漆:助け
その時、部屋の中心に魔法陣が顕現した。
ヴォルが誰かを強制的に召喚したのか、そう考えたヴィオラだったが、そこから漂う魔力の気配が、イザークとアインハルトのものだと気付いて目を瞠る。
直後、光が弾け、イザークが姿を現した瞬間、特大の攻撃魔法が放たれた。
「ぐ……!」
流石にヴォルも右手を掲げて魔力の障壁を形成してそれを受け止める。
そしてそれを尻目に、イザークの影から飛び出したアインハルトが、ヴィオラを見つけて駆け寄ってくる。
「ヴィオラ! 大丈夫か!」
即座に回復魔法と治癒魔法を唱えてくれて、ふっと身体が軽くなる。
ほっと息を吐いた、その時。
「斬裂魔法!」
凛とした声が響いた直後、ヴォルの身体に斜めに銀の光が一閃した。
飛び出したウィルフリードが、魔法で強化した剣を一振りしたのだ。
ヴォルの姿が、塵のように消えていく。
ウィルフリードの後ろ姿を見ただけで、ヴィオラは心底安心し、視界が滲むのを感じた。
「……やったのか……?」
ウィルフリードが辺りを見渡す。
斬った感触はあったが、手応えとしては弱かった。まるで、中身の入っていない革袋でも斬ったような、軽い感覚だった。
しかし、目の前からヴォルの姿が消えたのは事実だし、あの独特の魔力の気配も感じない。
ウィルフリードは警戒しつつも、ヴィオラに駆け寄った。
「ヴィオラ! 大丈夫か!」
「ウィル……心配かけてごめんなさい」
「君のせいじゃない。俺の方こそ、一緒にいたのに守れずにすまない」
申し訳なさそうに眉を下げるウィルフリードに、ヴィオラが立ち上がりながら首を横に振る。
「いえ、私が未熟だっただけよ。ウィルのせいじゃない」
「今は責任の追及をしている場合じゃないよ」
アインハルトがそう遮りながらぐるりと周囲を見渡し、調度品に刻まれた紋章に気付いて、イザークを振り返った。
「イザーク殿、ここはかつてのブラウヴァルト王国の王城では?」
「ええ、おそらく間違いないでしょう」
イザークが頷く。
ブラウヴァルト王国は、三百年前に突如出現した魔物によって滅ぼされた最初の王国だ。
大陸の北端に位置していて、当時は小国ながらも、名君の統治によりそれなりに栄えていたと歴史書に記されていた。
「……えっと、皆イザーク殿の転移魔法で、ここまで来たの……?」
先程顕現した魔法陣は間違いなく転移魔法のものだ。
だが、距離と転移人数に比例して魔力消費が大きくなるという特性をもつ転移魔法で、大陸のほぼ南端の帝都から、北端のブラウヴァルト王国まで転移するなんて、国家魔法使いでもできる者はいないだろう。
それを、術者含め三人という人数で転移してきたというのか。
「術式は僕が展開しましたが、魔力はストランド卿とアインハルト殿からも提供を受けました。流石に僕一人で三人をこの距離転移させるとなると、僕の魔力が枯渇してしまうので。ああ、ランドルフ殿も同行すると言っていましたが、流石に彼の戦闘力と魔法のレベルでは危険なので、彼には城で待機してもらっています」
彼はあっけらかんとした様子で答える。
いや、普通は枯渇じゃ済まないんだけど、と言いかけて、ヴィオラは口を噤む。魔法の天才の考えは自分にはわからない。
「……さて、緊急事態だったとはいえ、折角ここまで来たんです。魔王とやらを探しましょうか」
言いながら、彼は魔力回復薬の小瓶を四つ、懐から出し、皆に差し出した。
「危険です! 先程のヴォルと名乗っていた魔族は、私の防御魔法で防ぎきれないほどの雷撃魔法を、無詠唱で操るようなレベルだったんです!」
ヴィオラが咄嗟にイザークを止めようとすると、彼は昏い瞳でうっそりと嗤った。
「ヴィオラ嬢、貴方が何と言おうとも、我が麗しのロジーナ様を殺した魔物あるいは魔族がこの地にいる可能性が高い以上、私はそれを探すのを諦めませんよ」
ヴォルは言っていた。ロジーナが己の半身を封じたと。
何かを封印する魔法を維持するためには、封印対象魔力量に比例して、膨大な魔力が必要となる。
大魔法使いだったロジーナであっても、現在までその封印が維持されているのだとすれば、彼女が命懸けで施した封印魔法である可能性が高い。それがイザークの見立てだ。
イザークは、自身が憧れていたロジーナに対して、盲目的に崇拝している。
そんな彼が、ロジーナが命を落とす原因となった魔物や魔族を許す訳がない。
そして、彼を放っておくことも、ヴィオラたちにはできない。
彼は歴代最強と謳われる魔法使いだ。みすみす失う訳にはいかない。そのため、いざとなったらどうにかして彼を連れて帝国まで退避しなくてはならないのだ。
「……遮蔽魔法を掛けた上で、城の中を少し調査しよう。もしも不穏なものがあれば、即座に退避する。イザーク、くれぐれも無茶はするなよ。お前が判断を誤れば、大魔法使いロジーナ様が命懸けで守ろうとしたものが崩壊するんだからな」
ウィルフリードがそう念押しすると、イザークは少し冷静さを取り戻したように頷いた。
話がまとまったところで、四人は魔力回復薬を飲み干した。
そしてアインハルトが布を巻いて腰に挿してきた剣を取り出し、ヴィオラに差し出した。ヴォルによって召喚された際に取り落としたヴィオラの剣だ。
「アイン、ありがとう」
「ヴィオラにはやっぱり剣がないとね」
そう言って微笑むアインハルト。少し息が上がっている。
「……アイン、大丈夫?」
「久しぶりに外に出たから、ちょっと疲れたけど、大丈夫だよ。魔法を使うくらいならできる」
アインハルトは身体が弱い。だがその分強い魔力を秘めているのだと、ヴィオラは最近気付いた。
魔法が得意なのは知っていたが、魔力量については気付かなかった。アインハルトがそれを隠していたからだ。
そして薄っすらと、もしかしてアインハルトが普段から疲れたような様子を見せていたのは、身体が弱いから、というだけではなく、常時魔力を抑え込むことに注力していたからではないかと思っている。
魔力と体力は密接に関係しており、魔力を使い過ぎて体力が尽きることもあるのだ。
「……この部屋はおそらく、王族の居室ですね……玉座に行ってみましょうか」
部屋を観察したイザークが、早速遮蔽魔法を唱えて四人分の気配を消すと、そっと扉を開けて部屋の外に出たのだった。
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