捌:魔王の玉座
廊下もまた、魔物特有の魔力が充満していて、暗く、冷たい石畳が続いていた。
建物の造りから玉座の場所を推測し、四人は廊下を進んでいく。
そして、一際大きな扉の前で立ち止まった。
国が滅びて三百年経ったとは思えないほど、立派な装飾の施された木製の扉がそこにあった。
「……開けますよ。気を付けてくださいね」
イザークがそっと扉に手を掛ける。
何の抵抗もなく、開いたその先には、かつては輝いていたのであろう玉座があった。
埃を被っていて、黄金の装飾は完全にくすんでいる。
その部屋の中には、先程の部屋や廊下とは比べ物にならないくらい、濃密で重い、黒い魔力が充満していた。
そしてその玉座には、石像のようなものが置かれていた。
「……何だ……?」
ウィルフリードが目を凝らす。
石像は、少年を模しているように見えるが、その下半身は獣のようになっていた。
そしてその姿は、先程ヴィオラがヴォルに連れ去られた際に視た、あの光景の中にいた少年だ。
「……もしかしてこれが、ヴォルの半身……?」
あの光景の最後で、少年は苦しんで石化した。それがこの場所だったのか。
「……嫌な感じだな」
それまで黙っていたアインハルトが、眉を顰めて呟いた。
ヴィオラが振り返ると、彼はじっと石像を睨んでいた。
「見た目は少年のようだけど、この石像が置かれているのは玉座だ。それに、とんでもない魔力を秘めているように視える」
「とんでもない魔力……?」
ヴィオラにはそれがわからなかった。この玉座の間には濃密な魔物の魔力が充満していて、それ以外の魔力が感知し辛いのだ。
と、アインハルトが小さく頷いた。
「……おそらく、これが『魔王』だ」
「魔王……? じゃあ、ヴォルって……」
「魔王の半身……いや、一部と言った方が正しいかもしれない」
そう答えたのはウィルフリードだった。
彼は己の右手に視線を落として、呟くように答える。
「……さっき斬った時も、手応えがなかった。以前森で斬った時と同じで、本体ではなかったんだろう。憶測の域は出ないがな」
と、その時だった。
突如、石像から黒い魔力が噴き出した。
それが人のような形になったかと思うと、あのヴォルと名乗った魔族の姿に変わる。
「っ!」
全員が身構え、イザークが防御魔法を展開する。
「……来たか、ヴィオラ・シシェル……我が封印を解け」
ヴォルが低い声で唸る。
イザークが遮蔽魔法を展開していたはずなのに、彼は四人の姿を間違いなく認識している。
「断る!」
即答するヴィオラに、ヴォルは黒い魔力を纏って凄絶な笑みを浮かべた。
どろりと、辺りに漂う魔力が意思を持ったようにうねる。
「それなら、この場にいる人間を全員殺す」
「……なるほど、封印され石像に変えられたが、経年によって封印魔法が弱まり、少しずつ魔力が漏れ出るようになって、それが人格を持って外で活動できている、ということですね」
状況を察したイザークが小さく唸る。
そして、石像を見た彼が目を見開いた。
「……ロジーナ様……?」
「え?」
どういうことかと振り返ったヴィオラだったが、その直後、部屋の四隅から突如魔物が出現して襲い掛かってきたため、咄嗟に剣を引き抜いて応戦した。
「流石に魔王の周りに何の護衛もいない訳がなかったか」
ウィルフリードも舌打ちして剣を抜く。
魔物は倒しても倒しても湧いてくる。
そんな中、イザークが一歩、石像に向かって歩み出した。
「イザーク殿! 何を……!」
隣にいたアインハルトが声を上げる。
イザークは、妙に虚ろな眼差しで石像を見つめている。
「……まさか!」
はっとしたウィルフリードが駆け寄ろうとするが、魔物に阻まれてしまう。
「イザーク! 駄目だ! 止まれ!」
制止するウィルフリードの声は届かない。
そこに、ヴォルがイザークに向けて右手を掲げた。
「イザーク殿!」
ヴィオラは咄嗟に動いていた。
イザークを横から突き飛ばし、場所を代わる。
そこに、ヴォルが放った攻撃が降り注いだ。
「ヴィオラ!」
「攻撃魔法!」
ウィルフリードが名を呼ぶのと、ヴィオラが攻撃魔法を唱えたのは同時だった。
ヴィオラの魔力の刃と、ヴォルの放った雷撃がぶつかり合い、威力を相殺する。
防御魔法よりも攻撃魔法を攻撃魔法で相殺する方が効果が高いと、ヴィオラは先程学習していた。それが見事に当たった結果だ。
しかし。
「ヴィオラ! 駄目だ!」
何かに気付いたアインハルトが色を失って叫んだ。
刹那。
雷撃が消え、それによってヴィオラの放った魔力の刃の一つが、石像を貫通してしまった。
「……まずい……! ヴィオラ! 離れろ! 封印が解ける!」
アインハルトがその言葉を言い終える直前、石像にひびが入った。
先程以上の、黒い魔力が爆発するように噴出する。
そして、音を立てて石像の表面が剥がれ落ち、そこに黒髪で下半身が獣の少年が姿を現した。
「……封印が解けた……!」
彼は、無表情のまま己の両手を見つめた。
「貴様が魔王か?」
鋭く問うたウィルフリードに、少年は尊大に頷いた。
「いかにも。我が名は、ヴォルデマール。魔物を統べる王だ」
言うや、彼の右手から次々と雷撃が放たれた。
それを躱しながら、ヴィオラとウィルフリードは防御魔法を展開する。
「……まさか、ヴィオラの攻撃魔法が当たっただけで封印が解けてしまうなんて……」
アインハルトが愕然とした様子で呟く。
そして、はっとした顔でイザークを探した。
彼は、玉座の前で、呆然とヴォルデマールと名乗った魔王を見つめている。
しかし、ヴォルデマールはまるでイザークを気に留めていない様子だ。
「……イザーク殿……?」
「まさか、操られているんじゃ……!」
ヴィオラの言葉に、ウィルフリードも困惑気味に頷く。
帝国が誇る大魔法使いが魔族にすんなり操られるとは思えないが、彼の今の行動はそうでなければ説明がつかない。
「北の英雄、シシェルの血筋もこれまでだ」
ヴォルデマールが無表情に言い放ち、右手を掲げた。
部屋中に、バリバリと音を立てて稲妻が走り始める。
「塵となれ」
黒い魔力が、これまでにないほど膨れ上がる。
それらが全て雷撃に変わったら、ヴィオラが全力で防御魔法を展開しても、数秒と持たず四散してしまうだろうと容易に想像できてしまった。
先程拷問で浴びた雷撃の痛みを思い出し、ヴィオラの身体が竦む。
これまでどれだけ強い魔族と対峙しても、身が竦んだことなどなかったのに。
と、ウィルフリードがヴィオラを庇うように前に出た。
「防御魔法!」
唱えた直後、黒い雷撃が迸った。
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