第6話 俺、海底遺跡に行く
俺はガルガンの神殿の水場に入った直後、ミーナが作った謎の泡に包まれた。そしてあれよあれよと、水中に引き込まれた。
あの噴水のある水場は、底の部分が海への転移ポートになっていたらしい。
それで、結論から言うと……俺は今、海の底にいた。
正確には、海底を歩いていた。俺の周囲には薄い水色の膜が張られ、その内側だけ海水が綺麗に避けている。
「いや、意味分からんな……」
「なにがー?」
頭上からミーナの声がする。ミーナは泡の外を何でもないように泳いでいた。
この泡は人魚族に代々伝わる術らしい。中には空気があり、呼吸もできるし、足元も普通に歩ける。水圧とかも大丈夫らしい。理屈は一切分からないが、とりあえず死んではいない。
「これ、本当に破れないんですよね?」
「破れない破れない!」
「その言い方が一番怖いんだよな」
「心配性だねー、ナオト」
「水中で一分しか生きられない生き物なんで」
「あ、そっか」
「それ忘れないでお願い」
ミーナがけらけら笑いながら俺の横を泳いでいく。水中なのに異様に速く、少し前まで隣にいたのに、次の瞬間には何十メートルも先にいる。
かと思えば、くるりと身体をひねって戻ってきた。
「こっちこっち!」
「俺は歩くしかないんですよ」
「歩くのも遅ーい」
「普通に傷つくやつ」
頭上にも左右にも海。遠くでは見たこともない巨大な魚が、何事もないように泳いでいる。
見たことのない……巨大な……。
「……あれ、食われたりしません?」
「しないしない! あたしがいるし」
ミーナが胸を張った。
その直後、遠くにいた巨大な魚がこちらへ向かってくる。
「来てる来てる来てる!」
「あー、あれ?」
ミーナはのんびり魚を見た。
魚が口を開けて突進してくる。
「ミーナさん?」
「ちょっと待ってて」
そう言った次の瞬間、ミーナの姿が消えた。
「え?」
ふと正面を見ると、向かってきた魚が、異様な速さでぐっと真上に浮上するのが見えた。
そしてあっという間に見えなくなった。
俺は一人ぽつん、と残された。
不安になっていると、やがてミーナが戻ってきた。
「お待たせ!」
「…………」
「どうしたの?」
「……いや」
「はやくいこー!」
ミーナは何でもなかったように、カラッとした笑顔で、俺に笑いかけた。
ネイルをしたように真っ赤に染まった爪に、突っ込むのはやめておいた。
俺はこの世界では、ただの泡と同じような存在なのだろう。
チートなしの異世界転生の恐ろしさを思い知り、ごくりと生唾を飲んだ。
***
しばらく進むと、海底の景色が変わった。
「着いたよー」
ミーナが振り返る。
「ここ!」
俺は足を止めた。
地面いっぱいに、丸く、大きな模様が描かれており、そこに細かく文字が彫られていた。
まさに、転移ポートといったような感じだ。
そして、その周囲には崩れかけた石壁が残っていた。
壁には何かが描かれていたようだが、ほとんどは削れたり、欠けたりしており、全貌はわかりそうになかった。
「日本語じゃない……」
「ニホンゴ?」
「いや、ミーナさんは読めます?」
「ごめん、わかんなーい。昔の文字みたいだし」
やはり、一発目から上手くは行かないものだ。
だが、その壁画の中に、一つだけ比較的形の残っているものがあった。
巨人、人魚、あとは、耳の生えた、獣人らしき異種族が描かれている。皆、槍や杖などを携えている。
彼らは、“何か”と戦っているようだった。しかし、その部分は崩れてしまっており、相手は判別できなかった。
「この絵、なにかわかります?」
「えーと、これはね……」
「これは……?」
ミーナが絵を見つめる。その目は真剣そのものだった。
俺はごくり、と生唾を飲んだ。
「……なんか、昔の絵!」
ミーナはニカっと笑った。
「そ、そうだな」
俺は心が折れかけた。
***
ミーナが泡をちょん、と押すと、泡はゆっくりと海面へ浮上しはじめた。
「すごい」
「いちいち驚くねぇー」
ミーナは俺の泡を先導するように泳いだ。俺は波打つように泳ぐミーナの背中を見ながら、今後のことを考えた。
こんなに危険が多い世界で、調査一つ自分の体でできないのに、チートを取り戻すなんて、できるのだろうか。
もしかしてこのまま、何もできないまま、終わるのだろうか。
そんな考えで、頭がいっぱいになった。
「なんか、ごめんねー……収穫なくって」
「いや、そんな……」
ミーナからもわかるくらい、明らかに落胆した顔をしてしまっていたのだろうか。
俺は流石に反省した。
そもそも俺が弱すぎるし泳げないから、今でもずっと、周囲を警戒してくれているのだ。
「いや、ほんとありがたいです。俺一人じゃ、秒で死んでたんで……」
するとミーナは、泳ぎをゆっくり止めた。
「……ねえナオト」
ミーナは突然、くるっと方向を変えて、俺の正面に現れた。
少しいたずらっぽい笑顔が眩しかった。
「……はい」
「お腹空いてない?」
「…………」
俺はミーナを見る。
「お腹?」
「だってもう昼過ぎだよ?」
「海底だと時間分かんないんですよ」
「じゃ、人魚の国寄ってく?」
「人魚の国?」
「うん。ご飯食べていきなよ」
「何食べるんです?」
「魚!」
「え、魚食うの?」
ミーナが不思議そうな顔をした。
「えー?何言ってんの?」
「すみません、俺の勝手なイメージで……でもなんかこう、共食い感が」
「サメだって魚食べるじゃん」
「……ああ」
妙に納得した。
「それに、長に聞けばなんかわかるかも!」
「オサ?」
「うちらの国のえらい人ー。ちょー美人だよ!」
ミーナが俺の泡を押すようにしてぐんぐん進み始める。
「待って!はやいはやい怖い怖い」
「だってー、遅いんだもん!」
やがて暗い海に、ぼんやりと光が見えた。
一つ、二つと増え、やがて無数の光が海底いっぱいに広がる。
まるで、海の底に星空があるみたいだった。
「見えてきた!」
ミーナが楽しそうに振り返る。
「あれが、あたしたちの国!」
「……すげえ」
そこには、賑やかな海底の街が広がっていた。
道の両脇には露店がずらりと並び、貝殻の籠には色鮮やかな海藻や珊瑚細工が山のように積まれている。
店先には大きな壺や籠が並び、魚人の商人たちが威勢よく客を呼び込んでいた。
通りの上には、赤や青、金色の薄布が何枚も渡され、水の流れに合わせてゆらゆらと揺れている。
その間を、色とりどりの魚や人魚たちが自由に泳ぎ回っていた。
海の底なのに、まるで大きな市場みたいだ。
どこを見ても誰かがいて、声がして、やたらと派手だった。
そして街の中心には、一際大きな宮殿がそびえていた。
巨大な丸屋根に、細長い塔。青緑や珊瑚色で彩られた壁。窓や柱の縁には、真珠や色とりどりの貝殻がびっしり飾られている。
上品というより、盛っている。
……というか、完全にデコられていた。
俺が今まで見た建物の中で、一番派手なのは間違いなかった。
「なんか……ギラギラしてるな」
「ちょー可愛いっしょ!」
ミーナがけらけら笑う。
そのまま俺たちは、光と喧騒に包まれた海底の街へ入っていった。




