表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛で人は強くなれますか? -アルディア帝国物語-  作者: ハリネズミぽん助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/16

第十一話 才能


「行きます!」


リューベルは地を蹴り、両手で握った木剣を真っ直ぐに振り下ろした。

 

ジークハルトは木剣をわずかに傾けた。


カン。


乾いた音が庭に響く。


木剣は横へ流れ、リューベルの身体がよろめく。


「あっ。」


慌てて足を踏み直し、木剣を構え直した。


「もう一度だ。」


「はい!」


リューベルは何度も木剣を打ち込む。


右。


左。


真っ直ぐ。


ジークハルトはすべて受け流した。


剣筋も力も、まだ六歳の子どものものだった。


それでもリューベルは楽しそうだった。


父に木剣を受けてもらうたび、嬉しそうに笑う。


ジークハルトは木剣をゆっくり振った。


息子を驚かせる程度の、軽い一撃。


その瞬間。


リューベルは半歩だけ後ろへ下がった。


木剣が鼻先を通り過ぎる。


「……。」


偶然だろう。


今度は左から振る。


リューベルは慌てて木剣を持ち上げた。


カン。


受け止めた。


だが、衝撃に耐えられず尻もちをつく。


「いたっ。」


「リューベル!」


フェリシアが声を上げる。


「大丈夫です!」


リューベルはすぐに立ち上がり、木剣を拾った。


「お父様。もう一回、お願いします。」


ジークハルトは頷く。


「来い。」


「はい!」


リューベルは駆け出し、正面から振り下ろすと見せかけて途中で横へ変えた。

 

おそらく、先ほどヴァルディスが見せた動きを真似たのだろう。


粗い。


遅い。


それでも、考えている。


ジークハルトは受け流した。


そして軽く剣を返す。


リューベルの身体が、木剣が動くより先にわずかに傾いた。


剣は空を切る。


「……。」


今度は偶然ではない。


「もう一度だ。」


「はい!」


ジークハルトは何度も木剣を振った。


右。


左。


突き。


剣筋を変え、視線を変え、呼吸まで変える。


リューベルはすべてを避けられるわけではない。


肩を打たれた。


腕も叩かれた。


転びもした。


それでも。


ときおり、本来なら避けられないはずの一撃から、先に身体を外している。


ジークハルトの表情から、父親としての柔らかさが消えていく。


そこにいるのは、数え切れない戦場を生き抜いてきた剣士だった。


だからこそ分かる。


リューベルは、剣を見ていない。


「リューベル。」


「はい。」


息を切らしながら、リューベルが返事をする。


「何を見ている。」


リューベルは、きょとんとした。


「お父様です。」


「私のどこだ。」


「どこ……ですか?」


「剣か。腕か。足か。」


リューベルはジークハルトをじっと見つめた。


質問の意味が分からないようだった。


「全部……です。」


「全部?」


「はい。」


「剣だけではないのか。」


「剣も見ます。」


リューベルは自分の木剣を持ち上げた。


「でも、お父様も見ています。」


「なぜだ。」


「だって、お父様が剣を動かすからです。」


ジークハルトは黙った。


正しい。


あまりにも単純で、正しい答えだった。


剣は勝手には動かない。振るのは人だ。


だから本当に見るべきものは、剣ではなく相手そのもの。

 

剣を学ぶ者なら誰もが教えられる。


だが。


教えられたからといって、できるものではない。


ましてや六歳の子どもが、誰にも教わらずに行っている。


「私が動く前から、避けていたな。」


「はい。」


「どうして分かった。」


「分かりません。」


「分からない?」


「はい。」


リューベルは困ったように眉を下げた。


「なんとなく、お父様が動きそうだったんです。」

 

澄んだ青い瞳が、静かにリューベルを見つめる。

 

「ジーク。」


後ろから、ヴァルディスの声がした。


「そんな怖い顔をするでない。リューが困っておるぞ。」


ジークハルトは我に返る。


目の前では、リューベルが少し不安そうにこちらを見ていた。


「叱っているわけではない。」


「……そうなんですね。」


リューベルはほっとしたように笑った。


「もう一回、お願いします。」


「……ああ。」

 

