↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛で人は強くなれますか? -アルディア帝国物語-  作者: ハリネズミぽん助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/36

第三十三話 覚悟


赤と青。


二つの星光が激しく交差する。


剣と剣がぶつかるたび、轟音が決闘場へ響き渡った。誰もが息を呑み、その一撃一撃を見つめている。


ジークハルトは確信していた。


父の剣は、なお衰えていない。


技も、駆け引きも、星脈の扱いも。どれを取っても、自分が知る誰よりも上だった。


だからこそ。


勝負は、わずかな綻びで決まる。


ヴァルディスの呼吸が少しだけ深くなり、踏み込みがほんのわずかに遅れる。


その変化は、紙一枚ほど。誰にも気付けないほど小さい。


だが。


ジークハルトだけは見逃さなかった。


(父上……。)


胸が痛む。


それでも。


剣士として、今この一瞬を逃すことはできない。


ジークハルトは迷いを断ち切るように踏み込んだ。青い光を放つ刃が、一直線に走る。


ヴァルディスが剣を上げる。


しかし。


わずかに遅れた。


キィン――。


赤い刃を滑った青い剣が、ヴァルディスの左肩を浅く切り裂く。


鮮やかな赤が宙を舞った。


静寂。


一瞬遅れて、観客席が揺れる。


「入った!」


「皇帝陛下が、大帝陛下に傷を!」


「勝負あったか!」


歓声が決闘場を包み込む。


誰もが、勝負は決したと思った。


だが。


その歓声は、二人には届いていなかった。


互いの瞳に映るのは、目の前の相手だけ。聞こえるのは、荒くなる呼吸と剣を握る音。


そして。


互いの声だけだった。


ジークハルトは剣を構えたまま動かず、父を見つめる。


肩から流れる血。


深くなった呼吸。


額を伝う汗。


その姿を見て、静かに口を開いた。


「父上。」


ヴァルディスは穏やかに微笑む。


「なんじゃ。」


「もう十分です。」


ジークハルトは小さく首を振った。


「私は父上を超えたいと願い、この日まで剣を磨いてまいりました。ですが、このような勝ち方は望んでおりません。」


一度、言葉を切る。


「どうか……降参してください。」


ヴァルディスは何も答えない。


ジークハルトは続けた。


「私は父上を心から尊敬しております。幼い頃より、父上の背中を追い続けてまいりました。」


澄んだ青い瞳が、父の傷へ向けられる。


「その父上を、これ以上傷つけたくはありません。」


長い沈黙が流れた。


やがて、ヴァルディスがゆっくりと口を開く。


「……ジーク。」


その声は、どこまでも穏やかだった。


「強くなったのう。」


目を細める。


「お前は、わしの誇りじゃ。」


ジークハルトの瞳が揺れる。


「戦うことしか教えてやれなんだ、このわしを。それでも、お前は尊敬してくれておるのか。」


一度、息を吐く。


「……ありがとう。」


父として初めて、息子へ伝える心からの感謝だった。


ヴァルディスは剣を握り直す。


「じゃが。」


その一言で、空気が変わった。剣を包む暖かな赤が静かに揺れる。


「わしは諦めるわけにはいかん。」


ヴァルディスは真っ直ぐ息子を見る。


「わしは、リューベルを愛しておる。お前のことも愛しておる。」


そして。


その瞳が、どこか懐かしいものを見つめるように細められる。


「エルのことも。」


脳裏に、エルフリーデの笑顔が浮かんだ。


「エルは、こんなわしを愛してくれた。わしは、あやつを失ってからようやく、その愛の大きさに気づいた。」


ヴァルディスは、剣を握る手に力を込める。


「最後に、エルはわしに言ったんじゃ。」


『わしの愛を、大事にしてほしいと。』


あの日の言葉は、今も胸の奥で生き続けている。


「わしには長いこと、その意味が分からなんだ。じゃが、今は少しだけ分かる。」


ヴァルディスは真っ直ぐジークハルトを見る。


「愛する者が、笑って生きられるように守る。」


「それが、わしの答えじゃ。」


暖かな赤の星光が、静かに揺れた。


「わしは、リューの笑顔を守りたい。」


ほんの少しだけ、目を伏せる。


「……じゃが。」


「お前の笑顔を奪いたいわけではない。」


ヴァルディスは、もう一度息子を見る。


「こんなことをさせてしもうて、すまんな。」


「お前も、わしの大事な息子じゃ。お前にも、笑って生きてほしい。」


ジークハルトの澄んだ青い瞳が、わずかに見開かれる。


「リューの笑顔を守ることも、お前の笑顔を守ることも、わしにはどちらも捨てられん。」


「……これが、今のわしの愛じゃ。」


その一言には、七十年の人生が込められていた。


「……わがままな父親じゃのう。」


ヴァルディスは小さく笑った。


「じゃが、これだけは譲れん。」


剣を構え直す。


「じゃから、ジーク。」


鋼色の瞳が、真っ直ぐ息子を捉えた。


「わしを殺す気で来い。」


「この気持ちは、何があっても変わらん。」


ジークハルトは何も言えなかった。


父の覚悟が、痛いほど伝わってくる。


長い沈黙。


やがてジークハルトは静かに目を閉じ、深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。


そして。


目を開く。


その瞳から、迷いは消えていた。


「……そうですか。」


剣を握り直す。深く澄んだ青が、静かに揺れる。


「承知しました、父上。」


剣を構える。


「全力で参ります。」


ヴァルディスは豪快に笑った。


「それでこそ、わしの息子じゃ。」


その瞬間。


再び二人から言葉が消えた。


もう、語るべきことはない。


剣だけが。


互いの人生を語る。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。