第6話 愛衣 大学1年生 12月その2
「何してるんですか?……って、なんで勝手に部屋に入ってるんですか?」
「だって開いてたし。それに今や僕たちはもう親友、いや、戦友なんだからさっ」
「私たちは戦友である前に女と男です。もうちょっとそういうところを意識してください」
「へえ、愛衣もそういうこと意識するんだねえ」
呼ばれ慣れない下の名前をローテーブルに頬をつけながら口にした笑顔の八宮先輩にどきりとしてしまう。
先輩と出会って一か月、大事を成すためにあの日から先輩とはほぼ毎日会っている。しかもここ一週間は私のアパートまで先輩は通って来る。もちろん私たちは恋人関係ではない。
それでも壁を作らず気さくに接してくる性格の先輩に今やすっかり心を許してしまっている私。
そうして警戒を解き、気の緩んだ状態で突飛しもないことを平然とやってのける先輩に私は今日も戸惑ってしまう。
そんな戸惑いを隠すように上半身を勢いよく起こす。腰のあたりがじんわりと痛むが、それよりも胸の鼓動の方がうるさくて仕方がなかった。
落ち着けと内心で言い聞かせながら腰を軽く叩いていると、先輩も身体を起こし、ローテーブルの上に置かれていた液タブへ手を伸ばした。表示されているのは少女が首を吊る直前に、天井から吊るされた輪っかの縄を見つめるシーン。
その画面を見つめる先輩の横顔から、いつもの軽薄そうな笑みが少しだけ薄れる。
「このシーン、お気に入りなの?」
「いえ、そういうわけではないです。ただ次のシーンの描写が思い浮かばないだけです」
「描写ねえ」
先輩は意味ありげに呟きながら、視線を私に移す。
心の中を読まれてるような気がして、視線を逸らしながら、乱れた胸元まで伸びた髪を手櫛で整え言葉を探す。結局、本当のことを話す気にはなれず、嘘をついた。
「最近はずっと先輩の『氷晶恋愛譚』を描いているので、久しぶりに自分の漫画に向き合ったら描きたかった描写を忘れてしまったんです」
私の言葉に、先輩はくすぐったそうに笑った。
「それは悪いことをしたね」
「いえ。むしろこの作品に対しての未練みたいなのがなくなったような気がしてます」
「未練か…」
「はい。だからこの漫画はこのシーンで終わりにしようと思ってます」
「どうして?」
液タブをゆっくりとローテーブルに置く先輩に、私はまた嘘で濁した答えを出した。
「彼女がどうしたのか。それを決めるのは私でも、読者でもない。それは結局彼女の決断に任せるべきだと思ったからです。死にたければ死ねばいいし、生きたければ生きればいい」
そんな投げやりな言葉に、先輩は唇をむっと結んだ。納得がいかないからではない。おそらく私の嘘を見抜いているからだろう。
──正直に言えば、漫画の私にも生きてほしいと思っている
ここ一か月で私の私に対する見方が変わった。先輩が私を褒め立てるのもあるかもしれないが、それが最もな理由ではない。
私が絵を描くことで、私に笑顔を向けて、私という存在を認めてくれる人ができたことだ。
八宮律先輩。彼だけが絵を描くことしか能がない私という存在を認めて、見てくれた。
そんな先輩の隣にこれからもいられるのなら、絶望していた自分の明日に希望の陽の光が照らされたような気がした。だから漫画の中の私にも生きていてほしい。私と同じように未来に希望を見つけてほしいと思っている。それが本音だ。
「別になんでも良くないですか?」
それでも私は嘘をつく。
本音を口にしようとすると喉につかえてしまい、代わりに出てくるのは、いつだって嘘の言葉だった。
いつもなら嘘だと見抜いていても流してくれる八宮先輩なのに、今回は違った。
先輩は液タブの画面に視線を戻し、口を開いた。
「僕は……生きてほしいな」
初めてだった。いつもは私の意見を尊重して、ましてや私の作品に対して口を出してこなかった八宮先輩。なのに今の先輩の横顔は初めて見るくらいに寂しそうだった。
「生きててほしいんですか?」
私がそう訊くと、先輩は寂しそうな横顔を引っ込め、慌てたように視線を彷徨わせた。
「あ、いや、このあたかも死ぬだろうって思わせたところで、実は救世主が現れて助かったみたいな展開になったら盛り上がるんじゃないかって思ったんだけど……って、何言ってんだ僕」
