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愛で人は強くなれますか? -アルディア帝国物語-  作者: ハリネズミぽん助


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第三十一話 剣士


「始め。」


レオポルトの声が、決闘場に響いた。


その瞬間。


二人は同時に剣を抜く。


澄んだ金属音が重なり、赤と青、二色の星光が刃を包み込んだ。


ヴァルディスの剣を包むのは、暖かな赤。


ジークハルトの剣を包むのは、深く澄んだ青。


研ぎ澄まされた意志そのもののような、鋭い輝きを放っている。


観客席から、どよめきが起こった。


「なんという星光だ……。」


「これほど濃いとは。」


「さすがは、歴代最強と呼ばれたお二人だ。」


その中で、一人の老騎士が目を細めた。


「……変わられたな。」


隣に座る若い騎士が、老騎士を見る。


「大帝陛下の星光ですか?」


「ああ。」


老騎士は、ヴァルディスの剣を包む赤い光を見つめる。


「星光は、その者の本質を映す。若き日の大帝陛下は、燃え盛る炎そのもののような赤じゃった。」


老騎士の目に、遠い日の戦場が蘇る。


敵陣を切り裂き、誰よりも前を駆けていた男。


その剣に宿っていたのは、すべてを焼き尽くすような激しい赤だった。


「じゃが、今は……。」


老騎士は静かに笑った。


「穏やかな赤になられた。」


若い騎士は、改めてヴァルディスを見る。


確かに、その赤には炎のような力強さがある。


しかし、それだけではない。


近くにいる者を照らし、包み込むような温もりが宿っていた。


リューベルも、二人の剣を見つめていた。


赤と青。


異なる二つの星光が、決闘場の中央で鮮やかに輝いている。


(きれい……。)


誰もがその力の強さに息を呑む中、リューベルだけは二つの光の美しさに目を奪われていた。


ヴァルディスとジークハルトが、静かに剣を構える。


長い白髪が風に揺れ、ヴァルディスの鋼色の瞳が静かに細められる。その向かいでは、蒼銀の髪を揺らしたジークハルトの澄んだ青い瞳が、一瞬たりとも父を逃さない。


互いの視線は、決して逸れなかった。


そして。


同時に地を蹴る。


ガンッ!!


二つの剣が真正面からぶつかり合い、衝撃に長い白髪と蒼銀の髪が大きく揺れ、赤と青の星光が激しく弾けた。


「なっ……!」


観客席の騎士たちが、思わず身を乗り出す。


たった一度、剣を合わせただけ。


それなのに、衝撃は観客席にまで伝わった。


剣を押し合ったのは、ほんの一瞬。


ジークハルトが先に動く。


剣を引き、すぐさま踏み込んだ。


右からの斬撃。


ヴァルディスが受ける。


ジークハルトは止まらない。


剣を返して左から斬り上げ、さらに一歩踏み込み、肩口を狙って剣を振り下ろした。


ギィン!


ガキィン!!


カンッ!!


星光と火花が、二人の間で激しく散る。


一撃。


二撃。


三撃。


歴代最高と称えられるジークハルトの剣技が、息つく間もなくヴァルディスへ襲いかかる。


速い。


力強い。


それでいて、動きには一切の乱れがない。


踏み込みから剣を振るまで、すべてが滑らかにつながっていた。


まさに、帝国最強の剣だった。


しかし。


ヴァルディスは崩れない。


七十歳とは思えないほど大きな身体は揺らがず、長い白髪だけが刃の風に静かに揺れている。


大きく後ろへ下がることもない。


半歩。


わずかに身体を傾ける。


手首を返し、剣の角度を変える。


それだけでジークハルトの斬撃を受け流し、次の剣を迎え撃つ。


ギンッ!


剣と剣が触れた瞬間、ヴァルディスの刃が滑り、ジークハルトの剣を外へと流す。


空いた胴へ、赤い剣が走った。


ジークハルトは素早く身を引いて紙一重でかわし、すぐさま前へ出る。


再び、青い剣が振るわれた。


ガキィン!!


