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愛で人は強くなれますか? -アルディア帝国物語-  作者: ハリネズミぽん助


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第一話 第十二皇子(後編)


「なっ……」


ジークハルトの目が見開かれる。


「だ、大帝陛下!」


「おやめください!」


家臣たちが慌てて駆け寄ろうとする。


しかしヴァルディスは手を上げ、それを制した。


静かな部屋に、膝をつく音だけが響く。


「父上。」


ジークハルトが低く呼ぶ。


「立ってください。」


「嫌じゃ。」


「父上。」


「お前が認めるまで立たん。」


「そのようなことをされても、答えは変わりません。」


「頑固じゃのう。」


「父上ほどではありません。」


ヴァルディスは小さく笑った。


「そうかもしれんな。」


しばらく沈黙が流れる。


誰も口を開かず、ヴァルディスも床を見つめたまま動かなかった。


少し離れた場所で見守っていたレオヴェインは、小さく息をのむ。


目を見開いたまま、祖父から視線を離せない。


やがてヴァルディスは小さく息を吸う。


「……ジークハルト。」


ジークハルトの表情が、わずかに揺れた。


ヴァルディスは深く頭を下げる。


「頼む。」


短い一言だった。


「この子だけは。」


もう一度、頭を下げた。


「わしに名付けさせてくれ。」


それだけだった。


理由は語らない。


何も説明しない。


ただ、その声は真っ直ぐだった。


長い沈黙が流れる。


誰も息をすることさえ忘れたようだった。


エレノアは静かにその姿を見つめ、やがて目に涙を浮かべる。


腕の中で眠る小さな命を見つめる。


そして、もう一度ヴァルディスを見る。


何も言わない。


ただ、その涙だけがすべてを語っていた。


「お母様……?」


フェリシアがエレノアの袖を、そっと握った。


エレノアは涙をぬぐって娘へ優しく微笑む。


「大丈夫ですよ。」


「この子のことで、こんなにお二人が真剣になってくださって、私は嬉しいのです。」


その笑顔を見て、フェリシアも安心したように微笑んだ。


ジークハルトはエレノアを見た。


一瞬だけ、その瞳が揺れる。


何かを言いかけて、口を閉じた。


再び沈黙が訪れる。


やがて。


澄んだ青い瞳が、父を真っ直ぐ見つめた。


「……分かりました。」


静かな声だった。


ヴァルディスはゆっくり顔を上げる。


「本当か?」


「父上に、お任せします。」


一瞬。


部屋が静まり返る。


レオヴェインの肩から、ふっと力が抜けた。


フェリシアも、ぎゅっと握っていた手をそっと開く。


そして次の瞬間。


「本当か!」


鋼色の瞳が少年のように輝く。


ジークハルトの肩を掴む。


先ほどまで床に頭をつけていた男とは思えないほど、晴れやかな笑顔だった。


「ありがとう、ジーク!」


家臣が思わずつぶやく。


「……戻られた。」


隣にいた若い家臣が、小さく首をかしげた。


「何がです?」


年配の家臣は目を細める。


「以前の大帝様に。」


「……あのように心から笑われるのは、久しぶりだ。」


若い家臣は改めてヴァルディスを見た。


年配の家臣は小さく微笑む。


「やはり、大帝様はああでなくては。」


ヴァルディスは赤子を抱き上げる。


「待たせたのう。」


その表情は、また祖父の顔に戻っていた。


腕の中の赤子を見つめ、優しく笑う。


「お前の名は――」


そっと赤子を抱き直す。


部屋中が静まり返る。


「リューベル。」


その名を、慈しむように口にした。


「リューベル・アイゼンベルクじゃ。」


ジークハルトが尋ねる。


「その名の意味はなんですか?」


「ん、それはじゃな……。」


ヴァルディスは少し照れくさそうに頭をかく。


部屋中の視線が集まる。


「だから、その……。」


少しだけ言い淀む。


そして。


いたずらを思いついた子どものように、にやりと笑った。


「ラブじゃよ!」


部屋は静まり返った。


侍女たちは顔を見合わせ、家臣たちも首をかしげる。


ジークハルトも黙ったままだった。


フェリシアは不思議そうにヴァルディスを見つめる。


「らぶ……?」


そんな中、エレノアだけが小さく笑った。


「ふふっ……」


ヴァルディスもつられて笑う。


「よしよし。」


赤子の頭をそっとなでる。


「元気に育つんじゃぞ。」


リューベルは眠ったまま小さく身じろぎした。


その姿を見て、ヴァルディスは目を細める。


「かわいいのう。」


レオヴェインは弟を見つめた。


翠色の瞳は、静かな決意を映していた。


フェリシアは朝日に照らされた蜂蜜色の髪を柔らかく輝かせながら、小さな手を優しく包む。


夜明けの光が静かに産室へ差し込む。


リューベルは、その温かな光も知らず、穏やかな寝息を立てていた。



挿絵(By みてみん)

画像はイメージです。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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