伍:急転と新たな危機
もう一人、浄化魔法を使える人間が見つかった、イザークは確かにそう言った。
「それは誠か?」
「そんな、馬鹿な……!」
尋ねる皇帝に、愕然とするランドルフ。
イザークは頷き、「すぐにこちらへ召喚します」と答えた。
宣言通り、彼が呪文を唱えると、そこに魔法陣が顕現し、瞬きひとつの間に一人の青年が姿を現した。
銀髪に青い瞳の細身の青年、それは本物のアインハルト・シシェルだった。
突然強制的に召喚されたにも関わらず、アインハルトは至極落ち着いた様子だった。
彼は皇帝に向き直り、優雅な所作で一礼した。
「偉大なる我が国の太陽にご挨拶申し上げます。シシェル伯爵家、長男のアインハルト・シシェルにございます」
「そなたが本物のアインハルトか……確かに瓜二つだな」
納得した風情で頷いた皇帝に、アインハルトはヴィオラを振り返り、苦笑を浮かべると、小さく嘆息した。
「……だから、気を付けろって言ったのに」
アインハルトは、ランドルフが浄化魔法を使えることが皇帝に知られたら、第二皇女を助けるための交換条件としてヴィオラとの結婚を申し入れてくる、ということを、完全に予想していたらしい。
「アイン、どういうこと? 知っていたの?」
「ランドルフが浄化魔法を使えるとして、それが帝国側に知られて皇女を助けるようにと命じられたら、その見返りにヴィオラと結婚させてほしいと言いかねないとは思っていたよ」
「ならそう言ってくれればよかったのに……」
「確証はなかったからね」
アインハルトはそう言って小さく笑う。
彼はいつもそうだ。自分自身は確信していても、確固たる証拠が無ければそれを口にしない。
「……で、さっきイザーク殿の分身が僕の部屋に来た事情を話してくれた。その上で、僕が浄化魔法を使えるなら、ヴィオラのために力を貸して欲しいと言われたから、了承したんだ」
アインハルトの言葉にイザークが頷く。
「その通りです。アインハルト殿、陛下の御前でもう一度確認します。貴方は守護魔法および浄化魔法を使うことができますか?」
「……はい、使えます」
あっさりと認めた片割れの言葉に、ヴィオラは信じられないものを見るような顔をした。
「……どうして、そんな大事なことを黙っていたの?」
「言う必要がなかったからさ。僕は神官にも聖者にもなるつもりはないし、生涯北の国境の地を離れるつもりもない。でも、ヴィオラが心配だから、勝手に守護魔法を掛けておいたんだ……昨日の夜、ヴィオラから呪詛の気配を感じ取って、隣の部屋から浄化魔法を使ったのも僕だよ」
「隣の部屋から……?」
「他人相手だと難しいけど、僕達は双子で、魔力も似ているし、何度か同じ要領で守護魔法を掛けているからね。隣の部屋くらいの距離からなら、それほど難しくないよ」
けろりと朗らかに笑うアインハルトに、イザークが額を押さえた。
「……これほどの逸材を見逃していたとは……一生の不覚」
「僕が見せる気がありませんでしたので。浄化魔法が使えることが知られたら厄介なだけですし……でも、ヴィオラの幸せのためなら、仕方ない」
「……じゃあ」
「ヴィオラを呪おうとした第二皇女なんて、正直助けたくはないけど、それをしないと結果的にヴィオラが不幸になるなら、僕が何とかするよ」
「でも、アインは身体が……」
「確かに身体は弱いけど、魔法は得意だ。それは、ヴィオラもよく知っているだろう?」
自信満々に微笑むアインハルトに、イザークは気を取り直して皇帝を振り返った。
「アインハルトよ、そなたは本当に、浄化魔法が使えるのだな?」
「はい。効果も確認済みです」
「ならば皇女に掛けられた呪詛を解くこともできるか?」
「はい。可能でございます」
アインハルトが頷く向こうで、ランドルフが渋い顔をしているのが見えた。
