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ホームズ捕物帳 ~ロンドンの名探偵、江戸に転生して岡っ引きになる  作者: コナン・綺堂異流


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第五話:お化け師匠の呪縛 〜 The Hound of the Dancing Master 〜

一部AIにより作成


挿絵(By みてみん)


【冒頭:ロンドン時代】


一八九五年の七月、ロンドンは記録的な酷暑に見舞われていた。


テムズ河が干上がり始め、街路には馬糞と埃の匂いが充満し、私はベイカー街の診療室の窓を開け放って、生温い風を顔に受けながら患者を診ていた。


「ホームズ」と私は夕刻、居間に上がって言った。「今日は頼むから気分転換に付き合ってくれ。このまま部屋に籠もっていては二人とも頭がいかれる」


ホームズは窓際のスツールに乗り、窓の外の路地を双眼鏡で観察していた。


「気分転換など必要ない。私は今、向かいの雑貨商の男が昨夜どこへ行ったかを調べているところだ」


「雑貨商が何をしようと関係ないだろう」


「関係がないかどうか、それを決めるのは私だ」とホームズは言い、おもむろに双眼鏡を下ろした。「なるほど、来た」


私が窓の外を見ると、向かいの店から白いエプロンをつけた男が出てきて、路地をせかせかと歩いていった。


「あの男は三日前から毎夜、日没後の一時間、店を抜け出している。行き先は隣の区のとある家だ。そこに誰が住んでいるかを突き止めれば——ワトソン、今夜の気分転換はその尾行に付き合ってくれないか」


「気分転換とはそういうことか」と私は苦笑した。


夜のソーホー地区の路地は、暑さの中でも独特の熱気を帯びていた。路傍の屋台から揚げ物の香りが漂い、歌声が酒場から流れてくる。私たちはあの雑貨商の男を二十分ほど追った。


男が入ったのは、煉瓦造りの古い家屋だった。


ホームズが「さて、この家の住人は——」と言いかけた瞬間、二階の窓が突然爆発するように割れた。ガラスの破片が舞い、黒い煙が噴き出した。


「ガス漏れだ!」と私は叫んだ。


ホームズと私は本能的に走ったが、爆発の第二波が来た。衝撃波に吹き飛ばされ、私は石畳に叩きつけられた。


目の前が暗くなった。


そして——また、あの夏の江戸へ。




******




【本編:江戸での事件】


——和登三太の語り——


七月の江戸の暑さというのは、ロンドンの比ではない。


ロンドンの夏は湿気が少なく、夜になれば涼しくなる。しかし江戸の夏は、蒸し風呂のような湿気と、昼も夜も引かない熱気が、人の体力と精神を容赦なく消耗させる。着物の下に汗がたまり、長屋の路地には水を打っても打っても乾いてしまう。


私と捕霧七が意識を取り戻したのは、浅草の下谷したや御成道おなりみちに近い路地の隅だった。


浅草あさくさは江戸随一の繁華地で、観音様かんのんさま——正式には浅草寺せんそうじという仏教寺院——を中心に、参道には商店が立ち並び、芸人が路傍で演じ、物売りが声を張り上げる、江戸の庶民文化の心臓部ともいうべき場所だ。ロンドンで言えば、コヴェント・ガーデンとサウスバンクを合わせたような賑わいを持つ。


「今日は四万六千日しまんろくせんにちか」と捕霧七が起き上がりながら言った。


「何?」


「浅草観音の縁日えんにちの中でも、最も人が集まる特別な日だ。今日一日参拝すると、四万六千日分の功徳くどくが得られると言われている。ロンドンのバンクホリデーより、はるかに霊的に効率が良い」


彼はそう言いながらも、いつもの探索の目で周囲を観察していた。


四万六千日の朝の浅草は、すでに夜明け前から参拝者で溢れていた。着物姿の老若男女が行き交い、鬼灯市ほおずきいちの露店が並んでいる。鬼灯ほおずきとは赤い提灯のような実をつける植物で、この縁日では「一粒飲むと千日の功徳がある」と言われ、縁起物として売られている。


私はロンドン時代の習性で、この光景を一種のマーケットとして観察した。売り手は鬼灯のほかに、風車かざぐるま団扇うちわ、麦藁細工などを並べている。買い手はほとんどが着物姿——男は浴衣ゆかたと呼ばれる薄い綿の着物、女はより丁寧に着付けた着物に帯を締めている。浴衣とは、夏の普段着として庶民が好んで着る軽い着物で、綿織物で作られ、汗を吸いやすい。


