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愛で人は強くなれますか? -アルディア帝国物語-  作者: ハリネズミぽん助


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第十話 才能の兆し


朝の光が皇城の庭へ差し込んでいた。


草の先に残る露が、きらきらと輝いている。


「おじい様!」


クリーム色の髪を揺らしながら、木剣を抱えたリューベルが駆けてきた。

 

「おはよう。」


「うむ。おはよう、リュー。」


ヴァルディスは白い髪を揺らして笑う。


「今日は早いのう。」


「昨日、おじい様と約束したから!」


ヴァルディスは嬉しそうに笑った。


「ちゃんと約束を守ったんじゃな。」

 

「……うん。」


「そうか。」


「リューはええ子じゃ!」


「おじい様、声が大きいよ。」


リューベルが木の枝を指差した。


「ほら、鳥が逃げちゃった。」


ヴァルディスは枝を見上げ、小さく笑った。


「よう見ておったのう。怖がらせてしもうたか。」


「ううん。」


「鳥さん、びっくりしただけだよ。」


「分かるのか?」


「うん。怖い時と、びっくりした時は、お顔が違うもん。」

 

ヴァルディスは感心したように頷く。


だが、それ以上は深く考えなかった。


リューベルは昔から、人や動物をよく見ていた。


ヴァルディスにとっては、それがこの子の普通だった。


「では、始めるかのう。」


「うん!」


リューベルは木剣を構え、両足を開いて腰を落とし、木剣を胸の前で握った。

 

ヴァルディスは首を傾げた。


「昨日より少し変わったのう。」


「足の位置を変えたんじゃな。」


「うん。昨日、転びそうだったから。」


昨日、ヴァルディスは何も教えなかった。


ただ、自分の構えを見せただけだった。


「よう見ておったな。」


「おじい様が見せてくれたから。」


ヴァルディスは少し考え、それから笑った。


「そうか。なら、わしが教えたことにしておこう。」


「うん!」


リューベルは嬉しそうに木剣を振る。


ぶん。


もう一度。


ぶん。


一振りごとに、少しずつ動きが変わっていく。


「肩に力が入りすぎじゃ。」


ヴァルディスは自分の肩を叩いた。


「力は振る瞬間だけ入れる。」


木剣を構えてゆっくり振ると、振り終える頃には肩の力は自然と抜けていた。

 

「見えたか?」


リューベルは答えない。


肩。


腕。


手首。


足。


視線。


呼吸。


ヴァルディスの全身を静かに見つめる。


やがて木剣を握り直した。


「やってみる。」


ぶん。


先ほどよりも、わずかに鋭い音が響く。


「できた!」


「少しだけな。」


「うん!」


リューベルは嬉しそうに笑った。


ヴァルディスも笑う。


二人は笑い合った。


庭の端では、フェリシアが花を摘んでいた。


蜂蜜色の髪を風に揺らし、十四歳になったフェリシアは弟を見つめて優しく微笑んだ。

 

「リューベル、楽しそうね。」


「うん!」


「お祖父様に勝てそう?」


リューベルはヴァルディスを見上げた。


「いっぱい練習したら!」


「はっはっは! いつでもかかってくるがよい!」


「お祖父様、ちゃんと手加減してあげてね。」


「当然じゃ。わしは大人じゃからの。」


フェリシアはくすりと笑う。


「リューベルより、お祖父様のほうが楽しそうです。」


「なんじゃと?」


「ね、リューベル。」


「うん。」


「はっはっは! ばれてしもうたか!」


「楽しいに決まっとる! リューと木剣を振れるんじゃからな!」


「えへへ。」


フェリシアはそんな二人を見ながら、優しく笑っていた。


その時。


規則正しい足音が近づいてきた。


振り返らなくても、ヴァルディスには誰か分かる。


迷いのない足取り。


一定の歩幅。


「朝から賑やかですね。」


ジークハルトが庭を静かに見渡した。


その瞬間、庭の空気が静かに引き締まった。

 

ヴァルディスが振り向く。


蒼銀の髪を朝日に照らしたジークハルトが立っていた。


深い色の正装をまとい、腰には剣を帯びている。


すでに政務を終えてきたのだろう。


表情はいつも通り静かだった。


「お父様!」


リューベルの顔が明るくなる。


澄んだ青い瞳が、ほんのわずかに優しく和らいだ。

 

「稽古か。」


「はい!」


「楽しいか。」


「はい!」


リューベルは大きく頷く。


ジークハルトは木剣へ目を向けた。


「父上は、何を教えているのです。」


「挨拶と約束と肩の力の抜き方じゃ。」


「最後だけ剣術ですね。」


「全部剣術じゃよ。」


「挨拶もですか。」


「礼儀も剣のうちじゃ。」


ジークハルトは何も返さなかった。


その代わり、息子を見る。


汗をかいている。


だが、まだ目は輝いていた。


「……少し時間がある。」


リューベルの顔がぱっと明るくなる。


「本当ですか!」


「ああ。」


ジークハルトは剣を従者へ預け、庭の隅の木剣を手に取った。


「私と稽古をするか。」

 

「はい!」


嬉しさを隠せず、小さく飛び跳ねる。


「落ち着け。」


声は決して大きくない。


それでも、リューベルは背筋を伸ばした。

 

「はい!」


返事をしながらも、口元は緩んだままだった。


フェリシアは花を置く。


「私も見ていていいですか?」


「好きにしろ。」


「ありがとうございます。」


フェリシアはリューベルの隣へ歩く。


「よかったわね、リューベル。」


「うん!」


その時、回廊を歩いていたレオヴェインが足を止めた。


鍛錬へ向かう途中だったのだろう。


父と弟へ目を向ける。


「レオも見るか?」


ヴァルディスが声をかける。


レオヴェインは静かに頷き、庭へ下りた。


ジークハルトは木剣を構える。


父親の表情は消えていた。


そこにいるのは、帝国の皇帝。


数多の戦場を生き抜いてきた剣士だった。


もっとも、剣先は下げられている。


六歳の息子に本気を出すはずもない。


「まずは打ち込んでこい。」


木剣を構えた姿に、一切の隙はなかった。


「はい!」

 

リューベルは構える。


足を開く。


肩の力を抜く。


そして。


ジークハルトを見つめた。


木剣ではない。


腕でもない。


足でもない。


父親の全身を、じっと見つめる。


ジークハルトの眉が、わずかに動く。


「どうした。」


「見ています。」


「何をだ。」


「お父様を。」


ジークハルトは黙った。


ヴァルディスは楽しそうに笑う。


「ほれ、始めんか。」


「はい!」


青灰色の瞳で父をまっすぐ見つめると、リューベルは静かに木剣を構えた。

 

「行きます!」


「ああ。来い。」


リューベルが地を蹴った。




挿絵(By みてみん)

画像はイメージです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。



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