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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第108話 災禍まで35時間

 

 “斬首”の村正。

 仁科黎明を除けば、最強の呼び声が高い退魔師の一人。

 退魔師という仕事において、その名声のバロメーターは何体の鬼を調伏したかではなく、どんな鬼を調伏したかによる。

 1000体の下級の鬼を小指一つで薙ぎ払おうとも、災害級の鬼を身一つで撃退する手柄に比べれば天と地ほどの違いがある。

 無論、調伏した鬼の数も協会内部での評価基準の一要素だ。自己申告ではあるが、タイトルホルダーを自称する者もいるほど。


 だが、赤坂村正の実績を目にしたら、どんな偉業であっても霞んでしまう。

 こと鬼の調伏に関して、村正以上の貢献をした退魔師など存在しない……数年の内に災害級の鬼を、合計で7体以上調伏した者が他にいれば話は別だが。


 災害級の討伐数における、本物のタイトルホルダーであった。


「ナー? すげぇダロー、イグナシオ。ランクSSS(トライエス)なんて一生で2、3体も出くわせば多過ぎなくらいなのに、ムラマサは自分から探しに出向くクレイジー野郎デース」


「やだなぁメリザンドさん、僕を物騒な人間みたいに。仁科会長から災害級の討伐で使いパシりにされてるだけですよ。おかげで、いつの間にやら専門家みたいな立場と思われてしまって」


「よく言いマース。前に一緒に仕事した時あったデショウ? ワタシも後方支援であれこれ準備してたのにぃ……コイツいつの間にかSSSを始末してたんデース。実際に討伐が確認されて、別の意味で大騒ぎヨー」


 檸梨市、避難所。

 女子供で溢れ返る建物内で、無理を押して部屋の一つを借りきった四人。イグナシオ、メリザンド、“規格外(オーバーフレーム)”……そして赤坂村正。村正は手元に置かれた湯飲みに口を付け、一息ついていた。


 村正が前鬼を瞬殺してすぐ、黎明も後鬼を破壊。ニ鬼はそれぞれ勾玉の形に変化し、元の術装として機能するまで数年は掛かるとのこと。勾玉をメリザンドが保管し、忌々しい程の無傷で合流した黎明は、さっさと別の用事を片付けに仁科邸の跡地へ向かった。


 負傷した久我山絢里と神崎風音は治療を終え、別室で休んでいる。イグナシオとメリザンド、そして“規格外(オーバーフレーム)”の三人は旧庁舎の会議室にて、赤坂村正と顔合わせをしている所だ。


