第1話 最初の依頼
はじめまして。
三ツ花と申します。
今回、初めて恋愛ファンタジー小説を書いてみました。
楽しんでいただけたら嬉しいです!
どうぞ、よろしくお願いいたします。
昼下がりの街は、いつもより騒がしかった。
「強盗だって!」
「店の中に押し入ったらしいよ」
「怪我人はいないみたいだけど……」
昼食時で賑わっていた通りに、ざわめきが広がっていく。
被害に遭ったのは、魔道具を扱う小さな店だった。
店主が一人で店番をしていたところに男が押し入り、売上金といくつかの高価な魔道具を奪って逃走したらしい。
店の前には、人だかりができていた。
その中に、一人の青年がいた。
金色の髪。
前髪を自然に横へ流し、額が少し見えている。
眼鏡をかけ、落ち着いた色の私服を着ていた。
青年は、騒ぎを少し離れたところから静かに眺めていた。
今日は非番だった。
だから、本来ならこのまま通り過ぎてもよかった。
けれどーー。
「犯人の顔を見た人は、いない?」
誰かの声に、青年は足を止めた。
「店主さんも、突然だったからよく覚えていないって」
「じゃあ、犯人はまだ……」
「でも、子どもが一人、店の奥にいたらしいよ」
「え?」
「二歳くらいの子。ほら、あそこ」
人だかりの向こう。
母親に抱かれた小さな子どもが、不安そうに店を見つめていた。
青年も、そちらに目を向けた。
「……あの子が?」
思わず口にした青年の声に、近くにいた女性が振り返った。
そして――
一瞬、目を丸くした。
「……!」
隣にいた女性も、青年を見上げた。
「……うわぁ……お兄さん、かっこいいね」
女性の言葉に、青年は一瞬だけ目を向けた。
「ちょっと、いきなり何を言ってるのよ!」
「だ、だって……!」
頬を赤くする女性に、青年は穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます。そう言っていただけて光栄です」
金色の髪がさらりと風になびいた。
「それで、あの子が犯人を見たのですか?」
何事もなかったかのように尋ねる青年に、女性たちは顔を見合わせた。
「え、ええ。そうみたい」
「あの子だけが、店の奥にいたらしいのよ」
「でも二歳じゃ、何を聞いても分からないわよね」
「そうね」
青年は、もう一度子どものほうを見た。
その時だった。
「あ、そういえば」
女性が、何かを思い出したように声を上げた。
「何?」
「最近聞いたんだけど、記憶を見ることができる魔法使いがいるって話、知ってる?」
青年の目が、わずかに動いた。
「記憶を見る?」
今度は、はっきりと青年が尋ねた。
女性たちが一斉に青年を見る。
「ええ。記憶鑑定士……だったかしら」
「そんな人がいるの?」
「いるらしいよ。なんでも、普通の鑑定とは違って、人の記憶に入って、いろいろと調べられるんだって」
「へえ……!」
青年は眼鏡の位置を直しながら、静かに尋ねた。
「その方に頼めば、あの子の記憶を見ることができるんですか?」
「さあ……。噂だから、詳しいことは分からないけど。確か、ルクス診療所に行けば会える……だったかな」
青年は黙って、その話を聞いていた。
――記憶鑑定士。
初めて聞く名前だった。
そんな職業があることすら、知らなかった。
けれど。
青年はもう一度、子どもを見た。
母親の服を、小さな手でしっかりと握りしめていた。
もし本当に。
あの子の記憶を見ることができるなら。
「……その人に、頼めないでしょうか」
青年が口を開いた。
周囲の人が一斉に振り返る。
「え?」
「その、記憶鑑定士という方です」
「うーん……噂でしか聞いたことがないし、どうなんだろう」
「診療所の名前は?」
「えっと、確か……ルクス診療所」
青年は頷いた。
「分かりました」
「え?」
「行ってきます」
「いや、でもあなた……」
呼び止める声を背に、青年は歩き出した。
今日は非番だった。
だからこれは、騎士としての務めではない。
それでも。
目の前で困っている人を、そのままにしておくことはできなかった。
◇
その頃。
ルクス診療所では、午前の診療が終わり、少しだけ静かな時間が流れていた。
ミエラは診療所の奥で、書類を整理していた。
表向きは、ごく普通の診療所。
けれど、診療時間外には、もう一つの仕事がある。
人の記憶を鑑定すること。
記憶鑑定士。
ミエラ・ヴェリは、その仕事をしていた。
珍しい能力だから、依頼は多くない。
必要な人が、必要な時に訪れる。
噂を頼りに。
紹介を頼りに。
そして今日も、特に依頼の予定はなかった。
そのとき。
コン、コン。
店の扉が鳴った。
ミエラは顔を上げた。
