第106話 後の祭り
「足りない………全然足りなーーーいっ!」
そこは檸梨市の外側。深夜の時分、ちょうど結界の天蓋部分に立つ少女が地団駄を踏み、癇癪にも似た声を上げている。
一見すれば結界の向こう側は普通の街並みで、その実態が大量の死者が徘徊する狂った世界だとは誰も思わないだろう。
故に、身長程の黒髪を流すビスクドールのような少女が結界の上に立つ光景は、無いはずの地面を踏みつけて怒っているのもあり、激しく現実離れしていた。
「足りないのっ、足りないのよサンシィ! これじゃ街の半分も裏返らない! 小さな坑は簡単に塞がっちゃうのよ!?」
見た目だけなら無垢な少女がヒステリックに喚く姿には、少なくない狂気が混じっている。
街中で見掛けても決して近付きたくない、関わりたくない空気がこれでもかと撒き散らされているのだ。隣に立つ男―――蟲の複眼と二本の触角以外は普通の服を着た人間にしか見えない―――も内心、穏やかではなかった。
「仁科黎明の一行が中に入ったのです。アレに動かれては、姉上と言えど手に余る事態になっているのでは?」
どうか落ち着いてと少女を宥める男だが、その様子から窺えるのは大人が子供に言い含めるような関係ではない。そこにあるのは厳しい母親と、その不機嫌を察して恐々と癇癪を避けようとする子供の関係だ。
事実、それは少女……“白面金毛”と、その分け身である蟲の男の間にある違えようのない絶対の関係性であった。
「宜しければ、私が中を掻き回して参りましょうか。さすがに黎明を相手取れるとは思いませんが、中の人間を半数は堕として御覧にいれますよ、母上」
むすぅっと膨れる“白面金毛”の表情は可愛らしくあるが、和やかそうに見えても内側でどれ程に有害な感情が渦巻いているのかは誰も知らない。
誰も知らないが、誰かにとっての害である事は断言できる。それがせめて自分でない事を祈る……“白面金毛”の尾を分けて産まれた子らでも、例外はないのだ。
「正直……こうなるのは分かってたわ。仙花を行かせれば黎明に殺されるだけの結果に終わるのも視えてた。だから少なくとも、黎明に殺されない未来として“雷蹴脚”に行ってもらったんだけど………やっぱり何かが邪魔してるなー」
“白面金毛”が持つ固有秘術……『天眼』。有り体に言えば未来予知だ。
狙って未来を予知する事は出来ないが、ひとたび未来が視えたなら、その前後や分岐の結果などを微調整しつつ探る事が出来る。
望遠鏡のピントを合わせるようなもので、簡単に未来を変えられる能力。自分の意志で未来を視れる能力であったなら、それこそ手の付けられない怪物になっていたに違いない。
何らかの条件、制約のもとでしか発動しない限定的な秘術でなければ、“白面金毛”のことだ……際限無く世界を冒涜し続けていたことだろう。
「でも確かに、この段階で仙花を投入する未来は視てないし………うん、じゃあ行ってきて。あ、前鬼と後鬼を隠してあるから使うといいわ。サンシィには言ってないんだけど」
「姉上ではあの二鬼を動かせませんからね。知っている必要はなかったでしょう」
「そうね。それからサンシィだけど、もし変な気を起こしているようなら………」
「始末はお任せを。姉上に限って、我らを裏切ることなど無いとは思いますが」
男は“白面金毛”の手駒の中では年若い方だが、純粋な戦闘力は“災害級”に位置する。この街でなら、仁科黎明以外に遅れを取る事はないだろう。
仙花は足下の結界に入り口を開き、「行って参ります」と言い残して結界へと身を投じた。
『火坑』は外へ出る者は阻むが、来る者は拒まない性質だ。それこそが最もたちの悪い所でもある。
残された“白面金毛”は変わらず膨れっ面で足下の街並みを見る。
完璧な計画、などとは思っていない。ただ、どう転んでも一定の成果は確保できる計画だった。
このまま進んでも、恐らく小さいながら『裏返り』という成果は出ただろう。しかし、たったそれだけの為に今回の檸梨市の騒動……自分という存在の危険性を大々的に知らしめる行為は、そのリスクと結果が全く見合っていないのだ。
