第7話 愛衣 大学1年生 12月その3
「もし僕が、愛衣を……好きだって言ったら……付き合う?」
八宮先輩の言葉に頭が真っ白になった。
期待していたはずの言葉なのに、実際に聞かされると想像以上の破壊力だった。体温が一気に跳ね上がる。鏡なんて見なくても、自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。
先輩もそんな私の気持ちにきっと気づいている。
だったらもう流されてしまえばいい。好きだと言えばいい。付き合いたいと伝えればいい。
それだけのはずだった。
「ない……ですね。私が先輩と付き合うだなんて」
私の口から出た言葉は結局嘘だった。
そんな私の嘘に先輩は瞳を揺らしながら寂しそうに微笑みを浮かべた。
「うそ…」
そう。先輩は私の本心を見抜いている。だから嘘つきだとはっきり言ってくれれば、嘘まみれの底なし沼から抜け出せる。私を引っ張りあげてほしい。
そんな狡く甘えた私の思いに答えるように先輩は口を開いた。
「だからさ」
先輩はさっきまでの寂しさを顔から消しさり、あっけらかんに笑う。
「だーかーら、うっそー!だってば!ほら、クリスマスジョーク!」
その笑顔は無理をして作った笑顔だと私にはわかった。
だから余計に胸が痛かった。私が嘘をついたから、先輩にも嘘をつかせてしまった。そのことがじわじわと胸を締め付ける。
やっぱり言わなきゃ。このまま終わったら絶対に後悔する。そんな予感だけが、嫌というほどあった。
「あの…先輩」
「愛衣なら突っ込んでくれると思ったのに。あ、こういうジョークはNGだった?」
「いや、あの違くて…」
言わなきゃ。言わなきゃ。このままじゃ終わってしまう。
「先輩…」
「わかってるって」
「だから先輩…」
「男と女ではあるが僕たちは戦友で、大事を成すための同盟関係なんだ。だろ?」
「そうですね…」
違う。私も先輩が大好きなんだ。
「だからちゃんとわきまえてるから安心してくれ。僕は間違っても異性として君には惚れないって。もちろん作家としては超超尊敬してる!」
「先輩っ!」
捲し立てるような八宮先輩の弁明は私の大きな声で止まる。押し黙る先輩は寂しさのこもった微笑を漏らす。
罪悪感に押し出さられるように、私は言葉を出した。だがその言葉は口先を抜けた瞬間、伝えたい言葉とは違うものに変わった。
「私……からもクリスマスプレゼントがあります」
結局、私は逃げた。
すかさず背中を向け、背後にあるクローゼットを開けた。
「愛衣からのクリスマスプレゼントかあ。意外だけど、嬉しいねえ」
背中から無理に明るさを乗せたような先輩の声が私の嘘にまみれの心に突き刺さり、傷口に染み渡るようにじんわりと痛めつけた。
──弟が漫画家になるって。あたしはちゃんと現実見ろって思うんだよねえ。あいっちとあたしはちゃんと現実の見れる大人になろうな
──そうだね。夢みがちなのはよくないよ。うん。私たちは現実を見失わないようにしよう
中学の時とは打って変わって、私は自分を嘘のメッキで塗り固めて、高校の時、友達の弟の夢と、夢をみることを否定した。
だけど今目の前にいる人は違う。
本当の私を見つけてくれて、描くことでしか存在を示せない私を認めてくれた人だ。
そんな人にさえ、私は嘘しか返せない。
いつか、このメッキを剥がせる日が来るのだろうか。
もしそんな日が来たのなら。その時は真っ先に、先輩にこの胸の奥に溜め込んだ想いを全て伝えたい。
けれど私はまだ知らなかった。
嘘をついているのは私だけではなかったことを。先輩もまた、私に嘘をついていたことを。
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