「災害級の専門家……“死神(グリム・リーパー)”や“女帝(カイゼリン)”と同格ということか」


 イグナシオが鋭い眼光で村正を射抜く。

 背広を椅子に引っ掛け、袖まで捲ったワイシャツは少しだけ皺が目立つ。丸い縁の眼鏡が善良そうな顔に乗っかっていると、最早そこらへんにいるサラリーマンと変わらない。

 いや、多くの者が抱く第一印象としては妥当すぎるだろう。退魔師の中でも最強の一角には見えない。


 そのせいもあってか、イグナシオがなかなか信用しなかった。

 実力を疑っているのではなく、強いが故に油断無く観察しているのだ。

 元の仕事がカウンターアサシンであるだけに、超級の実力者に対して気を緩める事はしない。


 村正も、苦笑しながらイグナシオの役割に理解を示していた。


「いえ、まさか。災害級もピンからキリまで、力に幅があります。“死神”と“女帝”のレベルですと、流石に自信はないですね」


「OH! これぞ日本人の美徳、ケンソンですネー!」


「……比較的弱い個体ならSSSだろうと自信がある。俺にはそう聞こえたぞ」


 お人好しが多い黎明のチームと行動を共にするようになってから、イグナシオの役割は明確だ。


 誰かを疑うこと。


 プロへの対処を行うプロ……そんな仕事を長く続けてきた性(さが)なのだろう。敵と味方の区別をする事に命を賭けていた。

 死んでも敵を懐に入れさせない。自分だけでなく、仲間の命も賭かっているのなら尚更である。


 村正に窮地を救われたのは事実だが、その度に相手を受け入れていては良いカモだ。

 “白面金毛”とやらはイグナシオの知らない間にケイトを懐柔していた……同じ失態を許す気はない。

 険しい目付きで眼光鋭く睨むイグナシオと、ああと納得したように見返す村正の視線が交差する。


「イグナシオさん、でしたね。“大聖堂(カテドラル)”の“猟犬(イェーガー)”ですか。これはこれは、仁科会長も凄い人を引き入れたものです」


「今は退治屋(バスター)としてレイに雇われている。あいつは金払いが良いしな」


 村正は言うなれば、仏(ほとけ)のように穏やかだ。眼鏡の奥に見える瞳は温和そのもので、父性を感じさせる雰囲気もあり、どこか親近感が湧いてくる。


 根拠も無く信用したくなってしまう……常日頃からイグナシオが最も警戒してきたタイプの相手だった。


「まーまー、落ち着くデース。ピリピリするのは後回しにして、この後どうするか考えヨー?」


「…………(コクコク)」


 ピリピリしていたのはイグナシオだけで、村正は涼しいものだったのだが………

 一人離れた位置に座っていた“規格外”も、賛同の頷きを気持ち速めに繰り返した。


「んー……僕は『火坑(かきょう)』の中を走り回る事になるでしょうね。前回、糸浦で“白面金毛”が用いた結界とは差異が見えますが、アレの性格なら、もしかすると近くで様子を窺っているかもしれません。探って来ます」


「アテも無く走るなんてナンセンスでーす。それに、敵の狙いが人間の“凶堕ち”だとしたら、ここみたいな避難所を防衛する必要がありマース」


「赤坂村正……アンタには、出来ればここの守りを固めて欲しい。レイからも指示を受けた」


「……仁科会長が仰るなら従いましょう。皆さんはどうなさいます?」


 イグナシオ、メリザンド、そして“規格外(オーバーフレーム)”へと順に視線を巡らせる。

 特に、“規格外”で村正の眼が薄く開いた。


「聞こうと思っていたのですが……彼は少々、毛色が違うようですね」


 長いテーブルとパイプ椅子以外に何も無い部屋で、金属の板で補強された窓に寄り添っていた男……学園の制服とヒーローのお面を付けた少年が、村正の視線を受けて身を強ばらせる。


「そいつは“規格外”。暫く前からこの街で動き回っている変わり種だ。正体は知らん」


「“規格外”……ああ、吾妻(あがつま)さんが調査に出向く予定だった人ですね。その矢先に檸梨市がこんな事になって、それどころではなくなりましたが」


「oh……ニンジャマスターの吾妻太郎ですカー。危ない所でしたネ少年」


「………?」


 “規格外”が不思議そうに首を傾げる。吾妻太郎の名前にピンときていないのは、事の当事者だけだった。


「諜報のスペシャリストだ。お前が非公認の活動をしていたのが、協会の耳にも入ったんだろう。もし調査の上で正体がバレていたら、どんな事情であれ協会から咎められていたろうな」