これが被害妄想でなければ、何かしらの悪意、目に見えない策略があるとしか思えない。
「あーあ、こんな筈じゃなかったのに……これならいっそ、わたしも中の様子を見てこようかな?」
「ほっほっ……いやいや、それは止めておくが賢明ですぞ?」
“白面金毛”と仙花しかいないと思っていたその場所に、品の良い老紳士が帽子と杖を片手に、年配とは思えない程にスラリとした佇まいで現れた。
いかにも好好爺な細身の老人。“白面金毛”からしたら、この忙しい時に勘弁してくれと嘆きたくなるような人物だ。
「刃桜………隠居したんじゃなかったの? その条件でお虎ちゃんから手を引いたんだけどなー」
「いやなに、御姫ぃ様が事業拡大に老いぼれの手を借りたいと申されての。微力ながら老骨に鞭打って舞い戻った次第」
「……で? 休戦を破ってまでここに現れた理由は?」
老紳士……“鬼王・刃桜”の、全てを慈しむように優しく細められていた目。それが一瞬でギロリと“白面金毛”を睨みつける。
刃桜の脳裏に、虎子の身を案じるなら隠居しろと一方的に脅し付けられた過去が思い起こされた。
休戦と言えば聞こえは良いが、自らの不甲斐なさで虎子の命を握られたという事実……生涯で最大の汚点に対する怒りがふつふつと沸き立つ。
そう……これは刃桜にとっても、屈辱に塗れた過去を僅かでも精算する機会。恨みを晴らすチャンスなのだ。
「この度、御姫ぃ様の新たな取引先と顔合わせをする事になってのぉ。手ぶらで会うには些か大き過ぎる商談ゆえ、ここへは手土産になりそうな物を買い付けにな」
「……ああ、そういうこと。わたしが手土産ってことか。うーん、でも大丈夫? あなたじゃお虎を守りきれないって、よく分かったでしょ。ちょっと頭おかしい娘だけど、いい娘よねぇー………これから酷い目に遭うなんて可哀想」
“白面金毛”の言葉には苛烈なまでの脅迫の意図が含まれている。
常なら効果を見込める露骨なやり口だが、今の刃桜には効かないどころか、神経を逆撫でる行為でしかなかったが。
「儂が“真ノ悪”の使者に提示した条件はただ一つ……御姫ぃ様の命の保証のみ。女狐……貴様とて、“真ノ悪”に庇護された御姫ぃ様を害する事がどれ程に途方もない大事か、理解できよう」
“真ノ悪”。その名前を聞いた“白面金毛”の瞳が憤怒の色に染まった。
「ぁは………ははは………あっはははははっっ!!! 凄いわっ、どうやったの? どうやって連中と話をつけたの!? ヘルメスだってお虎は邪魔に思ってる筈なのにぃ!」
響き渡る“白面金毛”の狂声が、触れた先から空気をドロリと溶かす。
近くに人がいないのは幸いだ。世界を汚染し、伝染する狂気に晒されずに済んだのだから。
「事情は知らぬよ。しかしながら、使者として参った焔嬢は信に足る人物と分かった。ならば、次はこちらが信義を示すが道理。本当なら“白面金毛”の首を引っ提げて行きたい所だが、生憎と死を知らぬ化生の者………なれば、尻尾の一つで手を打つしかあるまい」
刃桜と目の前で言葉を交わしているのは紛れもなく“白面金毛”だ。
とは言えこの場にいるのは分け身であり、写し身であり、端末。“白面金毛”の尾の一本……極めて同一の存在に寄った影武者であった。
「尾っぽの一つ程度であれば儂でも手に負える。聞けば先日、一本が復活も叶わぬほど完全に消滅させられたとか? 追い討ちを掛けるようで気が咎めるが……この上さらに一本、この場に置いてゆけ」
「……………」
仙花を行かせたのは早計だったと、奥歯が砕けんばかりに噛み締める。
明らかに、刃桜はこの瞬間を待っていたのだ。二体の災害級が一体になる時を。
刃桜がここまで接近しても気づけなかったのも、恐らくは“IR”の結界術式によるもの。
“真ノ悪”……どこまでも忌々しく、目障りで、迷惑極まる天敵。それを操る女に、この場で有らん限りの罵声を浴びせられるのなら、命の一つくらいくれてやっても惜しくない想いだった。
尤もこれ以上に、もう一段“白面金毛”を激昂させる爆弾が投下されるとは夢にも思わなかったが。