ジークハルトは木剣を構え直した。


今度は確かめるために。


構えを変える。


視線を変える。


呼吸を変える。


剣筋を変える。


リューベルは何度も打たれた。


額を軽く打たれた。


肩も叩かれた。


転びもした。


それでも。


同じ動きには、二度目の方が早く反応する。


三度目には、木剣が動く前に身体をずらした。


「……速い。」


見守っていたレオヴェインが小さく呟く。


ジークハルトは木剣を下ろした。


「休憩だ。」


「まだできます。」


「休むことも稽古だ。」


「……はい。」


少し残念そうに答え、リューベルは庭の端へ向かった。


フェリシアが駆け寄り、布で汗を拭く。


その様子を見ながら、ジークハルトはレオヴェインへ視線を向けた。


「お前には、どう見えた。」


レオヴェインは少し考えた。


「一度見ただけで、もう対応し始めています。」


ジークハルトは静かに頷いた。


「剣を見ているのではない。」


「……相手ですか。」


「ああ。」


ジークハルトはリューベルを見る。


「相手そのものを見ている。」


レオヴェインは黙り込んだ。


努力によって剣を身につけてきたからこそ、その異常さが分かる。


ジークハルトもまた、笑う息子から目を離さなかった。


胸が熱くなる。


嬉しかった。


これほどの才が、自分とエレノアの子に宿っていた。


剣士として、これ以上ないほど心が躍る。


だが、その喜びを上回る想いがあった。


皇帝として、この才能を埋もれさせるわけにはいかない。

 

この子なら──。


必ず、自分を超える。


父である自分が、その道を示さなければならない。


たとえ、その道がどれほど険しくとも。


「お父様!」


呼ばれ、ジークハルトは思考を止めた。


リューベルが駆け寄ってくる。


「休みました。」


「ああ。」


「もう一回できますか?」


ジークハルトは少しだけ間を置く。


「……今日はここまでにする。」


「……はい。」


少し残念そうにうつむく。


「リューベル。」


「はい!」


「また時間を作る。」


「本当ですか?」


「ああ。」


「約束、ですか?」


ジークハルトは静かに頷く。


「約束だ。」


「やった!」

 

リューベルはヴァルディスのもとへ駆けていく。


「おじい様! お父様に褒めてもらいました!」


「そうかそうか!」


ヴァルディスは豪快に笑い、孫を抱き上げた。


「よう頑張ったのう、リュー!」


「うん!」


「楽しかったか?」


「すごく楽しかった!」


ヴァルディスが見ていたのは、才能ではなかった。


剣筋でもない。


避けた回数でもない。


ただ、腕の中で嬉しそうに笑う孫の顔だけを見ていた。


「そうか。」


ヴァルディスは目尻を下げる。


「今日は、よう笑ったのう。」


「おじい様はいつも大きな声で笑っています。」


「はっはっは!そうじゃな!」


笑い声が庭に響く。


リューベルも笑う。


フェリシアも笑う。


レオヴェインも、小さく笑っていた。


ただ一人。


ジークハルトだけが、その光景を静かに見つめていた。


笑顔に囲まれた第十二皇子。


父としては、その笑顔を守りたい。


皇帝としては、その才能を磨かなければならない。


どちらも、本心だった。


「……この子は、私を超える。」


その呟きは、誰にも届かなかった。


だが、才能は隠せるものではない。


庭での稽古を見ていたのは、家族だけではなかった。

 

護衛騎士。


教師。


使用人。


誰もが、六歳の皇子の動きに目を奪われていた。


「……今の、見たか。」


「あの年齢で、あれを避けたのか。」


「陛下が、本気で確かめておられた……。」


驚きはやがて噂となり、人から人へと伝わっていく。

 

騎士たちの間へ。


教師たちの間へ。


文官たちの間へ。


そして、皇城中へと静かに広がっていった。


――第十二皇子には、とてつもない剣の才がある。


それを耳にしたヴァルディスは、鋼色の瞳を伏せ、小さく息を吐いた。


(……早すぎる。)

最後まで読んでいただき、ありがとうございます♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