↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛で人は強くなれますか? -アルディア帝国物語-  作者: ハリネズミぽん助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/36

第二十四話 秋の約束


秋。


皇后宮の庭は、ゆっくりと紅く染まり始めていた。


黄金色の葉。真紅の紅葉。


やわらかな秋風が吹くたび、色づいた葉がひらりと舞い落ちる。


庭に面したテラスで、エルフリーデは椅子に腰掛け、その景色を静かに眺めていた。


秋風が長い蒼銀の髪を揺らし、色づいた葉がその傍らを静かに舞い落ちていく。


今日は昼には戻る。


ヴァルディスはそう約束していた。


「今年の紅葉は、一緒に見よう。」


そう言って笑っていた。


テラスには小さな卓が置かれ、その両側には二脚の椅子が並んでいる。


卓の上には二人分の茶器と、ヴァルディスが好む菓子。


朝、侍女に頼んで用意してもらったものだった。


エルフリーデは時折、自分の隣にある空いた椅子へ目を向ける。


ここへヴァルディスが座る。


一緒にお茶を飲みながら、紅葉を見る。


ただ、それだけの約束だった。


けれど、エルフリーデは朝から楽しみにしていた。


昼を過ぎても、ヴァルディスは来なかった。


エルフリーデは何も言わず、庭を眺めていた。


しばらくすると、侍女が卓の上の茶器に触れる。


「皇后陛下。お茶が冷めてしまいましたので、新しいものをお持ちいたします。」


「ありがとう。」


新しい茶が運ばれてきた。


けれど、それもやがて冷めていった。


少しずつ、日は傾いていく。


侍女が心配そうに声を掛けた。


「皇后陛下。お部屋でお待ちになりますか。」


エルフリーデは穏やかに微笑む。


「いいえ。ここで待ちます。」


そして、もう一度庭へ目を向けた。


「陛下は、きっと来てくださいますから。」


その声に、迷いはなかった。


◇


やがて、遠くから馬の足音が聞こえた。


エルフリーデが顔を上げる。


馬の足音は次第に大きくなり、ほどなくして一人の男が庭へ姿を現した。


ヴァルディスだった。


長い黒髪を乱し、大きな身体で庭へ駆け込んでくる。息は切れ、衣には土埃が付いていた。


エルフリーデの青い瞳が、嬉しそうに細められる。


ヴァルディスはテラスの前まで来ると足を止め、乱れた呼吸を整えようとした。


「……すまん。」


それだけだった。


エルフリーデは何も聞かなかった。


ヴァルディスはうつむく。


「約束を……守れなんだ。」


風が吹き、紅葉が一枚、二人の間へ舞い落ちた。


エルフリーデはその葉を拾い上げる。


「陛下。」


ヴァルディスは静かに顔を上げた。


「約束は、未来を信じるためのものです。」


穏やかな声だった。


「だから、守れなかった日があっても、その約束までなくなるわけではありません。」


ヴァルディスは黙って聞いていた。


エルフリーデは手の中の紅葉へ目を落とす。


「大切なのは、約束に込めた想いです。」


少しだけ間を置く。


「その想いは、きっと、ずっと残ります。」


風が吹き、色づいた葉が空を舞った。


エルフリーデは微笑む。


「私は嬉しかった。だから、待っていました。」


ヴァルディスは胸が締めつけられるようだった。


約束を守れなかった。


その事実は変わらない。


それでも、彼女は責めなかった。


約束よりも、その時の想いを大切にしてくれていた。


ヴァルディスはふと、テラスの卓へ目を向ける。


二人分の茶器が置かれていた。


「……あれは。」


「一緒に飲もうと思いまして。」


ヴァルディスは茶器を見つめる。


「ずっと待っておったのか。」


「はい。」


「昼からか。」


「はい。」


エルフリーデは当たり前のことのように答えた。


ヴァルディスの眉が寄る。


「なぜ、ずっと――」


そこまで言って、口を閉じた。


本当なら言いたかった。


なぜ、ずっと待っておった。