「ついでに、『この街の結界を維持する核』である貴様を殺せば、此度の目論見も潰せて一石二鳥だと聞き及んだ。女狐……貴様も恐ろしい御仁を敵に回したものよ」
……………ベキッ
噛み締めていた奥歯が砕けた音。
本人は痛みなど感じていない。痛みを覚えるとしたら、それを聞いた誰かが思わず共感してしまった場合だろう。
誰も知る筈のない、『火坑』の仕組みや基盤と連動する核たる存在。なぜ、それが知られているのか………
「くひ――――ひひひ…………あー、こわいこわい。ここまで理不尽な奴らだったなんてね。ヘルメスを侮ってたかなぁ? わたしから五郎左衛門を盗るだけじゃなくて……全て奪わないと気が済まないんだぁ」
ビスクドールを着た可憐な日本人形の口端から血が一筋、垂れ落ちた。続いて頭をガクッと前に倒れ込こませたと思えば、背中をいっぱいに反らして天を仰ぐ。
表情は無く、虚ろな瞳は何も映していない。ただ一点、やる事を定めた装置へと変わっていた。
「しょうがないわねー……刃桜、ここへは相討ち覚悟で来たんでしょう? そんな健気な坊やに免じて、どちらかが死ぬまで遊んであげるわ」
「どうせ本体は死なぬくせに、ほざくものよ」
バチィッ――――バチバチッ――――ギギギッ
二人の睨み合いが始まり、互いに微動だにしていない。にも関わらず“白面金毛”を取り巻く位置で見えない何かがぶつかり、擦れ合っていた。
最初の数秒は“白面金毛”から数メートルの距離で衝撃が弾けていたが、それは徐々に範囲を狭めて行き、純白のドレスへと到達する。
袖、肩口、襟元へと切り口が登っていく。だが、どれだけ見ようとしても己の首に迫る刃が瞳に映る事はなく、そもそも見ようとしているのかも怪しい。
“白面金毛”の無色透明で空虚な視線はどこを捉えているのか。刃桜を眼力で貫いているのか、それとも全く別の物を見据えているのか……それすらも読み取れなかった。
「そう言えば、貴方とわたしが本気で殺し合うのって初めてよね? 結構激しいわ、クスクス………何よ、溜まってたの?」
「気味の悪い……吐瀉物の方がまだ心地良いわ。貴様に刃を突き立てる日を待ち望んではいたが、真の意味での殺し合いなど貴様とでは成立せんだろう。それより……ほれほれ、気色悪い事を言ってる内に首が落ちてしまうぞ?」
ビスクドールのドレスは既に見る影もなく、足元から上半身までズタズタだ。特に肩口から鎖骨の周りにかけては殆どの布が千切れ飛んでいる。
服がずり落ちそうな状態になっても、“白面金毛”は肌を隠す素振りすら見せない。異常なまでに落ち着き払った態度も、淀みを帯びてきた眼孔も、狂気に拍車をかけていた。
やがて見えない刃は“白面金毛”の白い肌に傷を作り始め、そこからあっさりと首に手を掛ける。直後、見えない刃が首の中程までを切り裂き、血が霧となって噴き出した。
それは壊れて頭が取れかけた人形そのもの。純白だったドレスの残骸も右半身だけが真っ赤に染まる仕上がりで、ホラーにしても陳腐な出来と言わざるをえない様に成り果てた。
ただ恐ろしい事に、それでも生物としての活動を続けている事実は、紛うことなき悪夢の様相だ。
「やっぱり溜まってたんだー。素敵よ、女の子を裸に剥いて痛めつけるなんて……まだまだ枯れてないじゃない」
「……八つ裂きにしても生ぬるいか」
それが皮切りになったのか、“白面金毛”が足下の結界の一部を作り替え、形を与えていく。ブクブクと泡沫が弾け、小山に等しい高さの波が二人の周りを取り囲み始めた。
“白面金毛”は結界の顕術を使う。足下に自らが張った特大の結界がある状況は、謂わばホームゲームと同じ。
地の利を掌握し、使い切れない程の物量を抱えているのだ。
「アナタ昔から、こう呼ばれてたわよねぇ? 全てに至る刃、なんて。随分と大きく出たじゃない刃桜……わたし一人にも届かない く せ に 」
「ふっ……それには返す言葉を持たぬ。だが、いずれ貴様に至る者がいるとすれば、それは儂ではないのであろうな」
バシャアッッ!!!
