第10話 俺、巨人のお姉さんに守られる
佐久間直人。三十一歳。
俺は今、巨人のお姉さんのポシェットから、顔だけ出している。
中はふかふかで、リュネが歩く速度が一定なので、揺れが心地よい。ついつい、ウトウトしてしまいそうだった。
そんな自分を俯瞰して見ることだけは、しないようにした。
しばらくすると、街道の片側が切り立った崖になった。
人通りもほとんどない。
「この辺、静かですね」
「私も、ここまで来るのは初めてです」
ゴゴゴ、と低い音がした。
これが、始まりの合図だった。
「……何の音です?」
リュネが足を止めた。
「ナオト」
「はい?」
「静かに」
声の調子が変わった。柔らかいのに、妙に有無を言わせない。
「え、ちょ、何!?」
「中、入っててください」
「だから何が――」
頭上から、ものすごい音がした。
見上げると、雲ひとつない青空に、いくつもの大きな黒い影が見えた。
「…………うわ」
それは、どんどん近づいてくる。
おそらく、巨大な岩だった。
「無理無理無理無理!」
俺はとっさに鞄の中に引っ込んで、ダンゴムシの姿勢になって目をつぶった。
すると、リュネの聞いたことのない声が鞄越しに聞こえた。
「ハァッ!!」
ドンッ! ドドドドン!!!
ものすごい衝撃音が響いた。
「うわっ!」
そして、あたりは静けさに包まれた。
遅れてぱらぱらと、砂みたいなものが、頭に落ちてくる感覚があった。
「……え?」
そっと鞄から顔を出してみると、あたりには、岩は一つも見当たらなかった。
「あの、岩、どうしたんです?」
「殴りました」
「…………」
俺の頭に落ちてきた砂は、岩だったもので間違いないようだ。
「殴ったって、意味ちょっと違いません? これ、どっちかっていうと粉砕」
「訓練してますから」
「何の訓練したら岩が砂になるの? 俺、リュネに殴られたらハンバーグとかになるの?」
「訓練してますから」
「怖いんだけど、何その訓練」
リュネが笑った。
「素振りとか」
「絶対嘘じゃん!!」
「ま、色々です……あ」
「なに」
「静かに」
リュネが辺りを見回す。
そして、わずかに表情を変えた。
「……いますね」
「え?」
茂みの奥から、低い唸り声が聞こえた。
「…………」
嫌な予感しかしない。
木々を押し分け、大きな獣が姿を現した。
狼に似ている。
ただし、俺の知っている狼の大きさではない。
俺から見れば、普通にトラックくらいあったし、ついでに頭が三つあった。
「ねえ!! あれ多分、中ボスくらいだよね!? なんでこんな最序盤に」
「チューボス? 可愛い名前ですね」
「ああ、きてるきてるきてる」
ケルベロスがガウガウ吠えながら、こちらにすごい勢いで走ってきた。
「うわーーーー!」
次の瞬間、リュネの右足が動いた。
……気がした。
正直、よく見えなかった。
「…………」
獣が消えた。
「え?」
ドンッ。
少し遅れて、遠くで何かが岩壁へぶつかる音がした。
さっきの獣が、かなり離れた場所で転がっていた。
「…………」
「大丈夫ですか?」
リュネは、心配そうに俺を見た。
「……あっちが大丈夫じゃないと思います」
***
それから、色々な出会いがあった。
通りがかりに難癖つけてきたオーク。
三十人規模の盗賊団。
猛毒キノコのわさわさ生えた森。
多分、俺をクッキーかなんかだと思って襲ってきた怪鳥。
そいつらがどうなったかは……省略しておく。
***
「ここまできたら、普通の道です!」
結局、それから、俺はポシェットから一度も出なかった。
地図も読めない、戦えない。
全く役に立たない上に、可愛くないマスコットだった。
「……なんか俺、役立たずでしたね」
俺はぼそっと、声に出してしまっていた。
「そんなことありませんよ」
「いや、さすがに、何もしてなさすぎるし……」
「……ナオトさん、立派でしたよ」
「どこが?」
「自分で父上に直談判して。ご自分のことは、ご自分で調べたいと。なかなか言えることではありません」
「それは……」
結局、俺は何もできなかった。
リュネについてきてもらって、守ってもらって。
それなのに、立派なんて言われても、どうにも素直には受け取れなかった。
「ナオトさん?」
俺はうまく返事が、できなかった。




