第103話 泥の街 十二日目―4
まだ誰か読んでくれてるかな………
|д゜)チラッ
売れっ子でもなしに、間を空けてスミマセン
百数十メートルを優に越える巨人を形作る汚泥の半身を砕き、さらに石でも投げるかのような気軽さでそれを空へ打ち上げて見せた仁科黎明を、忌々し気に見下ろす女がいた。
黎明が辛うじて知覚できない距離を保った上空で、通力の足場から地上を俯瞰しているのは“白面金毛”の手駒の一人……“雷蹴脚”だ。
先日、“規格外”と遭遇戦を繰り広げた時は地味目な服装で一般人と見間違う変装をしていたが、今はその時からは想像もつかない目立つ風体になっている。
ベリーショートだった髪は後ろでハーフアップに纏められる程の長さで、服は青色の中華風。袖は長くゆったりした作りで、スリットから覗かせる脚は衣服に覆われた大人しいデザイン。創作などに登場するカンフー使いの女性をイメージすれば分かりやすい。
切れ長の目をした美人が不快に顔を歪め、しかし怒りに任せて戦いを挑むには相手が悪過ぎると理解し、人気の無い街へと静かに降り立った。
(流石に手に負えないわね……少し早いけど、街を出るしかないか)
その一帯は住民の避難が完了している地区で、高層ビルが建ち並ぶ街の外縁部。現在は街と外界とを隔絶する境界に面した場所でもある。
降り立ったマンションの屋上から振り返ると、視界一面を埋め尽くす汚泥の壁……『火坑』が聳え立っている。ドロドロに蠢くそれは不快感を煮詰めて吐き気をトッピングしたかの如き醜悪さだ。
民間人を出来るだけ“社”に近い中央に集めているのは、この汚泥から遠ざけるためでもあった。
(私一人じゃ『火坑』の管理が追い付かない。かと言ってこれ以上結界の中で動き回れば仁科黎明に捕捉される。アイツと闘っても勝ち目は無いし………)
“白面金毛”からは、下手に動いて墓穴を掘るくらいなら、後は結界の機能に任せて撤収するように命令も受けていた。
人々の心が弱り、その隙間から魂に影響を与え鬼へと変質させる結界。規模が巨大であるため完全な変質はさせられないが、それでも“裏返り”という人が鬼に変わる現象とほぼ同一の作用だ。
そして、街を隔離することで内側の世界が人間の“裏返り”に引きずられやすい環境として作り変えた。
絶望は伝染する。何をしなくともこの街は内部から崩壊していき、やがて『火坑』の内側の世界は“裏返り”に巻き込まれる筈だった。だと言うのに………
「黒沼公浩……どうなってんのよアイツっ!」
この街で、“白面金毛”の思惑の最大の障害は仁科黎明でも“規格外”でもない……黒沼公浩だ。
“規格外”と戦わせられたり、おかしな手法で住民たちの精神的な損耗を抑えたり。他にも見えない所で妨害工作が多々あった。
こちらが“裏返り”を加速させるために動こうとした先々で、どうやって突き止めているのか、近辺を彷徨いていたことも少なくない。おまけに、その殆んどで“規格外”と行動を共にしているのだ。
黒沼公浩は、間違いなくまっとうな退魔師ではあり得ない。
その存在は、あまりにも不気味すぎた。
「帰りたい……御前様の所へ」
与えられた仕事を切り上げてでもこの街を出たい理由には、そんな得体の知れない不安が駆り立てる衝動もあった。
“雷蹴脚”は無意識に爪を噛んで気を落ち着かせようとしている。それだけ余裕を失っているのだ。
未だ焦りを静められない状態で、それでも、誰にも見られていない事を不完全ながらも確認した後、『火坑』のとある一点へと近付いていく。
「お許しください御前様」
“雷蹴脚”は『火坑』の一部に決められた波長の通力を流し、人が通れる程度の穴を開ける。
見た目には泥の壁に物理的な厚さは無く、外界との繋がりを絶っていたのは薄皮一枚の隔たりだけ。あまりにも呆気なく開いた出口の向こうを覗けば、そこにあるのは結界の範囲から漏れた、夜の帳が降りる街並み。
檸梨の街から見た空とは違い、そこには星を散りばめた自然の夜空があった。中の人間たちが求めて止まない日常の闇だ。
“雷蹴脚”はそんな景色を憎々しげに睨み付け、外へ向けて踏み出そうとした――――
「――――っっ!!?」
“雷蹴脚”の首に硬質な何かが巻き付き、思い切り後ろに引き倒された。
(しまった――――)
こんな初歩的なミスをしでかした自分を殺してやりたい。
『隠形』で姿を眩ませてたとはいえ、結界に道を開く瞬間を見られるなど考えられないミスだ。
不安から来る焦りがそうさせたとしても、ここまでお粗末な失態は生まれて初めての事だった。
「ちいっ」
“雷蹴脚”は背中から倒される寸前、軽やかな身のこなしで逆立ちの体勢になり、身体を捻って強烈な蹴りを突き出した。
ガンッッ!!