 “規格外”へと集まる三人の視線は一様に同じ事を物語っている。正体を明かすなら今だ、と。

 檸梨市は混乱しており、“社”も後になって“規格外”としての活動を蒸し返す暇など無い。今の内ならどさくさに紛れてお咎め無しに話を持っていけるだろう。


 実のところ、数日前にもそんな内容の話を公浩としたばかりだ。

 いよいよとなったら、無理をせず早い段階で正体を明かした方が得策だと言われていた。


 今がその時。ここが潮時だと、“規格外”も察した。


「顔を隠すのは卑怯でしたよね、すみません」


 潔くお面を外す“規格外”に、全員が注目する。

 ヒーローの被り物の下から出てきたのは、学生服に見合う年相応の少年の顔だった。


「犬塚戌孝、九良名学園第ニ校1年、風紀委員会に所属しています」


 戌孝は気まずそうにお面を置いた。

 処遇が気になるのもあるが、“規格外”の中の人は自分ですと紹介するのが、今さらながらに気恥ずかしい。

 これが公浩だったなら、ふてぶてしい態度で仮面を投げ捨てたのかもしれないが。その背中は、戌孝には未だ遠い彼方である。


「ワーオ! ホントに学生デース! カワイイ―――じゃなくテ、若イイ男の子は嫌いじゃありマセーン」


「身元はしっかりしている、か。後で久我山に確認しておく」


「犬塚君だね。どうぞ宜しく」


 考えてみれば、所詮は“規格外”の正体が学生だったというだけのこと。いきなり悪感情を向けられるかも……などという戌孝の想像は、被害妄想でしかなかったのだ。

 村正に至っては握手まで求めて来ている。その温和な様子に戌孝も、だいぶ肩の荷を降ろせた気分になった。


「でもでも、なんで顔を隠してましたカー。そこまで恥ずかしい顔じゃありませんヨ……ah、さてはシャイですネ?」


「ちょっと事情が………」


 こうなると隠す意味も無い。

 戌孝は自らが持つ“固有秘術”についてを説明する。何が出来て、出来ないのか。強くなっていられるのは夜の間だけという事、破格の性能を秘めた固有秘術だけにトラブルを招きかねなかった事や、夜の間だけという制限を知られれば明確な弱点となる事も。

 正体を隠してヒーローを気取った活動の言い訳にはならないが、少なからずこの場での理解は得られたようではあった。


「成る程、そうでしたか。確かに難儀な問題ですね」


「協会にはレイから口添えさせときマース」


「……他にお前の正体を知っている者は?」


 “規格外”が戌孝だと知っている者は、多くもあり少なくもあり……独楽石栄太と黒沼公浩の二人だけだ。秘密の重要さからして二人もいるのが多いと取るか、打ち明けた相手が二人なのは少ないと取るか。


 イグナシオはそれを聞き、戌孝が力を誇示することも思い上がる事もしなかった事実に感心の頷きを返す。メリザンドはニコニコと笑って頬杖を突き、ブロンドのおさげを頭と一緒にゆらゆらしながら戌孝を見詰めているだけ。


 意外な反応を見せたのは、公浩の名前を聞いた村正である。ほんの一瞬、眼に鋭い光が宿ったのだ。

 畏(おそ)れ……にも似ていたが、すぐに奥底へと隠れてしまい、確かめる事は出来なかった。

 普段からとぼけた様子のメリザンドはともかく、イグナシオも今の村正の変化には気付かなかったらしい。村正の変化を唯一読み取れた戌孝は、多分気のせいだったのだろうと、呑み込むように自分を納得させた。