刃桜の周りで蠢いていた汚泥の波……それが一斉に押し寄せ、たった一人の老人を呑み込む。
会話をしていようと、これは歴とした殺し合いという事だ。
柔らかな津波に見えて、その衝撃と圧力は想像を絶する破壊力がある。二方向から隕石に押し潰されるのと同じ……本来、生きている方がおかしい。
災害級などの数少ない例外を除いて、ではあるが。
刃桜に押し寄せた汚泥の波は触れる事も許されず蒸発していく。
正確には雨粒の一つまでをも数度に渡って斬りつけられる程の神業……それに触れたために端から散っていたのだ。
触れる物を悉く塵へ返す刃の結界……『阿頼耶識』。間合いや速度といった次元から外れた神域の業。
刃桜が狙いを付ければ何処に居ようと、何であれ、何度でも、斬るという現象がそこに現れる。何らかの手段で防げる者なら別だが、およそ正面から戦って勝てる類の存在ではなかった。
「さて、“白面金毛”。その分け身は果たして、後どれほどの時間を留まっていられるかのぉ? 肉も骨も塵へと返して尚、儂と遊んでいられるのか?」
「んー………それもなんか面倒になってきちゃったわ。わたしも街に降りちゃおうかしら」
少し力を抜けば、『火坑』の内側へと入れる。刃桜とて、それを完全に阻止する事はできない。
尤も、純粋な見解として中に入る選択肢は、とても勧められるものではないが。
「先にも言ったと思うがな、それは止めておくが賢明だろう」
「………?」
「貴様にとって、儂よりもおっかない御仁が中にいるぞ。以前に糸浦で使った『火坑』を食い破った男が、今再び貴様の前に立ちはだかるのだ。因果よな」
「…………――――!? 村正が………」
“白面金毛”の千切れかけている首より上に、憎悪とも哀しみともつかない感情が段階的に滲み出てきた。
何も無かった瞳に、自分を呪うばかりの理不尽な世界に向けた更なる呪いを乗せて。
★
キキキィイイィイィィイ――――
夏に虫が囀ずる音とも、鉤爪でガラスを引っ掻く音とも、耳鳴りとも取れる不快な音波が檸梨の街全体に響き渡る。
音の発生源は檸梨市の上空。退魔師でもなければ視認できない距離に、ポツンと佇む一個の人影。
複眼に二本の触角以外は一見して普通の成人男性の名は鳳 仙花。彼の存在を確認し得た退魔師たちの視線を一身に集めていた。
「い―――つっ…………仙花が来たってことは、御前様が痺れを切らしたってことよ、仁科黎明」
不快音で脳がかき混ぜられながら、通力を封じる手枷を嵌められた“雷蹴脚”が黎明へと声を掛けた。
ただただ不快なその音に殆どの人間が耳を塞いでいる中、黎明は平然と……とは行かないまでも、咄嗟に耳を庇う事もなく眉をしかめるだけ。だからこそ、仙花を睨みつけるその背中で“雷蹴脚”の言葉を受け取れている。
「お前を助けに来たと思うか?」
「痛ぅっ―――いいえっ、下手したら殺しに来てるんじゃない?」
黎明は同感だと頷く。
神崎風音と久我山絢里に“雷蹴脚”を任せて、自分はアレの相手をするべきだろう。でなければ折角の絢里の偶像化で市民の精神状態が安定しているのに、この不快な音で不安を煽られた末に“凶堕ち”へと成りかねない。
仙花との面識は無いが、黎明が自ら相手にしなければ多大な犠牲が出る相手だとは分かる。何かやらかす前に仕留めるのがベストだが………
(俺に殺られると分かった上であんな目立つ事をしてるなら………)
敵は当然、速攻で黎明が突撃してくる事を想定している筈だ。
何らかの切り札を持って来ているとしたら………
慎重に事を進めたい黎明の意図を悟ったのか、上空から地上に浴びせられていた不快音が収まり、代わりとばかりに若い男の声が街全体へと届けられる。
《お休み中だったかな? 檸梨市の諸君》
汚泥の壁に覆われてから多くの人間が時間の感覚を乱れさせている。起きていた人間も、直前の不快音で目覚めさせられた人間も近場の時計に目を向けた。
時刻は深夜だが、今となっては突如として響き渡る男の声を聞いていない者の方が圧倒的に少ない。