ヴィオラを手に入れる機会を潰されたことに対する恨みと、卑怯な手を使ってヴィオラを手に入れようとした負い目とで、複雑な気持ちになっているのが手に取るようにわかる。
「……ならば、アインハルトとランドルフよ、我と共に皇女の部屋へ行き、呪詛を解除せよ」
「承知いたしました」
アインハルトが頷いたので、皇帝はウィルフリードとヴィオラに応接室で待つよう伝え、イザークとアインハルトとランドルフを連れて退出してしまった。
「……大丈夫でしょうか……」
「急展開すぎて、正直ついていけてない……だが、今は待つしかないだろうな。応接室は廊下を出て突き当りだ。行こう」
ウィルフリードに促されて、ヴィオラは玉座の間を後にした。
皇帝が退出時に使用人に伝えたのか、二人が応接室へ移動すると、すぐにお茶が出された。
そして十数分後、扉がノックされ、皇帝たちが入って来た。
「第二皇女殿下の呪詛は完全に浄化されました」
イザークがそう告げる。
ほっと息を吐くヴィオラとウィルフリード、険しい顔をしているランドルフ。そして、無表情のアインハルト。
ヴィオラは知っている。アインハルトがその顔をしている時は、苛立ちや怒りを感じている時だと。
「……意識も戻り、呪詛魔法が込められた魔法道具の使用を認めた。ただ、本人は呪詛魔法が込められているということまでは認識していなかったようだがな」
皇帝がやや呆れた様子で嘆息した。
「え……しかし、あの魔法道具を使うには、正しい手順を踏まないと発動しないはず……」
ウィルフリードが尋ねると、イザークが溜め息と共に口を開いた。
「ええ。『誰』を『呪う』という命令が発動条件に含まれるはずなんですが、皇女殿下は『ヴィオラ・シシェル』が『いなくなりますように』という祈りを込めたそうです」
「それで呪詛魔法が発動した、と……?」
「魔法における『呪う』という行為は、実は結構定義が曖昧なんですよ。即座に命が落ちる場合もあれば、怪我や病気が続く場合、不幸が舞い込んでくる場合もあります……『いなくなる』というのも、それが死を意味するのであれば呪いの影響で成就できます」
イザークは淡々と説明する。
「本来であれば『誰』を『呪う』と命じなければ発動しないはずが『いなくなれ』という言葉を『呪う』と魔法道具が解釈して魔法が発動してしまった……現代の魔法道具ならあり得ませんが、古い魔法道具なら、充分あり得ますね」
「本人に呪詛魔法であるという認識がなかったにしても、皇族としてはあるまじき行為だ。エレオノーラの処遇は、今後貴族院も絡めて充分に検討するが、皇籍の剥奪は免れんだろうな」
皇帝はそう吐き捨てると、ヴィオラに向き直って頭を下げた。
「ヴィオラ・シシェル嬢。此度は、我が娘の愚かな行為により、国が誇る英雄にも危害を加える結果になってしまったこと、深く詫びる。どうか、謝罪を受け取ってほしい」
「そんな、陛下が謝罪する必要など……!」
「あれを甘やかしてしまったのは我の責任だ。エレオノーラの処遇について、そなたの希望があれば聞いておこう」
「処遇……」
まさか、自分が皇族を断罪する日が来るとは思わなかった。
ヴィオラは戸惑いつつも、ゆっくりと口を開いた。
「それなら、ウィルフリード・ストランド卿に対する接見禁止を」
そう申し出たヴィオラに、皇帝は納得した様子で頷く。
「婚約者であるそなたからすれば尤もな希望だな。加えて、ヴィオラ嬢に対する接見禁止も含めよう」
それを聞いたウィルフリードがほっと息を吐く。
と、その時、突如として嫌な魔力が、イザークから噴き出した。
それは、ドス黒い、魔族特有の魔力だった。
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