「そうでしたか、公浩がこの街に………皆さんのお邪魔になっていなければ良いのですが」


「………? アイツはアンタの知り合いか」


「オヤー? イグナシオはレイから聞いてなかったでしたカ。この間の少年はナー………」


 イグナシオの知る黒沼公浩と言えば、仲間であるケイト・グローセに『光剣』を突き付け、黎明と悶着の末に単独で行動をしている少年だ。

 ケイトの件と合わせて、戌孝が大いに世話になったと語っていた事から面倒見の良さが窺える。

 義理堅いが偽悪的。胡散臭い一面もあり、仕事の上では信頼に足るが、プライベートで付き合いをしたいタイプではない。

 総じて、可も無く不可も無く……といったところ。メリザンドがそんな少年の素性をイグナシオに聞かせた。


「ムラマサの息子デース」


「「……………」」


「………? ムラマサの息子デース」


「ああ聞こえてる」


 反応が鈍くなった二人に、メリザンドが事実を繰り返す。イグナシオはキュッと眉を寄せた何とも言えない表情で、得心がいったと頷きを返した。


「アイツの有能さは父親譲りか。ついでに胡散臭い薄ら笑いもな」


 イグナシオにしてみれば嫌味にもならない軽口だ。実際、村正も自分が両手を挙げて歓迎されていないと理解しており、特別に不快感を表わす事もしない。

 むしろ、事情を知っている立場のメリザンドが苦い笑いを浮かべていた。


「どうでしょうね。僕は養父ですので、何かを譲れるほどの時間を彼と過ごせたかどうか」


 その言葉を聞いて、流石のイグナシオも『しまった』という表情だ。普段から鉄面皮と周知されているだけに、微かな表情の変化は居たたまれなさから来るものだと分かる。

 戌孝も、尊敬する先輩に関する重めの情報がサラッと出てきたことに、戸惑いを隠しきれなかった。


 この業界では珍しくない。退魔師の両親が仕事で命を落とす事も、身寄りの無い子供を引き取る退魔師も。ありふれた世界なのだ。


「彼なりに僕を父と慕ってくれますが、元々しっかりした子でしたからね。僕が何をしなくても、あっと言う間に成長してサクサクと退魔師の見習いになって……今では仕事も手伝ってくれています。控えめに言って、本当に良い子ですよ」


 そして誰にも聞き取られない小声で「二人(・・)とも」と溢し、晴れやかに微笑む。

 この時すでに、イグナシオが村正に向ける不審の目は消えたと言って良い。本物の笑顔で息子の自慢をする男を、その笑顔が消えるまでは信じても良さそうだ、と。

 しかし、簡単に信じたと思われても今後に差し障る。イグナシオはプロとして、せめて態度には出さず適度に力を抜いて村正を見ることにした。


「まぁ、公浩は僕よりも腹黒いですからね。胡散臭いのは否定しませんが」


「Ha―Ha―! 随分と辛口なお父さんデース!」


 以前の仕事とやらで気心が知れているのか、メリザンドが無遠慮に村正の背中をバシバシ叩く。

 村正は小さく苦笑と咳を漏らしていた。


「その………黒沼先輩のことなんですけど」


 言い難そうな様子で戌孝が声を上げる。

 村正に心配をさせるのは気が引けるが、こうなると話さない訳にはいかない。語り出した内容は旧仁科邸に関して。公浩がそこに単身乗り込んでいるという話だった。


「内部から暴走した術式の破壊を試すと言ったきり、連絡が途切れてます。あの人なら大丈夫だと思うんですが……心配で」


「……まずいな。あの屋敷は外敵の排除に関しては妥協が無い。ここに来る前、レイに言われて調べたが……それこそSSSに匹敵する防衛システムがある。もし、それが暴走していたら………」


「Oops(ウープス)……とても彼だけでは対処できマセーンね」


 イグナシオとメリザンドから後ろ向きな意見が出て、戌孝の不安も増す。

 村正に至っては息子が危険な場所に取り残されていると知り、心中穏やかでいられない筈……とも言えなかった。


「大丈夫でしょう。生き残る術は心得ている子ですから」


 信用している……いや、確信しているとも取れる落ち着き。

 黒沼公浩の能力の高さに疑念の余地は無く、この場の誰もが認めている。それでも、本当にイグナシオが語るような地獄であれば、恐らくは村正や黎明などの次元でないと切り抜けるには奇跡が必要だろう。


 村正は明らかに正気を保ったまま言っているのだ。

 息子なら大丈夫、と。


 少なくとも、温くなったお茶を飲み干して二杯目を取りに行く姿からは、心配など微塵も感じられなかった。



           ★



 仁科邸、東館。

 時おり使用人の死体や死体の一部が転がっている凄惨な建物内を悠々と歩くのは、旧日本軍将校をイメージした衣装を纏った少年。両肩から右半身にかけて下がるデザインの外套を靡かせ、迫り来る防衛機構を馬鹿デカい『光剣』の一撫でで破壊していく。

