第19話 俺、妖精に死ぬところを楽しみにされる
俺は、暗闇の中を落下していた。猛烈な浮遊感に包まれ、上下も左右も分からない。
「うわああああああああ!!」
叫んでも、声はどこかへ吸い込まれていく。周囲を白い光が満たし、その向こうを色とりどりの光が星みたいに流れていた。
「いやこれ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」
だが当然、楽しんでいる余裕はない。
どれくらいそうしていたのか。突然、身体がふわりと軽くなった。
「……え?」
次の瞬間、どさっと背中から柔らかい何かの上に落ちた。
「ぐえっ」
痛い。でも、生きている。
「……俺、生きてる……?」
恐る恐る目を開けると、視界いっぱいに巨大な花びらが広がっていた。どうやら俺は、俺の身体くらいある花の上に落ちたらしい。
「なんだこれ……」
ゆっくり身体を起こし、辺りを見回す。
「……妖精の国?」
そう呟いた時だった。
「あ」
頭上から声がした。
見上げると、一人の女の子がゆっくりと降りてくる。肩のあたりで切り揃えられた白い髪に、背中から伸びる四枚の半透明の羽。
「……妖精?」
「わあ、人間さんですね?」
鈴の音みたいな、不思議な響きのある可愛らしい声だった。
***
目の前の妖精を見て、まず思ったことがある。
「……でかい」
「なにがー?」
「その……妖精が」
妖精は不思議そうに首を傾げた。高さは俺の腰より少し上くらいだから、もちろん俺よりは小さい。
ただ、俺が想像していた妖精とはまるで違う。十センチくらいで手のひらに乗るものだと思っていた。
「妖精って、もっと小さいと思ってた?」
「はい。手のひらに乗るくらいの」
「やだー」
妖精が楽しそうに笑う。
すると周囲からも、くすくすと笑い声が聞こえてきた。見回せば、いつの間にか同じような白い髪とよく似た顔立ちの妖精たちが集まっている。
俺はひとまず、目の前の妖精に尋ねた。
「そういえば、名前は?」
「なまえー?」
「そう。ハナコとか、サキとか……あ、俺はナオトです」
「ないよー」
「……ない?」
「うん」
あまりにも普通に答えられた。
「じゃあ、他の人とどうやって呼び分けるんです?」
「呼び分けないよ?」
「え?」
「近くにいる子に話すし、遠くなら会いに行くし」
「顔見れば分かるし」
よく似た顔の妖精たちが、またくすくすと笑い合う。
俺はなんだか少し、嫌な予感がした。
***
妖精の国は、今まで訪れた場所の中で一番、俺が想像していた異世界らしかった。
巨大な花々が咲き乱れる森の中を、ファンタジックな謎の光が流れている。空には小さな島々が浮かび、その間を無数の妖精たちが羽を光らせながら飛び交っていた。
「うわ……」
思わず声が漏れた。
綺麗だ。普通に、めちゃくちゃ綺麗だ。
「人間、初めて?」
「妖精の国なんて、そりゃ初めてですよ」
「そっかあ。じゃあ、案内してあげる」
隣を飛んでいた妖精が笑い、俺の首の後ろの服を掴んだ。そのまま身体がゆっくりと浮き上がる。
同時に、服がぎゅうううっと首へ食い込んできた。
「グウェ……」
「人間、真っ赤」
「くるしい?」
周りの妖精たちに聞かれ、俺は全力で頷いた。
「ごめーん」
後ろから声がした直後、俺を掴んでいた手がぱっと離れた。
「え?」
俺の身体は、そのまま十メートルほどの高さから落下した。
あ、死んだなって思った。
***
目を覚ますと、視界いっぱいに木の天井があった。どうやらツリーハウスみたいな場所らしい。
「人間、ごめーん」
声の方を見ると、妖精がまったく悪びれていない様子で笑っていた。
「し、死んだ? 俺」
「ちゃんとキャッチしたよー」
「あぶなかったけどー」
死にかけたのは間違いないらしいが、とりあえず生きてはいる。俺はほっと胸を撫で下ろした。
すると、一人の妖精が俺の顔を覗き込んだ。
「怖いの?」
「何がです?」
「死ぬの」
「そりゃ怖いだろ」
その瞬間、周りの妖精たちが一斉にくすくす笑いだした。
「かわいー」
「…………はい?」
「死ぬの怖いんだって」
「かわいー」
「……は?」
俺はいままでになく恐怖を感じた。
「いや、あの、死ぬって意味、伝わってる? 息が止まって、そのまま終わるやつ。デス? Death?」
「なにいってるの?」
「言語違うのかな。デスだよ、デス。デェースゥ、デスゥ」
「死んだら死ぬだけでしょ?」
「……」
にこにこと言い切られた。
伝わっていないだけ、という一縷の希望は枯れ果てた。
「身体は土になるし、そのうちお花が咲くし」
肩に乗っていた妖精が、俺の頬をつつく。
「ナオトも死んだら、お花にしてあげるね」
「やめて」
「赤いのがいい?」
周囲から、また楽しそうな笑い声が上がった。
悪意は、たぶん、一切ない。
だからこそ、怖かった。
俺は一刻も早く、この国を出たくてしょうがなかった。見た目が似ているとか、大きさが近いとか、そんなことはもうどうでもいい。
生き物としての物差しが、違う。
それがこんなに嫌なことだとは思わなかった。
俺を壊れものみたいに撫でる、リュネの指の感触が急に恋しくなった。
「あ……あの。聞きたいことがあるんですけど」
「なあに?」
「古龍って、知ってます?」
妖精たちの動きが止まった。
「知ってるよ」
「古龍でしょ?」
「知ってる知ってる」
「会えます?」
しん、と静かになる。
数秒後、一人の妖精が笑った。
「ふふ」
それをきっかけに、周囲の妖精たちまで楽しそうに笑い始める。
「……何?」
「人間が?」
「古龍に?」
「会いたいの?」
「できれば」
妖精たちが一斉に俺を見た。
「なんで?」
「……」
理由をどう説明したものか迷っていると、一人の妖精がふわりと宙へ浮かんだ。
「いいよ」
「え?」
「連れてってあげる」
「古龍のところへ?」
「うん」
「行こう行こう」
「久しぶりー」
途端に妖精たちが一斉に飛び上がり、左右から俺の腕を掴んだ。
「これなら大丈夫だよね?」
「いや、そりゃ首よりはましだけど……」
「せーの」
「ちょっ――」
身体が浮いた。
「うわああああ!」
足が完全に地面を離れ、十人近い妖精たちに抱えられたまま空へ舞い上がる。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!?」
「おちないよー」
「ほんとに!?」
「たぶん」
一番近くの妖精が、にっこり笑った。
「たぶんって待て待て待て!」
妖精たちの笑い声が森の上空に響く中、俺は必死に彼女たちの腕へしがみついた。
やがて、妖精の国の上空に巨大な魔法陣のようなものが見えてきた。
「まさか、あれに入るの?」
「うん」
「また聞いてない!」
返事をする間もなく、妖精たちは俺を抱えたまま真っ直ぐ魔法陣へ突っ込んだ。
次の瞬間、景色が変わった。
雲より高い山の頂。
その上に、巨大な黒い影が横たわっている。翼を畳んだそれは、まるで山そのものみたいに動かなかった。
「古龍だよ」
「…………」
帰りたい。
いや、会いたいと言ったのは俺だ。
でもやっぱり。
「帰っていいです?」
「だーめ」
妖精たちは楽しそうに笑いながら、巨大な龍のもとへ飛んでいった。




