第2話 俺、弱すぎて巨人に泣かれる
俺はひたすら体を丸め、地震が止むのを待った。しかし、何かがおかしかった。
揺れが一定の間隔で、徐々に大きくなっていくのだ。
ドンッ
ドンッ
ドンッ
俺はそこでようやく、それが地震ではないことに気づいた。
何かが、後ろから近づいてきている。
ゆっくり顔を上げて振り向くと、広場に繋がる巨大な道を、一人の男が歩いてくるのが見えた。
ギリシャっぽい感じの顔立ち。モジャモジャの白い髪と、長い髭。白い布を腰に巻き、上半身は裸。そして、肩や腕の筋肉は隆々と盛り上がっている。
何より。
「……でっか」
男は、柱より少し小さいくらいの大きさだった。
つまり、ざっと、六階建てのビルくらいの高さはある。
巨大な男は俺に向かって、ずん、ずん、とまっすぐ歩いてきていた。俺は声すら出せずに、その信じられない光景を見つめていた。
ずん。
やがて、その男は俺の目の前で止まった。
やがてゆっくり腰を折り、白い髭で覆われた顔を近づけてきた。
そして、男は口を開いた。
口ひげの奥に、白く、巨大な歯が、ずらりと並んでいるのが見えた。
俺、転生したのに、巨人のエサなのか。
新作ゲームも、ビールも、つぶ貝もお預けで。
貰えるはずのチートも、貰えずに。
俺はそんな無念に包まれながら、ぎゅっと目を瞑った。
だが、最後の瞬間は、いっこうに訪れなかった。
代わりに、地鳴りのような声があたりに響いた。
「小さいな」
「…………」
「妖精族か? ……しかし、羽がないな」
ちらりと薄目を開けて、巨人を見た。すると、巨大な人差し指が、ゆっくりこちらへ伸びてきていた。
「待って待って待って!」
情けない声が出た。
指がぴたりと止まる。
「……なんだ」
言葉が通じるタイプの巨人だ。俺は少し安堵した。それから、無い勇気を振り絞って聞いてみた。
「す、すみません。ここは、どこでしょうか」
「知らぬのか」
「知らないです」
「ここはガルガン。巨人族の国だ」
「巨人族……」
ここは、そもそも人間の治める国ですらないらしい。最悪だ。
「じゃあ……あなたも、巨人族?」
男が胸を張った。
「我はバルド。ガルガンを治める巨人王だ」
「王様……」
知らん。まったく、知らん。
凄そうな王様だということしか、わからん。
「お前は何者だ」
「さ、佐久間 直人です」
「名前ではない、種族だ!」
「ヒエェエすみません、人間でしゅ!」
巨人に怒鳴られるのが怖すぎて、めちゃくちゃ情けなく噛んだ。
だがその瞬間、バルドの表情が変わった。
「お前は、人間なのか?」
「そうですけど」
バルドは俺を見つめたまま固まった。
「……人間」
口の中で、何度も繰り返している。
「人間……? そんな、まさか」
「そんな珍しいです?」
「珍しいどころではない」
バルドは俺をじっと見据えて言った。
「長らく生きてきたが、はじめて見た。いや、本当にいるのだな……」
猛烈に嫌な予感がした。
「……え、人間って、他にいないんですか?」
「少なくとも、我は見たことがない」
「人間の国とかは?」
「知らぬな」
「…………」
チートなし。
帰り道なし。
そのうえ、同族すら、ほとんどいないようだ。
「……いや、ほんと、せめて力くらいくれよ」
こんな世界で、俺みたいなのが一人で生きられるわけがない。
俺は己の不運に、改めて絶望した。
「しかし、聞いていたより小さいぞ」
頭を抱えていると、突然バルドが手を伸ばしてきて、あっという間に巨木のような太さの指につままれた。
そして次の瞬間、地面が信じられない勢いで遠ざかっていった。
「ぎゃああああああ!」
「な、なんだ!?」
「高い高い高い!」
「近くで見るだけだ!」
「その手が滑ったら死ぬんですよ!」
「……死ぬ?」
バルドの動きが止まった。
「死にますよ! こんな高さから落ちたら!」
「この程度でか?」
「即死だわ!」
俺はすぐに地面へ戻された。
足が着いた瞬間、その場にへたり込む。
「蘇生はできるのか?」
「できるわけないです」
バルドは、不安そうに俺を見た。そして自分の手を見て、青ざめた。
「もし、先ほどちょっと強くつまんでいたら……?」
「まあ、死んでたでしょうね」
「も……もし、もしだぞ、我がうっかり滑って、踏んでしまったら?」
「そりゃ、死にますよ」
バルドはズン、と俺から一歩、距離をとった。
そして、バルドの目に、みるみる涙が溜まった。
「え?」
「なんという……」
「いや」
「なんという脆い生命なのだ……」
「泣くほど?」
「こんな……こんな身体で、ズビッ、今までどうやって生きてきたのだ……うぅ、うおおおおおおぉ」
巨人王バルドが号泣した。
その声で大地がビリビリと震えている。
「ちょ、ちょっと! 泣くと揺れるんですけど!」
「すまぬ……! すまぬ……!」
「泣かないで!」
「我を気遣うとは……うお、うおおおぉおぉお」
「揺れるから! 揺れるからね!」
そのとき、遠くからズシンズシンズシンズシンと、別の足音が近づいてきた。
足音がするほうを見ると、一人の女性がこちらへ走ってくる。
長い淡い、桃色の髪を編み込み、白く薄い布を何枚も重ねたような服を身にまとっていた。
今までお目にかかったことがないほど、綺麗なお姉さんだ。
ただ、でかい。
こちらも尋常じゃなく、でかい。
「父上! 何事です!」
「リュネ!」
バルドが俺を指さした。
「人間だ!」
「……人間?」
女巨人――リュネは俺を見ると、目を丸くした。
「まあ。本当にいたのですね」
「どうも」
反射的に会釈する。
リュネは俺の前にしゃがみ込み、膝に手を置いて、まじまじと顔を近づけてきた。
「うそ、こんなに小さいなんて」
「…………」
「そんな……なにこれ……」
リュネは、目を見開いて、俺をじーっと見てきた。
澄んだ泉みたいな、綺麗な水色の瞳の中に、へたり込んだ情けない俺の姿が、まるまる全身、映っていた。
しばらくして突然、リュネは震え出した。
「か……か……」
俺は身構えた。が、次の瞬間、リュネは口を両手で押さえて、言った。
「かわいい……!!」
三十一歳の独身男性が、人生で初めて女性から可愛いと言われた瞬間である。
相手は十五メートルくらいある、巨人だった。
もう少し素直に喜べる状況で言われたかった。
***
まあ、こうして俺は、巨人の国でお世話になることになったのだが……。
まさかこのあと、人生初の膝枕まで巨人相手になるとは……。
この時の俺は、まだ知らなかった




