表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛で人は強くなれますか? -アルディア帝国物語-  作者: ハリネズミぽん助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/12

第五話 ごめんなさい


冬の日差しが窓から差し込み、部屋をやわらかく照らしていた。


フェリシアは鏡の前に立ち、小さな木箱をそっと開く。


中には、花の形をした木の髪飾りが入っていた。


少しいびつで、彫り跡も残っている。


それでも、フェリシアにとっては何より大切な宝物だった。


まだ幼かった頃、母エレノアが自ら木を削って作ってくれたものだ。

 


「お母様が作ったの?」


「はい。」


エレノアは少し恥ずかしそうに笑った。


「実は……三つも失敗してしまいました。」


フェリシアがくすっと笑う。


「でも、この子だけは、ちゃんと咲いてくれました。」


そう言って、髪へ飾る。


「世界で一つだけですよ。」



それ以来、嬉しい日にはいつも身につけていた。今日は、成長祭の日。

 

帝国では毎年冬になると、十五歳までの子どもたちの成長を家族で祝う。


この日祝われるのは、十三歳のレオヴェイン、十一歳のフェリシア、そして三歳のリューベルだった。


フェリシアは髪飾りをそっと髪へ留める。蜂蜜色の髪に、小さな木の花が優しく咲いた。

 

鏡へ向かって少し照れくさそうに笑うと、皇后宮の居間へ向かった。



皇后宮の居間には、すでにレオヴェインとリューベルがいた。


レオヴェインは長椅子に腰掛け、本を読んでいる。


「おにいさま。」


「なんだ。」


「ぷれぜんと、なにかなあ。」


「さあな。」


「たのしみ!」

 

そこへフェリシアが入ってくる。


リューベルが嬉しそうに駆け寄った。


「ふぇーしゃ! みて!」


今日のために用意された礼服を誇らしげに見せる。


「とてもよく似合っていますよ。」


リューベルは得意げに笑った。

 

その時。


コン。


……コン。


少し間を置いた、控えめなノックが響いた。


「どうぞ。」


扉が開き、ジークハルトが入ってくる。

 

その手には、三つの包みがあった。


「お父様。」


「ちちうえ!」


リューベルが嬉しそうに駆け寄る。


途中で足をもつれさせると、ジークハルトは無言でその身体を支えた。


それから、持っていた包みを机の上へ置く。


「……お前たちに。」


短く、それだけを告げる。


リューベルの瞳が輝いた。


「ぼくのも?」


ジークハルトは小さくうなずいた。


「やったー!」

 

その時だった。


廊下から大きな声が響く。


「レオー! フェリー! リュー! 入るぞー!」


ドン、ドン!


返事を待たず、扉が勢いよく開いた。


雪のような白髪を揺らしながら、ヴァルディスが豪快に笑っている。


両手には、抱えきれないほどの贈り物。


「成長祭、おめでとうじゃ!」


「お祖父様!」


「じーじ!」


リューベルが駆け寄る。


ヴァルディスは荷物を侍従へ押しつけると、その小さな身体を抱き上げた。


「また重くなったのう!」


「おおきくなったよ!」


「そうじゃ、そうじゃ!」


ヴァルディスは満面の笑みを浮かべる。


「今日はお前たち三人が主役じゃ!」


部屋の空気が一気に和らぐ。その時、ヴァルディスの目がフェリシアの髪飾りに留まった。

 

「おお、今日はその髪飾りか!」


「はい。」


「エレノアが一生懸命作っておったものじゃな。」


フェリシアは嬉しそうに髪飾りへ触れた。


「今日は、これを身につけようと思いました。」


「そうかそうか!」


ヴァルディスは楽しそうに笑った。


「エレノアが見たら大喜びじゃ!」


リューベルも姉の髪へ目を向ける。


蜂蜜色の髪に咲く、小さな木の花。


その瞳が輝いた。


「ふぇーしゃ。」


「なに?リューベル。」


「きれい!」


「ありがとう。」


フェリシアは嬉しそうに笑う。


「これは、お母様が作ってくださったものなのですよ。」


「おかあさまがつくったの?」


「はい。」

 

「さわっていい?」


小さな手が伸びる。

 

フェリシアは少し迷ったものの、優しくうなずいた。


「そっとだよ。」


「うん!」


リューベルの指が木の花へ触れる。


「きれい……。」


夢中になって見つめる。


小さな手に思わず力が入った。

 