相手は両手で構えた短い棒状の物でそれを止めた。
通力で形作られている鎖で連結したヌンチャクにも似た細い棒。それらが“雷蹴脚”の首にガッチリと巻き付いている。
本来の物とは多少異なる造りではあるが、それは長物である棍を九節に分割して鎖で繋げた打撃武器……九節棍と呼ばれる代物だ。
「“雷蹴脚”……まさか本当に居るとはな」
「………どうして私の事を」
南米発祥の有名武術を彷彿とさせる体勢から見上げた先、棍の部分で蹴りを受け止めていたのは、キラキラでフリルを満載した上にフワフワな衣装を身に纏ったアイドル……久我山絢里だった。
「匿名の通報も馬鹿には出来ないということだな」
「ふん、退魔師には変態が多いけど、そんな通報を信じてここまで出向くぐらい頭が沸いてるわけ? 答えなくていいわよ……その格好を見れば分かるか、らっ!」
“雷蹴脚”の名に相応しいキレのある体捌きから台風のような怒涛の蹴擊。絢里は堪らず飛び退いて躱し、“雷蹴脚”の首を絡め取っている九節棍を乱暴に引き立てた。
「格好のことは大きなお世話だ! 大体っ、人の事言える立場かカンフー女!」
“雷蹴脚”は首を絡め取られた状態でありながら、柔軟な動きで鋭い足技を牽制として繰り出す。その牽制の中には信じられない角度から襲い掛かる、名刀にも勝る蹴りまで。
絢里は付かず離れずの間合いを保ち、首の皮一枚で“雷蹴脚”が攻め難いギリギリの立ち回りをしていた。
同時に、絢里としても得物をガードに回すばかりで、相手を拘束しているという優位性を活かせていない。人の事は言えないが、このけったいな格好のカンフー女は自分よりも技量が上だと、絢里は理解する。
九節棍は使いこなせればあらゆる間合いと角度から攻撃を行えるため、距離的なデメリットは無い。しかし歯痒いことに相手は格上の使い手であり、不意打ちによるアドバンテージが無ければ確実に押し負けていただろう。
絢里はひたすら相手の動きを阻害しようと犬のリードでも引くように主導権を死守し続けていた。
「私にこんな屈辱的な事をしてっ………絶対に蹴り殺してやるから!」
「その程度の屈辱などっ、私が受けた仕打ちに比べればカワイイものだろう! こんな服を着せられ大衆の前に晒され、歌いながらピョンピョン跳び跳ねる姿を見せ物にされる気持ちが分かるか? 私はいつまであの男のオモチャになればいいんだ!? 教えてくれ!!」
「ぁ………うん………そうね」
絢里の悲痛な叫びが人気の無いビル街に響き、棍で殴る勢いと引く強さが増した。さながら子供が喧嘩の時に、泣いてから強くなる様を彷彿とさせる。
実際に泣き出しそうな絢里の表情を見て、“雷蹴脚”としても憐れみが先に立った程。
何があったのかは知らないが、ちょっとだけ攻撃するのが躊躇われる剣幕だ。
「だがっ! こんな屈辱の日々も終わる。貴様、結界の外に出られるようだな? なら貴様を捕らえて尋問し、知っている事を全て吐かせれば万事解決だ!!」
絢里は“雷蹴脚”を逃がすまいと、とにかく密着姿勢で組み付き、そのまま地面に押し倒す。流石にこの状態なら蹴り技も飛んで来ないが、傍目にはコスプレイヤー同士のキャットファイトにも見える掴み合いが繰り広げられ、些かシュールさが滲んでいた。
「ええい鬱陶しいっ……だったら、取引よ! このまま私を行かせるなら、あなたも外に出してあげる」
腕を押さえ付け、髪を引っ掴み、足で押し退けようと藻掻く女二人。この場に男が居ない事が何よりの救い……それほどに二人の絡み合いは悩ましいものとなっていた。
「話にならないな――――っぐ、貴様っ、変なところ触るな!」
