肆:大魔法使いの診察
翌朝、朝日が昇ると同時にウィルフリードは転移魔法で宿舎へ戻っていった。
朝食を取って準備を整えたヴィオラは、ウィルフリードに指示された通り、二人でイザークの分身の元を訪ねた。
昨晩起きたことを話すと、イザークの分身は興味深げにヴィオラを見た。
「そんなことが……黒い紋様が発現した後、発光して消えたと……?」
「ああ、間違いなく、黒い痣のような痕が胸側から首筋に走ったと思ったら、光って消えた」
「まるで浄化魔法の効果を受けたかのような現象ですね」
イザークは口元に手を当てながら考え込む。
「……ヴィオラ嬢、両手を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
ヴィオラが騎士服の手袋を取って両掌を上にして差し出す。
イザークは掌にそっと触れ、じっと目を凝らすようにして観察する。
そして一瞬驚いたように目を見開き、それから納得した風情で頷いた。
「……なるほど」
その呟きに、ウィルフリードが焦れた様子で「何かわかったのか」と早口で問う。
「……ヴィオラ嬢には、既に守護魔法が掛けられています」
「……え?」
守護魔法は神聖魔法の中でも使える者が限られる貴重な魔法だ。少なくともヴィオラが知る中でそれを使える者はいない。
一瞬、ランドルフの姿が頭を過ぎるが、数年ぶりに会った彼が守護魔法を発動させた様子はないし、仮に知らぬ間にそれを掛けようとしても、流石に自分でも気付くだろう。
「そんなはずは……」
「……魔力を探知して、守護魔法を掛けた魔法使いを探します。もしかしたら、浄化魔法も使えるかもしれません」
言うが早いか、イザークは探知魔法を展開した。
「……え?」
イザークが再び瞠目する。
「……ヴィオラ嬢の魔力……?」
「ええ?」
ウィルフリードも驚いてヴィオラを見る。
「そんな馬鹿な。私は守護魔法も浄化魔法も使えませんよ」
母親が大魔法使いだった影響で、シシェル家には割と貴重な魔法書が何冊かある。
そこには神聖魔法に関する書物もあるので、過去にヴィオラも使えるかどうか試したことがあるが、残念ながら発動しなかった。
「……もしや、アインハルト殿では……?」
「ええ? そんなはずは……」
確かにアインハルトとヴィオラの魔力は、双子だけあってとても似ている。
そして、アインハルトはヴィオラよりも魔法に対する適性があり、多くの魔法が使えるし精度も高い。
しかし、彼が守護魔法や浄化魔法を使うところなど見たことがない。
それらが使えるとしたら、隠す理由など本来はないはずだ。
と、そこまで考えたヴィオラは、いや、と頭の中で否定する。
もし浄化魔法が使えるとなったら、聖者として帝都の神殿に迎え入れられることになる。
平民であれば、生活に困らなくなるし、輩出した家にも恩恵があるため、浄化魔法が使えるとなったら喜んで聖者になるが、アインハルトの場合はそうではない。
聖者になったら、彼は帝都に行くことになる。
北の英雄アインハルトが、聖者となって北の国境から離れることになるのは、いろいろとマズい。
下手をしたら、これまで戦地で戦っていたのがヴィオラであると、世間に露呈してしまう可能性がある。
聖者にならなくてもシシェル家は生活に困らないだけの領地運営をしているし、北の国境の防衛を担っていることで国からの支援も得られている。それを考えると、彼が聖者になって得られる利はほとんどないといえる。
しかも、今帝国が浄化魔法を使える者を探している理由は、第二皇女を救うためだが、アインハルトは第二皇女が何故呪詛魔法に冒されることになったのか、その経緯をイザークから聞いて知っている。
アインハルトはヴィオラを半身としてとても大事に思っている。
そんな彼女を呪おうとして撥ね返りに遭った皇女を、彼は絶対に救わないだろうと思われた。
だから、使えることを隠しているのではないだろうか。
そう思うと筋が通る。
部屋が隣のアインハルトなら、ヴィオラが寝ている時に隣の部屋から守護魔法を掛けることも可能だし、魔力の波長が近いため、ヴィオラが気が付かなくても無理はないと思われた。
「……確かめる必要はありそうですね」
ふむ、とイザークが呟いた直後、はっとした顔になった。
「……どうした?」
ウィルフリードが首を傾げる。
おそらく、イザークの本体に何かあったのだろう。
「……浄化魔法を使える人物が見つかったそうです」
国家魔法使いが浄化魔法に適性がありそうな魔力を有している人物を、探知魔法の応用で探していた。それによって見つかったのだろう。
やはり、アインハルトか、そう思いながら次の言葉を待つと、イザークは本体から新たな情報を受け取って、静かに続けた。
「……その人物は、先日神官となったランドルフ・パラスト。既に僕の部下が本人に接触して、確かめたそうです」
「ランドルフが……」
昨日、アインハルトがランドルフが浄化魔法を使える可能性が高いと話していた。
まさか、本当にそうだったとは。
そして、アインハルトが言っていた「気を付けて」の言葉を思い出す。
「……彼は浄化魔法が使えることを認めたそうです。しかし聖者として帝都の大神殿に入ることを拒否したと……」
「聖者になることを拒否……?」
ウィルフリードが眉を顰める。
しかしヴィオラは内心で「やはり」と呟く。
と、イザークは、とても言い辛そうな表情で続けた。
「せめて、皇女殿下の呪いを解いてくれと説得したようですが、その見返りとして……」
意味深長に言葉を切る。
「……ヴィオラ・シシェル嬢との結婚を要求してきたそうです」
その言葉の直後、ウィルフリードが息を呑み、ぎゅっと拳を握り締めた。
