第16話 俺、三十年くらい住めと言われる
少し進んでいくと、丸く赤い、魔法陣のようなものが現れた。
「ここから、首都へいけるよ」
「便利ですね……ガルガンと直通ならいいのに」
「国際問題になるよお」
確かに、国境ぶち抜きはダメそうだ。メイランは続けた。
「それに巨人は、ほとんど魔法は使えない」
代わりにフィジカル全振りなのね……と、リュネの勇姿を思い出しながら、納得した。
***
首都に入って、最初に思ったことがある。
「……ちょうどいい」
「何がだい?」
「サイズが」
目の前には、朱色の柱が並ぶ大通りが伸びていた。
反り返った屋根が何重にも重なる建物。その間をたくさんの獣人が行き交っている。
人の顔に狐耳姿もいれば、狐そのまんまの顔もいる。しかし、体は人型がデフォのようだ。
そして、建物も道幅も階段も、全部俺が普通に使える大きさだった。
なんせガルガンでは、椅子一つ登れなかったのだから。
「階段が階段だ……」
ちゃんと一段で上がれる。
手すりも掴める。
道を歩いていて踏み潰される心配もない。
「嬉しそうだね」
「ちょっと感動してます」
「それは何より」
メイランが笑う。
その笑顔を見て、ふと昨日の関所を思い出した。
振り返ったら何もなかった、あの荒野。
「……ところで」
「うん?」
「あの関所って」
「ほら、着いたよお」
「露骨に話変えたな」
メイランが指差した先には、巨大な宮殿が建っていた。
***
通された広間の奥には、一人の男が座っていた。
年齢はよく分からない。
なんせ顔が、狐そのまんまだ。体は人間ぽく、煌びやかな、いかにも皇帝といったような服装をしている。尾は何本もあり、そのすべてが床の上にゆったりと広がっていた。
周囲にお辞儀をして控えている妖狐たちの様子を見る限り、かなり偉いらしい。
「人間か」
「佐久間直人です」
「面を上げよ」
「はい」
俺は顔を上げた。
皇帝は、しばらく俺を眺めた。
「面白い。人間とは、本当に妖気のかけらもないのだな」
しばらくじろじろと見られた。
「あの、俺、神の国について調べたくて来たんです」
「そう聞いている」
「転生とか、神の国についてとか、何か知ってませんか?」
皇帝はすぐには答えなかった。
長い尾が、ゆっくりと一度だけ動く。
「まず、一つ勘違いしている可能性がある」
「勘違い?」
「巨人の国でいう神の国と、我々の国でいう神の国は、違う可能性がある」
「……え?」
思わず聞き返した。
「どういう意味です?」
「言葉の通りだ」
「…………」
俺は皇帝を見る。
「あの、じゃあ、古代の儀式とか、そういうのの情報ありません?」
「そういう感じのものなら、我らの書庫にも残っている」
「本当ですか?」
「調べることは許そう」
「ありがとうございます」
これは大きい。
ここなら、何か手掛かりが見つかるかもしれない。
俺が少し安心したところで、皇帝が続けた。
「その代わりと言っては何だが」
「はい」
「しばらく、この国に滞在せぬか」
「俺が?」
「そうだ」
「なんで?」
皇帝はごく普通のことのように答えた。
「人間は吉兆とされている」
「吉兆?」
「古い伝承では、人間を客として迎えた土地には富が集まり、商いが栄えるという」
「へえ」
「それに、お前ほど珍しい客人を抱えているとなれば、周辺諸国への良い箔にもなる」
「…………」
「祭事にも使えるな」
「待って」
嫌な方向へ話が進み始めた。
「もしかして俺、縁起物として呼ばれた?」
神の国を知る謎の一族。
そんなものを想像してここまで来た。
まさか実態が、俺を招き猫みたいに置いておきたい国だとは思わなかった。
「無論、悪いようにはせぬ。衣食住はすべて用意する。書庫も好きに使えばよい」
条件だけ聞けば悪くない。
むしろ調べ物をするなら都合がいい。
「……少しの間なら」
「決まりだな」
皇帝が満足そうに頷いた。
この時の俺は、もう少し詳しく確認するべきだった。
***
「ちなみに」
「うん?」
謁見を終えて広間を出たところで、俺は隣を歩くメイランに尋ねた。
「さっきの、少しの間ってどのくらいです?」
「さあねえ」
「一週間とか?」
「そんな短くないよお」
「一か月?」
メイランが少し考える。
「まあ、三十年か四十年くらいじゃない?」
「…………」
俺は立ち止まった。
「はい?」
「だから、三、四十年」
「長い長い長い!」
廊下に声が響いた。
周囲の妖狐たちが一斉にこちらを見る。
「俺、今三十一ですよ!?」
「赤ちゃんだねえ」
「死にますよ下手したら! 寿命で!」
メイランは、ハッと目を見開いた。
「あれ。あんたたち、そこまで短命だったっけねえ」
「八十年くらいですよ! 平均なら!」
「ああ」
「三、四十年なんて、人生の半分ですよ!」
チート貰う前に老衰なんて、本当に笑えない。
「こっちは、人生かかってるんです!」
「……そっかあ」
メイランは、通り廊下から、社殿の内庭を見つめていた。
そこには、牡丹の花が植えられていた。
「人間って、儚いねえ……忘れてたよ」
「急に何です?」
その横顔は、何かを懐かしんでいるようにも見えた。
「しょうがないねえ」
「はい?」
「行く場所が決まったら、あたしに言いなよ」
「……出してくれるんです?」
「ま、なんとかするよ」
メイランがくすくす笑った。
「じゃあ、早速、書庫へ行こうか」
俺は頷いた。
答えがあるかは分からない。
けれど少なくとも、ここには今までより多くの記録がある。
メイランについて廊下を歩いていくと、その先に巨大な扉が見えてきた。
「ここだよお」
扉が開く。
その向こうには、天井まで届く書棚が何列も並んでいた。
「東方大書庫へようこそ、人間さん」
俺はその光景を見上げた。
どうやらしばらくは。
本と格闘することになりそうだった。