その賑わいの中へ、血相を変えた若い男が飛び込んできた。


「誰か——誰か岡っ引の旦那はいないか! 人が死んでる!」




******




捕霧七が進み出た。


「どこだ」


「こちらへ——下谷御成道の、踊りの師匠の長屋に……」


私たちは男に案内されて、御成道の裏手に入った。


長屋ながやというのは、江戸の庶民が暮らす集合住宅の形式だ。一棟の細長い建物が壁を共有して複数の部屋に仕切られており、各部屋は間口まぐち——建物の正面の幅——が一間から二間(約一・八メートルから三・六メートル)ほどの小さな空間だ。ロンドンのロウ・コテージに似ているが、より密集して建てられ、棟と棟の間に細い路地が走る。共同の井戸と厠(かわや——トイレ)は住人が共用する。


その長屋の一室の前に、近所の住人たちが集まって、口々に何か言い合っていた。


「お化け師匠が……やっぱり呪われた」


「歌女代さんの霊が……」


私たちが入っていくと、人々がざっと道を開けた。


部屋の中は、夏の朝の光が障子越しに差し込んで、奇妙に静かだった。


畳の上に、一人の老女が倒れている。六十がらみの、小柄な女だった。普段は艶やかな踊り師匠だったのだろう——薄化粧の跡が残り、高島田たかしまだに近い髪型を結い上げていたが、今は死に顔で、畳の上に横たわっている。


そして——その体の周囲に、大きな蛇が一匹、とぐろを巻いていた。


「蛇に巻き殺されたのか!」と案内してきた若い男が叫んだ。




******




私は医師として、まず死体を調べた。


捕霧七は蛇の方を見た。


蛇は大きなシマヘビで、成体の長さは優に一メートルを超えていた。黒と黄の縞模様が入ったその蛇は、今は動かず、老女の体の脇でぐったりしている。


「この蛇も死んでいる」と捕霧七は言った。「三太、老女の方は?」


「首に……痣がある。絞められた跡だ。しかし蛇に巻かれたにしては……」


「何かおかしいか」


「蛇に巻き殺されたとすれば、胸部や腕に圧迫の痕があるはずだ。しかしこの老女の体には……首だけに痣がある。それも、蛇のうろこの跡ではなく——人の手の跡に近い」


捕霧七の目が細くなった。ロンドン時代に、複雑な化学反応を観察する時の、あの目だった。


「なるほど」と彼は静かに言った。「幽霊の仕業に見せかけた人殺しか」




******




外で聞き込みを始めると、この「お化け師匠」の話が芋づる式に出てきた。


踊りの師匠、水木歌女寿みずき かめじゅ——享年六十二。


長唄ながうたと踊りを教える師匠として、下谷界隈では知られた存在だったが、その渾名あだなは「お化け師匠」だった。


長唄ながうたというのは、江戸時代に発展した歌舞伎の音楽の一形式で、三味線を伴奏に繊細な歌詞を歌う芸だ。踊りとともに習うのが当時の稽古事けいこごとの定番で、特に芸者げいしゃ置屋おきやの娘たちは必ず身につけた。稽古事の師匠は、弟子から稽古代をとって生計を立てており、芸の世界での師弟関係は、ロンドンの職人組合の親方と徒弟の関係に似た厳格さがある。


「お化け師匠と呼ばれたのは、なぜですか」と私は近所の豆腐屋の女房に訊いた。


「それはもう……去年の今頃、歌女代かめしろさんがお亡くなりになって……」


歌女代というのは、歌女寿の姪だった。


歌女寿には子がなく、姪の歌女代を養女として引き取り、跡継ぎとして芸を仕込んでいた。歌女代は美しく、芸の筋もよかった。しかし歌女寿は弟子としてではなく、奉公人のように彼女を使い、休む間もなく稽古をつけ、家事もさせた。歌女代には旦那だんな——つまり身請け(みうけ)してくれるパトロン——の話があったが、歌女寿はそれを潰した。師匠のもとから手放したくなかったのだ。


「歌女代さんは……去年の七月に、お亡くなりになりました。体を壊して……ひどく痩せて……弱って……」と豆腐屋の女房は声を落とした。「みんな、歌女寿師匠がひどい扱いをしたせいだと言っておりました。それからというもの、師匠の部屋の夜中に女の泣き声がするとか、白い影が見えるとか……それで『お化け師匠』という渾名に……」


