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身代わりの男装英雄と冷徹大佐  作者: 結月 香
第四章 浄化魔法の使い手

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玖:危機

 ヴィオラは死を覚悟してぎゅっと目を瞑った。

 戦闘の最中(さなか)に目を瞑るなど、騎士として恥でしかない。しかし、それだけの恐怖を、先程の拷問で植え付けられてしまった。


 しかし、覚悟した痛みはいつまで待っても降り注いでは来なかった。


 目を開くと、ウィルフリードが張った防御魔法の壁が雷撃を受け止めていた。


「……ウィル!」


 驚いて呟いた直後、その防御魔法にウィルフリードの魔力以外の魔力が含まれていることに気付く。


「アイン……?」


 魔力の主である片割れを振り返ると、彼は僅かに苦笑した。


「間一髪、賭けだったけど、ストランド卿の防御魔法に僕の守護魔法を絡ませたんだ。魔族の攻撃魔法には効果覿面みたいだね」


 ヴィオラは肺が空になるまで息を吐いた。


 そして再びイザークを見ると、彼は徐にこちらを振り返った。

 彼の青い瞳には、まるで感情が映っていないように見える。彼は虚空を見つめたまま、ただ立ち尽くしている。


「……イザーク殿?」


 困惑するヴィオラとアインハルト。


「イザーク! 目を覚ませ!」


 ウィルフリードが声を荒らげるが、イザークは微動だにしない。


「……大魔法使いが魔王の手に落ちたら、帝国に勝ち目なんかないぞ……!」


 歯噛みするウィルフリードに、ヴィオラも動揺が隠せずにイザークを見つめた。


 そしてふと、彼の背後に立つヴォルデマールの魔力が、不自然に揺らいでいることに気が付いた。


「……何、あれ……?」


 ヴィオラの呟きを聞き取ったアインハルトが、同様にヴォルデマールを見て目を細める。


「……別の魔力が混ざっている……?」


 その魔力を観察して気付く。

 それは、自分とヴィオラの魔力に非常によく似ている。


「……あれは、まさか、母上の魔力……?」


 愕然とする。母ロジーナは、あのヴォルデマールを命懸けで封印した、つまり既に亡くなっているはずだ。

 それなのに、あの魔族から母の魔力の気配がするなんて。


「っ! まだ来るぞ!」


 再び雷撃が防御魔法にぶつかり始める。

 同時に、部屋の四隅から魔族と思われる人型の魔物が姿を現した。


「このままじゃ消耗戦だね……イザーク殿がこのままとなると流石に危うい」


 言うや、アインハルトは右手を頭上に掲げた。


「浄化魔法《プルガティオ》」


 アインハルトが静かな声で唱えた刹那、清浄な魔力が彼から迸り、その部屋に充満していた黒い魔力の気配が溶けていく。

 

「……アイン?」


 浄化魔法が使えるとは聞いた。

 しかし、その効果を見るのは初めてだ。


「なんだ、この魔力は……!」


 ヴォルデマールも驚いた様子で目を瞠った。


「イザーク殿、目を覚ましてください。貴方の後ろにいるのは、大魔法使いロジーナの命を奪った魔族ですよ」


 アインハルトが冷静にそう告げると、イザークははっと目を見開いた。

 その直後、彼からとんでもない量の魔力が迸った。


「っ! こ、これは、一体……?」


 驚くヴィオラとウィルフリードに、アインハルトはふっと笑みを浮かべた。


「イザーク殿は特異体質なんだよ。ただでさえ強い魔力を有している上に、周囲の魔力を取り込んで自分の魔力にすることができる」

「……え?」

「逆に言うと、濃密な魔物の魔力を取り込み過ぎると、さっきみたいな状態になっちゃうんだろうね。浄化魔法が効いて良かった」


 周囲の魔力を取り込める、つまり、その場に漂う魔力が強ければ強い程、使える魔法の効果も大きくなるということだ。

 だから、帝都から北の国境という遠距離で転移魔法を使ったり、その距離に分身を配置するなんて芸当ができたのか。


 荒唐無稽な話ではあるが、ヴィオラは妙に腑に落ちた心地だった。


「……僕からロジーナ様を奪った魔族……」


 譫言(うわごと)のように呟いて、イザークは諸手を掲げた。

 それに対し、ヴォルデマールは危険を察知したのか、素早く右手を振り払う。


 それを合図に、四隅に顕現していた魔族四体が、一斉にイザークに飛び掛かる。


「イザーク!」


 ウィルフリードが名を呼んだ、その時。

 

 イザークの足元から灼熱の魔力が噴き上がり、魔族四体を弾き飛ばした。

 それだけでなく、その炎は魔族に燃え移り、生き物のようにうねって魔族を焼き尽くした。

 魔族の耳障りな断末魔が響き渡る。


 イザークはそのまま後ろを振り返り、ヴォルデマールに向けて右手を掲げた。


 再び炎が伸び、ヴォルデマールを包み込んだ。

 魔族四体を同時に燃やせるような威力の攻撃魔法だ。少なからず効くだろうと、その場にいた誰もが思った。


 しかし、ヴォルデマールを包んだ炎は、一瞬で収束した。

 そしてそれと同時に、彼の姿が変わる。


「……え」


 イザークが目を見開いてその場に凍り付く。


 そこに立っていたのは、金髪に翠の瞳をした女性。


「……母上……?」


 ヴィオラの呟きの直後、その女性、ロジーナはイザークを見てにこっと微笑んだ。


「……ロジーナ様……」


 ヴィオラとアインハルトは、その姿を見て即座に直感した。

 記憶にある母の姿とそっくりだが、違う。母の魔力の気配も確かにするが、何かが違うのだ。


 その直感を信じた二人は、同時に叫ぶ。


「違う! そいつは母上じゃない!」


 刹那。


 ロジーナの身体から黒い魔力が槍のように突き出し、イザークの身体を貫いた。


「ぐ……っ!」


 イザークの口から鮮血が零れ、彼の身体がその場に頽れる。


「イザーク!」

「イザーク殿!」


 ウィルフリードとヴィオラが同時に防御魔法の範囲から飛び出し、ウィルフリードがイザークの身体を支え、ヴィオラはロジーナの姿をしたヴォルデマールに向かって剣を大きく振り被った。


