第22話 俺、賭けに出る
ガルガンの巨大な広場。
俺がこの世界に落ちてきて、最初に目を覚ました場所だ。
あの日はあんなに静かだったのに、今は嘘みたいに騒がしい。巨人族が笑い、人魚族が歌い、妖狐族は酒を飲み、妖精たちは好き勝手に空を飛び回っている。
そして、その中心には。
「…………」
巨大なクラーケンが横たわっていた。
でかい。
いや、でかいなんてもんじゃない。足一本だけで、俺が前世で住んでいたアパートくらいある。
その周囲では、切り落とされた足が巨大な鉄板の上で焼かれていた。古龍が炎で炙り、巨人たちが巨大な刃物で切り分け、それを各種族が好き勝手に味つけしてつついている。
「……なんでこうなったんだっけ」
自分で言っておいてなんだが、本当にそう思う。
数日前まで、俺はただ神の国へ行く方法を探していただけだった。それがどうして、異種族総出の巨大イカ焼き大会になっているのか。
***
きっかけは、古龍の何気ない昔話だった。
「昔、祭りをやっとった」
「古龍の言う昔って、どんくらいだよ……」
「巨人や、妖狐や……皆で集まって」
「へえ……昔は仲良かったのかな」
「歌ったり、踊ったり」
「うふふ、なんだか楽しそうですね」
「でっかいクラーケンを焼いての」
「イカ焼き的なね〜」
「皆で食うて」
「素敵ですね」
「酒を飲んで」
「お酒も出るんだあ」
「その後、空がひらけて、綺麗じゃった」
――空がひらけた。
その一言だけが、妙に頭に残った。
そして同時に、別の記憶が蘇る。
この世界へ来たばかりの頃、バルドとリュネが話していた祭りのことだ。
「みんなで輪になって踊ったりとか」
「あと、屋台が出ます」
「ビールとか、クラーケン焼きとかな」
「うふふ」
「はっはっは」
あの時は、俺の地元の祭りかよ、としか思わなかった。
けれど、今になって妙に引っかかった。
***
次に浮かんだのは、人魚の国の海底遺跡だった。
崩れかけた壁画には、巨人、人魚、それに耳の生えた獣人らしき種族まで描かれていた。皆、槍や杖を手にして、何かと戦っている。
ただし、肝心の相手が描かれていた部分だけが崩れていて、その正体は分からなかった。
そして、人魚の長はこう言っていた。
「あれは……おおいなるものを呼び覚ますと言われている」
「おおいなるもの……って?」
「そこまではわからん。とにかく、危ないので起動させるなとだけ伝わっている」
何かを呼び出す装置。
いくつもの種族が描かれた壁画。
そして、失われた相手の姿。
「……まさか」
あり得ない仮説が俺の頭をよぎった。
あり得なさすぎて、思考を振り解こうと頭を振った。
「どうしました?」
リュネが心配そうに俺に問いかけた。
「いや、何でも……」
しかし、リュネの顔を見て、さらに思い出してしまったことがある。
旅の途中で立ち寄った、トゥヴァ貝の屋台。あの兄ちゃんは、笑いながら言っていた。
「海産物は、この辺じゃあ、旅人のゲン担ぎなんだ。旅の神様は、海のものが好きってな」
旅の神と……海産物。
***
そして最後に浮かんだのは、東方の図書館で見つけた古い巻物だった。
擦れた文字を追いながら、メイランが俺の横で読み上げていた。
「えーと……だいぶ擦れていて読めないねぇ……巨大な……にて……祝福を……古龍、雲を裂き、雨を……。ええと、ここはなんだろうね」
メイランが、ぐっと巻物に顔を近づける。
「神の国にて……」
「神の国!?」
あの時の俺は、その言葉だけに食いついた。
神の国。
そればかり追いかけて、その前に並んでいた言葉なんて、ほとんど気にしていなかった。
けれど今なら、気になる。
巨大な何か。
祝福。
古龍。
そして、神の国。
「…………」
今まで別々だったものが、頭の中で少しずつつながっていく。
海底遺跡から呼び出す「おおいなるもの」が、もし、もしも……。
「……やってみる価値はあるか」
確証なんてない。そもそもトンデモ理論すぎる。
でも、これ以上の手がかりもなかった。
だから俺は、ある賭けに出た。
古龍の山からガルガンへ戻る途中、リュネに頼んで、東方との国境近くにある宿場街へ寄ってもらった。
向かった先は、以前メイランと出会った、あの店だ。
俺は一人で暖簾をくぐる。
看板には、
「ワンフェンションホン」
と書かれていた。