「今日は歌女代さんの一周忌に当たる日か」と捕霧七が横から静かに聞いた。


「……はい。そうでございます」


捕霧七は何も言わなかった。ただ、聞いているのか聞いていないのかわからないような顔で、路地の空を見上げていた。




******




「三太」と捕霧七はその夜、長屋へ戻る道で言った。「人は怪異を恐れる。しかし怪異の影に隠れて行われる、人間の行為には気づかない」


「つまり、誰かが蛇に殺されたように見せかけて……」


「見せかけた、というより——利用した、という方が正確だ。歌女代の霊の話は、この界隈では既にあった。四万六千日の朝、一周忌の日に師匠が蛇に殺された——これ以上に、呪いの仕業に見える状況はない。誰かがその状況を意図的に作り出した」


「では、蛇は?」


「あの蛇を用意したのが誰か——それが鍵だ。生きた蛇を用意して長屋の部屋に持ち込み、絞め殺した後に蛇を傍に置いた。蛇の方は、おそらく薬で弱らせていた。呑気に見えても、これはかなりの段取りが必要な犯行だ」


「段取りができる者というのは——」


「歌女代に近しく、歌女寿の部屋の出入りを知っており、しかも蛇を用意できる者だ。蛇を飼う者は、江戸ではそう珍しくない。見世物みせもの小屋の者、薬種商やくしゅしょう——薬草や薬を扱う商人——、あるいは蛇を縁起物として扱う神社仏閣の関係者」


「それで、心当たりは?」


捕霧七は少し間を置いた。


「一つある」




******




翌朝、私たちは浅草の見世物小屋の集まる一角を訪ねた。


見世物みせものとは、珍しい動物や曲芸師、怪力男や奇形の展示など、庶民の好奇心を満たす娯楽の興行だ。ロンドンのフリーク・ショウやサーカスに近い。江戸では寺社の境内や広場に小屋が立ち、特に浅草のような賑やかな場所には常設に近い小屋が軒を連ねていた。


捕霧七が目をつけたのは、「蛇使い」と看板を出した小屋だった。


「昨日の朝、ここの蛇が一匹逃げたと聞いた」と捕霧七は小屋の主に向かって言った。


小屋の主は四十がらみの、日に焼けた男だった。


「……なぜそれをご存知で」


「長屋で死んでいた蛇は、この辺りでよく見られる野生のシマヘビではなかった。飼いならされた個体だ。鱗の状態と、体の動き方の痕跡から判断した。昨日の朝から行方が知れない蛇について、届けは出していないか」


男は目を泳がせた。


「届けは……」


「あなたではない」と捕霧七はすぐに言った。「あなたの蛇を使った者がいる。あなたの小屋に出入りしていた者の中に、下谷御成道の踊り師匠と縁のある者が」


沈黙が落ちた。


やがて男がゆっくりと口を開いた。


「……お嘉代かよという娘が。歌女代さんのお友達で……うちの手伝いをしていた子が……」




******




嘉代は二十そこそこの娘で、歌女代と幼馴染みだった。


私たちが訪ねていくと、彼女は長屋の一室で、膝を抱えて座っていた。四万六千日の翌朝のことで、浅草の境内はまだ祭りの余韻を引いていた。


「嘉代さん」と捕霧七は静かに言った。「歌女代さんのことを、話してくれないか」


嘉代は最初、黙っていた。しかし捕霧七は急かさなかった。ただ静かに座って、待った。


これはホームズが昔から使う技法で——私にはその効果を何度も目撃している——沈黙は相手に言葉を促す最も有効な方法だ。


やがて嘉代は、堰を切ったように話し始めた。


歌女代は、死ぬ一ヶ月前まで嘉代に手紙を送っていた。毎日のように稽古をさせられ、身の回りの世話もさせられ、いつも疲れていると書いていた。旦那の話も、師匠が反対して潰された。「いつまでもこのままでいるのは嫌だ」と——しかし最後の手紙はそこで終わっていた。次に嘉代が聞いたのは、歌女代の訃報だった。


「私は……歌女代さんのことを思うと、あの師匠が……許せなかった」と嘉代は言った。「一周忌の日が来るたびに、どうしても……」


「蛇を使ったのは、呪いに見せかけるためか」と捕霧七は言った。


嘉代は顔を上げた。


「……怖かったのです。自分一人では何もできない。しかし誰かに頼むこともできない。それで……蛇なら……お化け師匠という渾名があるくらいだから、蛇に殺されたと思われれば……」


