拾:収束
ざしゅ、と手応えを感じて、ヴィオラは剣を引き抜いた。
ヴォルデマールの身体から、紫の液体が吹き出す。魔族の血液の特徴である。
「……ロジーナ……」
彼の口から最後に零れ落ちたのは、その名前だった。
ごふ、と口からも紫の血を吹き、彼は玉座の前に倒れ込む。
「……やったか」
イザークに治癒魔法を掛けていたウィルフリードが、ヴィオラに駆け寄る。
「怪我は?」
「ないわ。大丈夫」
短く答え、ヴィオラはヴォルデマールを見下ろした。
彼の身体は、はらはらと塵になって消えていく。
「……魔王を、倒したのか……」
信じられないとでも言いたげに、ウィルフリードが呟く。
「魔王は倒したけど、魔物や魔族が消滅する訳じゃない。魔王を倒しても、魔族が降伏する訳じゃないから、まだ戦いは終わらないよ」
アインハルトがそう呟き、部屋全体にもう一度浄化魔法をかけた。
「……アイン、貴方は、一体どこまで知っているの?」
まるで全てを見透かしているかのような物言いをするアインハルトに、ヴィオラが訝し気に眉を顰める。
「魔物と魔族については、魔王が後から生まれた存在であることを踏まえたら、そうとしか考えられないってだけだよ。魔物と魔族との戦いは、人間同士の戦争とは違うしね」
「……魔物と魔族を駆逐しない限り、人間の未来は変わらないってことだな」
「そういうことです。まぁ、魔王という存在が魔族の中で最も強く厄介であることは事実なので、魔王討伐隊はそのまま魔物、魔族の掃討隊として、国境外に出て魔物と魔族の残党狩りに行くのが良いと思いますよ」
そう言ってまとめると、アインハルトは深い息を吐いてその場に座り込んだ。
「流石に疲れたなぁ……こんなに魔法を使ったのは初めてだ」
そう言って笑うアインハルト。身体が弱いと思っていた彼が、ここまで戦えるとは思わなかった。
「……ねぇ、アイン。どうして、これほど魔法が使えることを、今まで黙っていたの?」
「……僕は特異体質なんだ。魔力が常に溢れ出てしまう。魔力を体に溜めておけなくて、放っておくと魔法を使ってないのに魔力切れになってしまうから、自分で意識して抑え込むしかない」
「魔力を、抑える……」
強い魔力を有する魔法使いが、周りを萎縮させないために魔力を抑制することはあるが、それはとても疲れると聞いたことがある。
「そう、これが、すごく体力を消耗するんだ。だから僕は剣を振るえなかった……」
アインハルトの体の弱さの秘密を初めて知ったヴィオラは、ただただ衝撃だった。
「なんで、黙ってたの……?」
「話すとヴィオラはきっと、自分との違いを気にすると思ったから……ああ、父上は知っているよ」
「絶え間なく魔力を放出してしまう体質については、聞いたことがあるが……対処法は他にないのか?」
ウィルフリードが口を挟むと、アインハルトはふっと微笑んだ。
「実は、僕が城に召喚される直前、イザーク殿に魔法道具を貰ったんだ」
「魔法道具?」
「そう、魔力を溜めておくことができる魔法道具。これを使えば、魔力を溜めておいて高等魔法を使うことができるし、体に宿る魔力が尽きてもここから補充できるようになる」
そんな物が存在していたことと、裏でイザークがそれを渡していたこと、イザークがアインハルトの体質を知っていたこと、全てが驚きで、言葉を失うヴィオラである。
「それと、今まで戦わなかったのは、僕は攻撃魔法は不得意だからだよ。体質のことがなくても、どっちみち戦場には出られなかったと思うよ」
言われてみれば、アインハルトはここへ来てから攻撃系の魔法は使っていない。
浄化魔法と回復魔法、治癒魔法だけでは、確かに戦場に出ることはできない。できても後方支援だ。
と、ここで意識を取り戻したイザークが起き上がった。
「……まったく、とんでもない逸材ですよ。いますぐにでも、国家魔法使いになるべきです」
嘆息するイザークに、アインハルトは苦笑する。
「僕はシシェル家の次期当主ですから。北の国家を守るのが、僕の義務です」
国家魔法使いになったら、基本的に活動の中心は帝都になる。だからこれまでも国家魔法使いになるなどとは考えたこともなかった。
「……さて、そろそろ戻りましょう。皇帝陛下も心配なさっているでしょうから」
イザークの言葉に、三人は頷く。
と、ウィルフリードが何かを思い出したようにヴィオラを振り返った。
「魔王、倒したんだよな……?」
その問いが何を意図したものか、ヴィオラは気付いて頬が紅くなる。
「倒し、ました、ね……」
変に緊張してカタコトのような話し方になったヴィオラにウィルフリードは僅かに微笑む。
「約束、忘れたとは言わせないぞ」
「忘れる訳ないよ」
反射的に言い返したところで、イザークが転移魔法を唱えたのだった。
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