身体が弱っておるのに。


寒くなってきたら、部屋へ戻ればよかったではないか。


だが。


待たせたのは、自分だ。


約束したのも、自分だった。


ヴァルディスは拳を握り、言葉を飲み込む。


「……すまん。」


もう一度、そう言うことしかできなかった。


何度、茶を淹れ直したのだろう。


何度、庭の向こうへ目を向けたのだろう。


それでも、この人は自分を責めない。


「西部から急報が入った。」


ヴァルディスはぽつりと言った。


「すぐに終わらせるつもりだった。じゃが、次から次へと――」


そこで、言葉を止める。


「……いや。言い訳じゃな。」


エルフリーデは首を横に振った。


「来てくださったではありませんか。」


ヴァルディスが顔を上げる。


エルフリーデは嬉しそうに笑っていた。


「私は、それが嬉しいです。」


「……そうか。」


ヴァルディスはそれ以上、何も言えなかった。


しばらく沈黙が続く。


やがて、ヴァルディスはゆっくりと紅葉を見上げた。


日は、もう沈みかけている。


今日、一緒に眺められる時間はほんのわずかだった。


「……もう、終わってしまうな。」


その声に、悔しさが滲んだ。


すると、エルフリーデは少し不思議そうにヴァルディスを見る。


「まだですよ。」


「ん?」


「今日は、まだ終わっていません。」


エルフリーデは夕日に染まる庭へ目を向けた。


黄金色の光の中、色づいた葉が静かに揺れている。


「少しだけですが、まだ一緒に見られます。」


そして、自分の隣にある空いた椅子をそっと手で示した。


「座りませんか?」


ヴァルディスは、その椅子を見る。


朝からずっと、自分のために空けられていた場所。


「……ああ。」


ヴァルディスは隣の椅子へ腰を下ろした。


朝からずっと空いていた場所が、ようやく埋まった。


二人で庭を見る。


風が吹き、一枚の紅葉がヴァルディスの肩へ落ちた。


エルフリーデがそれに気づき、くすりと笑う。


「なんじゃ。」


「いいえ。」


エルフリーデは手を伸ばし、その葉を取った。


「ついていましたよ。」


「そうか。」


「はい。」


それだけの会話だった。


けれど、不思議と心地よかった。


以前のヴァルディスなら、この沈黙に耐えられなかっただろう。


何を話せばよいのか分からず、政務や戦を理由に立ち去っていたかもしれない。


だが今は。


何も話さなくてもよかった。


隣にエルフリーデがいる。


それだけでよかった。


侍女が新しい茶を運んできた。


今度は、二人の前に置かれる。


エルフリーデが茶器を手に取った。


「温かいですね。」


「ああ。」


ヴァルディスも一口飲む。


冷え始めていた身体に、温かさがゆっくりと広がった。


目の前では、夕日を受けた紅葉が輝いている。


ヴァルディスはしばらくその景色を眺めた。


そして、小さく笑う。


「来年は……今度こそ、最初から最後まで一緒に見よう。」


エルフリーデは少し目を丸くした。


やがて、花が咲くように微笑む。


「はい。約束です。」


ヴァルディスも優しく笑った。


「ああ。約束じゃ。」


二人は並んで紅葉を見上げる。


秋風が、ヴァルディスの長い黒髪とエルフリーデの蒼銀の髪を揺らした。


夕日に照らされた木々は、黄金色に輝いている。


その景色は、何よりも美しかった。


だが、きっと。


一人で見ていたなら、これほど美しいとは思わなかった。


ヴァルディスは隣を見る。


蒼銀の髪を秋風に揺らしながら、エルフリーデが穏やかに紅葉を見つめていた。


ヴァルディスは静かにつぶやく。


「……ありがとう、エルフリーデ。」


エルフリーデは少し驚き、そして優しく笑った。


「どういたしまして。」


秋風が吹き、色づいた葉が二人を包むように舞う。


約束は、未来を信じるためのもの。


その想いは。


きっと。


ずっと残り続ける。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。