避難所の民間人たちの間にも、不安を囁く声が流れ始めていた。
《名前を読み上げる。仁科黎明、神崎紫瞬、独楽石栄太……この三名を殺害せしめた者は、街が消えて無くなる前に外へと出してやろう》
「おおっと……まずい感じだ」
嫌味なほどに無駄な会話を排除した簡潔さと明解さ。極限まで追い詰められた弱者が、この上なくはっきりと提示された取引を無視できるはずがない。
しかも、上がった名前はいずれも重要な人物だ。『火坑』が出現したこの街で影響力を持ちそうな人物……アキレス腱か、下手をすれば致命的な急所になりうる。
そして厄介な事に要求した本人すら、実際に三人の命が差し出されるなどとは期待していないだろう。狙いは恐らく、不和と疑心暗鬼を招き、“凶堕ち”という現象による世界の『裏返り』を早めること。
こうなれば罠を警戒している場合ではない。
この後に続く言葉は予想できる。阻止すべく黎明が上空へ向けて跳躍した。
「っ!」
砲弾と見紛う勢いで飛び出した黎明の前に立ち塞がるのは桔梗色の鎧兜。鬼面を被り、口腔と眼窩の奥からは青い火の粉が絶えず溢れ、間違っても生気のある何かではない雰囲気だ。
「後鬼……街のどこかに隠してたのか」
それは最強の退魔師に足を止めさせる程の切り札だ。少なくとも、上で蟲顔の男が演説ぶるだけの時間を稼げる程度には。
《40時間後……檸梨市は地図から名前を消し、世界から跡形もなく消滅する。だが先に述べた三名……仁科黎明、神崎紫瞬、独楽石栄太の首一つにつき100人の命を助けてやろう。精々生き足掻け芋虫ども、くく、ははははっっ!》
悪党に相応しい高笑いを残し、服の隙間から溢れ出た大量の羽虫がその姿を隠す。羽虫が散り散りになった時には、既にその場を後にしていた。
逃げだす前に黎明をチラリと流し見て目が合ったということは、脅威として意識しているのだろう。策略を巡らせるタイプで、力をいなせる相手は隙が無くてかなり面倒だ。
追跡して早めに処理したいところだが、目の前に立ちはだかっている更なる面倒に、黎明は頭を痛める。
「“前鬼”と“後鬼”か……一体ずつじゃ骨が折れる作業になりそうだな」
人ならざる鎧兜の武者。桔梗色のこれは“後鬼”……もう一体の異形の化け物と一組で造られた術装の一種だ。
テレビゲームを嗜む者には理解を得やすいかもしれないが、その能力として二体を間を置かず倒さなければならない。
バラバラに粉砕しようとも、二体目を残していては一分と経たずに完全復活する巫山戯た性能を有している。
一体ずつを相手にしても倒しきる事は可能だが、以前、二体の通力を削り切るのに黎明でも丸一日を要した。その呆れる程のタフさは、現状では致命的だった。
(今一番恐いのは民間人のパニックだ。仙花とか言ったか……嫌なところを突いて来やがって)
神崎紫瞬には今のところ誰も手を出せない。独楽石栄太は久我山が保護に動いているはず。
誰が血迷っても殺される事は無いだろうが、二派以上のグループに分裂して争いが起こるのは確実だ。
当然ながら守る側は退魔師の集団である。避難所の内側から詰め寄る民間人を強くはね除ければ、混乱と不和が伝播するのは間違いない。結果、“凶堕ち”の原因たる疑心暗鬼、恐れや不安、精神的な衰弱が加速するだろう。
(紫瞬のバカを封じたのは失敗だったか。阿斗州とジェーン、イグナシオの三人掛かりでも手が足りない)
前鬼と後鬼は自律して稼働するが、その実、二体一組の術装である。術装の製作において当代一と謳われた殿町宗玄でさえ再現できない、失われた技術で作られた代物だ。
欠点を挙げるとすれば1キロメートル以上を離れられない事と、『大部屋』に収納できない特殊な性質ゆえに運搬と隠匿が困難な事ぐらい。
前鬼の巨体は現代社会にあって隠しきれない程に目を引くため、どうやって檸梨市に運び込んだのか気になるところだが………今はそれよりも、どうやって二体を同時に倒すか、である。
「舐めやがって。自分からは攻めて来ねえでやんの」
