捌:忍び込んでいた魔族
黒い魔力の気配と紅い目。
鑑定魔法によって視えたその姿は、目の前にいる彼が人間ではなく、魔族であることを示している。
先程ウィルフリードが広範囲に鑑定魔法を展開したのに、その網に掛からなかったのか。いや、広場に行かずに範囲外に隠れていたのかもしれない。
「っ!」
ヴィオラは素早く剣を抜いた。
しかし、エイクを両断するより早く、彼は後ろに大きく飛び退き、そのまま空気に溶けるように掻き消えてしまった。
「……大変……!」
青褪めたヴィオラは即座に駆け出し、すぐ近くにいた兵士と騎士に声をかけた。
エイク・ブラットを指名手配するように、と。
ヴィオラが知るエイクは、とても真面目で勤勉な青年だった。
心底英雄に憧れているのだと、その言動が雄弁に語っていた。
まさか、彼が魔族だとは思いもよらなかった。
いや、決めつけるのは早計だ。
もしかしたら、魔族が彼に化けて忍び込んだけで、本物のエイクは人間、という可能性もある。
それはエイクを見つけてもう一度鑑定魔法で視ればわかることなので、とにかく今は彼を探すことが先決だ。
そうだ、自分の父とアインハルト、それからウィルフリードとダリウスにも伝えないと。
一瞬で優先順位を決める。まずは自宅だ。
ウィルフリードには申し訳ないが、彼は魔法も使えるし、そもそも強い。
前線を退いた父と病弱な弟、客人であるダリウスが共にいるはずの自宅に行くのが最優先だ。
時間を惜しんで飛翔魔法で自宅の屋敷へ向かい、執事のカステンを捕まえて事情を伝える。
すると、彼は驚いて声を震わせた。
「そんな、エイク殿が……!」
「そう。だから、彼が来ても扉を開けないで、ビスチェン卿と使用人たちに単独行動せず、なるべ複数人で同じ部屋で過ごすよう伝えて」
「……ヴィオラ様、実は、ビスチェン様のお姿が先程から見えず……!」
「え……?」
どういうことだ。広場に集められた後、彼はエイクに送られる形で屋敷に戻ったはずだ。
カステンの口ぶりからしても、一度は屋敷に戻っているはず。その後で、護衛もつけずに外へ出たのか。
壁内とはいえ、夜はそれなりに危険がある。
公爵令息という立場で一人で歩くなど考えられない。
「とにかく、カステンは父上とアインにこのことを伝えて! 屋敷の出入り口は全て塞いで、ことが落ち着くまで、使用人全員外へ出てはダメよ」
「し、承知しました!」
カステンはそう言うと、ヴィオラが外へ出るのを見送ってすぐに扉を閉めて施錠した。
「あの魔族はどこに行ったの……?」
ヴィオラは呟きつつ、探知魔法を使ってみるが、あのどす黒い魔力の気配を掴むことはできなかった。
おそらく隠匿魔法を使っているのだろう。かなり厄介だ。
「ビスチェン卿は……?」
今度はダリウスを探すために探知魔法を発動させる。
彼の気配は、屋敷からほど近い林にあった。
何故そんな所に、と疑問に思いつつ向かうと、彼は誰かと話しているようだった。
嫌な予感を覚えたヴィオラは、遮蔽魔法を掛けて気配を絶ち、静かに近づいていく。
「……ヴィオラ嬢との結婚は諦めろ」
そう告げた声は、先程ヴィオラに求婚してきた人物のもの。
「何故お前に指図されなければならないんだ」
心底不愉快そうに答えたのはダリウスだ。
「お前では北の国境は守れないからだ」
「っ! 何を言っているんだ! 私とヴィオラ嬢が結婚したとしても、英雄アインハルトは変わらずこの北の国境を守り続ける! 私が前線に立つ必要はない!」
「……前線に立つ覚悟もなく、国境を守る騎士の家に婿入りしようなどと、よく恥ずかしげもなくそんなことが言えたな」
呆れ果てた様子で溜め息を吐くウィルフリードに、ダリウスは鼻を鳴らした。
「貴様に関係ないだろう!」
「この国を守ることが俺の使命だ。防衛の要である北の国境の瓦解の危機を、ますます見逃す訳にはいかん」
淡々と答えるウィルフリードは、「それに」と続ける。
「お前のような男には、ヴィオラ嬢はもったいない」
「……やけにこだわるんだな。さては貴様、ヴィオラ嬢に惚れたのか!」
嘲るように言い放ったダリウスに、ウィルフリードは真顔で頷いた。
「ああ、そうだ。それが何か問題でもあるか?」
ぶわりと、それを聞いたヴィオラの顔に熱が走った。
惚れたと言ったのか。先程は「気に入っている」としか言っていなかったのに。
「っ! 彼女に縁談を申し込んだのは私だ!」
「承諾は得ていないのだろう? ならば何の効力もない」
「……堅物の貴様が、何故そこまでヴィオラ嬢に……」
信じ難いものを見るような顔をするダリウスに、ウィルフリードは表情を変えずに答える。
「誰かを愛するのに、理由などありはしない」
聞いていて恥ずかしくなるようなセリフを口にするウィルフリードに、ダリウスは忌々し気に顔を歪め、そして右手を振り翳して叫んだ。
「捕縛魔法!」
ダリウスの魔法が、ウィルフリードの脚に絡みつき、動きを封じる。
「なっ!」
まさかダリウスが自分を拘束してくるとは思っていなかったウィルフリードが驚いて顔を上げると、彼は心底うんざりした様子で前髪を掻き揚げた。
「ああ、本当にお前は嫌な奴だな、ストランド。公爵家の人間である私に、そこまで偉そうな物言いをするのはお前くらいだよ」
だから、と続けながら彼は腰の剣を引き抜く。
「お前はここで死ね」
「上官殺しは重罪だぞ」
「ああ、わかっている。バレなければいい。それに、手を下すのは私じゃない」
そう言ってダリウスが唇を歪めた、その時だった。
ダリウスの背後の空間がゆらりと揺れ、紅眼の青年が姿を現した。
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