「複合魔法《コンポシタム》! 氷結《フリゴール》斬裂《ビセクション》!」


 呪文に呼応して、ヴィオラの剣が強力な冷気を纏った。

 そのまま、ヴォルデマールの身体を両断する。


 ぱきぱきと音を立てて、斬られた箇所が凍り付いていく。


「……あ……!」


 ヴォルデマールが、信じ難いものを見るような目をヴィオラに向ける。


 手応えを感じたヴィオラだったが、切断したはずのヴォルデマールの身体はみるみるうちに回復してしまった。


「ヴィオラ! それだけじゃ駄目だ!」


 アインハルトが何か言おうとしたが、それが言葉になるより先に、ヴォルデマールの身体から黒い魔力が噴出し、ヴィオラを包み込んだ。


 視界が黒く塗り潰される。先程攫われてきた時と、同じ感覚だ。


「……え?」


 さっきは、この暗闇の中でいくつかの光景が視えた。

 あれはきっと、ヴォルデマールの記憶。


 また記憶を覗くことになるのかと思ったが、予想に反して視界は暗いままだ。

 しかし先程と異なり、声だけがその空間に響いてきた。


『ヴォル!』


 聞き覚えのある、優しい声だ。その声が何度も、反芻されている。

 木霊する声に重なるように、静かな声が新たに響いた。


『ヴォル……あなた、やっぱり魔族だったのね』


 薄っすらとそう感じてはいた、そんな響きを帯びていたが、その声には明らかな失望が滲んでいる。


『……もしかしたら、魔族ともわかり合える日が来るかもしれないと思っていたけど、無理みたいね……私の国に危害を加えるつもりなら、私は絶対に許さない』


 声だけで姿や光景は視えないが、これが先程最後に視た光景の、あの戦場で交わされていた会話なのだと、ヴィオラは何故か直感した。


 そうか、ヴォルデマールは、魔族であることは伏せてロジーナと交流していたのか。最初のきっかけはわからないが、ロジーナは彼が魔族である可能性が高いことに気付きながらも、長きに渡る魔族との戦争を和平で終わらせられるかもしれないと、交流を続けた。

 しかしその結果、ヴォルデマールは北の国境を攻めた。そこでロジーナは彼らとはわかり合えないのだと痛感し、ヴォルデマールを封印しようとした。


 それらの過去が繋がった瞬間、目の前に蹲る少年の姿が現れた。


 黒髪で、下半身が獣の姿をしている。ヴォルデマールだ。


「ロジーナ……我を封印した憎き大魔法使い……ロジーナ……欲しい……ロジーナ……憎い……ロジーナ……欲しい……」


 ぶつぶつと繰り返す言葉は不穏だが、欲しいという言葉には、憎しみとは別の感情があるように思えた。


「……魔王、ヴォルデマール。貴方は、ロジーナを愛していたの……?」


 ヴィオラが尋ねる。ヴォルデマールは顔を上げた。


「愛……?」

「……魔族には難しいのかしらね。その人と一緒に居たい。その人の笑顔が見たい。その人に幸せになってほしい。そう思うのが愛よ」


 そう諭すヴィオラに、ヴォルデマールは眉を顰めた。


「……ロジーナは我と共に来ることを拒んだ……人間と生きると……だから、人間共は殲滅する」


 歪んだ愛が、とんでもない危険思考をもたらしているのだと、ヴィオラはようやく気付いた。

 そして彼自身、その感情の正体に気付いていない。


 ヴィオラの憶測だが、彼はきっと、ロジーナを想うあまり彼女を丸呑みにしたのではないだろうか。

 魔族であれば、欲しいものが手に入らないなら、吸収してしまおうと考えたとしても不思議はない。


 結果、呑み込まれた瞬間にロジーナが封印魔法を発動させた。

 ヴォルデマールの身体は石化したが、その時身体の中にいたロジーナの一部は、ヴォルデマールに吸収された。

 だから、ロジーナの魔力の気配がしたり、そっくりな姿に化けることができた上に、ロジーナの記憶の一部をヴォルデマールは受け継いでいて、ヴィオラのことも知っていたのだ。

 

 ヴィオラの心に、ヴォルデマールを憐れむ感情が芽生える。だが、ここで絆されてはいけない。


 ヴォルデマールが右手を頭上に掲げたので、ヴィオラは咄嗟に剣を構えた。

 その時、暗闇に声が響いた。

 

「浄化魔法《プルガティオ》!」


 黒く塗り潰されていた視界が明るくなる。

 ヴィオラが状況を把握するより早く、慣れ親しんだ魔力が降り注ぎ、剣を包み込んだのを感じた。


「ヴィオラ! やれ!」


 アインハルトの声が響く。


 ヴィオラは剣を握り直し、ヴォルデマールの胸に向かって突き出した。 

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