「やぁっ!? ちょっ、髪ひっぱるな! この駄肉っ!!」
キィーキィーと喧しくしながら乗りつ乗られつの二転三転。
目まぐるしく動く内、オフィスビルで囲まれている開けた交差点に踊り出ていた。乗り捨てられた車や大破した車両だった物、建物に激突したトラック等、混沌とした惨状があちこちに見える場所だ。
そこで、二人は自分たちが置かれた状況を認識する。
「“凶堕ち”………かなりいるな」
それはこの街において、生者を殺すためだけにいる殺人装置。
人の形をしているだけの化物どもが何処からか湧き出し、獰猛さを隠そうともせずに悪意を垂れ流しにして辺りを埋めつくし始めた。
「さっさと退きなさい、死にたいの?」
「……………」
絢里は“雷蹴脚”の首を捕らえている九節棍を手綱代わりに引き、立ち上がらせる。
取りあえず、周りを取り囲みつつある邪魔者への対処が優先だ。
とは言え、目の前の女を野放しにするなど論外。そのまま逃げるか襲って来るか……どちらにしろ、碌な事にならないのは確かだろう。
油断などしない。一挙手一投足も見逃さないつもりで警戒を強めた。
「連中の様子が違う。すぐに襲って来ないとは………おい貴様、何かしたのか?」
「あだっ!? このイカれ女っ、乱暴に引っ張るな!」
“凶堕ち”の大群は絢里たちから一定の距離を保ちつつ、ゆらゆらと周りを彷徨いている。不気味な程に綺麗なサークルを描いて、絢里としては檻の中の自分を品定めされている気分になっていた。
「今度こそ取引をしない? 私をこのまま行かせるなら、街にいるコイツらを全部あげるわ」
「……………」
知恵を持つ一部の“鬼”は、知能を持たない下級の鬼を従える事が出来る。特定の性質に変化させた通力を、鬼を操る信号として発信できるためだ。
基本的に人間には行えず、“鬼”が鬼へ向けた場合にしか効果を発揮しない。
ただし、送信する通力の信号か、あるいは受信した側の個体に対して、手間を掛けて特別な調整を施した場合なら話は違う。
その信号さえ判れば、簡単な命令なら人間の退魔師でも行えるようになる。
ましてや、“凶堕ち”は下級の鬼にも劣る出来損ないだ。特別な調整も必要としない簡易的な信号で、動きの誘導や襲う命令程度なら容易に行使できる。
そんな話を、“雷蹴脚”は絢里に聴かせた。
「全ての“凶堕ち”の支配権………話がうま過ぎるな」
「コイツらには“社”も迷惑してるでしょ? 今後、もうその心配しなくて済むんだから、良い話だと思うけど」
「信用できる話ならな。私は良く知りもしない商品は買わない主義だ。鬼や“凶堕ち”の制御が出来るなど、詐欺にしか聞こえない」
「だったら、商品を試用してみるってのは?」
“雷蹴脚”はゆっくりと手を差し出し、警戒で身構える絢里に触れるよう促す。
「馬鹿にしてるのか? 罠にしてもお粗末すぎる――――っ!!」
絢里が拒絶の意思を見せた途端、“凶堕ち”が獣のように唸り声を上げて包囲の輪を縮めて来た。
ドシドシと敢えて音を立てながら、その牙を剥き出しにしている。
それら全ての目線が明らかに一点を捉えており、その中心にいる絢里は忙しなく周囲に視線を這わす。
「アンタだけ襲わせる事も出来る。殺せはしないだろうけど、アタシが逃げる隙ぐらいは作れるわよ。まぁでも、お互い余計な手間は省かない?」
「……………」
状況を見るに、選択の余地は少ない。
取引で逃がすか、ただ取り逃がすか。後者に至ってはリターンが皆無な選択肢だ。
だが、取引にもリスクが無いとは言えないわけで………
(リスクか………私の有り様も、その産物なわけだが)