 人間程の大きさでノッペリとしたフォルム、直立した状態のまま通路を滑る白いオブジェに手を焼いた事を除けば、これ以上ない早いペースで館内の探索を進めていた。


 そして少年……仁科黎明は東館の端に到達し、広い廊下の突き当たりに隠し部屋の存在を感じ取る。

 部屋から漏れる複数の人間の気配が探知に引っ掛かり、黎明はその場所の前に立った。

 危険極まる館内で硬い壁にノックする姿はどうかしている様だが、これで中の何者かに問答無用で敵と認定され難くはなっただろう。

 この屋敷で生き残っている人間は、等しく哀れな被害者なのだから。少なくともそんな彼らに、この地獄にいる間は敵として攻撃されたくはない。


 黎明はノックの返事が返ってくるのを待たず、ゆっくりと壁を押す。ガコン、と重厚な壁がはまる感触の後、横にスライドするように壁が引いた。


 中は薄暗く、それほど広くはない。座敷牢の造りをしており、入り口側の壁には格子と蝋燭の灯りに似せた絵が描かれている。成る程ここに閉じ込められれば、囚人の気分を味わえるという訳だ。


 見ると、部屋の奥では十人近い人影が身を寄せあって黎明に怯えた視線を送っている。殆どが女で、全員が粗末な衣服の上から毛布を被って震えていた。


「理事長!?」


 女たちを庇うような立ち位置で黎明を警戒していた給仕らしき格好の少年……九良名学園第三校の生徒会役員である工藤正臣(まさおみ)が声を上げた。

 それに対して黎明は実に軽い調子で「よお、工藤」と応じて見せる。

 取り敢えず刺激しない程度の速さで、格子模様の扉から工藤へ歩み寄ろうとすると……


 シャコッ


 ショットガンのポンプアクション。背後の天井から腕を伸ばし、黎明の後頭部に銃口を突き付けた何者かがニヤリと笑った。


「遊んでやってるほど暇じゃないぞ、黒沼公浩」


「……ノリが悪いですね」


 銃口を下ろし、軽やかに天井から降り立ったのは九良名学園第三校風紀委員の黒沼公浩だ。

 下手をしたら冗談では済まない行動だったのだが、二人とも何でもない事のようにあっさり流している。あれが遊びの一言で片付いてしまう公浩と黎明の感覚は、工藤には理解できなかった。


「10日ぶりだな、黒沼。ったく……人助けするなら何で俺も誘わない?」


「僕が人助けに誘うのは友達だけでして。それにここへ来たのは個人的な理由でしたし」


「ああ、神崎だろ。身代わりの女の件、工藤から事情は聞いたか?」


「と言うより、ここに来る前から知っていました。外で偶然、風音さんと磯野君に会いましてね。身代わりになった退魔師さんの救出を引き受けて、足癖の悪いお姉さんの相手を頼んできました」