「リュー──」


ぐいっ。


ぱき。


乾いた音がした。


木の花びらが一枚、床へ落ちた。


部屋が静かになる。


フェリシアは壊れた髪飾りを見つめた。


震える手で拾い上げる。


折れた花びらを合わせてみる。


戻らない。


もう一度。


合わせる。


やっぱり、戻らない。


「……。」


「ふぇーしゃ。」


リューベルが不安そうに呼ぶ。


フェリシアは顔を上げた。


笑わなきゃ。


大丈夫って言わなきゃ。


そう思うのに。


穏やかな青い瞳から、涙が一粒落ちた。


もう一粒。


止まらない。


「だ、だい……。」


言いたかった。


でも。


涙で声にならなかった。


リューベルは固まった。


フェリシアが泣いている。


いつも笑ってくれる姉が、自分の前で泣いている。


どうして。


どうしたらいい。


小さな胸が苦しくなる。


ヴァルディスは動かなかった。


ジークハルトも、どう声を掛ければよいのか分からず戸惑っている。


レオヴェインは一歩踏み出しかけた。


だが、その足を止めた。


リューベルは壊れた髪飾りを見る。


泣いているフェリシアを見る。


もう一度、髪飾りを見る。


自分が引っ張った。


髪飾りが壊れた。


フェリシアが泣いた。


小さな頭の中で、起きたことが少しずつつながっていく。


どうしたら。


どうしたら、笑ってくれる。


リューベルは一生懸命考えた。


そして。


フェリシアの服を、小さな手で握る。


「……ふぇーしゃ。」


フェリシアが、涙の滲んだ目で弟を見る。


リューベルの顔も、泣きそうに歪んでいた。


小さな口が何度か動く。


うまく言葉にならない。


それでも。

 

「……ごめなしゃい。」

 

たどたどしい声だった。


フェリシアは涙を拭う。


目の前には、今にも泣きだしそうな顔のリューベルがいた。


ふと、幼い日の母の笑顔が浮かぶ。


『物は、いつか壊れてしまいます。』


『でも。』


『そこに込めた想いは、なくなりません。』


フェリシアは小さく息を吸った。


壊れた髪飾りを胸へ抱く。


悲しい。


本当に悲しい。


それでも。


目の前で、リューベルも苦しんでいる。


フェリシアは手を伸ばし、リューベルをそっと抱きしめた。

 

「……うん。」


涙は、まだ止まらない。


「ありがとう。」


「『ごめんなさい』って言ってくれて。」


リューベルも、小さな腕で姉へ抱きついた。


「ごめん、なさい……。」


「うん。」


フェリシアは弟の髪を優しく撫でる。


「今度は一緒に、大切にしようね。」


「うん!」


リューベルは力いっぱい頷いた。


ジークハルトの肩から静かに力が抜け、レオヴェインも安堵したように微笑んだ。


……ヴァルディスだけは、二人を見つめたまま動かなかった。

 

口元が震える。


目尻には、いつの間にか涙が滲んでいた。

 

「……まったく。」


ヴァルディスは涙を流しながら笑った。


「お前たちは、本当に……。」

 

言葉が続かない。


二人をまとめて抱き寄せる。


「いい子じゃ。」


「本当に、いい子じゃ。」


「じーじ、くるしい……。」


「す、すまん!」


ヴァルディスが慌てて腕の力を緩める。


フェリシアは涙を浮かべたまま、くすりと笑った。


その光景を見ていたレオヴェインが尋ねる。


「……お祖父様。」


「なんじゃ?」


「謝ることは、大切なのですね。」


「うむ。」


ヴァルディスは二人を交互に見つめた。


「じゃがの。」


「謝るだけでは足りん。」


「許す者がおるから。」


「ごめんなさいは、届くんじゃ。」


フェリシアはリューベルを抱きしめたまま、静かにうなずいた。


「はい。」

 

ジークハルトがゆっくりと歩み寄る。


フェリシアを見つめる。


一瞬だけ、その瞳が揺れる。


何かを言いかけて、口を閉じた。


そして、小さくうなずく。


フェリシアは目を潤ませながら微笑んだ。


「ありがとうございます、お父様。」



コン……コン。


相手を気遣うような、優しいノックが響いた。


「失礼します。」


扉が開く。


柔らかな金褐色の髪を肩へ流し、エレノアが焼きたてのお菓子を運んできた。


「お待たせしました。」


甘い香りが、部屋いっぱいに広がる。


リューベルの顔が輝いた。


「おかし!」


「ふふ。もちろん、リューベルの分もありますよ。」


エレノアは三人の子どもたちを見渡し、優しく微笑んだ。


「今年も、健やかに育ってくれてありがとう。」


三人はそれぞれ頷く。


「さあ。」


エレノアはお菓子を机へ並べる。


「冷めないうちにいただきましょう。」


「やったー!」


「今日は成長祭じゃ!」


ヴァルディスも声を上げる。


「三人とも、たくさん食べるんじゃぞ!」


フェリシアは席へ着こうとして、ふと木箱へ目を向けた。


中には、欠けた木の花と一枚の花びら。


元には戻らない。


それでも。


フェリシアは木箱を胸へ抱き、家族を見渡した。


自然と笑みがこぼれる。

 

冬の日差しが、部屋を優しく包んだ。


家族の笑い声は、いつまでも響いていた。



挿絵(By みてみん)

画像はイメージです。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