「そんなことが認められるはずがないだろう! ヴィオラは俺と婚約しているのに……!」
「逆に言えばまだ婚約状態ですからね……いや、もし正式に結婚していたとしても、皇帝にかかれば白紙撤回など造作もないことですよ」
イザークが剣呑な表情で嘆息し、ヴィオラを見た。
「……ただ、僕はヴィオラ嬢の気持ちを尊重すべきだと思いますがね」
ウィルフリードも、縋るような目をヴィオラに向ける。
ヴィオラの頭の中に、色々な光景が浮かぶ。
ランドルフと過ごした幼少期、騎士になった日、ウィルフリードと出逢った時。
「……もしも、私がランドルフの求婚を断ったら……?」
「皇帝陛下の性格からして、一度はヴィオラ嬢の意向を聞いてくれるでしょう。その上で、ランドルフ殿がそれ以外の条件で頷かなかった場合、陛下は第二皇女殿下を救うために、勅命という形でヴィオラ嬢にランドルフ殿と結婚するよう命じる可能性が高いでしょうね」
皇帝からの勅命となれば、帝国民である以上それを拒否するという選択肢はない。
ウィルフリードが第二皇女との結婚を命じられるのを恐れていたのはそのためだ。
ヴィオラは戸惑いを隠せず視線を落とした。
ウィルフリードとの婚約を白紙にして、ランドルフと結婚する。
そうしてウィルフリードの婚約者が不在になったら、第二皇女が皇帝に頼み込んでウィルフリードと結婚しようとしてくるだろう。
それを想像したら、胸が痛んだ。
ランドルフの事は嫌いではない。
ウィルフリードと出逢う前ならば、嫌悪感もなく了承していただろう。
しかし、今は違う。
「……私は、嫌、です……」
絞るようにそう呟いた瞬間、ヴィオラはウィルフリードと結婚することが、全く嫌ではなかったことに気付く。
同時に、彼の隣に第二皇女エレオノーラが立つことを想像して、胸にもやもやした何かが広がっていくのを感じた。
「……ヴィオラ……」
その言葉を聞いたウィルフリードが、やや驚いた様子で僅かに目を瞠る。
それから、少し照れた様子で頭を掻き、視線を泳がせた。
と、その様子を見守っていたイザークは渋い顔で唸った。本体から何か情報が入ったようだ。
「……まずいですね。皇女殿下の状態は深刻です。あまり時間がありません……陛下も猶予を与えずに勅命を出すかもしれません」
「そうなる前に、何とかしないとな……」
珍しく焦った様子のウィルフリードに、イザークが更に表情を険しくした。
「僕の部下が転移魔法を使ってランドルフ殿を城へ連れて行くようです……僕の本体が既に皇帝陛下に報告をしているため、間もなくヴィオラ嬢が城に招請されるでしょう」
その言葉の直後、白い小鳥が突然飛んできて、イザークの目の前で旋回した。
彼が手を出すと、鳥はひらりと一枚の紙に変わる。
見るからに上質な紙に記されていたのは、皇帝のサインと紋章。そしてヴィオラとウィルフリードを城に招請する内容が記されていた。
「……思ったよりも早かったですね」
何も対策は決まっていない。
このまま皇帝に謁見すれば、ヴィオラとウィルフリードの婚約を白紙にし、ヴィオラにランドルフと結婚するように命じてくるだろう。
どうしたらいいのだろう、と思考を巡らせるが、今この状況を覆せる方法が見つからない。
それでも、皇帝に呼び出された以上、行かない訳にはいかない。
とりあえず、面と向かってランドルフの求婚を断らなければ。
直接断れば、彼も諦めてくれるかもしれない。
今はそれに賭けるしかない。
「……ストランド卿、ヴィオラ嬢、招請がかかった以上、僕は貴方たちを城に召喚しなくてはなりません。今、僕の本体が召喚魔法を唱えようとしています。よろしいですね?」
「……ああ、仕方ない」
ウィルフリードが苦い顔で頷く。
その瞬間、ヴィオラとウィルフリードの足元に魔法陣が光った。
一瞬で、周りの景色が消えて、何かに引っ張られるような感覚に苛まれる。
「……っ!」
暴れ馬に振り回されたような感覚を味わったヴィオラが思わずよろけた直後、景色が弾けた。
目を瞬くと、そこは帝都の城の中、玉座の前だった。
皇帝とその横にイザークがいて、対面する形でランドルフが立っている。
「っ! 皇帝陛下にご挨拶申し上げます!」
ヴィオラが慌てて一礼したところで、皇帝が「挨拶はよい」と遮った。
「イザークの分身を通して話は聞いているな?」
「……はい。伺いました」
暗い顔で頷くヴィオラの隣で、ウィルフリードが横目でランドルフを見やる。
彼は少し申し訳なさそうな、それでいて、期待に満ちたような表情を浮かべている。
「なら、率直に聞こう。ヴィオラ・シシェルよ。神官ランドルフ・パラストがそなたとの結婚を望んでいる。応じる意思はあるか?」
「……私はウィルフリード・ストランド卿と婚約中の身です。私は騎士として、一度交わした約束を違えることはしたくありません」
感情のみを理由に断ると逆効果になりそうな気がしたヴィオラがそう答えると、皇帝は困ったような顔で嘆息した。
「我も、あまり野暮なことはしたくないのだがな……娘を救うには、これしか方法がないのだ。許せ」
まさか、ランドルフと結婚するように命令するのか、と身構えるヴィオラ。
と、その時。
イザークがはっとした顔になり、それから僅かに唇を笑みの形に歪めた。
「恐れながら申し上げます。皇帝陛下、浄化魔法を使える人間が、もう一人見つかりました」
その言葉に、その場にいた全員が驚いてイザークを振り返った。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援いただけると励みになります!感想も大歓迎です!




