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身代わりの男装英雄と冷徹大佐  作者: 結月 香
第一章 北の国境と魔族の襲撃

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伍:魔物の大群

 アインハルトと共に部屋に戻ったヴィオラは、素早く身支度を整えた。

 

「行ってくる」


 英雄の仮面を被ったヴィオラが部屋を出る時、彼は小さく「気をつけて」と呟いた。


 玄関を出て、部下が先回りして用意していた愛馬に跨ると、ダリウスがやや簡易的な鎧を纏って現れた。


 最前線に出ないのであればそれでもよいかもしれないが、今回の群れには飛行種もいるらしいので、目立たないところにいてもらわなくては危険だ。

 前線の様子が見えつつも比較的安全な壁内の見張り塔にいてもらうのがよいだろう。国境の壁に沿って張られた結界があるのでそれが破られない限りは安全だ。


 ロクスの計らいで、ダリウスには若手の優秀な騎士が護衛につくことになったので、ヴィオラはその騎士を振り返った。


「エイク、頼んだぞ」


 名を呼ぶと、彼は背筋を伸ばして頷いた。

 彼の名はエイク・ブラット。今年二十三で、ヴィオラより年上の青年だが、英雄アインハルトに心酔しており、真面目で腕も立つ騎士である。


「はい、お任せください!」


 気持ちのいい返事をした彼に、ダリウスを見張塔へ案内するよう指示を出し、ヴィオラは自らの部下を率いて、壁の外へ向かっていく。


 北の国境の向こうは、広い平原になっていて、その更に向こうには鬱蒼とした森が広がっている。

 普段は魔物も森に潜んでいるが、時折群れとなって押し寄せてくるのだ。


 重厚な扉を抜けて、ヴィオラが壁外に出た瞬間、闇の向こうにいくつもの赤い光が見えた。

 ぎらぎらと光るそれは、魔物の眼だ。

 無数のそれが、一斉にこちらに向けられている。


「……動きが妙だな」


 これまで倒してきた魔物は、皆知能を持たない猛獣のようなもので、ただ一心不乱にただ突撃してくるだけだった。

 しかし、少し向こうに見える群れは、妙に統率の取れた動きをしているように思えた。


「団長!」


 騎士の一人が空を指差した。


 振り仰ぐと、大きな鳥の形をした魔物が、何体もこちらに飛来してくるところだった。


「構えろ!」


 ヴィオラの怒号により、騎士は一斉に表情を引き締め、剣を抜いた。


「砲撃隊! 撃て!」


 ヴィオラが声を上げると、壁の上に等間隔で並んでいた兵士たちが、一斉に大砲に火をつけ、空に向けて砲弾を放った。


 本来、軍人ではないヴィオラに兵士たちを指揮する権限はないのだが、この国境を守るにあたり、連携は不可欠として、魔物との戦時に限り兵士に命令する権限を、特別に皇帝から与えられているのだ。

 

 壁の上から放たれた砲弾のうち何発かは怪鳥に当たったが、ほとんどは回避されてしまう。

 しかし、そこをヴィオラは見逃さない。


「砲撃魔法《トルメントム》!」


 ヴィオラが唱えた瞬間、彼女の剣先から魔力の砲弾が飛び出した。

 それを皮切りに、後ろの騎士も数人が同時に砲撃魔法を唱える。


 魔力の砲弾は次々に怪鳥に直撃し、急所に当たった個体は断末魔を上げる間もなく絶命して、地面に墜落する。


「砲撃隊は打ち続けろ! 撃ち漏らしたものはこちらで墜とす!」


 今確認した飛来種の数は十体。そのうち四体は死んだ。あと六体。

 何としてでも食い止めなければ、あれが内地へ入り込んだら被害は甚大なものになってしまう。


 と、その時、六体のうちの一体が、ヴィオラたちに狙いを定めて急降下してきた。


「団長……っ!」


 一人の騎士が引き攣った声を上げるが、ヴィオラは冷静だった。


「お前達は砲撃魔法を打ち続けろ!」


 早口に指示を出し、ヴィオラは剣を構え直した。

 

「斬裂魔法《ビセクション》!」


 それは剣に強力な切れ味を付与する魔法。

 ヴィオラは怪鳥が自分たちに鉤爪を向けてきた瞬間、素早く剣を振るってその足を斬り落とした。


 耳障りな鳴き声が届くと同時に、ヴィオラが身を捩って近距離で砲撃魔法を放つ。

 図体に大きな穴が開いた怪鳥は、そのまま吹っ飛んで地面に転がった。


 それを目の当たりにした他の怪鳥が、一度大きく上昇していく。

 砲撃が届かない程の上空を飛行して、壁を超える気だ。


 しかし、怪鳥が三体、同時に壁の上空に差し掛かった瞬間、電撃のようなものが空に走った。


「……馬鹿だな。壁の上空に、何も対策していない訳がないだろう」


 騎士の一人が冷静に呟く。


 これまでも飛行種が攻めてきたことはあった。当然、壁を越えられそうになったこともある。

 その対策として、ロクスが壁の上に対飛行種用の結界を張ったのだ。

 

 一定以上の魔力を有する個体を通さない、強大な対魔物結界である。

 もちろん、その結界も無敵ではない。何体もの魔物が突っ込んできたらいずれ破られる。だからそうなる前に魔物を倒さねばならない。


 ただ、結界が機能しているうちは、魔物が結界に触れれば雷に打たれたような衝撃を受け、一定時間動けなくなり、当然、飛行種はそのまま壁のすぐ外側に落下する。


 そこを騎士が数人がかりでとどめをさす。


「……あと二体」


 怪鳥は上空を旋回している。

 様子を窺っているのだ。


 と、平原の向こうで、爆発音が響いた。罠魔法の発動だ。


「……第一陣を突破されたか」


 罠魔法は三段階に設定されている。

 接近を知らせるための第一陣、壁への接近を食い止めるための第二陣、突破されたら後がない第三陣。

 第一陣は罠魔法を敷き詰めてあるだけなので、大軍で来られると罠が発動し尽くされて意味を成さなくなる。


 第二陣は、第一陣から数百メートル離れた場所に設置されている。第一陣と第二陣で、

 騎士団が魔物を迎え撃つのは第二陣と第三陣の間だ。


 今の爆発音は、第二陣のものだ。


「……私が前線に行く。お前達はあの二体を墜とせ」


 ヴィオラがそう指示すると、北東の国境にも同行した精鋭五人を含めた彼女の直轄部隊の騎士たちが、やや困惑した様子で顔を見合わせた。


「団長、お一人では流石に危険です!」

「迎撃部隊が機能しているうちに行かなくては、手遅れになる」


 迎撃部隊とは、魔物の群れが迫ってきた時に二陣と三陣の間で迎え撃つ部隊だ。


 彼らがやられると、魔物は一気に壁近くまで迫り、突破の危険度がぐっと上がってしまうのだ。


「それに、飛行種一体ならまだしも、まだ二体残っている。私の身を案じるのなら、早くあれらを墜としてついて来い」


 ヴィオラは無表情にそう言い放つと、手綱を引いて駆け出した。


 発破を掛けられた部下たちは、ぐっと拳を握り締めてそれぞれが空を睨むのだった。


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