褒められた事ではないが、絢里はこういったリスクは積極的に負う質でもあった。
黒沼公浩とのバスケ対決でも、そんな性質が見えるプレーをしている。そもそも対決の話自体、ちょっとした賭けだったのだ。
そして今回も、絢里はリスクと言う名の誘惑に抗わないことにした。
「よし、取引と行こう。妙な真似をしたら……」
「っ――――、あんたこそ、今度アタシを犬扱いしたら、周りの連中にマワさせるわよ」
「無駄口を叩かないぶん、貴様より犬の方が良い。ほら、さっさとしろ」
自分が持ち掛けた取引で、おまけに譲歩しているのはこちらの筈なのに、絢里の高圧的な姿勢は癇に障る。しかし、その憤りはひとまず押さえ込み、舌打ちを一つしてから絢里の差し出した指先に触れた。
「…………よし、受け取った」
絢里は指先を通じて特殊な通力のパターンを記憶する。この街における、一つの大きな問題を解決するカギだ。
絢里はその通力の波長を使い、さっそく周囲の“凶堕ち”たちに命令を飛ばしてみた。
「問題は無さそう…………か?」
試しに“凶堕ち”を数メートルほど後退させ、先頭にいる個体すべてに両膝を突かせる。
見渡した限り、命令は実行するし凶暴性もある程度は落ち着かせる事が出来るようだ。
ただしこれだけでは、まだどんな落とし穴や裏が無いとも限らない。
さて、どう判断したものか………
「約束は覚えてるでしょうね。この首輪、外してくれる?」
“雷蹴脚”は自らの首を圧迫している九節棍を指す。
絢里としても約束を反故にする気はないが、品物に絶対の保証が無い以上、渋い表情で拘束を解くか悩むのも仕方ない事と言えた。
「……ま、予想はしてたわ。退魔師ってそういうもんよね」
諦観したような穏やかな調子の言葉。
反論しにくい立場を自覚しているだけに、絢里はほんの僅か気後れしてしまった。
「アンタ正しいよ。ズルいのはお互い様だし」
バゴォッッ!!
「っ!!」
何かが地中からコンクリートを突き破って飛び出す。
予想はしていたのに、奇襲を受ける程度には油断していたらしい。
絢里の支配に縛られていない“凶堕ち”が一体。それが“雷蹴脚”と向き合っていた背後から飛び掛かり、組み付いてきた。
「邪魔だ!」
ゾンビ映画でもなし、噛みつかれたところで自分が“凶堕ち”になる事はない。
かと言ってそのまま齧られても苦痛なだけ。絢里は九節棍を手放し、背中から自分の首に歯を立てようとしている“凶堕ち”を背負い投げで地面に叩きつける。
ぐしゃりという音と共に、腕はへし折れ背骨は粉々になる衝撃が元人間の男を襲った。
絢里の支配を逃れていたのはその個体だけのようで、周囲で大人しくしている“凶堕ち”におかしな様子はない。
しかしその時には既に、決定的な隙が生まれてしまっていた。
「これでイーブンでしょ!」
“雷蹴脚”は一瞬あるか無いかの隙を突いて拘束を外し、ビル間を木霊する声と『虚空踏破』を置き去りにして姿を消していた。
絢里は視線の先にある汚泥の空を睨み据え、追跡も困難な相手との能力さに歯噛みする。
「やっぱり一人で来るべきじゃなかったか」
絢里がこの場に居るのも、元は不確かで懐疑的な匿名情報があったからだ。
怪しい人物が結界を出入りしているのを目撃したと、真っ白な髪の少女が“社”の退魔師に話している所に居合わせた。少女はそれだけ伝えると、義務を果たしたと言わんばかりに立ち去ってしまい、“社”としてもその真偽を確めようともしない。
絢里はほんの気紛れからアイドル活動の合間―――決して逃げ出して来たわけではない―――に、まさかと思いつつも一応の用心として調査に来たのだ。実際、異変の黒幕と思しき相手を見つけた時には心底驚いたものだが。
