第11話 俺、異世界の屋台に寄る
しばらく進むと、街道沿いに小さな市場が見えてきた。
そう。小さな市場……というのも、巨人の国、ガルガンのサイズ感に慣れきった俺の目からすると、である。そこは俺がこの世界に来て初めて目にした、人間に丁度いいサイズの市場だった。
「ここは……」
「国境が近くなってきましたので……異民族の領域に入ったのでしょう」
「ガルガンの領内ではあるんですよね?」
「一応、多民族国家なんですよ。特に国境近くになると、交易も盛んですし、居留地もたくさんあります」
「なるほどねえ……まあ、そういうもんか」
「そういうものです」
俺は気になったので、リュネにお願いして、ポシェットから下ろしてもらった。
見渡すと、そこには確かに、様々な種族が行き交っていた。角の生えた男。鳥みたいな羽を持つ女。四本腕の店主。いかにも異世界、という感じだ。
しかし、人間らしき生き物は、やはり見当たらなかった。
そして彼らはリュネを見上げては、ヒソヒソと囁き合っていた。
「巨人族だ」
「踏まれるぞ」
そして、そそくさと店の中や路地に引っ込んでしまった。魔物でも見たような人々の反応に、俺は正直、ムッとした。
「失礼ですね。リュネは取って食べたりしないのに」
「仕方ありませんよ、ナオトも最初は驚いてたでしょう?」
俺は初めてこの世界で巨人を見た時に、情け無く床に丸まってダンゴムシになっていた自分を思い出した。情けないこと、この上なかった。
「……すみません」
「いえ、でも、嬉しいです。ありがとうございます」
リュネは本当に嬉しそうにそう言ってくれた。怒るでもなく、悲しむでもなく。彼女にとっては、怖がられることは特別なことではないのだろう。
俺は胸が締め付けられる思いがした。
その時、一軒の屋台から、いい匂いが漂ってきた。
「うまそーな匂い……」
「何でしょうね」
「なんか、つぶ貝みたいな匂いだ……」
「ツブガイ?」
「元の世界にあって、大好物なんですよ」
「私……異民族のものを、あまり食べたことがなく」
「そうなんですか。王女様ですしね」
「いえ……みんな、怖がってしまいますし。ほら、食べる量も……」
リュネは、少し俯いた。
「ごめんなさい」
「いえ、慣れてるから、大丈夫です」
そしてきっと、俺に気を使わせないように、リュネは笑った。
俺は、いてもたってもいられなくなった。
「ちょっと待っててください」
俺は、その屋台へ近づいた。屋台では、サメっぽい頭の獣人(魚人?)みたいなのが、ハチマキを巻いて、串を焼いていた。
串には、大きめの貝の身みたいなものが何個も刺さっていて、限りなく醤油っぽい匂いのソースがかかっていた。
大きめのつぶ貝の串焼きみたいな感じで、とてもうまそうだった。
「あの、すみません」
「おう」
「これ、何です?」
「トゥヴァ貝。縁起物だよ」
「名前、ちょっと惜しい」
「惜しい?」
サメ店主は怪訝な顔をした。
「いえ、なんでもないです……これ、縁起物なんですか?」
「海産物は、この辺じゃあ、旅人のゲン担ぎなんだ。旅の神様は、海のものが好きってな」
「へぇー……うまそうですね」
「コリコリで旨いよ。どうだい? 食ってくかい?」
「じゃあ、あるだけ焼いてください」
「…………あるだけ?」
「……あの人にも、食べさせたくて」
店主は少し離れたところに立っているリュネを見て、納得したようだった。
「でかい彼女だな」
「彼女じゃないですけど……」
「ちなみに、金はあるんだろうな?」
俺は、バルドに持たされた袋から、一枚、金貨を取り出した。
巨人用の小銭。
つまり、直径十センチはある。
店主はあっけに取られたように、口を開いて固まった。
「お釣りはいりません」
人生で初めて、このセリフを言った。
正直、めっちゃいい気持ちだった。
「……待ってろ! にいちゃん!」
店主はすべての焼き台に火をつけ、すごい勢いでトゥヴァ貝を焼きだした。
***
「待たせてすみません」
「え、これ」
「リュネも食べてください」
俺は、店主に台車と木箱、ついでにスコップをもらって、そこに焼いたトゥヴァ貝をありったけ詰めてきた。
あえて、串は刺さないで焼いてもらった。
「すごい……これ、私に?」
「…………」
「すごい……美味しそう……」
「ナオトが頼んでくれたんですか?」
「まあ、お金は、俺のじゃないんで全然……」
「いいえ」
リュネは、目をキラキラさせて言った。
「すごく、嬉しいです」
「……」
「ありがとう、ナオト」
「……ど、どういたしまして」
俺は少し気恥ずかしくて、トゥヴァ貝を一粒、口に入れた。
正直、味も……なんか惜しい。
大きさは良いが、旨味が足りない気もした。あと、食感も若干、柔らかすぎる。
「すみません、俺が好きなのは、本当はもっと……」
そう言いかけて、やめた。
リュネは持ってきた敷物に座って、トゥヴァ貝をスコップで少しずつ口に放り込み、もぐもぐ美味しそうに噛んでいた。
その顔は、とても幸せそうで。
可愛いなあと、思った。
巨人に可愛いと思うなんて、普通、おかしいかもしれない。
そりゃ、どう考えてもこの人の方が強いのはわかってるし、そもそも体の大きさだって違いすぎる。
でも、そう考えたら、普段から小さなおっさんに可愛い可愛いと言ってるリュネも、だいぶおかしい。
「かわいいって……奥が深いなあ」
俺はトゥヴァ貝をもう一つ、口に入れた。
さっきよりも、なぜか美味しく感じた。




