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身代わりの男装英雄と冷徹大佐  作者: 結月 香
第一章 北の国境と魔族の襲撃

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玖:魔族の企み

 紅眼の青年、エイクが姿を見せた瞬間、ウィルフリードは息を呑んだ。


「……魔族……?」


 状況が呑み込めない様子の彼を、ダリウスが嘲笑する。


「そうだ。お前は魔族に殺されるのさ! さぁ、今だ! やってしまえ!」


 ダリウスが背後を振り返って命じた瞬間、エイクは無表情で右手を突き出した。

 魔法を使う気か、止めないと、そうヴィオラが足を踏み出したと同時に、その手から、鋭利な刃物のような爪が伸びる。


 しかし、それが貫通したのは、ダリウスの脇腹だった。


「……え?」


 なぜ自分が刺されたのか理解できないダリウスが目を見開く。エイクは爪を引き抜きながら凄絶に嗤った。


「俺が人間に従う訳ないだろう。愚かな」

「な、何故……!」


 頽れたダリウスが睨むが、エイクは既に興味を失った様子でウィルフリードに近付いていく。


「ウィルフリード・ストランド。人間の地位では大佐だったか? 我が同胞を多く葬った、アインハルトと並ぶ宿敵。俺がこの手で仕留めたとなれば、魔王陛下も喜んでくださる」