(誰だろう。)
扉を開ける。
そこに立っていたのは、見知らぬ青年だった。
金色の柔らかな髪。
眼鏡の奥には、髪よりも少し落ち着いた琥珀色の瞳。
年齢はミエラと同じくらいか、少し上に見えた。
青年は軽く頭を下げた。
「突然すみません」
「……いえ。ご依頼ですか?」
ミエラは、少しだが青年に目を奪われていたことが伝わらないよう、平静を装って答えた。
「はい」
青年はまっすぐにミエラを見つめる。
「紹介状はお持ちですか?」
「ありません」
即答だった。
ミエラは少しだけ目を細める。
「では、失礼ですが……どこで私のことを?」
「噂で」
「……噂」
「はい」
青年は淡々と答えた。
そして、少し間を置くと、再び口を開いた。
「人の記憶を見ることができる、と街で聞きまして」
なるほど、とミエラは合点がいった。
「……それで、ご依頼はどのようなものですか?」
「強盗事件です」
ミエラは少し驚いた。
「強盗事件?」
「はい」
青年は事件の概要を簡潔に説明した。
そして、静かに告げた。
「目撃者が一人います」
「誰ですか?」
「二歳くらいの子どもです」
「……二歳の子ども?」
ミエラは思わず聞き返した。
青年はこくりと頷いた。
「店の奥で、子どもたちとかくれんぼをしていたそうです。事件が起きた時も、棚の陰に隠れていました」
「犯人を見たのですか?」
「見ている可能性が高いです」
「その子は話せるんですか?」
「ほとんど話せません」
「なるほど」
ミエラは少し考えた。
二歳。
言葉で証言することは難しい。
けれど――記憶なら。
「分かりました」
ミエラは依頼書を取り出した。
「お引き受けします」
「ありがとうございます」
「ただし、一つ条件があります」
「何でしょう?」
「この子の記憶だけで、犯人を断定しないこと」
青年は一瞬黙った。
「……見れば、犯人が分かるのでは?」
「分かるかもしれません」
ミエラは、眼鏡の向こうにある琥珀色の瞳を見た。
「でも、私が見たものが真実とは限りません」
青年はしばらくミエラを見つめていた。
「分かりました」
静かに告げたその声は、どこか納得したようにも聞こえた。
◇
診療所には、母親と二歳ほどの幼い子どもがやってきた。
ミエラは親子を診療所の奥にある一室へと案内した。
部屋の中央には、向かい合うように二人掛けのソファと一人掛けのソファが置かれている。
「どうぞ、こちらにお掛けください」
ミエラは母親と子どもに、二人掛けのソファを勧めると、向かい側の一人掛けのソファに腰を下ろした。
「それでは、これからお子さんの記憶を拝見します」
ミエラは子どもへと視線を向けてから、母親に目を戻した。
「ひとつ、先にお伝えしておきます。私が魔法を使うと、お子さんは眠ったような状態になります。ですが、心配はいりません。身体に害はありませんし、魔法を解けば元の状態に戻ります」
母親の表情を確かめるように、ミエラは穏やかに微笑んだ。
「何か気になることがあれば、遠慮なくお尋ねください」
ミエラは子どもの目線に合わせるように、少しかがんだ。
「お店の中で、知らない人が入ってきた時、かくれんぼをしていたの?」
子どもは母親に抱かれながら、小さな声で答えた。
「……うん」
「じゃあ、その時のことを、よーく思い出してみてくれる?」
「……うん」
ミエラは優しく微笑むと、子どもとの距離を少しだけ縮めた。
「もう一つ、聞いてもいい?」
「なあに?」
子どもは素直に答える。
「お姉さんの目、何色に見える?」
子どもは、じっとミエラの顔を見つめた。
「……えっと……あお、と、むらさき!」
「うん、正解!」
ミエラは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、この青紫色の目を、じーっと見つめていてくれる?」
「うん!」
「いい子ね」
二人は、静かに見つめ合った。
「じゃあ、きみの記憶を少し見させてもらうね」
「――メモリア」
意識が記憶の中へと沈んでいった。
***
子どもの記憶の中は、暗かった。
そして――低かった。
二歳児の目線。
店の奥。
棚の陰。
どうやら、ほかの子どもたちと遊んでいる最中のようだ。
かくれんぼ。
小さな手が、口元を押さえている。
外から、大人たちの叫び声が聞こえた。
何かが倒れる音。
泣き声。
そして。
棚の向こうを、一人の男が通った。
ミエラは息を止めた。
犯人だ。
男が、ふと足を止める。
視線が動く。
――そして。
子どもと目が合った。
ほんの一瞬。
けれど、確かに。
子どももまた、男の顔を見ていた。
「――レディトゥス」
