陸:危機
ヴィオラが迎撃部隊のところまで辿り着いたのと、一部の第二陣が突破されたのは同時だった。
「怯むな! 構えろ!」
ヴィオラが怒号すると、迎撃部隊の騎士たちの表情が変わった。
英雄が来た。もう大丈夫。
その安心感が、冷静さを取り戻させる。
迫り来る魔物の群れに、本能的な恐怖を感じていた者たちが、唇を引き結んでそれぞれ武器を構えた。
「斬裂魔法!」
ヴィオラは再び剣に魔法を纏わせ、突進してくる魔物の群れに自ら飛び込んでいく。
彼女の戦い方はいつもそうだ。
単身で群れの中に飛び込み、一人でほとんどの魔物を倒してしまうのだ。
彼女の直轄部隊も迎撃部隊も、彼女が倒しきれずに零れ出た個体を撃破するのみ。
しかし、今回は明らかに普段より数が多い。
彼女一人では対処しきれず、零れ出てくる魔物の数がいつもの数倍いた。
それでもヴィオラは一人で魔物を倒していくが、次第に捌ききれなくなり、小型の魔物が背後から回りこみ、彼女の愛馬に噛みついた。
驚いた馬が大きく仰け反り、ヴィオラは振り落とされてしまう。
「ぐっ!」
受け身を取って転がるが、そこへ豹のような魔物が飛び掛かって来る。
ヴィオラが素早く立ち上がって剣を構え直すより、魔物の方が僅かに早い。
まずい、間に合わない。
腕一本を犠牲にするしかないと、左腕を掲げたヴィオラだったが、その刹那、突如横から銀色の光が一閃した。
「っ!」
それはまるで弾丸のように、魔物の脳天を貫いた。
驚いて振り返ると、暗がりの中に、見覚えのある人物が馬に乗って右手を掲げていた。
「ストランド卿……」
驚いて呟く。
彼が攻撃魔法で助けてくれたのだと理解した直後、別の魔物が襲いかかってきたのでヴィオラは咄嗟にそれを躱して首を斬り落とす。
何故彼がここにいるのか、それはわからないが、助かったことは事実。
馬を失った自分がこの場所を守るためにできることは限られているが、戦う以外に道はない。
ヴィオラは襲い来る魔物を睨み、大きく息を吸い込んだ。
「排斥魔法!」
叫びながらヴィオラが右手に握った剣を振るうと、凄絶な魔力の波動が扇状に広がった。
猛烈な威力の波動に加え、斬撃の効果があるそれを受けた魔物は、一瞬で胴体が真っ二つになってしまった。
広範囲に渡って多数の敵を斬り裂く、高度な攻撃魔法である。
その代わり、大量の魔力を消費してしまうため、普段は滅多なことでは使わない。
だが、今回はこれのおかげで第一陣を突破して来た魔物のほとんどが倒された。
ヴィオラが魔力切れの状態になってしまったが、タイミングよく、怪鳥二体を倒した直轄部隊が迎撃部隊に合流したため、第二陣を突破されることはなく、大群を制圧することができた。
「……ふぅ」
残った魔物が撤退していくのを見て、ヴィオラは深々と息を吐いた。
軽く眩暈がして額を押さえると、背後から肩を掴まれた。
「大丈夫か?」
ウィルフリードの声だ。鎧越しで体温は感じないが、心配してくれている様子なのはわかった。
てっきり嫌味か皮肉を言われると思っていたヴィオラは、正直驚く。
「ええ、問題ありません。お見苦しいところをお見せしました。助けていただき、感謝いたします」
向き直って一礼すると、彼は小さく頷いてから辺りを見渡した。
「……魔物の動きがおかしい。まるで誰かに指示されているかのように、統率が取れている」
彼の言葉に、ヴィオラは小さく頷く。
「私もそう思いました。おそらくこの襲撃は、魔族によるものかと」
「……ああ。用心しろ。すぐに第二群が来るかもしれない。迎撃部隊に厳戒態勢を取らせ、早急に第一陣の罠魔法の再設置を」
「……承知しました」
偉そうな物言いであるが、彼が帝国軍の大佐であることと、命令の内容が妥当なものであるのは事実なので、ヴィオラは素直に頷いて踵を返した。
と、そこへダリウスが駆け付けて来る。
「アインハルト殿! 大丈夫でしたか!」
「ビスチェン卿! 壁外は危険です! お戻りください!」
思わず声を上げる。護衛につけたはずのエイクの姿はない。彼を振り切ってここまできたのか。
と、ダリウスはヴィオラの後ろにいたウィルフリードに気が付いて眉を顰めた。
「……ストランド……何故ここにいる?」
「ビスチェン、久しぶりだな。当然、任務のためにここにいる。国境の定期視察だ」
そう答えたウィルフリードに、ダリウスが苦虫を嚙み潰したような顔をした。
国境の定期視察、その単語に、ヴィオラは二人を見比べる。
帝国軍による国境の定期視察に来たのは、ダリウスのはずだ。
定期視察のついでに、縁談を申し込んだ相手の家の領地を見にきたのだと、彼ははっきりそう言っていた。
どういうことかと考えるヴィオラを尻目に、ウィルフリードが目を細めた。
「……また、か」
「また?」
意味深長な呟きを聞き取ったヴィオラが首を傾げると、ダリウスは舌打ちし、身を翻して去っていってしまった。
一方のウィルフリードはヴィオラに一歩近づく。
「……あの男は、君に何か言ったか?」
「いえ、私、の妹に婚約を申し込んできたのですが、本日急にやってきて、定期視察を兼ねて、国境の状況と妹の顔を見に来た、と仰っていました」
「……そうか」
呆れたように嘆息するウィルフリードに、今度はヴィオラが尋ねる。
「あの、『また』というのはどう意味ですか?」
「……あの男は、公爵家の三男という立場に甘え、ろくに軍で実績を積もうともせず、中将である兄君の庇護下でのうのうと過ごしている。上官の命令を無視して好き勝手にやることも珍しくない」
つまり、本来ウィルフリードが行う予定だった定期視察の任務を、勝手に自分がやると言って飛び出してきたということか。
理由は明白、縁談を申し込んだ相手の顔と、領地を見るため。
「……なるほど」
「余計なお世話であることは百も承知だが、あれが身内になると、苦労することは目に見えている。縁談は断った方が己と家のためだぞ」
ウィルフリードは至極真面目な様子でそう言うと、馬に跨り、第一陣の罠魔法を再設置するために駆け出していってしまった。
残されたヴィオラは、やはりダリウスとの縁談はどうにか断ろうと心に決めるのだった。
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