第13話 俺、妖狐のお姉様に翻弄される
「え、え、あの」
「初めましてだねえ、人間さん」
女は立ち上がって、俺に挨拶をした。
その狐耳の女は、黒く、足下くらいまである長い羽織を着ており、そこには赤い花の細かい刺繍が施されていた。そして、艶やかな黒い髪を、上半分だけ、赤いかんざしのようなものでまとめていた。
透き通るように白い顔には、鮮やかな化粧が施されていた。切れ長な目を伏せると、瞼から目尻にかけて引かれた朱色が目を惹いた。
まあ、端的にいうと、中華っぽい感じの、超絶美女だった。
女は口元には懐っこい笑みを浮かべていたが、同時に、何を考えているか窺い知れないような、独特の雰囲気があった。
「あ、あなたが」
「私はメイラン。あんたは?」
「あ、えと、佐久間直人でふ」
俺がキョドキョドしていると、リュネが遮った。
「メイランさん。あなたが、妖狐の使者ですか?」
「そうだよ、巨人の王女様」
「リュネです」
「覚えておくよ」
二人はにこやかだったが、二人の間には常にピリッとしたものが走っている気がした。
俺はなんだか怖くなり、アワアワと口を挟んだ。
「あ、あ、あの、どうしてここに?」
「そりゃ、アツアツが美味しい店を聞き回ってる人間なんて、いやでも目立つだろ?」
「それもそうか……」
完全に無駄な時間だと思っていた聞き込みが、結局は実を結んだらしい。
思っていたようなカッコいい解決ではなかったが、俺はほっと、胸を撫で下ろした。
リュネは立ち上がり、日が沈む方向を見て言った。
「日暮れが近いので、出立は明日にしましょう」
「わかった」
「では、明日」
リュネと俺が宿の方へ向かおうとしたとき、メイランに背中側から呼び止められた。
「ああ、そうだ、人間さん」
「え?」
「夕食は決めてるかい?」
「あー、決めてないですけど……」
メイランは悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、付き合うか? 一杯」
メイランは、お猪口をくいっとするような仕草をした。もしかすると、ワンフェンナントカってのと、酒は合うのだろうか。
中華美女と一杯……。それは正直、魅力的すぎた。
だが、同時に、かなり嫌な予感がした。
振り返ると、リュネがピリピリ通り越して、ビリビリした雰囲気を醸し出していた。
「すみません、今日はちょっと」
俺は穏便に断った。
メイランは飄々と笑った。
「そりゃ、残念」
メイランはいつのまにか俺の近くへ寄ると、するりと俺の肩に手をかけて、耳元で囁いた。
「じゃあまた明日、人間さん」
明日からの旅が、思いやられた。
***
翌朝、なんやかんやで、三人で落ち合い、俺たちは東方へ旅立った。
メイランに聞いてみたいことは山ほどあったが、リュネがあまりに警戒心MAXなので、気軽に話しかけるのはやめておいた。
だが、俺はどうしても気になることがあった。
「あの……どうして、人の顔を……? 狐の顔じゃないんですね」
「狐によるさ。私はこっちのが好きだからこうしてる。化粧乗りもいいからね」
「へえ……というか、なんで、人間なんでしょうか?」
「狐の姿でいるのと、人の姿でいるのには、ほぼ労力が変わらないのさ」
「なんででしょう?」
メイランは少し目を伏せて言った。
「さあ……。昔からそうだから、かな」
「そこは知らないんだ」
「長く続いたものってのは、案外そんなもんだよ」
巨人の祭事も今や失われていたことを思い出した。
異世界も、何となくで続いている伝統みたいなことがあるんだなあ、と思った。
「それより」
メイランが一歩、こちらへ近づいた。
「あんた、随分勇敢だね」
「は、はあ」
「よくこんなとこまで来たもんだ」
「リュネのお陰ですけどね……」
「ふうん。仲良いねえ」
メイランが楽しそうに目を細める。
その横で、リュネが無言だった。
確かに、俺も気になっている事はある。
なんかこの狐、距離感が近い。
俺が巨人の距離感に慣れてるせいもあるかもしれない。だが、香が香るくらい顔を寄せられると、顔のどこを見ていいかわからない。
「…………」
「リュネ?」
「何でもありません」
何でもない顔ではなかった。俺に何かあればすぐにでも、岩石粉砕拳をメイランに向かって振り抜きそうな雰囲気だった。
メイランはその様子を見て、笑った。
「ずいぶん大事にされてるんだね、人間さん」
「私は護衛です」
「ああ、面白い」
笑顔は柔らかい。
けれど、どこまで本音なのかは、分からなかった。
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