捕霧七は少しの間、黙っていた。


「嘉代さん」と彼は言った。「歌女代さんは、あなたに人を殺してほしかっただろうか」


嘉代の目から、涙が一滴落ちた。


「……違います」


「あなたが思っていることはわかる。しかし死んだ人間は、残した者に仇を討てとは言わない。少なくとも、それが友人であれば」


しばらくの沈黙の後、捕霧七は立ち上がった。


「三太、奉行所に届けを出す必要がある」




******




嘉代は北町奉行所に引き渡された。


しかし——この一件には、後日談がある。


歌女寿師匠の死を調べていくうちに、奉行所の同心が別の事実を掘り起こした。歌女代が死ぬ前の数ヶ月、歌女寿が弟子から集めた稽古代の一部を、歌女代のものとして横領していた疑いが出てきたのだ。


さらに、歌女代の死因についても再調査が行われた——体が弱っていたとはいえ、二十代の若い女が急激に衰弱したことへの疑問が、近所の者から挙がったのである。


「お化け師匠には、それ相応のごうがあった」と捕霧七はその知らせを聞いた夜、煙管をゆっくり吹かしながら言った。「しかしそれは、嘉代が裁くことではなかった」


「誰が裁くべきだったか」


「生きていれば、奉行所だ。死んでいれば——それは人の手を離れた話になる」


「幽霊が裁くと?」


「私は幽霊を信じない」と彼は言った。「しかし、人のごうがその人間自身に跳ね返ってくる仕組みというのは、どこかにある気がする。お化け師匠の生活の仕方が、最終的に彼女に対して牙を剥いた——それが今回の結末だ。嘉代が動かなくとも、いつかは同じ結果になったかもしれない」


「それは少々、探偵らしくない発言だ」と私は言った。


「私は探偵だが、人間でもある」とホームズ——いや、捕霧七は言って、煙管の雁首をくるりと回した。「時には証拠のない感慨を口にする権利くらいはあるだろう」


浅草寺の鐘が、夕暮れの空に低く響いた。


鬼灯市の提灯が、夜の路地に赤い光を揺らしていた。四万六千日の賑わいは去り、街は夏の夜の静寂に戻っていた。


歌女代という若い女の魂が、今夜この浅草のどこかに安らかにいることを——私は医師として、証明する手立てを持たない。しかし江戸の人々の多くは、それを信じているようだった。そしてその信仰の温かさは、私の心の中にも、どこかひっそりと宿っていた。




******




【結末:ロンドン時代】


気づくと、私はベイカー街の居間にいた。


七月の夜風が窓から入ってきて、暖炉の炎を揺らしていた。ホームズは机に向かって、何か薬品の実験をしていた——試験管の中で、青い液体が静かに泡立っている。


「ホームズ」と私は言った。「ハマースミスの件は?」


「ガス管の爆発だ。犯人というものはない——ただの事故だ」と彼は試験管を覗き込みながら言った。「あの雑貨商の男は、隣の区の家に愛人を囲っていた。それだけのことだ。大した事件ではなかった」


「しかし我々は吹き飛ばされた」


「それも大した事ではない」とホームズはあっさりと言った。「ワトソン、幽霊を信じるか」


突然の問いに、私は少し面食らった。「……医師の立場では信じない。しかし——」


「しかし?」


「人が誰かのために抱く深い感情が、その人の死後も何らかの形で残ることは——完全には否定できない気がする。科学的な根拠はないが」


ホームズは試験管を置いて、私を振り返った。


「幽霊とは、死者の霊ではなく、生きている者の記憶と罪悪感が作り出すものだ——というのが私の見解だ」と彼は言った。「幽霊を見る者は、必ず何かを見たいと思っている。あるいは何かを恐れている。幽霊という現象は、そこから始まる」


「なるほど」


「しかし」とホームズは続けた。「その記憶と罪悪感が現実に力を持つことがある——人を動かし、事件を起こし、時として正義に近いことを実現する。その意味では、幽霊は存在すると言えるかもしれない」


窓の外で、ロンドンの夜が続いていた。


テムズの方から蛙の声がした。いや、ロンドンには蛙はそう多くない。おそらく私の耳が、あの浅草の夜を思い出していたのだろう。




******




本作は、アーサー・コナン・ドイル著『シャーロック・ホームズの冒険』および岡本綺堂著『半七捕物帳』への敬意と感謝を込めて執筆しています。




著:コナン・綺堂異流(Conan Kidoyle)

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