二人の剣が激しく交差する。


「速い……。」


若い騎士が呟いた。


「剣先が見えない。」


二人の身体は見えている。足の動きも、肩の動きも追うことができる。


だが。


そこから先が見えなかった。


剣を振ったと思った時には、すでに次の一撃へ移っている。


赤と青の光だけが、二人の間に幾筋もの軌跡を描いていた。


「今、どちらが振った?」


「分からん……。」


「二度、いや、三度は打ち合ったはずだ。」


観客たちは目を凝らすが、それでも剣先を捉えることができない。


そんな中でも、誰の目にも分かることがあった。


ヴァルディスは、ほとんど動いていない。


ジークハルトの剣が激しさを増すほど、その違いは明らかになっていく。


一歩踏み込む必要がある場面でも、半歩。


大きく剣を振るうべき場面でも、手首を返すだけ。


迫る刃に対して、ほんのわずかに身体の位置を変える。


ただ、それだけだった。


「なんだ、あの動きは……。」


「動いていないように見えるのに。」


「すべて防いでいる。」


老騎士が静かに口を開いた。


「防いでおるのではない。」


若い騎士が振り返る。


「では……?」


「最初から、剣が届かぬ場所におるのじゃ。」


速さだけではない。


力だけでもない。


数え切れないほどの戦いと、積み重ねた年月。


そのすべてが、ヴァルディスの一挙一動に宿っていた。


「七十を越えているのだぞ……。」


「本当に、あれほど動けるものなのか。」


「皇帝陛下と互角だ。」


「いや……。」


一人の騎士が、ごくりと息を呑む。


「剣の技だけなら、大帝陛下の方が……。」


その先を、誰も口にしなかった。


だが、否定する者もいない。


リューベルは、瞬きも忘れて二人を見つめていた。


おじい様。


お父様。


二人とも、いつもとは違う。


リューベルが知っているヴァルディスは、いつも大きな声で笑っていた。頭を撫で、抱き上げ、優しく名前を呼んでくれる。


ジークハルトは、いつも厳しかった。背筋を伸ばし、感情を表に出さず、静かな声で言葉を告げる。


今、目の前にいる二人は。


どちらとも違っていた。


互いを射抜くような鋭い眼差しで、わずかな動きも見逃さぬように相手だけを見つめている。


その迫力に、離れているはずのリューベルの身体まで強張った。


怖い。


鋼色の瞳も、澄んだ青い瞳も、自分が知っている時よりずっと鋭かった。


それなのに。


二人の口元には、わずかな笑みが浮かんでいる。


ヴァルディスも。


ジークハルトも。


楽しそうに笑っていた。


リューベルには、その理由がまだうまく分からない。


それでも、二人が怒っているのではないことだけは分かる。


憎み合っているわけでもない。


互いに本気の剣を向けながら、二人は心からこの瞬間を楽しんでいた。


(これが……。)


リューベルは二人を見つめる。


(二人とも……こんな顔をするんだ。)


ジークハルトもまた、目の前の父を見つめていた。


剣を合わせるたびに、確信が深まっていく。


この剣を、私は知らない。


ジークハルトが幼い頃に見た父は、戦場を駆ける英雄だった。


分厚い鎧を身につけ、巨大な剣を振るい、その一撃で敵兵をまとめて薙ぎ払う。


圧倒的な力で、戦場そのものを支配する男。


それが、ジークハルトの知るヴァルディスだった。


だが、今は違う。


片手剣。


軽い鎧。


最小限の動き。


かつての荒々しさは消え、一つ一つの技が極限まで研ぎ澄まされている。


力で押し潰す剣ではない。


相手の動きを見切り、わずかな隙を捉える剣。


無駄なものをすべて削ぎ落とした、完成された剣だった。


(私は……。)


ジークハルトの剣を、ヴァルディスが受け流す。


赤い刃がそのまま首元へと走り、ジークハルトは身を沈めてかわすと、下から剣を振り上げる。


ヴァルディスは半歩下がり、刃先を外した。


(この父を知らない。)


戦場を退いたあとも、皇帝の座を譲ったあとも、父は剣を捨ててはいなかった。


そうでなければ、この剣には辿り着けない。


退いたのではない。


歩みを止めていたのでもない。


父は、今もなお強くなり続けている。


その事実に気づいた瞬間、ジークハルトの胸の奥に熱いものが込み上げた。


怖くはなかった。


悔しくもない。


むしろ。


嬉しかった。


目の前には、まだ超えるべき父がいる。


その事実が、どうしようもなく嬉しかった。


ギィン!!


ジークハルトの剣を受け流したヴァルディスが、小さく笑う。


「どうした、ジーク。」


赤い剣が横薙ぎに走り、ジークハルトが受け止めた。


ガキィン!!


「政務ばかりで、腕が鈍っておるのではないか?」


ジークハルトは押し返して素早く剣を振るい、ヴァルディスはそれをかわしながら、さらに笑みを深める。


「わしは、お前と違って時間があるからの。」


ジークハルトの口元にも、笑みが浮かんだ。


「……そうですか。」


二人の剣がぶつかり、赤と青の星光が弾ける。


「安心しました。」


ヴァルディスが片眉を上げた。


「何がじゃ。」


ジークハルトは一度距離を取り、静かに剣を構え直す。


深い青の星光が刃の上で大きく揺らめいた。


先ほどまでよりも、さらに濃く、さらに鋭い。


蒼銀の髪がふわりと浮き、澄んだ青い瞳には父だけが映っている。


見る者の肌を刺すような輝きが、決闘場を満たしていく。


「まだ、超えるべき父上がおられる。」


ヴァルディスも剣を構える。


長い白髪の向こうで、鋼色の瞳がわずかに細められた。


その目には、息子の成長を喜ぶような光が宿っている。


ジークハルトは深く息を吸う。


そして。


父だけを見つめ、静かに告げた。


「ここからは。」


青い星光が、決闘場を照らす。


「本気で参ります。」





挿絵(By みてみん)




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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