第7話 俺、人魚の国でも珍獣扱いされる
人魚の国へ着くと、俺はそのまま街の中心にある宮殿へ案内された。
煌びやかな宮殿の中を、人魚たちが自由に行き交っている。内装の柱や壁にも真珠や貝殻が飾られており、人魚たちも鱗をキラキラ光らせながら舞うように泳いでいて、とても華やかだ。
俺だけは相変わらず、泡の中で地道にトコトコ歩くしかなかったが。
そして、案の定、俺は人魚たちにめちゃくちゃ見られていた。
「ねえ、あれ人間?」
「ほんとに?」
「ちっちゃ!」
「歩いてるー!」
人魚たちは巨人族より遠慮がない。気づけば何人かが俺の周りを囲み、泡越しに覗き込んでいた。
「ナオトっていうんだよー!」
ミーナが勝手に紹介する。
「しゃべる?」
「しゃべりますよ」
「わー! しゃべった!」
笑い声が広がる。
俺は、デコられた宮殿みたいなとこで人魚ギャルに囲まれるという、超絶レアイベントを解放した。
***
俺は、広間のようなところに通された。
来客を迎えるための部屋なのか、中央には椅子代わりのでかい貝殻が置かれ、その前にはちゃんとテーブルまである。
貝におそるおそる腰掛けると、俺が人魚になった気分だった。
ミーナは、
「ちょっと待ってて!」
と言い残してどこかに消えた。
すると、人魚たちがどこからともなく集まってきて、俺を見てキャーキャーワイワイ言っている。完全に珍獣のノリだ。
やがてミーナが料理を運んできた。
「いっぱい食べてね!」
俺の前に置かれたお皿代わりのデカい貝殻には、俺の上半身くらいある魚の切り身が載っている。
「これ一切れ?」
「そうだよ?」
「俺なら三日くらい食えそう」
「そんなに!?」
結局、端の方だけ小さく切り分けてもらった。そのついでに、すごく長細い巻貝をもらった。
フォークみたいに刺して食べる想定なのだろうが、俺は2本貰って箸代わりにすることにした。何となく、刺身は箸じゃないと落ち着かない。
「それで食べるのー?」
ミーナが不思議そうだったので、箸の持ち方でパクパク動かしたら、なぜかワッと盛り上がった。ちっちゃいのに器用でかわいいらしい。異種族のツボは本当によくわからなかった。
「あの、ちなみに、醤油は……」
「ショーユ?」
「忘れて」
俺は醤油は諦めて、謎の赤身をそのまま、おそるおそる口に運ぶ。
口の中に入れると、程よい塩味を感じられた。そのあと、とろけそうな脂の甘味と旨みが口いっぱいに広がった。
「え、うま」
「でしょー!」
ミーナが嬉しそうに笑った。
すると周囲の人魚たちまで寄ってくる。
「こっちも食べる?」
「貝もあるよ!」
「待って、そんな入らない」
「ほんとに少食なんだね」
「人間の中では普通でふ」
「ちっちゃい口で食べてる」
「かわいー」
じーっと見られて気まずかったが、俺はただ、弾力のある白身をモチャモチャ噛んだ。
***
食事がひと段落した頃、ぺちゃくちゃ喋っていた人魚たちが突然、静かになった。
先ほどまで賑やかだっただけに、少しぞっとした。
そして、ざぁっと、俺の正面の道を空けた。
すると奥から、長い銀色の髪に、冠のような飾りをつけた人魚がゆっくり泳いできた。
「長だよ」
ミーナが小声で教えた。
人魚の長は、ミーナたちよりかなり歳上に見えた。そしてかなり彫りが深く、迫力のある美しさだった。
端的にいうと、美魔女という雰囲気だった。
人魚の長は俺の前まで来た。ミーナたちより二回りは大きく、俺は圧倒され、ちびりそうになった。
「おまえが、人間か」
「はい、さ、佐久間直人です」
「ナオト。確かに、古い記録に残る人間の姿と、よく似ている」
「記録があるんですか?」
「ミーナに案内させた壁画のようなものならば、いくつか」
「あの……じゃあ、神の国への行き方とか……」
「それは、わからぬ」
「そうですか……」
もしかして、と思ったが、長も何も知らないようだった。
ついでに、今日見たものについても、聞いてみた。
「今日の、転移ポート的なのは……」
「あれは……おおいなるものを呼び覚ますと言われている」
「おおいなるもの……って?」
「そこまではわからん。とにかく、危ないので起動させるなとだけ伝わっている」
長の情報も、ざっくりしている。少なくとも神の国へ行く……という雰囲気ではないかもしれない。
俺が落胆していると、長は続けた。
「東方に住む一族なら、古い記録を持っている可能性はある」
「え、どんな一族です?」
「妖狐族だ」
「妖狐……」
イメージ的には、何となく信用ならない感じがして、少し不安になった。
「妖狐族は長命で、古い時代から多くの記録を残している。知る者がいる可能性はあるだろう」
「……妖狐族は、どこに?」
「遠くはない。ガルガンの隣国を治めているのが妖狐族だ」
「え! じゃあ……」
「行く価値はあるだろう」
「なるほど……リュネたちに聞いてみます、ありがとうございます!」
「待て」
長は、浮かれる俺を嗜めるように、凛とした声で続けた。
「一つ、聞かせろ、人間」
「……はい」
「神の国で、何をする」
「えっと、得るはずだった力を……取り戻しに?」
人魚の長は、俺を見下ろしている。
その目が、心を見透かしているようで、恐ろしかった。
「やはり力を欲するか」
「まあ……そういう感じです……」
「ふん。そうか」
すると長は、俺の全身を見定めるように眺めた。なんかめっちゃ怒られそうで、俺は身をすくめた。
長はしかし、声を荒げるでもなく、淡々と続けた。
「怯えなくとも良い。そんなに非力であれば、力を欲するは当然だろう」
「まあ……おっしゃる通りで……」
「だが私は……お前がその身体で、この海底の城まで来たことの方が、よほど興味深い」
「いや、それ全部ミーナのおかげですけど」
「わかっておる」
長はわずかに笑った。
「それが、なおさら面白いのだ」
俺は長の言葉の意味を、この時はまったくわかっていなかった。
***
ガルガンへ戻ったのは、日が沈んでからだった。
「大丈夫でしたか?」
水中庭園の縁では、リュネが巨大なタオルを持って待っていてくれた。
水中から上がると、ぱん、と俺を守っていた泡が弾けた。
不思議なことに、全然濡れていなかった。
「すごいな……」
「タオルは、いりませんでしたね」
リュネはうふふと穏やかに笑った。
夕陽に照らされた、その見慣れてきた笑顔を見て、俺は何だか、ほっと気持ちが楽になった。
「じゃーねー! ナオト! またあそぼーねー!」
振り返ると、ミーナは出会った時と同じように、水際に片手をついて、俺に手を振ってきた。
「ありがとうございましたー!」
ミーナに向かって言うと、ミーナはニカっと嬉しそうに笑った。
そして、ちゃぷん、と水の中に沈んだかと思うと、水面の中央から、勢いよく空に向かって、ザバッと飛び出した。
夕陽のシルエットに、人魚の影が踊った。




