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第2話 ヴェルディア王国

 挿絵(By みてみん)


ここは、ヴェルディア王国。

古い歴史と魔法によって栄えてきた国である。


この国には、生まれながらに魔法を操る者がいる。


魔法の種類も、その力の強さや性質も、一人ひとり異なる。

戦いや日々の暮らしに役立つものから、ごく限られた者しか扱えない特殊な能力まで、その種類はさまざまだ。


人々にとって身近な存在でありながら、魔法には未だ解明されていない謎も多い。


そんなヴェルディア王国の王城。

その一室で、二人の男が向かい合っていた。


「いやあ、今回の件は本当に助かったよ」


長椅子にゆったりと腰掛けた男が、手にした書類をひらひらと振った。


「街の警備隊から報告があってさ。犯人の特定から事件の解決まで、見事な手際だったそうだな」

「いえ。私一人の功績ではありません」


向かいに立つ青年は、いつものように背筋を伸ばして答えた。


「たまたま居合わせたまでです。街の治安を守ることは、騎士として当然の務めですから」

「へえ。非番の日にまで国のために尽力するとは、さすがシュヴァル家の騎士殿だな」

「殿下。からかうのはやめてください」

「からかってない。感心しているんだよ」


男は、悪びれる様子もなく笑った。


彼の名は、ヴェルディア王国の王太子、フェルシオ・ヴェルディア。


そして、目の前に立つ青年――アウラス・シュヴァルとは、幼い頃からの付き合いである。


普段は礼儀正しく、何事にも真剣に取り組むアウラス。

そんな彼を気兼ねなくからかえるのも、長年の付き合いがあってこそだった。


「ところでーー」


フェルシオは手にしていた書類を机に置き、ふと思い出したように顔を上げた。


「今回の事件、どうやって解決したんだ?」

「目撃者の記憶を鑑定していただきました」

「……記憶を、鑑定?」


フェルシオが目を瞬かせる。


「はい。記憶鑑定士という方がいまして。その方の能力を借り、目撃者の記憶から事件の手がかりを得ました」

「へえ……そんな能力があるのか」


意外そうに呟くフェルシオ。


王族であるフェルシオは、魔法に関する知識も豊富だ。

それでも、人の記憶を鑑定するという能力には聞き覚えがない。


記憶とは、その人が生きてきた証そのもの。

それを読み取ることができるのなら、犯罪捜査において非常に有用な力になるだろう。


「その記憶鑑定士というのは、どこの誰なんだ?」

「王都東門近くの診療所で、記憶鑑定を請け負っている女性です。私が直接依頼を持ち込み、彼女の能力を借りて事件を解決しました」

「へえ……東門近くの診療所でねえ」


フェルシオは興味深そうに頷いた。


「で、その女性の名前は?」


アウラスは口を開きかけ――止まった。


数秒の沈黙。


「…………」

「…………おい」

「……名前を伺うのを失念しておりました」

「は?」

「それと、私も名乗っておりません」


一瞬、部屋の中が静まり返った。


次の瞬間。


「はははははっ!!」


フェルシオの笑い声が部屋いっぱいに響き渡った。


「お、お前……!名前も知らない女性に事件の鑑定を依頼して、自分の名前も告げずに帰ってきたのか!?」

「……結果としては、そうなります」

「なんだそれ!お前らしいというか、お前らしくないというか!」

「私も、まさかこのようなことになるとは……」

「いやあ、すごいな。普通、どちらか片方くらいは覚えているものだろう?」

「……はい。その通りです」


アウラスは眉間にわずかなしわを寄せた。


思い返せば、彼女と出会ったときも、別れるときも、事件を解決することばかり考えていた。

名前を尋ねることも、自分の名前を名乗ることも、すっかり忘れていた。


(……こんなミス、普段ならしないのに)