 そんなことを口にしながら、エイクが右手をウィルフリードに向けた。


 ダリウスと同じように、爪を伸ばして串刺しにする気だ。


「死ね」


 しかし、彼が攻撃を発動させるより早く、ヴィオラが飛び出した。


「斬裂魔法《ビセクション》!」


 凛とした声と共に銀色の光が一閃し、魔族の爪を斬り落とす。


「っ!」


 咄嗟に飛び退いたエイクが舌打ちした。


「……アインハルトか……どこから出て来た」


 アインハルトと呼ばれたヴィオラは、鋭くエイクを睨んだ。


「……本物のエイク・ブラットはどうした?」

「とうに死んでいる。この顔で壁を越えるのに、本物が現れては都合が悪いからな」


 つまり、人間に化けてこちら側に潜入するため、なりすます相手を殺したのか。

 エイクも国境の騎士だ。壁の外へ討伐に出ることも当然あった。その時に殺され、以来なりすまされたのだろう。


 本物のエイクがいつ命を落としたかはわからないが、自分の直接の部下が死ぬのは、やはり心が痛む。

 ヴィオラが前線に立つようになってから、北の国境での死者は激減したが、それでも魔物と戦う以上ゼロにはならない。

 それでも、彼女は自分の後ろにいる部下たちが死ぬことを当然とは思っていないし、自分の手が届く範囲で守れるなら守りたいと思っている。


「いつからだ?」

「さぁな」


 答えようとしないエイクに、ヴィオラは剣を振り翳した。

 次の瞬間、エイクの姿が掻き消える。


「っ!」


 黒い気配を察知したヴィオラが、咄嗟に身を捻る。

 眼前を黒い爪が掠め、彼女の背後にあった木の皮が紙のように剥がれた。


 ヴィオラは後ろに飛び退いて距離を取る。


 速い。


 これまで相対した魔族の中で、最も強い。

 しかも、人間の姿で長く潜伏していたせいか、戦い方に無駄がない。


「どうした、英雄。その程度か?」


 声と同時に、足元から黒い影が噴き上がった。


 魔力を具現化したようなそれに、ヴィオラは即座に後方へ跳ぶ。

 直後、一瞬前までヴィオラが立っていた地面から、黒い棘のようなものが突き出してきた。

 もし反応が一瞬遅れていたら、下から串刺しにされていた。


 今までにない戦い方をする相手に戸惑うヴィオラを見て、エイクは愉快そうに嗤う。


「魔物相手には無敵でも、魔族相手では手も足もでないか」


 再び姿が消える。

 今度は横。


 ヴィオラは剣に魔力を纏わせ、そのまま横薙ぎに振り抜いた。


 金属同士がぶつかるような甲高い音が響く。

 エイクの爪と剣が激突し、火花が散る。


 そのまま力任せに押し込まれる。


「ぐっ……!」


 重い。


 エイクの体格からは想像もできない膂力だ。

 いくら英雄として功績をもち、数多の魔物を葬ってきたヴィオラといえど、身体は女だ。単純な筋力では魔物どころか人間の男にだって敵わない。


 このままでは確実に押し負ける。

 ヴィオラは脚に強化魔法を流し込み、一気に踏み込んだ。


「はぁぁっ!」


 押し返し、エイクが僅かによろめいた隙を逃さず、ヴィオラは斬撃を連続で叩き込んだ。


 首。

 胸。

 腹。

 急所だけを狙った高速の連撃。


 だがエイクは、人間離れした反応速度でそれを躱し続け、笑いながら後退する。


「流石は英雄だな。やはり貴様は、ここで殺しておく必要がありそうだ」


 そう言われた瞬間、ぞわりと悪寒が走った。


 エイクの魔力が膨れ上がる。黒い魔力が、無数の刃となってヴィオラに向かう。


 ヴィオラは剣でそれを弾くが、数が多すぎる。

 数枚が、ヴィオラの頬と鎧を掠める。


「っ……!」


 熱い痛みが頬に走る。


「ヴィオラ!」


 背後でウィルフリードが叫ぶ。

 その声に、一瞬だけエイクの視線が動いた。


 その隙を、ヴィオラは見逃さなかった。


 ヴィオラは魔力を限界まで脚へ流し込み、地を蹴って一瞬で間合いを詰める。


「斬裂魔法《ビセクション》!」


 銀光が迸る。

 エイクは咄嗟に腕を交差して防御した。


 しかし魔法で強化された斬撃は、その両腕ごと深々と肉を裂く。


「がっ……!」


 初めて、エイクの表情が歪んだ。


 ヴィオラは止まらない。


 踏み込み。

 回転。

 さらに二撃、三撃。


 銀色の軌跡が嵐のように空間を埋め尽くす。


 エイクの体に深い裂傷が刻まれていく。


「人間風情がぁっ!」


 怒号と共に、エイクの全身から黒い魔力が爆発した。

 衝撃波がヴィオラを吹き飛ばす。


「くっ……!」


 手近の木に叩きつけられたヴィオラがすぐに体勢を立て直すと、エイクの傷が、じわじわと再生していくのが見えた。


 高すぎる再生能力。

 やはり人間とは異なる。


「……面倒な」


 ヴィオラは小さく呟く。


 何度斬っても再生されてしまうのではきりがない。

 だが、エイクの魔力の気配が、先程より弱っているのがわかった。


 つまり、再生にも限界があるということだ。


「驚いたぞ、人間。俺に再生を使わせた人間はお前が初めてだ……それだけに惜しいな」


 エイクが静かな目をヴィオラに向ける。


「もしお前が魔族側に寝返ると言うのなら、今ここにいる命だけは助けてやってもいいぞ」

「断る」

「何故そうまでして人間を守ろうとする? 人間など脆く、愚かで、すぐ死ぬというのに」


 嘲笑と共に放たれた言葉に、ヴィオラは唇を吊り上げた。


「……だから守る価値がある」


 その言葉が聞こえた、次の瞬間。


 ヴィオラの姿が掻き消える。

 強化魔法による超加速。


 エイクが反応した時には、既に懐へ潜り込まれていた。


「なっ!」

「終わりだ」


 静かな声と共に、銀の光が一閃する。


 エイクの首が宙を舞った。


「っ!……まさか、人間の英雄が部下の首を落とすことに躊躇しないとはな」


 落ちた首が忌々しげに吐き捨てる。人間なら即死だが、魔族故か、首が落ちただけではすぐには絶命しないらしい。

 そして、首が落ちたら身体を再生することができないらしい。


「お前は私の部下じゃない。魔族に掛ける情など、私は持ち合わせていない」


 冷たく言い放つと、ヴィオラは容赦なく魔族の頭を更に真っ二つにした。

 切られた頭が塵となって消えていく。


 それを確認してから、ヴィオラはウィルフリードとダリウスを振り返った。


「……ストランド卿、お怪我は?」

「大丈夫だ。助かった……ありがとう」


 素直に礼を述べながら、ウィルフリードはダリウスに視線を向ける。


 腹を貫かれながらも、彼はまだウィルフリードに殺意の籠った目を向けていた。


「……捕縛魔法《カプティス》」


 ヴィオラは動きを封じる魔法に、魔力を封じる効果も付与して発動させた。

 ダリウスが体の自由を奪われると同時に、彼がウィルフリードにかけていた捕縛魔法の効果が切れる。


 自由を得たウィルフリードは、大股で彼に歩み寄った。

 何をするのかと思えば、彼はダリウスの腹の傷に手を翳し、最低限の治癒魔法を掛けた。


「これで俺は、お前の命の恩人だ。安心しろ、お前は死なせず、法で裁く」


 皮肉たっぷりにそう言ってやると、ウィルフリードはヴィオラを振り返った。


「……エイク・ブラットの死は君のせいじゃない。騎士も兵士も、この地での任務に当たる以上、皆死は覚悟している」


 それはその通りだ。

 この地にいる騎士と兵士が、全員望んで来ているかどうかはさておき、ここへ来た時点で皆覚悟は決めている。


 どうやら、ウィルフリードは彼なりにヴィオラを励まそうとしているらしい。


「それよりも、今は他の魔族や魔物に攻め込まれないようにすることに注力しろ。幸い、壁の内側で確認した敵の魔力は、今君が倒した魔族のもののみだった。だから今はとにかく、魔力回復薬の確保と、防備を固めるのを最優先にするんだ」

「そうですね……」


 今、魔力回復薬の予備が無い。

 この状態で重傷者が出たら非常にまずい。


 治癒魔法や回復魔法は、怪我の重症度に比例して消費魔力が大きくなる。

 この地に常駐している医者は、治癒と回復の魔法を得意とする魔法使いなので、彼の魔力が枯渇したらそれ以降の傷病者は助からなくなってしまう。

 ヴィオラも治癒と回復の魔法は使えるが、それでも得意という程ではなく、それほど多くの者は癒せない。

 

 魔力回復薬はそれを作れる魔法薬師が貴重なため、大量生産ができず、常に品薄状態の代物だ。今から帝都に対して手配を掻掛けて、こちらに届くのがいつになるかは正直わからない。


「厳戒態勢の命令を回します。ストランド卿は、魔力回復薬の手配をお願いできますか? もし帝都以外でより早く調達できる場所があればありがたいです」

「ああ、任せておけ。ついでにコイツを入れる牢屋があれば入れておくが?」


 顎でダリウスを示すウィルフリードに、ヴィオラは眉を下げた。


「ここに牢屋はありません。罪を犯した者は即座に帝都に送還するか、壁外に追放となるので」

「じゃあ馬車にでも監禁して結界魔法を掛けるしかなさそうだな事態がある程度落ち着いたら、俺が責任を持って帝都に送還しよう」


 話がまとまったところで、ヴィオラは壁外の防備を固めるための命令を回すために駆け出すのだった。

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