ミエラは意識を現実へと戻した。
***
記憶鑑定を終えたミエラは、静かに部屋の扉を開けた。
部屋の外では、青年が待っていた。
「お待たせしました」
ミエラが声をかけると、青年は顔を上げた。
「どうでしたか?」
「犯人の顔を確認できました」
ミエラがそう告げると、青年は驚いたように目を見開いた。
「……ありがとうございます」
「ただ、先ほどお話しした通り――」
「記憶だけでは、証拠になりきらない」
「はい」
青年は真剣な顔で答えた。
「こちらで確認します」
そう言ってミエラに礼を述べると、青年は診療所を後にした。
ミエラは遠ざかっていく青年の後ろ姿を見つめていた。
(……何者だったんだろう……)
事件に関わるには、妙に落ち着いている。
それどころか、慣れている雰囲気すらあった。
(……街の警備隊員だろうか。)
ミエラは、そんなことを思った。
◇
その後、ミエラが確認した犯人の顔の特徴は、街の警備隊にも伝えられた。
店主や周辺の目撃情報と照合した結果、逃走していた男の身元が判明し、ほどなくして身柄が確保された。
そして、犯人の逮捕後。
逮捕された男は、取り調べの中で、こんなことを口にした。
「あのガキ、俺の顔を見ていた」
犯人は、店を出る直前、棚の陰にいた子どもと目が合ったことを覚えていた。
男はその夜、もう一度店へ戻るつもりでいた。
目的は、口封じ。
子どもが自分の顔を見たことを、なかったことにするためだ。
けれど、その前に街の警備隊が男を捕らえた。
子どもは無事だった。
その知らせを聞いたミエラは、あの記憶を思い出した。
あの瞬間。
犯人と子どもの目が合ったこと。
あれは、ただの偶然の視線ではなかった。
あの子の記憶が、あの子自身を救うことにつながったのだ。
◇
数日後。
ミエラは診療所の前で、あの青年と再会した。
「この前は、ありがとうございました」
軽やかに挨拶する青年に対して、ミエラは思わず、青年の姿をまじまじと見つめた。
(あの時の……!)
金色の髪。
琥珀色の瞳。
けれど、今日は。
騎士団の制服を着ている。
「…………」
ミエラと青年の目が合う。
青年も、ミエラの視線に気づいた。
「?……何か?」
「…………」
ミエラは数秒、青年を見つめた。
「……あなた」
「はい」
「騎士だったんですか?」
「はい」
青年は、何でもないことのように頷いた。
「…………」
ミエラは思わず言った。
「先に言ってください!!」
青年は少しだけ目を丸くした。
「……聞かれませんでしたので」
「普通は言います!!」
一瞬の沈黙。
そして青年は――
ほんの少しだけ笑った。
「……ふふっ。確かに」
青年はふとミエラの顔を見た。
「ああ……本当だ。綺麗な青紫色ですね」
「…………え?」
ミエラは思わず聞き返してしまった。
「瞳の色です。先日、あの子が言っていたので」
「………っ!」
ミエラは勢いよくうつむいた。
「…………」
何か返さなければ。
そう思うのに、ミエラはうまく言葉が出てこない。
そんなミエラを気にする様子もなく、青年は軽く会釈した。
「それでは、私はこれで」
「えっ、あ……」
「では、また」
「…………は?」
青年は、後ろに控えていた騎士とともに歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ミエラは思わず青年を呼び止めた。
青年が振り返る。
「はい?」
「また、って……!」
「ああ。騎士団から依頼があれば、またお会いすることもあるでしょう?」
「……騎士団から、依頼……?いや、ないですから、って……ちょっと!」
「では、そのときに」
青年は穏やかに微笑み、軽く会釈した。
そして今度こそ、騎士団とともに歩き出した。
その背中を見送りながら、ミエラは思わず声を上げた。
「またなんてありません!!」
背後から聞こえた声に、青年はほんの少しだけ笑った。
…………。
(なんなの、あの人!)
……もう、考えるのはやめよう。
ミエラは熱くなった頬を、そっと押さえた。
これが。
記憶鑑定士と、騎士との、最初の出会い。
そして、この日から。
ミエラのもとには、時折、騎士団からの依頼が届くようになった。
まだ知らない。
この騎士が。
これから何度も、ミエラの隣に立つことになる人だということを。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
ミエラたちの物語を、楽しんでいただけたら嬉しいです。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
三ツ花