黎明の足留めが目的なのだろう後鬼は積極的に戦闘を仕掛けて来ない。
ならばと黎明は『通信符』を取り出し、先日の内に接触を済ませておいた三王山阿斗州とジェーン・スミスに連絡を入れる。先程も二人の協力で、場を荒らしまくっていた紫瞬を無力化したばかりだ。まさかここでバカの戦力が必要になってくるとは思わなかったとは言え、指示を出した身としては居心地が悪かった。
《阿斗州。こちらを捕捉しているか?》
《……ええ会長、見ています。神崎氏に武器を壊されていなければ、敵を撃ち落としたのですが》
《悪い、それも含めて俺のミスだ………俺の前に陣取ってる後鬼は知ってるだろ? 近くに前鬼が隠れてる筈だから、ジェーンと一緒に見つけ出してくれ》
《申し訳ありません、スミス女史は蟲の男を追いました。前鬼……情報通りなら、私一人では荷が重いですね》
黎明としても、このまま後鬼とにらめっこしているだけでは埒が明かない。
効率は悪いが、こうなったら後鬼と格闘しつつ転がして、地道に付近を探す他なさそうだ。
《阿斗州、ライフル無しでも援護できるな?》
《貴方に必要とは思えませんが、お望みとあらば》
《よし、俺じゃなくジェーンの所へ向かってくれ。前鬼の探索はイグナシオにやらせるから、お前はジェーンと速攻で蟲野郎を片付けてこい》
《了解です。それと、民間人の混乱に関しては………》
《んー………あてがない事もない。取り敢えず任せろ》
《……お気をつけて》
《そっちがな》
黎明は通信符をしまい、さて、と身体を解し始める。
空中で足場が無いのに屈伸などの運動をしている姿からに緊張感などは皆無。実際、しぶとい事を除けばそれほど難しい敵でもない。
勿論、通常は特一級の退魔師が数人掛かりで対処するレベルではあるが……世界最強の退魔師という看板は、決して虚仮脅しではないのだ。
「ふん……この期に及んでも動く気配はない、か。そっちがその気なら、こっちも色々やっちゃうぜ?」
マジシャン顔負けの手つきで、指の間が埋まる枚数の紙……術符をバッと取り出して見せる。その全てが通信符の類だった。
「全員聞け。俺と神崎紫瞬は気にするな………それ以外の人間を守れ」
目的はハッキリしている。これからパニックを起こす民衆たちも含めて、誰も見捨てない。
その意志を通信符越しに受け取った全員……これより必要になると判断した者たちが、明瞭すぎる命令に思わず笑みを浮かべた。
そして、内一枚の秘匿通信では他よりも具体的な指示を出し、急ぎでやることを終えた黎明は向かい合う桔梗色の鎧兜に邪悪な笑みで語りかける。
「どうせ後鬼を通して聞いてんだろ? 祭りはもう終いだ……お前や俺が知らないうちに人間ってのは逞しくなってるらしい。今さら慌てて干渉したからって、何も変わらないよ」
それは仙花という刺客を今さらになって送り込んだ事を言っているようにも、これから“白面金毛”がやろうとしている事の不毛さを語っているようにも受けとれた。
誰が見聞きしているのか知らないが、黎明のしたり顔が気に食わなかったのは確かだろう。後鬼がカタカタと小刻みに揺れ、鎧兜と鬼面の隙間から漏れる火の粉が量を増している。
次の瞬間には、背中を突き破って2メートルを越える腕が現れた。腕の形を成した通力の塊……青い水流だ。
「そう怒んなよ。祭りには間に合わなかったが、俺で良ければ遊んでやっからさ」
そんな気軽な調子で投げられた言葉を合図に、一人と一領による激戦は檸梨市の上空にて青い軌跡を描き出した。
世界を穿つ災禍まで
あと1日
え? “白面金毛”の分身がどうとか、結界がどうとかの設定が何かに被ってる?
○落? 犬○しゃ?
ヘイヘイヨーヨー、
にゃらくin犬○しゃ敷なんて知らないヨー(汗)
パクってないヨー、ホントダヨ?
いや、バグってもないし、飲んでもないヨー(汗)
それ以上何か言うならアレだヨ?
カザアナ空けるサイガー(沖縄)
……………
…………………
………………………
ふざけてスミマセン………(←正気に戻った)




