第15話 俺、関所?を通る
「次の方」
「はい」
「通行証を」
「ないです」
「身分証は?」
「それもないです」
「…………」
受付の狐耳の男が、俺を見た。
「種族は」
「人間です」
「…………人間?」
「はい」
男はしばらく固まったあと、奥へ消えた。
「前例がないんだろうねえ」
メイランはのんびりしている。
数分後、さっきの男が戻ってきた。
「前例なしのため、人間(自称)で登録します」
「自称て」
***
「次は、身体検査を」
「身体検査?」
「両手を上げて」
「はい……」
今度は狐耳の女が、俺の腕や背を軽く触って確認していく。
メイランは横で楽しそうに眺めていた。
「助けてくれません?」
「正式な手続きだからねえ」
「絶対楽しんでるでしょ」
「まさかあ」
そうは言っているが、顔が完全に楽しんでいた。身体検査が終わると、また紙を渡される。まだ終わりではないという事実に、ため息が漏れた。
「こちらに確認印を」
「はあ、印?」
「なければ、前足を」
「……」
とりあえず、右手に朱肉をつけて、押した。
***
「……やっと終わった」
関所を抜けた頃には、完全にへとへとだった。
「はっはっは」
疲れ切って朱肉まみれの俺が面白かったのか、メイランが大口を開けて笑った。
そのまま少し歩くと、関所の喧騒もだんだん遠ざかっていった。
道の両側には乾いた草が生え、遠くには低い山が見える。メイランはさっきまでと変わらず、ゆったりした足取りで俺の隣を歩いていた。
そして、ふいに笑った。
「やっと二人だね、人間さん」
「……え?」
俺は足を止めた。
なんとなく、後ろを振り返った。
「…………」
そこには、何もなかった。
門も、高い壁も、狐耳の兵士も、書類を積み上げた受付も、何も。
ただ、荒野の一本道がどこまでも続いているだけだった。
「……は?」
もう一度、辺りを見回す。確かにさっきまで、そこに関所があった。
リュネとは、その門の前で別れた。はっと首元へ手をやると、白い石は、ちゃんとそこにあった。
なのに。
「…………」
俺は、ふと右手を見た。
まっさらで、汚れひとつなかった。
背中に、ぞわりと寒気が走った。
俺はゆっくり前を向いた。メイランは少し先で立ち止まり、いつもと変わらない笑顔でこちらを見ていた。
「どうしたんだい?」
「……いや」
俺はもう一度、何もない荒野を振り返った。
帰り道すら分からない。
今ここにいるのは、俺と、妖狐だけだった。




