性質を後押しした。

 一秒でも早く女を求める衝動に従い、手近に居るもう一人へと手を伸ばして掴んだ。

 まさかそれが実の娘だとは、夢にも思っていない様子で。


「なぁアンタ、今晩は俺と過ごさねえか? 最近は女っ気なくてさ、佳い女に飢えてんだ」


「………まあ! 嬉しいですわ。是非一晩ご一緒したいです」


「マジで!? 言ってみるもんだな、気だるさも吹っ飛んだわ!」


「うふふ……良かったー。これで一晩、じっくり話し合っても支障は無いのよね? お父さん」


「……なぬ? (ごしごし)…………………げえっっ!!?? 風音っ、何でお前なんだよ!!」


「それはっ、こっちのセリフでしょ!! 私だってお父さんなんかじゃなくて、もっと別の人(・・・)に誘われたかったわよ! もう最低!! 死ね!! 一瞬でも心配した私がバカだった!!!」


「のわっ! 止せっ、お父さんが悪かった!!」


 風音が鞘に納まったままの愛刀を振り降ろし、紫瞬はそれを白刃取りよろしく受け止める。

 体力が残っていないこともあり、跪いた体勢の紫瞬はジリジリと押し込まれていた。


「だらしない女性関係は止めてってあれほど言ったのに信じらんない! この変態エロオヤジ!! ○ンコ無くなっちゃえ!!!」


「ぐぅあああ!? 風音っ―――こんな力強かったっけ!」


 突如出現した微笑ましい日常?の風景に、周りは苦笑を浮かべるしかない。

 こうなっては、最早これだけの面子は過剰な戦力だ。取り敢えず紫瞬を取っ捕まえたら、一晩留置場に―――入れとくよりも風音と二人きりにして閉じ込める方が罰になるだろう。

 涙ながらに実父を殺そうとしている風音を春陽が何とか宥めて、イグナシオが紫瞬を引っ立てようとしていた、その時だった。


「やぁー、良かったぁ。間に合ったみたいやね」


 甘ったるい関西訛りが屋上と化しているフロアに小波のように広がる。

 高級感が滲み出る上品な仕立ての青い着物。それを着こなす和風美人。

 知る者、知らない者、反応はそれぞれの中にあって態度に劇的な変化を及ぼした2名(・・)のうち、息子(・・)である栄太が怯えを含んだ表情になっているのは特に目に付いた。


「栄太ぁ、久し振りやんね」


「……もう名前も呼ばれないと思ってたよ、おふくろ」


 実に数ヶ月ぶりの再会。

 一方の感情は窺えず、一方は気まずさを湛えている。

 もう会う事もないと覚悟していた母子の語らいの出だしは、余りにもぎこちないものとなった。






虎「にゃふふふ……ついにこの時が来たのにゃ。お前なんか、こうしてやるにゃ! そこにゃっ! 思いしれっ、にゃ!」


扇「……おや? 虎子様、それは……」


虎「にゃっふっふっ……今まで散々トラをイジメてきたアイツに、次の夏コミで復讐してやるのにゃ!」


扇「同人誌……ですね。いつもとは異色の趣の様で」


虎「BL初挑戦にゃ。この中で……黒沼公浩を全てのカップリングで【受け】にしてやるのにゃ!!」


扇「…………」


虎「見るが良いにゃ黒沼公浩! 今日がお前の貞操の命日にゃ! 尻の穴を木っ端微塵の燻製チップにしてやるのにゃーーーっはっはっはっは!!!」


主人K「へー、虎子さんにこんな絵心があったとは知りませんでした。どれ、一つ拝見」


虎「…………」←鎮火。からのレイプ目


扇「申し訳ありません虎子様。お客様をお通ししたと、報告に参ったのですが………」


虎「…………」←遅すぎたんだ、という目


主人K「へー、この主人公、誰かに似てますねぇ。誰だろう?」


虎「――――」←怯えた目で、ただただ首を横に振る


主人K「実は僕もこの手のサブカルチャーには造詣がありまして。どうでしょう、ご迷惑でなければお手伝いしますが」


虎「…………」←涙を溢しながら全力拒否


主人K「遠慮なさらず。僕の監修を受ければきっと、もっと良い作品になりますよ」


虎「も、もう許して、にゃぁ」


その年、虎子は自らをあらゆるシチュで陵辱する本を、ひたすらに描かされ続けた。

嫌と言うほどに伝わってくる感情の爆発と臨場感あふれる描写、そして作中のヒロインとそっくり同じグッタリした表情の猫耳女性が売り子をした事で、熱烈なファンが量産された伝説の作品と相成ったそうな………


BAD END

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