終:凱旋と未来
英雄アインハルトが、魔王を討ち倒した。
その噂はあっという間に広がり、当たり前のようにとんでもない数の縁談がシシェル家に持ち込まれた。
貴族令嬢は皆、英雄の花嫁の座を狙っているらしい。
更に、冷徹大佐が英雄の姉ヴィオラ・シシェルと結婚するという噂も同時に出回り、ウィルフリードとの結婚を狙っていた令嬢たちがアインハルトに鞍替えしたこともあり、シシェル家当主であるロクスはどうしたものかと額を押さえることになった。
「……で、アインハルト殿の相手は結局決まったのか?」
魔王を討伐したことで、壁外の魔物の動きも鳴りを潜め、ヴィオラはウィルフリードに誘われて国境から程近い小さな泉がある森に出かけていた。
泉の畔に馬を繋ぎ木陰に腰を降ろしたところで、ウィルフリードがアインハルトの縁談の話題を切り出したのだ。
「それが……アインは最も魔力が強い令嬢と結婚すると言い出していて……」
「魔力が強い……?」
「自分の体質を気にしているのと、シシェル家として今後も国境を守る使命を全うするため、自分の子供にもなるべく強い魔力が宿るように、という考えみたいです」
「……そうか」
ウィルフリードは少し遠くに視線を向けた。
ヴィオラに出会う前の自分も、同じようなことを考えていた時期があった。
どうせ自分にすり寄ってくる女の中からしか結婚相手を選べないのなら、少しでも魔力が強く、魔法使いとしての才能がある女性を伴侶にするべきであると。
しかし、ヴィオラに出会って、安易に結婚相手を決めないでいてよかったと、心底思った。
「……ウィル?」
名を呼んで顔を覗き込んでくるヴィオラを、心底愛おしいと思う。
「……挙式まで半年、か……」
まだ魔物や魔族の残党が攻めてくる可能性もあるため、北の国境から最も近い教会で、親族のみで行うことにした。それでもそれなりに準備がいるので、予定は半年後となった。
「……長いな」
「長い? 本当なら、その頃にはまだ魔王討伐に出ていたはずだけど」
「手に入るかわからない状態が続いているのと、手に入ると思ったのにまだ遠いっていうのとでは状況が違う」
少し不貞腐れたように呟くウィルフリードに、ヴィオラは少し笑ってしまう。
そんな彼女を、彼はやや恨めしそうにじっと見つめる。
「……なんだか、俺ばかりが余裕がなくて悔しいが……少しは好かれていると思っていいのか……?」
そう言えば、ヴィオラは一度も自分がウィルフリードをどう思っているか、ちゃんと言葉にしたことがなかった。
「……私は少し好きなくらいで、結婚を了承したりしないよ」
恥ずかしさが勝って遠回しな言い方になってしまったが、ウィルフリードは嬉しそうに相好を崩した。
それがなんだか可愛くて、ヴィオラは言葉を選ぶようにして続けた。
「……ヴォルに封印を解くように迫られて、雷撃を何度も浴びせられた時、死ぬかもって思った……その時に浮かんだのは、ウィルの顔だったよ」
「うん?」
それがどういう意味なのか、図りかねたウィルフリードが目を瞬く。
「……ウィルにもう会えないかと思うと、すごく悲しくて、嫌だなって思った……だから、今こうして隣にいられることが、とても嬉し……っ!」
言い終えるよりも早く、腕を引かれてウィルフリードに抱き締められた。
「……そうだな。俺も、ヴィオラが生きて俺の隣にいてくれることが、心の底から嬉しい……」
「うん」
「……ヴィオラ、改めて言わせてくれ」
少しだけ身体を離し、ウィルフリードは改まってヴィオラを見つめた。
「ヴィオラ・シシェル、俺は君を愛している。どうか、俺と結婚してほしい」
「っ、喜んで……!」
微笑んで頷くと、ウィルフリードはもう一度ヴィオラを力強く抱き締めた。
魔王は倒したが、まだ魔物や魔族の残党討伐がある。
ヴィオラもウィルフリードも、しばらくは忙しい日々が続くと思われるが、今は目の前の幸せを噛み締めるのだった。
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