第14話 俺、関所に阻まれる
メイランにつつかれ、リュネを嗜めながら、三人でさらに東へ進んだ。
俺の右には人間サイズの中華風妖狐美女。左には十五メートル級の巨人。
改めて考えると、相当おかしな並びだった。
「これ、傍から見たらどうなってるんだろ」
「面白いんじゃない?」
メイランは歩きながら、時々こちらを近くで覗き込んでくる。
「でも、本当にただの人間なんだね。妖気が全く感じられない」
「妖気?」
「西で言う、魔力かな」
本来なら、最強魔力を実装しているはずだった俺を想像した。
そしたら、こんなにチマチマ歩く必要もないんだろう。びゅーんと転移魔法で、スィーっ、だ。
「まあ、その妖気ってのを取りに、神の国に行きたいんですけどね……」
「ああ、そうだった」
「そうだったって……」
メイランが笑う。
するとリュネが、俺とメイランの間へ手を差し込むようにした。
「ナオト。疲れていませんか?」
「まだ大丈夫ですよ」
「喉は?」
「平気です」
「鞄に入れましょうか?」
「そこまでしなくていいです」
「過保護だねえ、王女様」
メイランが横から口を挟む。
「人間は脆いのです」
「ま、巨人からすると、特にね」
そこでリュネが黙った。
初めて見た顔だった。
「そうですよね……」
少し、寂しそうな顔だった。
その時、リュネがいつも、過剰に、壊れ物を扱うように俺に触れる理由が、やっと分かった気がした。
同時に、リュネをただ、巨人、と括られたことに、少し、腹が立った。
「リュネは、巨人ですけど……俺をうっかり傷つけたりはしません」
リュネは、驚いたように俺を見た。
「いつも、俺は卵かってくらい、優しく触れてくれます……から」
そこまで言って、急にめちゃくちゃ恥ずかしくなった。
メイランはそれを見て、にやりと満足げに笑った。
「若いねえ」
***
しばらく進むと、荒野の先に大きな門が見えてきた。
石造りの立派な関所で、左右には高い壁がどこまでも続いている。門の前には狐耳を持つ兵士らしき者が並び、思った以上に物々しい。
「ここが東方?」
「入口だね」
メイランが答える。
「この先は東方の領域だから、外から来る者にはちょっと面倒な手続きがあるのさ」
そのまま門へ向かおうとしたところで、メイランがふと足を止める。
「……あ」
メイランはリュネを見上げた。
「王女様は、ここまでね」
「……え?」
リュネの声が低くなる。
「あれ? お父上から聞いてなかったかい? 護衛は関所までって」
「いえ、聞いてません」
メイランは、リュネの足元に一歩、詰め寄る。
「……じゃあ、どこまでの護衛か、ちゃんと、細かく聞いたのかい?」
「……それは……」
リュネの表情が曇る。
さっきの、待ち合わせ場所の確認不足のことを思い出しているのだろうか。いつもより、覇気のない声だった。
「というか、そもそも、ここは巨人族は通れないよ? もっと大きい門もあるけど、許可が降りないと」
リュネがますます不安そうになる。
俺も正直、めちゃくちゃ怖かった。
落石が来ても、魔物が来ても、盗賊に襲われても生き延びられたのはひとえにリュネのおかげだ。
リュネの護衛はここまで、というのは、命綱を切られるようなものだ。
「メイランさん、あの……」
ちょっとそれは無理です。
そう言いかけて、俺は口をつぐんだ。
神の国について知っているかもしれない相手が、この先にいる。
やっと、チートが手に入るかもしれない。
そしたら、守られてばかりではなくなるかもしれない。
さっきみたいに、俺のことでリュネが傷つくことも、ないかもしれない。
なぜか、そんなことを自然に、考えていた。
「……俺、行きます」
「ナオト、そんな」
「怖いですけど……話だけでも聞いてきたいです」
リュネはそれでもなお、不安そうな顔をしている。俺はリュネの顔をしっかり見上げて、言った。
「大丈夫、俺……絶対、戻ってきますから」
リュネはハッと顔を上げた。
そして、一度ぐっと俯いたあと、いつもの穏やかな笑顔に戻った。
「……落ちてる物を、食べないでくださいね」
「はい」
「高いところには、登らないで」
「……バルドみたいになってるな」
「過保護ですから」
そして、しばらく俺を見つめたあと、リュネは小さく息を吐いた。
「……あの、少し待ってください」
「はい?」
リュネは腰につけていた小さな袋へ手を伸ばした。
その中を大きな指先で慎重に探り、やがて何かを取り出す。
「何です、それ」
白い石だった。
乳白色の小さな石に、細い紐が通されている。俺にとってはちょうど首飾りくらいの大きさだ。
「持っていてください」
リュネは、ゆっくり慎重に紐を俺の首へかけた。白い石が俺の胸元へ落ちる。
「これ、手作り?」
「…………人間用のものがありませんでしたから」
俺は石をつまんで見る。
形は綺麗だが、留め具の部分はちょっと曲がっている。
どうやら十五メートルの巨人が、俺のためにこんな細かい作業をしたらしい。
「……ありがとうございます」
「なくさないでくださいね」
「はい」
小さくて、歪な石。長すぎる紐。
しかし首にかけると、不思議と少し安心した。
そこでふと視線を感じて振り向くと、メイランが少し驚いたような顔で俺を見ていた。それまで貼り付けていた笑みが、その一瞬だけ剥がれていたように見えた。
メイランはしかしすぐに、また口元に笑みをたたえた。
「じゃあ、行こうか、人間さん」
***
俺は、関所の門を前に、息を吸い込んだ。
振り返ると、リュネがまだ俺を見ていた。
「……行ってきます」
一瞬、リュネが目を丸くした。それから、ゆっくり笑った。
「行ってらっしゃい、ナオト」
俺は胸元の白い石に一度だけ触れた。
そして、メイランと一緒に、朱色の巨大な門の中へ入った。