アウラスは少し考え込んだ。


フェルシオは、まだ笑いをこらえきれない様子で手を振った。


「悪い悪い。いや、でも、お前がそんな調子だとは思わなくてな」

「……どういう意味でしょうか」

「そのままの意味だよ」


フェルシオは、にやりと笑った。


「それで、その記憶鑑定士はどんな人物だったんだ?」

「……どんな、と申されましても」

「名前は聞いていないんだろう?なら、せめて特徴くらい教えてくれ」

「そうですね……。焦茶色の長い髪で、瞳は青紫色でした」

「…………」


フェルシオは、ぴたりと動きを止めた。


「……お前、瞳の色は覚えているのか?」

「はい」

「へえ。わざわざ覚えているとは珍しいな」

「……初恋の人と、同じ色だったので」


アウラスは、何でもないことのように答えた。


「瞳の色が、よく似ていたんです」

「…………は?」


フェルシオは、ぽかんと口を開けた。


挿絵(By みてみん)


「いや、待て」


額に手を当て、深いため息をつく。


「またあの人か!?」

「……何がですか?」

「お前の中には、その人以外の女性は存在しないのか!?」

「そんなことはありません」

「じゃあ、なぜそこで初恋の女性が出てくるんだ!」

「瞳の色が同じだったので」

「理由は分かった!そういう話をしているんじゃない!!」


アウラスは、少し考えた。


「……そうですか」

「そうだよ!!」


フェルシオは頭を抱えた。


「それで、その記憶鑑定士の女性が、初恋の君と同じ色の瞳をしていた、と」

「はい。……それだけですが」

「ふうん。なるほどねぇ」


フェルシオはしばらく考え込むような素振りを見せたあと、ぱっと顔を上げた。


「だったら、彼女に頼んでみればいいじゃないか」

「……何をですか?」

「初恋の君を探してもらうんだよ!」

「……は?」

「確か、十歳の頃だろう?もうずいぶん昔の話だし、覚えていることも曖昧なんじゃないか。それなら、その記憶鑑定士に頼んで、初恋の君を見つけてもらえばいい!」

「いやいやいや、ないでしょう!」


アウラスは思わず声を上げた。


「何をおっしゃっているんですか!」

「おや、いい案だと思ったんだけどなぁ」

「どこがですか!そもそも、探してどうするんです!」

「おや?探したくないのかい?」

「そういう話ではありません!」


フェルシオはとうとう堪えきれず、声を立てて笑った。


「はははっ!いやぁ、悪い悪い。お前があんまり真面目に答えるからさ、つい」

「……殿下」

「はいはい、もう言わないよ」


そう言いながらも、フェルシオの口元にはまだ笑みが残っていた。


「まあ、次に会ったら名前は確認してきてくれよ、な?」

「……はぁ……次は、確認しますよ……いえ、確認いたします」

「ははっ!頼むよ、本当に」


アウラスは、これ以上何を言っても無駄だと判断したのか、静かに口を閉じた。


しばらくして、フェルシオは笑みを残したまま口を開いた。


「それにしても、記憶鑑定士か……」


ふと、その表情が変わる。


「なあ、アウラス。ひとつ頼みたいことがあるんだが」

「何でしょうか」

「騎士団で、まだ解決していない事件があっただろう?」


アウラスの表情が引き締まった。


「……はい。いくつかございます」

「その中のひとつ、例の盗難事件だ。捜査は進んでいるのか?」

「残念ながら、決定的な手がかりは得られておりません」

「そうか」


フェルシオは椅子の背もたれに体を預け、天井を仰いだ。


「だったら、その記憶鑑定士に協力を頼んでみるのはどうだ?」

「しかし、彼女が引き受けてくださるかどうかはわかりません」

「そりゃあ、話してみなければわからないだろう?」


フェルシオは顔を戻し、楽しそうに笑った。


「診療所の場所はわかっているんだろう?だったら、もう一度そこへ行って頼んでみればいい」

「……承知いたしました」

「今度は、ちゃんと名前を聞いてこいよ?」

「……はい、わかりました……いえ、心得ております」

「本当か?少し心配だなあ」

「殿下」

「はははっ!」


アウラスは小さく息をついた。


(まったく、この人は)


それでも、フェルシオの提案には一理ある。

アウラスは気持ちを切り替え、騎士団が抱える未解決事件について考え始めた。

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