↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛で人は強くなれますか? -アルディア帝国物語-  作者: ハリネズミぽん助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/36

第十七話 祖父と父


夕方。

 

ヴァルディスは静かに扉を開ける。


皇帝執務室には、傾きかけた陽の光が差し込んでいた。


聞こえるのは、紙をめくる音だけだった。


机に向かっていたジークハルトが、扉の音に顔を上げる。


夕陽を受けた蒼銀の髪が、淡く光を帯びていた。

 

「珍しいですね。どうされました、父上。」


ヴァルディスは机の前まで歩み寄った。


「話がある。」


その一言で、ジークハルトは筆を置いた。

 

「お聞きします。」


ヴァルディスは息子を真っ直ぐ見つめる。


「リューの訓練を見た。」


「そうですか。」


「おぬしの教えも聞いた。」


ジークハルトは静かに頷いた。


「……どう思われましたか。」


わずかな沈黙が流れる。


「見直せ。」


ジークハルトは迷わなかった。


「できません。」


即答だった。


「リューは変わった。」


「はい。」


「笑わなくなった。」


「……分かっています。」


「約束も守れんほど追い詰められておる。」


「それでも、今は必要です。」


「六歳じゃぞ!」


ヴァルディスの声が大きくなる。しかし、ジークハルトも一歩も引かない。


「六歳だからです。才能を伸ばせるのは今しかありません。」


ヴァルディスの眉がぴくりと動く。


「まだ子どもじゃ!」


「皇子です。」


「わしは、あの子の笑顔を守りたい。」


「私は、あの子の命を守りたい。」


ヴァルディスは黙った。


ジークハルトは続ける。


「リューベルは、もう周囲から注目され始めています。あの才能を見せた以上、貴族は近づきます。利用しようとする者も現れるでしょう。」


「兄弟を担ぐ者の中には、リューベルを邪魔だと思う者も出る。敵国も、いずれ目をつけます。」


「強くならなければ、生き残れません。」


ヴァルディスは静かに聞いていたが、やがて口を開いた。


「……だからなんじゃ。」


ジークハルトの眉が動く。


「父上……。」


「笑顔を失うほど追い詰めてよい理由にはならん。」


ジークハルトも譲らない。


「甘さでは守れません。」


「笑顔で人が強くなれますか。」


ヴァルディスの声も大きくなる。


「笑えん子どもが幸せになれるか!」


「わしは、そんな強さはいらん!」


「父上は現実を――」


「現実くらい知っとるわ!!」


「誰よりも知っとる!!」


ジークハルトは椅子から立ち上がり、ヴァルディスに詰め寄った。


「では、お聞かせください。」


「父上は幼い頃の私に、何と教えましたか。」


ヴァルディスは言葉を失った。


ジークハルトは続ける。


「『兄弟はいずれ皇位を争う。敵と思え』」


「そう教えてくださったのは、父上です。」


「強くなれと。」


「誰にも負けるなと。」


「情けをかければ命を落とすと。」


ジークハルトは静かに拳を握った。


「だから私は、その教えを信じてここまで来ました。」


「……ああ。」


「わしは、そう教えた。あの頃のわしは、それしか知らんかった。」


「それが帝国を守る道じゃと、本気で信じておった。」


「じゃが……それだけでは、人は幸せになれんかった。」


ヴァルディスは息子を見つめる。


「わしは、お前にも同じ後悔をしてほしくない。」


互いの視線がぶつかった。


「私は……父上の教えを信じたから皇帝になれたのです。」


「今になって、それは間違いだったとおっしゃるのですか。」


ヴァルディスは答えられなかった。


ジークハルトの声に、初めて感情が滲む。


「私は、父上の背中だけを見て生きてきました。」


「父上に認められたくて、剣を振り続けました。」


握った拳が、わずかに震えていた。


「兄弟を敵と思えと言われれば敵と思った。」


「情けを捨てろと言われれば捨てた。」


「強くなれと言われれば、誰よりも強くなろうとした。」


「私は、一度たりとも父上の教えを疑ったことはありません。」


「それなのに……。」


「今さら私が間違っていたとおっしゃるのですか!」


「……私の人生は何だったのですか!!」


「違う!」


ヴァルディスは一歩前へ出た。


「お前が間違っとるんじゃない!」


「わしが間違えたんじゃ!」


「わしがお前を、そう育ててしまったんじゃ!」


「同じことです!」


「私の全ては父上の教えでできている!」


「それを否定されて、どう受け入れろと言うのですか!!」


「だから変われと言っとるんじゃ!」


「人は変われる!」


「……わしが証拠じゃ!」


ヴァルディスの声が、わずかに弱まる。


「頼む……ジーク。」


「訓練を見直してくれ。」


「できません。」


「見直せ。」


「できません。」


「……見直せと言っておる!!」


「できません!!」


ガンッ!!


ヴァルディスが椅子を蹴り飛ばした。


椅子は大きな音を立てて転がり、執務室が静まり返る。


ジークハルトの目が、わずかに見開いた。


(……久しぶりだ。)


幼い頃、何度も聞いた音。


父が本気で怒った時に響いた音。


ほんの一瞬だけ、あの日々がよぎる。


しかし、次の瞬間には皇帝ジークハルトの瞳へ戻っていた。


「父上。」


「物に当たっても何も変わりません。」


「なんじゃと……!」


ヴァルディスは低い声で言う。


「わしはヴァルディスじゃぞ。」


ジークハルトの瞳が鋭くなる。


「それが、なんです。」


「私はジークハルトです。」


二人の声が執務室に響く。


もう誰にも止められない。


ヴァルディスは拳を握った。


「わしは……!」


「リューのじいちゃんじゃぞ!!」


ジークハルトも叫ぶ。


「私は!!」


「リューベルの父です!!」


一瞬。


部屋が静まり返った。


祖父と父。


二人とも、リューベルを守りたいだけだった。


だが、その愛し方だけは、どうしても交わらない。


ヴァルディスの中で、長く眠っていた炎が一気に燃え上がった。


「なぜ分からん!!」


「この頑固者がーーー!!」


「決闘じゃーーー!!」


ヴァルディスは息子を指さした。


「ジーク!!」


「逃げることは許さんぞ!!」


ジークハルトの口元が、怒りからわずかに歪む。


蒼銀の髪の下、普段は静かな青い瞳が鋭く父を射抜く。


「逃げません。」


「その決闘、お受けします。」


「私に勝つつもりですか。」


執務室には、二人の闘志だけが燃えていた。




挿絵(By みてみん)



数ある小説の中から、このお話を見つけていただきありがとうございます。


この十七話は、ヴァルディスとジークハルト。

同じようにリューベルを愛している二人だからこそ、その想いがぶつかる、個人的にも大好きな話になりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。