第5話 愛衣 大学1年生 12月その1
絵を描いて、みんなに見せることが好きだった。褒めてくれて、必要としてくれるから。自分の存在意義や価値を確かに感じることができたから。
だから描き続けてきた。
けれど成長するにつれ、周囲の人たちは私が絵を描くという行為に対して少しずつ態度を変えていった。それは中学生になってから顕著になった。
──いい加減そんなことやめなさい!一体、絵ばかり描いて何になるっていうの!
──塩義さんのお友達ってノートの中にしかいないんじゃね?
──塩義。漫画家なんて、なろうと思ってなれるものじゃないんだよ。先生はな、今お前の目の前にある現実的な可能性を見てほしいんだ。
皮肉なものだ。私に絵を描くことでしか自分という存在を表現できないようにした人たちが、手のひらを返すように描くことを否定し、無理矢理に取り上げようとしてきたのだから。
とはいえ、私もそんな彼らに逆らおうとしなかった。むしろ同情し、迎合し、彼らの意見という荒波に無抵抗に飲み込まれることで描くことを否定して捨てようとした。そう努力した。
でも結局は捨てきれなかった。まるで禁じられた信仰を守る隠れ信徒のように、周囲の人たちから隠れて、私は描くことへ縋り続けた。
──そんなことはもうやめよう。もしそれで生きられないなら、死のう。
──だってこの世界で私は誰からも存在を認められない中身の透けた幽霊みたいなものだから
そう決心した私は大学に入学して初めての夏休みの初日、高校生の私が世の中に絶望して死ぬまでの漫画を描き始めた。
漫画の中の世界の私も描くことが好きで、誰かに認めてほしかった。漫画を通して自分という存在を肯定してほしくて、でも、それは結局叶わなかった。他に方法を見つけられなかった漫画の中の私は、高校の卒業式の日に一人暮らしのアパートで絶望しながら自ら命を絶つことにした。
天井から垂れ下がる輪っかになった縄を虚ろな瞳で見つめる漫画の中の私。
その虚ろな瞳の中の黒目は、じっと輪っかを見つめているように描いたのに、一人でに動き、何度か目があったような気がした。
今もそうだ。そのシーンを見返していると彼女の虚な黒目が私に向いた。そして口が小さく開き、力のない幽かな声が聞こえてきた。
『先に逝くね』
ぞくり、と背筋が震えた次の瞬間、世界が暗転する。意識が深い闇へ沈み込んでいく。
けれど、その闇の中に誰かの気配を感じた。その気配は崇高で温かく、私を暗黒の世界から逃げ出すように手を引いた。そして目が開いた。
「あ、起きた」
目の前には、私と同じようにローテーブルに頬を乗せながら、目を覚ました私をくすくすと笑う見慣れた八宮先輩の笑顔があった。
見慣れたはずのその笑顔に、私はなぜか胸の奥が熱くなる。まるでどこか遠くへ行ってしまいそうだった私を、この人が引き留めてくれたみたいに思えた。
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