第8話 俺、巨人に抗議する
その夜、早速、人魚の国で聞いた話をバルドへ伝えた。
「ようk」
「ならぬ」
「早い早い。まだ妖狐って単語すら言ってない」
「それで十分だ」
「十分じゃないですよ」
バルドは腕を組んだ。
「妖狐族はだめだ、ぜーったいだめだ」
「いや、そんなに!?」
俺とバルドの声が、巨大な広間に響いた。リュネが少し困ったように二人を見る。
「てか、あなたも知ってたんでしょ多分! 妖狐族がなんか知ってるかもって! 隣国なんでしょ!?」
「しーらないもーん」
バルドは威厳もへったくれもなく拗ねている。よっぽど嫌なのだろう。
見かねてか、リュネが口添えしてくれた。
「でも父上、東方とは昔から国交があると習いましたし……」
「一応ね!一応!隣国だから!妖狐族はほんっっとに信用ならん。特に、当代の皇帝」
「皇帝?」
バルドは口髭をさわさわしながら答えた。
「東方の帝国はさまざまな種族がいるが……今、国の中枢は、妖狐が仕切っている。妖狐は長命種のため、一度即位すると、五百年は代わらん」
「ゴヒャクネン!!?」
「巨人族も三百年くらいは生きるが……妖狐は桁が違う。だから、何を考えているかよくわからん。あと、金にうるさいし、嘘つくし」
「やたら詳しくない? 昔なんかあった?」
「何より、貸した金返さない」
「やっぱ個人的な恨みじゃねえか!」
「だめだ! 妖狐は絶対関わりたくない!」
「お願いしますよ!!」
俺は、不本意すぎる激弱異世界転生を一刻も早く終わりにしたかった。
なんっも爽快感ないどころか、もう、明日には死んでてもおかしくない。
というか、昨日ミーナが守ってくれなかったら俺は今ごろ、魚の胃袋の中だ。
「そんなに嫌なら俺が行きます!」
「ますますだめだ! 道中が危なすぎる。魔物とかいっぱい出る!」
「じゃあずっとここにいろってことですか!?」
「それが安全だ」
「嫌ですよ!!」
「とにかくだめだだめだ、だめだ!」
バルドはプリプリ怒って、ズシンズシンと部屋を出て行ってしまった。
***
バルドが出て行ったあと、広間には俺一人が残された。
さっきまであれだけ騒がしかったのに、急に静かになった。
「…………」
結局、俺はここから出ることすら、自分では決められない。
飯を用意してもらって。
寝る場所を作ってもらって。
海に行く時はミーナに守ってもらって。
安全だから、ここにいろ。
言っていることは勿論分かる。俺のために言ってくれていることも。
実際、俺は一人で外に出たら、秒で死ぬ。
でも。
「……このままずっと、ペット状態なのか……」
思わず、そんな言葉が漏れた。
「ナオト?」
「うわっ」
振り返ると、いつの間にかリュネが広間の入口に立っていた。
「いたんですか」
「ごめんなさい、聞こえちゃって」
リュネは俺の近くまで来ると、静かにその場へ腰を下ろした。
「……父上の言うことも、分かります」
「まあ、そうですよね」
「ナオトは、本当に危なっかしいですから」
「わかってます……」
リュネが小さく笑った。
そのあと、少しだけ視線を落とした。
「でも……嫌な気持ちも、分かります」
「え?」
「私もずっと、父上に言われたことだけをして、生きてきましたから」
リュネは、自分の手を膝の上で重ねた。
「王女として人に会って、言われた行事に出て、戦士として訓練して……。困ったことはありませんでした。全部、用意してもらえましたから」
以前、リュネが言っていたことを思い出した。
――私は、自分で生きるということを、あまり知りません。
「だから、ナオトが『自分で決めたい』と思う気持ちは……少しだけ、分かる気がします」
「…………」
俺は床を見た。
「そりゃ、本心は、俺TUEEEEしたいですよ」
「おれ……?」
「いや、なんでもないです」
咳払いする。
「でも……それだけじゃなくて」
俺は、胸に何かが込み上げてきて、言葉が止まらなかった。
「俺、前から、あんまり人の役に立ったこととかなくて……仕事でも成績悪くて、ミス多くて」
「こっち来てからなんて、もっと酷いじゃないですか」
「飯も、寝る場所も、移動も。全部誰かにやってもらって」
俺はリュネを見上げた。
「リュネにも、ずっと迷惑かけてるし」
「迷惑なんて――」
「分かってます。リュネがそう思ってないのは」
「でも……俺が嫌なんですよ」
俺はリュネの方を向いて、はっきり伝えた。
「せめて、自分のことくらい、自分で何とかできるようになりたい……です」
結局最後は恥ずかしくて、尻すぼみだったが。口にしてみて、これは間違いなく、自分の本心だと思った。
リュネはしばらく黙っていた。
それから、ゆっくり頷いた。
「……そうですね」
「え?」
「やっぱり、もう一度、父上に言いに行きましょう」
リュネが立ち上がる。
そして、いつもの穏やかな顔のまま、少しだけ楽しそうに笑った。
「今度は、私も一緒に抗議します」
そう言って、リュネは俺へ手を差し出した。
「行きましょう、ナオト」
「……はい」
俺ははじめて、リュネに抱えられて移動した。もう、怖くはなかった。
***
そして俺たちは、通りがかったメイドにバルドの居場所を聞いて、乗り込むことにした。
メイドの言う通り、バルドは執務室で書類を読んでいた。
部屋に入るなり、リュネの声が響いた。
「私がナオトを守ります」
「……お前がか?」
「それなら安心でしょう?」
「お前が行く必要はない」
バルドは書類に目を落としており、こちらを全く見ない。嫌でしょうがないというオーラがだだ漏れだった。
しかし、リュネは全くひるまずに、続けた。
「私が行きたいのです」
「なぜだ?妖狐に用はないだろう」
「私はずっと、父上の元で守られてきました……。ですが、そろそろ私も、自分のことを、自分で決めたいのです」
バルドはやっと、リュネのほうをしっかり見た。
リュネは続けた。
「それに、私もまだまだ、見聞が足りませんから」
リュネが、にこやかに放った。
「巨人族の、王女として」
穏やかで、優しい雰囲気はそのままなのに。
その風格はまさしく、王族のものだった。
バルドは、しばらく黙っていた。
俺は二人を交互に見る。
やがて、バルドがものすごーく長いため息をついた。
「……嫌でしょうがないが、皇帝に国境付近まで使者をよこすように使いを送る。嫌でしょうがないが」
リュネの顔が明るくなる。
「父上」
「ただし、護衛を二十――」
「いりません」
「では、十」
「いりません」
「せめて五」
「父上」
「…………」
バルドは俺を見た。
そして、小さくかがんで、俺に指をさしながら、言い出した。
「絶対に、勝手な行動をするな」
「はい」
「高いとこに登るな」
「……はい」
「落ちてるものを食うな」
「俺、何歳だと思われてる?」
こうして俺とリュネは、二人でガルガンを出ることになった。