「あぁ……そういう事だったのか。お前がどうやってサンシィの居所を掴んだのかは……ここを出てからにするか」


 部屋の奥で怯えている女たちと、横で一緒になって震えている使用人の男を見る。

 黎明の見た限り、この座敷牢は屋敷の中でも特殊な位置にある。術式の暴走が影響したのか、この部屋ごと屋敷の管理から外れているようだ。

 黒沼公浩もそれに気付き、生き残っていた人間をこの座敷牢まで避難させてきた……そんな所だろう。

 粗末な服を着た女たちは、恐らく仁科亮の悪事、悪癖、非人道的所行の被害者たち。

 公浩がしっかり助け出していた事に、黎明は殊のほか嬉しくなっていた。


「出口は確保してあるんですか?」


「俺が空けた穴が少し歩いた先にある。そっから脱出……と思ってたんだが、この人数だと簡単じゃなさそうだ」


「守りながら歩くくらい、貴方なら簡単でしょう」


「……いや、実は場所がな」


 黎明は公浩にだけ聞こえる声でゴニョゴニョと外の状況を伝える。工藤はともかく、心身ともに衰弱した女たちや気の弱そうな男に聞かれて騒がれても面倒だからだ。

 今、仁科邸が無数の術式ごと閉じ込められているのは百数十メートルの巨人の中で、しかも、それが目も眩む程の上空にあるなどと言える筈がない。


「使えないジイさんですね。仕方ありません……一人ずつ抱えて行きますか。彼女らには、少し辛抱してもらいましょう」


 仁科亮による暴行の傷が癒えていないのに、少年とは言え男に抱えられて空から降下しなければならないのだ。これを強いるのは精神的に酷だろう。


「まぁ待て。今イグナシオに連絡してヘリを寄越させっから」


 黎明が“通信符”を取り出し、あれこれと指示を出す。

 この混沌とした街でヘリコプターを準備できるだけでも優秀だと言えるのに、「20分で頼む」なんて無茶振りを黎明が無茶だと考えていない点がイグナシオの便利さと苦労を伝えていた。


「皆さん、もう少しでここから出られますよ。外もまだ安全ではありませんが、今よりはマシな空気が吸える筈です」


 被害者女性たちに緊張を与えないよう、公浩は最大限に優しく微笑みかける。


 十人にも及ぶ被害者たちを、公浩は監禁されていた部屋から手間を掛けて助け出している。危険を省みず屋敷の中を探索し、生き残りをこの部屋に連れて来たのだ。

 皮肉な事に、防衛機構が最も手薄で危険が少ない場所が監禁部屋が並ぶ迷路区画だった。そこから東館の端まで一人ずつ護衛して来たのである。


 暴走した術式が闊歩する館内を何度も往復してまで助け出してくれた……それを知っているだけに、女性たちの公浩に対する信頼は厚い。公浩からの言葉は疑わず、数人は顔を見て笑い合う程だ。


 その様子に、大の男一人を連れて歩くだけで精一杯だった工藤はというと、敬意と同時に自虐的な気持ちが沸々とこみ上げていた。

 明日からトレーニング増やすか……などの心境の変化まで。

 そんな事で差が縮まるとは信じていないが、このまま負けた気分でいるのも面白くない。

 研究職にとっても身体は資本だ。気休め程度に鍛えてみても損はないだろう。


 公浩の影響が工藤にも及んでいると気付き、黎明はその場で跳び跳ねたい衝動を抑えるのに割りと必死になっていた。


「20分、何もしないのは勿体無いですね。理事長先生、サンドバッグでも叩いてみます?」


 そう言って公浩が示した先にあるのは既にズタボロのサンドバッグ……虫の息となっている仁科亮だった。

 竜胆とシスター・ルカが放置した時のまま、退魔師用の縄でグルグル巻きにされた状態で横たわっている。

 加害者を被害者女性たちと同じ空間に居させるのはどうかと思ったが、放り出すのも具合が悪い。せめて少しでも女性たちの気が安らぐよう、呼吸以外の活動が出来ないほど痛めつけておいたのだ。


