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愛で人は強くなれますか? -アルディア帝国物語-  作者: ハリネズミぽん助


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第二十五話 冬の勇気


冬。


皇后宮の庭は、一面の雪景色だった。


エルフリーデは、横になって過ごす時間が増えていた。


歩くことも、少しずつ難しくなっていた。


それでも、エルフリーデは窓辺に立っていた。


長い蒼銀の髪が細い肩を覆い、以前より少し痩せた身体を厚手の上着が包んでいる。


それでも、窓の外を見つめる青い瞳は、子どものように輝いていた。


小さく息をのむ。


真っ白な雪。


木々の枝にも、ふんわりと雪が積もっている。


朝日を受けて、きらきらと輝いていた。


「陛下。雪です!」


その声は、どこか弾んでいた。


ヴァルディスは窓の外を見て、思わず笑う。


「そんなにはしゃぐ歳でもあるまい。」


エルフリーデは少し頬を膨らませた。


「歳は関係ありません。」


「雪は、何度見ても綺麗です。」


ヴァルディスは肩をすくめる。


「子どものようじゃな。」


エルフリーデは嬉しそうに笑った。


「だから、少しだけ外へ出ませんか。」


ヴァルディスは一瞬ためらう。


窓の外を見る。


雪。


冷たい風。


そして、エルフリーデの身体。


最近は、横になっている時間のほうが長い。


食事の量も減り、以前より細くなった。


それなのに。


自分と何かをしようとする時だけ、エルフリーデは驚くほど嬉しそうに笑う。


「お願いします。少しだけ、歩いてみたいのです。」


その笑顔を見ていると、断る言葉が出てこなかった。


「……分かった。無理はせぬこと。」


「はい。」


二人は庭へ出た。


吐く息が白い。


エルフリーデは一歩踏み出そうとする。


だが。


足が動かない。


もう一度、ゆっくり力を入れる。


それでも、思うように前へ出ない。


ヴァルディスの表情が曇る。


「もうよい。今日は戻ろう。」


エルフリーデは首を横に振った。


深く息を吸う。


そして、震える足をゆっくり前へ運ぶ。


一歩。


雪を踏む。


踏みしめた雪が、小さく鳴った。


冷気に頬を赤らめながら、エルフリーデは嬉しそうに笑う。


「歩けました。」


ヴァルディスは何も言えない。


すぐ隣に立つ大きな身体が、いつでも彼女を支えられるよう、わずかに身を寄せていた。


もう一歩。


また一歩。


決して速くはない。


それでも、確かに前へ進んでいた。


ヴァルディスは、いつでも支えられるよう、すぐ隣を歩く。


転ばぬように。


冷えすぎぬように。


何度も様子を見る。


エルフリーデは、そのたびに小さく笑った。


苦しそうに息を整えることはあっても、その顔から笑みは消えない。


むしろ。


ヴァルディスと並んで歩く一歩一歩を、惜しむように楽しんでいるように見えた。


◇


やがて、庭の奥へ少し進んだところで立ち止まる。

 

白い息を吐く。


ヴァルディスは静かに言った。


「……怖かったか。」


エルフリーデは少し考え、素直にうなずいた。


「はい。怖かったです。」


ヴァルディスは目を伏せる。


「ならば、無理をする必要はなかった。」


エルフリーデは優しく笑った。


「でも、歩きたかったのです。」


少しだけヴァルディスを見つめる。


「私は、あなたの隣を歩く人です。」


「だから、少しでも、あなたのように勇気を持っていたいのです。」


ヴァルディスは静かに息をのんだ。


エルフリーデは雪景色へ目を向ける。


「歩けなくなる日が、来るかもしれません。」


「だから、歩ける今日を大切にしたいのです。」


ヴァルディスは何も言えなかった。


ただ、そっとエルフリーデの手を握る。


その手は冷たかった。


だから、少しだけ力を込める。


エルフリーデも握り返した。


二人は並んで歩き始める。


来た時より、少しだけゆっくり。


でも。


その歩みは、どこか温かかった。


皇后宮の前へ戻る。


ヴァルディスはエルフリーデを見る。


「疲れたじゃろう。」


エルフリーデは、くすりと笑う。


「はい。でも、頑張ってよかった。」


ヴァルディスは首をかしげた。


「よかった?」


エルフリーデの頬は冷気で赤くなり、呼吸も少し乱れていた。


それでも、その青い瞳は窓辺にいた時よりもずっと明るかった。


エルフリーデは優しく笑う。


「あなたの、いろんなお顔が見れました。」


「心配そうなお顔。」


「困ったお顔。」


「怒ったお顔。」


「安心したお顔。」


ヴァルディスは照れくさそうに顔をそむける。


エルフリーデは、その横顔を見つめながら笑った。


「ふふ。楽しかったです。」


ヴァルディスは、その笑顔を見つめる。


身体は少しずつ弱っていく。


なのに。


自分と過ごすようになってから、エルフリーデは以前よりよく笑うようになった。


そのことが、嬉しくて。


そして、少しだけ怖かった。


冬の風が静かに吹く。


白い雪は、何も言わず、二人の足跡をそっと見守っていた。


ヴァルディスは雪の上に残る足跡を見つめる。


懸命に歩くエルフリーデの足跡。


その隣に並ぶ、自分の足跡。


ゆっくり。


本当にゆっくりだった。


それでも、一歩ずつ前へ進んでいた。


(勇気とは。)


ヴァルディスは静かに目を閉じる。


(ただの強さではないのじゃな。)


怖くても。


今日を大切に生きること。


その一歩を、止めぬこと。


ヴァルディスは気付かされた。


そっとエルフリーデの手を握り直す。


剣を握り続けてきた大きな手の中に、細く冷えた白い手が収まった。


(勇気をもらっておるのは。)


小さく笑う。


(……わしの方じゃ。)



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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