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愛で人は強くなれますか? -アルディア帝国物語-  作者: ハリネズミぽん助


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第八話 決断


朝の庭には、静かな風が流れていた。


ヴァルディスは木陰に腰を下ろし、膝の上に置いた一本の木剣を布で丁寧に磨いていた。


柄を握って重さを確かめ、わずかに削り直しては、もう一度手の中で馴染みを確かめた。

 

「……これでよい。」


そう小さくつぶやいた、その時だった。


ふと、手が止まる。


ヴァルディスは木剣を見つめたまま、長く黙り込んだ。


「これを渡せば……。」


静かな独り言が漏れる。


「リューは、剣の道を歩き始める。」


皇族は剣を学ぶ。


強くなり、競い合い、その力を磨いていく。


帝国では、それが当たり前だった。


そして、その先に待つものも。


ヴァルディスは誰よりよく知っていた。


静かな足音が近づく。


振り返ると、風に揺れる金褐色の髪を耳へかけながら、エレノアが穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

 

「完成したのですね。」


「ああ。」


ヴァルディスは静かにうなずく。


「お義父様。」


「迷っておられるのですか。」


その言葉に、ヴァルディスは苦笑した。


「はっはっは……。」


「昔のわしなら、迷わなんだ。」


再び木剣へ視線を落とす。


「リューは第十二皇子じゃ。」


「皇位とは遠い、だからこそ……願ってしまう。」


「どうか、幸せに生きてほしいと。」


風が庭を吹き抜け、木々の葉を優しく揺らした。


「じゃが、剣を持てば帝国の中を歩くことになる。」


「それでも、この子は……。」


そこまで言って、ヴァルディスは言葉を飲み込んだ。


エレノアは静かに微笑む。


「お義父様。」


「リューベルは、お義父様からたくさんのことを教わりました。」


「その教えは、すべてリューベルの中にあります。」


ヴァルディスは目を閉じた。


しばらく沈黙が流れ、やがて小さく笑みを浮かべた。

 

「……そうじゃな。」


その時だった。


「おじい様!」


庭いっぱいに元気な声が響く。


リューベルが駆け寄り、その後ろをフェリシアとレオヴェインが歩いてきた。


ヴァルディスは立ち上がると、木剣を手にリューベルの前へしゃがみ込む。


「リュー。」


「今まで教えたこと、覚えておるか。」

 

「うん!」


「ありがとうは?」


「みんなに言う!」


「誰かに悪いことをしたら?」


「ちゃんと、ごめんなさいする!」


「約束は?」


「最後まで守る!」


ヴァルディスは満足そうにうなずいた。


「では、勇気とは?」


リューベルは少しだけ考え込む。


「……怖くても、行く!」


「うむ。」


ヴァルディスは優しく笑った。


「リュー。」


「今日、最後に一つ教えよう。」


リューベルの目が輝く。


「うん!」


「決断とは、何だと思う。」


リューベルは首をかしげた。


「うーん……。」


少し考えたあと、小さく首を振る。


「わかんない。」


ヴァルディスは穏やかに笑った。


「そうじゃな。」


「決断とは、自分で決めることじゃ。」


リューベルの表情が真剣になる。


「自分で……決める。」


「そうじゃ。」


「誰かに言われたからではない。」


「誰かの真似でもない。」


「自分で考え、自分で選ぶ。」


「それが決断じゃ。」


少しだけ間を置く。


ヴァルディスは木剣を見つめ、それからリューベルへ差し出した。


「では、この剣を持って、お前は何をしたい。」


リューベルは木剣を見つめ、祖父を見てから、もう一度木剣へ視線を戻した。

 

胸いっぱいに息を吸い込み、まっすぐ答える。


「ぼく、強くなりたい!」


「みんなを守りたい!」


「だから、おじい様。」


「教えて!」


庭が静まり返る。


ヴァルディスは、その青みがかった鋼色の瞳をじっと見つめた。

 

迷いのない目だった。


六歳の子どもが、自ら選び取ったまっすぐな決断。

 

ヴァルディスはゆっくりとうなずく。


「……よし。」


木剣を両手で差し出した。


「これは、お前の剣じゃ。」


リューベルは目を丸くする。


「ぼくの?」


「そうじゃ。」


恐る恐る受け取る。


少し重い。


それでも何度も握り直すうちに、顔いっぱいに笑顔が広がった。

 

「ありがとう!」


「よかったね、リューベル。」


フェリシアも嬉しそうに微笑む。


翠色の瞳を木剣へ向けたレオヴェインは、静かに口を開いた。

 

「リューベル。」


「その剣は、お祖父様がお前のために作られた剣だ。」


「大切にしろ。」


「うん!」


リューベルは木剣をぎゅっと抱きしめた。


その姿を見つめながら、ヴァルディスは静かに語りかける。


「リュー。」


「その剣は、強くなるためだけのものではない。」


「今まで教えたことを忘れぬための剣じゃ。」


リューベルは真っすぐうなずいた。


「うん!」


その返事を聞き、ヴァルディスは静かに目を細める。


(この子は皇位とは遠い。)


(きっと……。)


(この子なら。)


そっと目を閉じる。


(……頼む。)


(幸せに。)


風が庭を吹き抜けた。


木々が静かに揺れる。


歴戦の皇帝と恐れられた鋼色の瞳は、今は祖父の優しさだけを宿し、木剣を抱えて笑うリューベルを静かに見つめていた。


その笑顔を。


守る。


それが、ヴァルディスの決断だった。



挿絵(By みてみん)

画像はイメージです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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