 何で部屋に生ゴミが……程度に思っていた黎明の冷めた視線が、仁科亮へ向けて不快げに投げられる。

 元々、黎明が檸梨市に来た目的は仁科千豊の邸宅を襲撃するためだ。仁科亮も捕らえ、積み重なった悪事の精算をさせるつもりだった。

 その際に必要となるだろうメリザンドの“神託”……その完成を待って。


 いざ攻め込むぞ、というところで街の異変に遭遇。自身に敵対する身内、という名の悪党を焼却する作業は後回しにしたのだ。


「まさか……こんな所で本来の仕事を果たせるとはな。随分とオイタが過ぎたそうじゃないか、亮。覚悟は出来てんだろうなぁ、ああん?」


 指の関節や拳をパキポキと鳴らして、二秒後には殴れる体勢に入る。

 猿轡(さるぐつわ)を噛んでいるため、漏れてくるのはモゴモゴした焦燥の息遣いだけ。公浩による絶妙な半殺し状態の今、身動ぎする体力すら残っていなかった。


「理事長先生、館内を探索中にこんな物を見つけたのですが。良ければ使います?」


「……むぐっ!!?」


 公浩が部屋の隅に置いてあったキャリーバックを、女性たちから見えない角度で中身を取り出し、黎明に披露する。

 それを目にした仁科亮も、指一本と動かせない身体でビクッと跳ねるほど驚いていた。


「ほぅほぅ。歯の掃除用具(・・・・・・)にネイルセット(・・・・・・)にー……あとこれはビリビリするペン(・・)か? お前にしちゃ優しいチョイスだな」


 単語に気をつけながら詰め込まれている器具を把握していく。

 これら悪趣味な品々の元所有者が誰かは考えるまでもない。目の当たりにした当の本人が、今まさに震え上がっているのだから。


「心外ですね閣下。もそっと奥の方に厳ついのがですねぇ………」


「おい、マジかよ黒沼……この目薬(・・)は刺激が強いらしいから、涙の他にも色んなものを吐き出すに違いないぜ」


「ふごっ―――ふぁっ、へ……ふぁmへ――――」


 やはりと言うか、キャリーバックは『大部屋』の仕様だった。

 見た目よりも奥行きがあり、取り出した物を仁科亮に見せつけながらアレやコレやと脅かして楽しんでいるらしい。

 この二人、実はそんなに仲が悪くないんじゃないか? 端から見ている工藤の素直な感想だった。


「一人ムカデ人間なんてどうです?」


「おいおい、いくらなんでも―――ぅぷ……やべ、想像したら出そう」


「――――っ!! ふんぐぉおおーーー!!!」


 吐かれても漏らされても、この密室では工藤たちも巻き添えだ。恐がらせるだけで実際に何かする気は無さそうだが念のため、工藤はその二つを断固阻止しておいた。


 そのやり取りは救助のヘリが到着するまで続き、仁科亮は乗りこむや否やイグナシオの足元に泣きながら縋りつく有り様である。

 生理的嫌悪で反射的にヘリの外へ蹴飛ばされたが………不本意ながら一命は取り留めた。








“好みのカップリングを聞いてみた”



【聖川輝真の場合】


「ズバリ王道っ!」


 《公浩×戌孝》《戌孝×栄太》《イグナシオ×黎明》


「たまに下克上させてみたりもイイですね! ああっ、あとあと! 《栄太×公浩》のヘタレ攻めとかチョー禿げ萌えます!!」



結論………『ごはん特盛3杯』


 ――――――――――


【神崎風音の場合】


「うーん……こういうのって、あんまり考えた事ないですけど」


 《工藤×磯野》《磯野×海北》《海北×工藤》


「とか? 三竦みとか攻めすぎたかな……(ブツブツ)」



結論………『しっかり考え尽くしてる』


 ――――――――――


【匿名希望アイドルの場合】


「カップリングのアンケート? 少し低俗な気もするが………今回だけな」


 《公浩×絢里》


「奴に付き合える女など私くらいの………え、違う? しかもこれ、実名で公開って………あっ!? わーっわーっ!! まっ、違―――今の無し!! これはあくまでも客観的なアンケートでっ…………うあ゛あぁぁ~~~、せめて匿名で頼むぅ」



結論………『不憫(ふびん)萌え』


 ――――――――――


【メリザンドの場合】


「レイの総受けデース!」



結論………『それな』


 ――――――――――


いちおう解説を


《○○×□□》では、○が攻めて□が受けます。

押し倒すのが○で、頬を赤らめて見上げるのが□と考えれば分かりやすいでしょう。


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