「次に会った時には絶対――――ん?」
“雷蹴脚”と渡り合った直後で集中力が高まっている絢里の耳が捉えたのは、金属同士が打ち合う音。
音の発生源は激しく移動しており、明らかに戦闘音だと分かる。
当然、何が起きているのか確認せず捨て置くのはあり得ない。
絢里は“凶堕ち”たちを近くの建物に押し込め待機を指示し、『隠形』で気配を消して音の発生源へと向かう。
次こそはと考えていた相手への再会は、思いの外早く訪れたようだ。
「あの女………運が無いと言うか間が悪いと言うか」
建物の陰から様子を窺ってみると、先ほど一戦交えたばかりの“雷蹴脚”が外套のフードを目深に被った二人組から攻撃を受けている場面だった。
一人の外套からはすらっとした日本刀の刃が刃紋を覗かせている。
対して“雷蹴脚”は、あの尋常ではない脚技で打ち合ったのだろう。
両者の戦闘は凄まじいスピードで展開し、刹那の接触で数回分の火花が咲き誇っていた。
ただやはり、“雷蹴脚”の方が経験に勝っている。二人組のうち一人が致命的な隙を埋めるタイミングでカバーに入っていなければ、何度か決定打を貰っていたに違いない。
絢里は参戦すべきかどうか、暫く様子を見ることにした。
「どいつもこいつも何なのよさっきから! また匿名の情報とやらなの!?」
ガキンッッ!!
達人の刃に勝るとも劣らない鋭さで上段から蹴りを振り下ろす。外套の一人が合わせた刀の峰に腕を添えるようにして支え、体勢を崩さずに踏み留まった。
「そっちの事情は知らないけど、こっちのは信頼できる情報だから来たのよ」
フードの奥から聞こえてきたのは女の声。会議室なら端まで届く、よく通る年若い女のものだ。
外套の隙間から見える細い身体付きも、それを裏付けている。
「あなた“雷蹴脚”でしょ? 黒沼公浩が宜しくって」
「――――っ!! アイツ………!」
背中の芯を、冷たい何かが撫でる。
得体の知れない……命を握られ掌で踊らされている恐怖が、“雷蹴脚”の心の内を塗りたくっていた。
どういうことだ………
どうしてあの男が、この場に人を回せたというのか。
ひょっとしたら先程のイカれた格好の女も手先かもしれない。
「いったい何者なのよ」
“雷蹴脚”の言い知れない不安が溢させた言葉だった。誰に向けて言ったかと言えば、主にこの場には居ない男への恨み言だ。
それを、フードの女が自分への言葉として受け取り、遠回しな答えを述べる。
「強いて言えば、亡霊よ」
意図せずだか、それは黒沼公浩を表す言葉としても的を射たものになっていた。
亡霊のように実体が見えてこない……言い得て妙な言葉だ。
「亡霊ね………なら大人しく墓に入ってなさい、よっ!」
上段からの一撃を受け止めていた刀を踏み台にし、軽業師を思わせるアクロバットな身のこなしでの円月蹴りを放つ。
外套の女は身体をいっぱいに反らしたスウェーバックで、顔面に迫る蹴擊という名のギロチンを紙一重で躱した。
「――――っ!? なんでアンタが………」
“雷蹴脚”の蹴擊を文字通りの紙一重で躱すも、外套のフードは鋭利な風圧で引き裂かれている。
曝されたその顔を見て、“雷蹴脚”は驚愕に目を見開いた。
「アンタ、仁科邸に居た筈じゃ………」
目を引いたのは純白でシンプルなデザインのカチューシャだ。同じく白い飾り紐がフワリと揺らぐ。
学生相応の幼さと、成長しかけの大人っぽさが同居している整った顔立ち。
それはここに居る筈のない、囚われているとばかり思っていた少女……神崎風音だった。