あははは。ごめん、忘れて。と自嘲しながら先輩は立ち上がる。
けれど私は、先輩がさっき見せた表情を忘れられなかった。どこか痛みを堪えるような、そんな寂しそうな顔に違和感だけが胸の奥に残る。
先輩は壁際に置いてあった手提げ鞄へ向かい、中から綺麗に包装された箱を取り出した。
赤と緑のリボンが掛けられたそれは、一目でクリスマスプレゼントだとわかった。
「訳の分からない僕の戯言をこれで流してくれるとありがたいな」
受け取ると重みがあった。きっとかなり高価なものに違いないとわかり、受け取ることに躊躇した。
「なんですか?これ」
「クリスマスプレゼントだけど」
「わかってますよ。中身のことを訊いてるんです」
「開ければいいじゃん」
「高いものじゃないですよね」
八宮先輩はやれやれと肩を竦めた。
「早く開けなよ」
ほらほら。と急かされ、恐る恐る包装を丁寧に解いていく。
露わになったのは最新の液タブのパッケージだった。私がいつか欲しいと思いながら、値段を見て諦めたモデル。
「これどうしたんですか?」
「どうしたって、買ったに決まってるだろ」
「私、こんな高いものもらえませんよ」
「返品お断り」
八宮先輩は悪戯が成功した子どもみたいに笑った。その顔を見ていると、本気で返す気力が削がれていく。
私もクリスマスプレゼントは用意したが、液タブの一割くらいの値段。渡そうにも渡せない。それでも私にとってはかなりの出費だったし、男物だから自分が使うことはできない。
なによりも、初めて好きな人へ贈るプレゼント。
素直にプレゼントをするの一択の選択肢しかないはずなのに、なかなか言い出せない。
私は液タブの箱に無意味に視線を向けながら言葉を口にしようとなんとか試みた。
──私はプレゼントなんて用意してないから
薄らと浮き上がる嘘に塗れたもう一つの選択肢を飲み込み、意を決して顔を上げた。
「えっ…….」
肩がびくりと跳ねる。いつの間にか八宮先輩の顔が鼻先がついてしまうくらいに至近距離にあったのだ。
そんな先輩の大きな丸い二重の目はぱちくりと瞬かせながら、すっと私から照れくさそうに視線を泳がせた。
「そんなに気にいってくれたならプレゼントした甲斐があった…な」
「こんないいものをもらって嬉しくない人はいないですよ」
先輩と再びまじまじと目が合い、お互いの視線から離されないまましばらく見つめ続ける。
「手作りのマフラーとか手袋ならもっと喜んでくれた?」
「コンビニ弁当生活の先輩が何言ってるんですか」
「最近は作ってるよ。健康のために」
「そうですか。なら安心しました」
「心配してくれてたの?」
「そりゃあ……まあ……」
八宮先輩の頬が心なしか朱に染まっていく。それと同時に私の鼓動もうるさく感じるようになる。
少しして、先に先輩が目を逸らした。私も耐えきれなくなって目を逸らす。そして風船が勢いよく膨らんでいくように、私の先輩に対する気持ちも急速に大きくなっていく。
──私はやっぱり……八宮律という男性が好きだ
そして今、この空気の先にある言葉を期待している。
もしその言葉が、私の期待しているものだったなら、私は今度こそ、自分に正直になれるかもしれない。
やがて先輩は小さく息を吐き、意を決したように私を見た。私もまた、その視線を受け止める。胸が苦しいほど高鳴る。
そして先輩は少し赤くなった頬のまま、静かに口を開いた。
「なあ…愛衣」
「はい」
「もし僕が、愛衣を……好きだって言ったら……付き合う?」
まだまだ未熟者で勉強中ですので、おかしい点や不明な点、また誤植、誤字、脱字があればぜひ教えてください!
あ、友達のように気軽に教えてくださいね!
もし仮に、上記に当てはまらず、純粋に良かったと思っていただいた場合はお星様★★★★★をお願いします。
めっちゃ喜びます(๑˃̵ᴗ˂̵)
感想はいただけるとよだれを垂らして喜びます!
もちろんいただいた感想は余すことなく読ませていただきます。
一方的に書き込んでいただく感じでよろしくお願いします!
◎本作の短編版『好きな人がいてもいいから付き合ってくださいと言って、交際を初めた嘘つき男子大学生の末路』も掲載中です。




